彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫

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30.封印の地

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 隠れ家となっていた地を遠く離れた峡谷の一角に、多くの飛竜達が集っていた。中心にいるのは、ロイとその妻リンだ。ラズ救出のためにロイとアッシュらが離れている間に、彼女は残る仲間とセシリアの従者達を連れて、待ち合わせ場所としたこの地へと、群れを引き連れてきていた。

 ロイ達が戻って来てからは夫に主導権を委ね、人と化せる他の竜達と共に周囲の警戒にあたり、追っ手や尾行されていないか注意を払っている。

 セシリアは彼らから少し離れた所で休息を取っている従者達と共にいた。無事に戻ってこられたことをまず喜び合い、互いを気遣った。

 そして、ひとごごちついたとき、セシリアの元に躊躇いながらもやって来たのは、子竜ラズである。今回の事態を招いた張本人だ。アッシュの手で鎖が解かれて軽傷と判断されると、延々と説教をされていたラズは、すっかりしょげている。

 ロイからも厳しい言葉で注意を受けていたが、それよりも父親のように慕っているアッシュから叱責されたのが、一番堪えたようだ。

 それでも、ラズはずっと大人しく聞いていた姿をセシリアも見ていたので、改めて責める気はおきなかった。どうして飛び出していってしまったかは、言葉が分からないので知りえない。それでも、生きていてくれただけで、嬉しかった。

「心配したわ……心から」

 セシリアはそう言って、自ら歩み寄り、ラズの太い首に腕を回して抱き締めた。びくりとラズの身体が震えた後、泣きそうな鳴き声がして、セシリアの目からも涙が落ちる。そして、我慢するように爪を大地に食い込ませるのを見て、セシリアは微笑んで腕を離した。

 ラズの目には涙が浮かんでいて、心配そうな眼差しだ。

「大丈夫よ。体調は落ち着いているから」

 そう告げると、ようやくラズは安堵したように小さく鳴いて、少しだけセシリアに擦り寄った。周囲で様子を見ていたキャロルとコール夫妻は感心した顔になる。

「やっぱり、分かっていたんですね。鋭い子だわ」
「アッシュ様よりも早く気づいていたってことですよね。やるなぁ」

 セシリアは涙を拭って、微笑んだ。

 小さく、弱くて、群れから爪弾きにされてしまう子供でも、成し得ることがある。自分達人間も、きっと何かできることがあるに違いない。

 そう思って、まだ膨らみも無いお腹を見つめる。アッシュの子を宿していたら、自分は竜と人の混血児を産むことになるだろう。想像もできない未来があるに違いなかったが、必ず希望はあると信じ、優しく手で触れた。

 そこに、アッシュがやって来た。
 また叱れると思ったのか、急いでセシリアの後ろに隠れたラズを軽く睨みつつ、アッシュはセシリアに話しかけた。

「もう少ししたら、移動するそうだ。できるだけルーフスの連中から距離を取りたい」
「えぇ、分かったわ」

 セシリアが頷いて、従者達にも出立の準備をするよう伝えようとしたとき、ラズが不意にアッシュに話しかけるように鳴いた。アッシュは軽く眉を顰め、セシリアには分からない言葉で返す。
 いわゆる、竜語である。独特の発音であり、彼らと共に暮らしても中々覚えるのは難しいものだ。

 セシリアはアッシュが通訳してくれるのを待っていたが、ラズと話し終えた彼の表情は厳しいものに変わっていた。

「アッシュ?」
「……ラズが群れから離れて、外へ飛び出したのは、空に妙なものを見つけたからだそうだ」
「え?」
「空に浮かぶ地だ。風任せであちこちを回遊しているのか、次第に離れていくところを見て追いかけたという。だが、近づこうとしても、何か強い力を感じて跳ね飛ばされて、落ちたところをルーフスに捕まったらしい」

 困惑しながら話を聞いていたセシリアもまた、血の気が引いていくのが分かった。アッシュがすかさず腕を掴み、ラズが鼻先で背を支えてくれなければ、その場に座り込んでしまっていたかもしれない。

