冷徹皇弟と織姫は、愛してると言えない

黒猫子猫

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1.離縁して

 フィオナは夫を見つめ、決別の言葉を告げた。

「離縁して」

 夫婦関係の終焉を告げる言葉を口にするのは、もう何度目か分からなかったが、相変わらず胸の奥が疼くように痛む。

 だが、彼は今日もぴくりとも表情を変えなかった。悠然とフィオナを見返し、琥珀色の瞳をすっと細め、濡れた唇の合間から洩れていた息を少し整えたくらいだ。

 ただ、真っ直ぐに見返してきたから、今日は話を聞いてくれるようだとフィオナは思った。

 フィオナは期待をこめて、もう一度言った。

「離縁してください」
「聞こえている。何度も繰り返すな。子どもか?」

 淡々とした彼の声に、フィオナは火照っていた身体が少し冷えると同時に、心の中でぷつ、と何かが切れそうになる。

 数多の女性たちに絶賛されているという美声だが、こんな冷淡な声音は誰も聞かないに違いない。聞かないほうがいい。きっと恋も冷めてしまうだろう。

 彼に盲目的な初恋をした馬鹿な小娘も、今頃になってようやく目が覚めたのだ。当時に戻れるなら、声を振り絞って止めておきなさいと自分を叱れる。あのときの自分の目が覚めるかどうかは、怪しいが。

「貴方こそ不貞腐れた子どものような顔ばかりしていないで、ちゃんと返事をして」

 フィオナにしてみれば精一杯の皮肉を言ったつもりだったが、彼は鼻で笑った。
 そんな笑みさえも、端正な顔立ちをしているだけに何だか魅力的だ。フィオナはつい見惚れてしまいそうになり、慌てて視線を外す。彼の魅力に惹きこまれ、黙らされてきたという痛い経験もある。

 ――いい加減に学習しなければ……。

 自省するフィオナに、まったく反省の色が見えない夫の冷淡な返答があった。

「俺は呆れているだけだ。お前が飽きもせずに駄々をこねているものだからな」

 ――駄々じゃないわ!

 そう叫びたくなるのを、フィオナはぐっと堪えた。

 彼は多忙になったとかで、結婚して日が経つにつれて、不在がちになった。一週間近く、顔を合わせなかったこともある。次に会えるのはいつか分からないし、フィオナの元に来てくれたとしても、話が長続きするかどうか定かではない。ひどい時には自分の顔を見ただけで、無言で引き返されてしまったときもあった。

 話が成立しているのに、機嫌を損ねるのは賢明ではない。
 口約束でもいいから、返事をもらえるまで粘ってみていいはずだ。

 フィオナは意気込み、改めて夫を見つめた。

「…………」

 喉元まで出かかっていた言葉が、ごくりと息を呑んだと同時に一瞬流れた。

 夫の深緋色の短髪は少し長めで、今は絹のシーツの上へ僅かに広がっている。額から汗が伝い落ち、精悍な顔をより扇情的に見せた。

 鍛えぬかれた男の身体の熱さは、上に跨っているフィオナも、肌から十二分に感じていた。何とか上半身を起こして夫に離縁を迫ってはいたが、ずっと腰を撫でている彼の大きな手が気になって仕方がなかったのも事実だ。

 体を重ねた後で離縁を求めるなど滑稽だが、彼は宮を訪れるとすぐにフィオナを求めてくるので、順序はいつも逆になる。先に話をしようとしても、遮られるのが常だった。

 ようやくというときになって、今度は夫の美貌が邪魔をする。

 天界に暮らす『天界人』と呼ばれる者の中でも、彼の美は突出していた。むしろフィオナが彼に嫁いだときに比べて、艶やかさは増す一方だ。

 ――見惚れている場合じゃないのに……。

 必死で思考を取り戻そうとしたが。

「フィオナ、もう一度だ」

 夫の微笑はいつしか魅惑的な眼差しへと変わっていた。

「あ……だ、め……っ!」

 そう訴えたのは、濡れた太腿を撫でていた彼の手がさらに上へと這ったためだ。

 既に彼は全裸の姿を晒していたが、フィオナはまだ夜着を羽織っていた。とはいえ、胸元は大きく肌蹴られて口づけの痕が幾つも刻まれている。
 全裸を彼に晒すよりはと思っていたが、激しく交わったために汗をかいて身体に張りつき、非常に恥ずかしい。

 ただ、彼は冷静そのものだ。

「確かにだめだな。自分で俺に跨っておいて、あの程度か? もっといい声で啼けるだろう」

 言葉を混ぜっ返されたことは分かっても、フィオナはもう彼を詰れなかった。抱き寄せられて、言葉を発しようとする口を、唇で塞がれたからだ。
 散々抱かれたあとで離婚を切り出しても、およそ戯言にしか聞こえないであろうことくらいは分かっている。
 だが、彼はここでしか話を聞いてくれないのだ。
 自ら率先して動き、早く済ませてしまうほうがいいと思ったが、浅慮だったと思い知る。

「ルティアス……」

 話を聞いてほしいと夫の名を呼んだ声は、すぐにすすり泣きに変わった。
 困るのは――自分の身体は篭絡されていて、抱かれている時はおよそ抗えないことだった。
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