彼は政略結婚を受け入れた

黒猫子猫

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どんな姿になっても

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 一時間ほど経った後、アネットはようやく目を覚ましたが、夕食を終えるまで全く落ち着かなかった。起きた瞬間、ジャックスに何度もキスをされて翻弄され、なんとか腕から逃れることに成功しても、立ち上がれない。
 着替えも彼に手伝われ、浴室まで運ばれて、甲斐甲斐しく世話を焼かれた。入浴を終えて、彼の私室に連れていかれ、彼に食事の手伝いまでされる始末である。

 子供じゃないと思いながらも、ジャックスがあまりに嬉しそうなので、断るに断れなかった。食後のお茶を飲みながら、アネットは隣に座った彼に常々感じていた事を言った。

「前から思っていたけど⋯⋯貴方って、面倒見がいいよね」
「そうか?」
「うん。困っている人がいると、見捨てられないでしょう?」

 それも彼の素晴らしい所だと思うのだが、ジャックスは苦笑した後、少し寂しそうな目をした。

「⋯⋯一緒にいる仲間がいるのは嬉しいと思う。昔、俺は戦友をみんな失ったからな」
「それは⋯⋯どうして?」

「戦に巻き込まれ、裏切りにもあい、命を落として⋯⋯世を捨てた奴もいたな。そいつは二度と手を貸さないと、吐き捨てて去っていった。今頃どうしているか分からないが、執念深い奴だったから、まだそんな事を思っているかもしれないな。根は悪くないんだが、あいつはとにかく融通がきかない」

 気遣う目をしたアネットに、ジャックスは微笑み、更に続ける。

「でも、あいつからしたら、俺は馬鹿なんだそうだ。何しろ俺たちを裏切った挙句、仲間割れも起こして権力闘争を始めた連中の一派に、最後まで手を貸したからな。部下を道連れにするわけにはいかなかったから別れたが、まぁ⋯⋯呆れられてもいたから、俺の方が見限られたんだろう」

「たった一人で⋯⋯助けたの?」

「あぁ。醜い争いばかりで、虚しいとも思ったこともあったが、その中の一人はザッフィーロを盛り立てられる才能の持ち主だった。悪知恵ばかり働く、どうしようもない男だったがな。俺は戦が強い方だったから、その後もさんざん利用された。最終的に傷が癒えずに動けなくなって、身を引いた」

「後悔⋯⋯した?」

「いいや。傷が癒えて戻って来た時に、答えをもらった。ザッフィーロには多くの民が生き、海には水竜たちが元気に泳いでいた。俺にはそれで十分だった」

「⋯⋯⋯⋯」

「ただ⋯⋯また裏切られるのは、流石に辛い。それに深手を負ったせいか、昔の記憶もつい最近まで曖昧だったからな。名乗り出て、また騒ぎに巻き込まれるのも嫌だったから、軍属になるのを避けたんだが⋯⋯なんの因果か、またここにいる」

 ジャックスにしてみると、心外極まりない。ザッフィーロの人々は頼みの綱として見ているが、王位に興味はないと言い切っていたのも本心である。

 苦い顔をしている彼に、アネットは顔を綻ばせた。

 それは、彼が心優しい男で、どうしても見捨てられないからだろうと思った。

「⋯⋯私もいるよ」
「ん?」

 見返してきたジャックスに、アネットは柔らかく微笑んだ。

 たとえ種族が違っても、彼が自分の番ではなくても、ジャックスに魅せられ、惹かれる。同じ時を生きられないのであれば、彼の方があっという間に老いて死んでいってしまうのであれば、なおさら離れてはいけないと思った。
 離れるなんて、耐えられない。一分一秒でも無駄にしたくない。
 それに、ジャックスなら、どんな姿でもきっと格好良いに違いない。

「私は貴方の戦友だもの。最後まで一緒にいる」

 ジャックスは息を呑み、心底嬉しそうに微笑んだ。

「⋯⋯お前がいてくれて、良かった」

 優しい言葉に、アネットは彼の深い思いを感じる。彼が過去にどれだけ傷ついていたかも感じ取り、アネットはもう泣きたくなってきた。

 竜は絶対に仲間を裏切らない。私も彼を裏切ったりはしない。
 そう胸に誓う。

「貴方がよぼよぼのおじいちゃんになっても、ずっと傍にいるから!」

 強く宣言すると、ジャックスは「あぁ」と答えながらも、くすりと笑った。

「待って⋯⋯なんで笑うの⁉」
「いや。お前は本当に可愛いと思ってな。俺も、お前がどんな姿をしていても、愛おしく思う」

 真っ赤になったアネットに、彼はたまらず頬にキスをした。


 数日後――。
 ザッフィーロ王室の姫クローディアとラグナの結婚と、彼女のお腹の中に新たな命が宿っている事が公表された。ジャックスの妃にと期待されていただけに、人々の間には戸惑いもあり、一時騒然となった。何しろラグナは副将とはいえ、庶民の家の出である。あまりに身分違いだったが、ジャックスを長に据えている暫定政権が結婚を認めている以上、異は唱えられない。

 おめでたいことだと祝いながら、ではジャックスは誰を妃に迎えるべきだろうかということに、人々の新たな関心は移っていった。

 王都が落ち着くのを待って、ジャックスはアネットにこう切り出した。

「では、そろそろ海に向かうか。お前の警護の奴らも、早く帰りたいだろうからな」

 宿屋で待機していたアネットの警護兵は、刻限になっても彼女が戻ってこなかったので、あちこち探し回った。やがて王宮でジャックスと共に過ごしている事を知り、応対に出た宰相に猛抗議したが、宰相がうまくとりなしてくれていた。

 それでも予定よりも長く留まっている事は確かであり、アネットに一度海に戻り、母竜に報告するべきだと繰り返し訴えていた。今日もジャックスとアネットが二人で過ごしている所に押しかけてきて、返事をもらうまで帰らないと傍で居座っている。

 彼らのクローディアに関する誤解は解けていたが、それでも誇り高い水竜である彼らのジャックスを見る目は、今も常に厳しい。

 それをアネットはひしひしと感じている。ジャックスは離れたくないから、一緒に出向いてくれると言ったが、海に行ったら、彼は四面楚歌に違いない。

「安心して。私が護るから! 母様はとっても大きいけど、気にしないで!」
「それは頼もしい。⋯⋯成長したな」
「ありがとう!」

 アネットは嬉々として答え、ジャックスは微笑み、黙って聞いていた警護兵達は密かに鼻で笑った。水竜一族を率いるアネットの母竜の覇気に、怯えて腰を抜かさない人間がいたら見てみたいものだと思ったからだ。

 彼らは道中も、必死で耐えた。
 ジャックスがアネットを片時も離さず、彼らの目などお構いなしに、抱き上げたり、キスをしたりしていても、見てみぬふりをした。

 今にみていろ、と全員が思っていた。
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