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第二章 戌騎士は、今日もお怒りです
忠犬シグ
ビアンカは、重い足取りで家路についていた。
聖都にいい働き口があると職業安定所から教わり、思い切ってやって来て、はや半年。
前職である国境警備隊と比べると、今の職場である図書館は楽園のような環境だった。福利厚生が行き届き、残業も少なく、職員は女性が中心で皆穏やかで優しい。
何よりも学校を途中で辞めざるを得なかったビアンカにとって、知識の宝庫と言える場所に身を置けることはありがたいことでもあった。
話には聞いていたが、本当に待遇が良いし、来てよかったと思えるようになった。
今までも何度か聖都に良い仕事があるという情報を得ても、ビアンカは故郷を離れる決断ができずにいた。
幼馴染でもあったシグバードと離れることが辛かったからだ。
両親が作った借金返済のために働きに出ざるを得なかったが、借り主である青年への借金は、利息が高い事もあって膨れ上がる一方だった。
実直で、士官学校を首席で卒業した実力者であるシグバードに迷惑をかけたくもないと、自ら婚約破棄を申し出たものの彼への想いが消えた訳では無い。
ただ、魅力的なシグバードのことだから、近い将来違う相手を見つけるだろうと思うと、それを見るのも辛かった。
故郷を発つ最後の日、どさくさ紛れに彼に抱いてもらったことが、ビアンカの心の支えになるはずだった。
「⋯⋯何でまたいるのよ」
ビアンカは泣きたい。
悲壮な覚悟を決めて彼の元を去ったのに、ビアンカが聖都に着いて一週間もたたずに、シグバードと再会することになった。
騎士団でも入隊して早々に頭角を現していた彼は、なんと聖都を守護する近衛兵団に引き抜かれたというのだ。
見目も良く、堅実な仕事ぶりはたちまちのうちに聖都の若い娘達の話題に上っていた。
彼自身、近衛兵団では新入りであるし多忙を極めているはずだと言うのに、ビアンカは帰り道だけでも彼によく会う。
「何でと言われてもな。ここが俺の職場だからだ」
ビアンカは言葉に詰まる。
シグバードの背後には駐屯所があったから、その言い分は正しい。
ビアンカの職場から家に行くまでには、必ずこの駐屯所を通る道を行かなければならなかったから、必然的に彼と顔をあわせる機会があった。
時々、通りがかりにそっと窓から仕事をしている彼の姿を盗み見て、胸をときめかせてしまっているビアンカは、あまりこの点について文句も言えない。
「⋯⋯確かにね。その⋯⋯今日もご苦労さま」
「あぁ。もう側溝に落ちるなよ?」
くすりと笑った彼に、ビアンカは真っ赤にした。
「言わないでくれる⁉」
かつて、故郷でビアンカはシグバードと一夜を共にした。
荷駄に紛れていた媚薬に酔って側溝に落ちかけたところを彼に助けられたのがきっかけになって、勢いのままに抱いてもらったのだ。
あれは聖都に発つ前日で、故郷に残る彼との最後の思い出になったと思ったのだが、その彼は眼前にいる。
しかも、あの日の事を蒸し返してきた。何が言いたいのだと思ったが、媚薬のせいで記憶が幾分あやふやな事もあって、何か恥ずかしい事でやらかしたのではないかと思うと、迂闊に聞けなかった。
腹をたてながら彼の前を通ると、彼が妙に強い口調で言った。
「ビアンカ、真っ直ぐ家に帰れよ。寄り道はするな。変な奴に声をかけられたら、すぐに逃げろ。身体的特徴は憶えておいて、俺に言え。留置場に放り込んでやる」
「だから、子供扱いしないで!」
シグバードは聖都にある士官学校に通っていたこともあり、大都市での暮らしに慣れている。
田舎から出てまだ半年の自分は、同郷の幼馴染ともあって気にしてくれているのだろうが、ここの所、毎日のように同じ事を言われるから、小言のように思えてくる。
ぷりぷり怒りながら去って行く彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、シグバードはようやく駐屯所の中へと入った。
自分の席にやっと戻った新入りに、同僚が呆れ返った顔をして声をかけた。
「いつもより十五分遅かっただけだろ? 誤差の範囲だと思うんだが」
「十五分は駄目だ」
ビアンカは必ず通勤の際に駐屯所の前の道を通るので、必ずシグバードの目に止まった。
閉館時間が決まっている事もあり、定時での退勤が出来る為、彼女の帰宅時間は大体一緒だ。
普段の時間を過ぎると、とたんにシグバードは心配になるらしく、歩哨に立つ振りをして彼女を待つ。
たまに彼女が残業などして遅くなりでもすると、彼の落ち着きが無くなって、大変鬱陶しい。