 ――いけないわ、しっかりしなくては。

 セシリアは自らを叱咤し、ロイに話をしてくると言って離れていくアッシュを見送ると、震える手を強く握り締めた。やがてアッシュがロイを伴って戻って来た。

 ロイもまた険しい表情だ。

「話は聞いた。我々の目では捉えられていないものだし、俄かには信じがたい話だが……仮に事実だとすれば、始祖の竜の力が働いていると考えたほうがいいだろう」
「まだ隠された地があった……しかも、空に……?」
「そういうことだ。ラズの目で捉えられるのなら、確かめてみる価値はある。何しろ、我々には行き先がないのでな」

 ロイは淡々とした口調で告げる。これは、住処を追われる事態になったことに対する当て擦りのつもりではないことは、彼の表情からも窺えた。

 そして、セシリアとロイの視線は自然、アッシュへと向く。彼は非常に落ち着いていた。セシリア達を庇護すると決めた時から、とうに覚悟していたからに違いなかった。

「ラズを連れて、その場所まで向かう。もしも封印されているようだったら、約束通り、俺が破る」
「……いいだろう、夜を待て」

 ロイは短く答え、群れに伝えると告げて去っていった。
 アッシュは黙って見送ると、セシリアをそっと抱き締めた。彼の言葉を待たずに、セシリアは切り出した。

「私も行くわ。人の目もあれば、また何か別の糸口が見つけられるかもしれないでしょう? だから、引き下がらないわ」
「セシリア……先回りか。俺の真似をしないでくれ」

 呻くアッシュに、セシリアは微笑んだ。

「貴方がこんな風に私を変えたのよ」
「…………」
「私も最後まで諦めないわ。それに、貴方に私達の子を最初に抱いてもらいたいの。赤ちゃんの抱き方を、一生懸命学んでくれたでしょう?」

 アッシュは軽く目を見開いて、今にも泣き出しそうな顔をして頷くと、ほんの少しだけ、セシリアを抱く腕を強くした。



 その日の夜。

 厚い雲が月を覆い隠す暗い中、飛竜と化したロイの背にセシリアとアッシュが乗り、その前を先導するようにラズが飛んだ。アッシュが人型のまま向かうのは、出来る限り目立つのを避けるためでもあり、彼の身に万が一のことがあった時、セシリアは宙に放り出されてしまうからだ。ラズには彼女を乗せるだけの力はない。

 運び手としてロイが名乗り出たのは、見定めるためだと彼はセシリアに言ったが、もしもアッシュが封印を破るのに失敗した時は、彼が挑むような気がしていた。

 後事を託すといった旨のことを、出立前にロイは妻のリンに伝えていたからだ。

 前に隠れ家としていた地を破るのに、ロイに次いで力の強かった飛竜は命を落としている。部下を犠牲にしたことを、彼は密かに悔やんでいたのかもしれない。

 セシリアはアッシュと共に空を見つめる。

「……何も見えて来ねえが、ラズに迷いがないな」
「そうね……」

 答えながらも、セシリアは強い違和感を覚えていた。背筋が寒くなるような、畏怖に近い感覚。雲とはまた違う、霧のような白い靄が漂っているように見える。ラズの見たという地は、夜の闇の中のためか捉えられない。

 だが、セシリアの五感は、強い何かを訴えていた。
 ひたすら目を凝らし、やがてラズが怯えたように、空中で急停止した。それを見て、ロイもその場に留まった。

「ここか?」

 身を翻して傍まで飛んできて鳴いたラズに、アッシュが確認するように尋ねる。そして、しばらく宙を睨み、大きく息を吐いた。

「……確かに。僅かだが、妙な光が遠くに小さく見えるな」
「光……」

 セシリアは無意識に呟く。

「あぁ、恐らく封印の要だ。俺ができる限り近づいてみ――」

 アッシュの言葉が、途切れた。ロイが驚いたような声で鳴き、ラズが悲痛な声を上げる中。
 セシリアの耳には違う声が届いていた。

 おいで。

 どこからともなく、甘く誘うような優しく冷たい声がした。それは男とも女とも分からない。
 セシリアの瞳は眩い光に囚われて、身体は酷く軽く感じた。自分が浮かんでいるのだと気付いたときには、セシリアの身体は吸い寄せられるように光へと向かっていた。

 身も心も全てを奪われたような感覚がする中、アッシュが自分の名を呼ぶ声だけが遠くで聞こえた。
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