彼は政略結婚を受け入れた

黒猫子猫

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チビとクソガキ

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 やがて、アネットとジャックスは海に着いた。

 既に先に警護の者が知らせにいっており、海には百頭近い水竜が姿を見せていた。地元の住民や漁を生業としている人々などは何事かと恐れ、家に入ってしまっていたので、人気はない。

 ジャックスの警護についていた兵達も恐れ戦いたのを見て、彼は離れているように言って遠ざけていた。

 海の覇者と言われる水竜たちの中で、一際大きい白亜の竜がいた。眼光鋭く、大きな牙を覗かせ、周囲の竜が霞むほどの圧倒的な存在感を誇る。
 アネットの母竜だ。そして、彼女の傍らには数頭の若い雄竜たちもいた。

 人とは比べ物にならない大きさの母竜を見あげ、アネットは挨拶を済ませた後、ジャックスを紹介した。すでに二人の来訪を告げた部下からクローディアの一件を聞いていた事もあって、母竜は彼の名前を聞いただけで遮った。

 陸で英雄といわれている男であろうとも、所詮はちっぽけな人間である。彼女は興味すら抱かない。軽く一瞥しただけですぐに娘に視線を戻す。

「王宮にはまだそなたの居場所があったと聞いている。良かったな」
「はい! ですから、私はこれからもジャックスの傍にいたいと思います!」

 想い合い、居場所があるのならば、彼の傍にいていいという約束だったはずだ。目を輝かせて訴える娘に、母竜は冷然と告げた。

「ところで、その男はそなたの『つがい』であったのであろうな?」
「⋯⋯⋯⋯っ」

 びくりと身を強張らせ、蒼褪めたアネットを見れば、答えは聞かずとも分かった。

「戦が終わったら、海に帰り、見合いをして子を産む――――人間どもに加担するのを許す代わりに、我と交わした約束を、そなたは確かに守った。まぁ⋯⋯まだ子は産んでいないが、上手くいかなかったのは見合い相手も悪かったのだろう」

「いいえ、私が嫌だったのです」

 アネットはきっぱりと返したが、母竜には通じない。

「そう思い込んでいるだけだ。世慣れていないそなたは、初恋に夢中になって、あまりに周りが見えていないゆえだろうな」
「母様!」

「今は良い。互いに気持ちが高ぶってもいるだろう。こたびも、男がそなたにまだ想いがあるならば、留まることも認めるとも言った。我も約束を守らねばならぬ。だが⋯⋯番でもない男と、添い遂げることが本当にできるとでも思っているのか?」
「私は、ジャックスがどんな姿になっても好きです!」

 アネットは母竜から不穏な気配を感じ、彼の腕を掴み、離されまいと握り締める。そして、怪訝そうな顔をして自分を見返している彼に気づき、思わず目が潤んだ。

「海に帰ると繰り返していたのは、母親との約束があったからか」
「⋯⋯うん。口外するなって言われていたから⋯⋯ごめんね」

「いや。律儀なお前らしい。それに、俺の元から去りたかったわけじゃなかったと分かって、安心した」

 ジャックスは微笑んで、褒めるように頭を撫でた。途端にアネットの表情が緩み、母竜はますます面白くない。しかも、彼は無数の竜を前にしているにも関わらず、全く動じた様子もなかった。鈍感なのか、軍を率いて立つ男であるから、肝が据わっているのか。

 凍てつくような竜の視線を無視したジャックスは、アネットに問いかける。

「それで、今度の約束は大丈夫そうか?」
「うん。貴方は私の番じゃなかったけど⋯⋯」

「番、ねぇ⋯⋯」

 アネットは頷く。簡単に竜の番とは何たるかをジャックスに説明し、しがみついている彼の腕に目を落とす。手の甲にはやはり、証はない。

 それでも唯一無二の男だとアネットは思い、改めて母竜を見て訴える。

「私に番はいりません。探そうとも思いません。ジャックスの傍にずっといます!」

「それが甘いと言っておるのだ、愚か者が。番に対する竜の執着はすさまじいものだぞ。もはや本能だ。どれほど心が他の者にあっても、惹かれずにはいられぬ。そこの男と番に挟まれて、苦しむのはそなただ。それも、竜族が人間などに関わるからそうなる」

 番は竜と同じ時を生きる。だが、そうでない人間は老いて、あっという間に死んでいくのだ。
 好きな相手はあっという間に失い、本能で惹かれてしまう相手だけが残る。そんな現実は、確実にアネットを悩ませ、男達の間でも争いの種になりかねない。

 だが、人間に深入りせず竜族を伴侶とすれば、そんな思いはしなくてすむ、というのが母竜の持論である。

 更に反論しようとする娘を目で制し、母竜は傍に控えていた数頭の竜に視線を向ける。

「そんなチビに、いつまでもこだわるな。我が新しく良さそうな相手を見つけておいた。どれでも好きなものを選べ」
「嫌です。全員、ジャックスにはかないません!」

 話が違うと、アネットは顔を真っ赤にして猛抗議した。どんな相手を連れてこられても、ジャックス以上の男はいないと思ってのことだ。

 だが、水竜の姫を手に入れる好機、と思っていた若い雄竜たちを触発した。なにしろ彼女の想い人は、竜の彼らが一嚙みすれば簡単に殺せる、ちっぽけな人間である。
 そんな男に自分達が劣っているはずがないと、彼らは心底思っていた。威圧もかねて、一頭がずいと進み出れば、負けじと他の竜も迫る。母竜はそれを看過し、アネットは青褪めた。

「貴方たち、何をする気⋯⋯? ジャックスに手を出したら、許さない!」

 竜化してでも追い払おうと思ったが、相手は小柄なアネットよりも一回りも二回りも大きな雄ばかりだ。それでも、彼を護らなければという思いに駆られたが。

 ジャックスは、苦笑していた。

 そして、自分の前に飛び出して、水竜たちから庇おうとする健気な彼女の頭を軽く撫でた。

「アネット、心配するな。俺はお前の番じゃないが、チビでもないぞ?」
「確かに貴方は人間にしては大きい方だけど⋯⋯っ」

「そして、俺は人間でもない」
「え⋯⋯っ?」

 驚いて振り返ったアネットに、ジャックスは穏やかな目で微笑んで見せた後、豹変した。鋭い眼光で迫る竜達を見据え、「ここにいろ」と彼女に言い残すと、海へと入っていく。

 獲物が自ら向かってきたと嘲笑の声をあげ、数頭が脅しもかねて牙を剥いて彼に向っていく中、ジャックスの姿はみるみる内に変わった。

 二本の角に、長い髭。長い胴体は海を思わせる青い鱗で覆われ、六本の足は鷹のような鋭い爪をもつ、雄々しい竜だった。驚くべきはその大きさだ。水竜族で最も長寿である白亜の母竜よりも、彼は一回り以上大きく、しかもその姿だけで凄まじい威圧感があった。
 アネットの母竜は絶句し、彼を侮って挑もうとした愚かな雄竜達は、じろりと一瞥されただけで、全員が怯えた声を漏らして身を縮めた。 
 そして、ジャックスは容赦なく一喝した。

「ひっこんでろ、クソガキども!」
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