近衛兵団に入った彼のあだ名は『忠犬シグ』である。
聖都にいい働き口があると職業安定所から教わり、思い切ってやって来て、はや半年。
前職である国境警備隊と比べると、今の職場である図書館は楽園のような環境だった。福利厚生が行き届き、残業も少なく、職員は女性が中心で皆穏やかで優しい。
何よりも学校を途中で辞めざるを得なかったビアンカにとって、知識の宝庫と言える場所に身を置けることはありがたいことでもあった。
話には聞いていたが、本当に待遇が良いし、来てよかったと思えるようになった。
今までも何度か聖都に良い仕事があるという情報を得ても、ビアンカは故郷を離れる決断ができずにいた。
幼馴染でもあったシグバードと離れることが辛かったからだ。
両親が作った借金返済のために働きに出ざるを得なかったが、借り主である青年への借金は、利息が高い事もあって膨れ上がる一方だった。
実直で、士官学校を首席で卒業した実力者であるシグバードに迷惑をかけたくもないと、自ら婚約破棄を申し出たものの彼への想いが消えた訳では無い。
ただ、魅力的なシグバードのことだから、近い将来違う相手を見つけるだろうと思うと、それを見るのも辛かった。
故郷を発つ最後の日、どさくさ紛れに彼に抱いてもらったことが、ビアンカの心の支えになるはずだった。
「⋯⋯何でまたいるのよ」
ビアンカは泣きたい。
悲壮な覚悟を決めて彼の元を去ったのに、ビアンカが聖都に着いて一週間もたたずに、シグバードと再会することになった。
騎士団でも入隊して早々に頭角を現していた彼は、なんと聖都を守護する近衛兵団に引き抜かれたというのだ。
見目も良く、堅実な仕事ぶりはたちまちのうちに聖都の若い娘達の話題に上っていた。
彼自身、近衛兵団では新入りであるし多忙を極めているはずだと言うのに、ビアンカは帰り道だけでも彼によく会う。
「何でと言われてもな。ここが俺の職場だからだ」
ビアンカは言葉に詰まる。
シグバードの背後には駐屯所があったから、その言い分は正しい。
ビアンカの職場から家に行くまでには、必ずこの駐屯所を通る道を行かなければならなかったから、必然的に彼と顔をあわせる機会があった。
時々、通りがかりにそっと窓から仕事をしている彼の姿を盗み見て、胸をときめかせてしまっているビアンカは、あまりこの点について文句も言えない。
「⋯⋯確かにね。その⋯⋯今日もご苦労さま」
「あぁ。もう側溝に落ちるなよ?」
くすりと笑った彼に、ビアンカは真っ赤にした。
「言わないでくれる⁉」
かつて、故郷でビアンカはシグバードと一夜を共にした。
荷駄に紛れていた媚薬に酔って側溝に落ちかけたところを彼に助けられたのがきっかけになって、勢いのままに抱いてもらったのだ。
あれは聖都に発つ前日で、故郷に残る彼との最後の思い出になったと思ったのだが、その彼は眼前にいる。
しかも、あの日の事を蒸し返してきた。何が言いたいのだと思ったが、媚薬のせいで記憶が幾分あやふやな事もあって、何か恥ずかしい事でやらかしたのではないかと思うと、迂闊に聞けなかった。
腹をたてながら彼の前を通ると、彼が妙に強い口調で言った。
「ビアンカ、真っ直ぐ家に帰れよ。寄り道はするな。変な奴に声をかけられたら、すぐに逃げろ。身体的特徴は憶えておいて、俺に言え。留置場に放り込んでやる」
「だから、子供扱いしないで!」
シグバードは聖都にある士官学校に通っていたこともあり、大都市での暮らしに慣れている。
田舎から出てまだ半年の自分は、同郷の幼馴染ともあって気にしてくれているのだろうが、ここの所、毎日のように同じ事を言われるから、小言のように思えてくる。
ぷりぷり怒りながら去って行く彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、シグバードはようやく駐屯所の中へと入った。
自分の席にやっと戻った新入りに、同僚が呆れ返った顔をして声をかけた。
「いつもより十五分遅かっただけだろ? 誤差の範囲だと思うんだが」
「十五分は駄目だ」
ビアンカは必ず通勤の際に駐屯所の前の道を通るので、必ずシグバードの目に止まった。
閉館時間が決まっている事もあり、定時での退勤が出来る為、彼女の帰宅時間は大体一緒だ。
普段の時間を過ぎると、とたんにシグバードは心配になるらしく、歩哨に立つ振りをして彼女を待つ。
たまに彼女が残業などして遅くなりでもすると、彼の落ち着きが無くなって、大変鬱陶しい。
近衛兵団に入った彼のあだ名は『忠犬シグ』である。
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