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第二章 戌騎士は、今日もお怒りです
誤解
それから数日の間、ビアンカは徹底的に彼を避けた。
駐在所の前を通る時は走って通過し、声をかけられそうになったら耳を塞いだ。
職場を行き来する時間もなるべくバラバラにして、無駄に早く行ったり遅く帰ったりして何とか乗り切った。
ランスとの約束の日が明日に迫る中、仕事を終えて自宅に帰ったビアンカは、部屋の片隅で一人座っていた。震える手でポシェットを開けて中身を確かめると、慌ててすぐに閉めた。
「⋯⋯借金返済の為よ⋯⋯仕方が無かったのよ⋯⋯」
何度も自分に言い聞かせた言葉を吐いたが、それを咎めるかのように、部屋の四方から大きな音がして、胃がキリキリと痛みだした。
ただでさえ目前に迫る期日だけでも、悩ましいというのに。
シグバードの美味しい料理にすっかり慣れてしまっていたせいで、質素な食生活による空腹がつらい。
朝が苦手でなかなか起きられず、遅刻したらどうしようと悩むあまり、ここ数日は熟睡もできずにいる。
このまま自宅にいたら、ストレスの余り訳の分からない事を叫びそうになる気がして、ビアンカはポシェットを握りしめて、部屋を出た。
道へと出て、さてどこに行こうかと思った矢先――――シグバードと鉢合わせするなんて、普通は思わない。
回れ右をしそうになったが、鋭い声が飛んできて凍りついた。
「待て、何で俺の顔を見て逃げる。ここの所、ずっとだぞ」
「に、逃げてないわよ⁉」
「嘘をつけ。後ろ暗い所があるとき、お前の目はすぐに右上にいく。落ち着きもなくなって、あちこちふらふらと出歩くだろ」
さすが幼馴染。いらないことまで覚えている。
頭を抱えたくなるビアンカを他所に、シグバードは彼女の腕を掴むと、半ば強引に自分の家へと連れて行った。
本気で怒り狂っているシグバードに、ごまかしが通じない事を、彼と長い付き合いであるビアンカはよく知っている。
居間のソファーに座らされ、隣に座った彼に、洗いざらい申の青年とのやり取りを話さざるをえなかった。自分の借金だからと、以前と同じように援助を名乗り出られる前に断りを入れようとしたが、彼の鋭い目を向けられて、ぎくりとする。
「他には」
「全部話したじゃない⁉」
「あのクソザルが下種なのは今に始まった事じゃねえ。俺の顔を見て、蒼白になるような事でもないはずだ」
「それは、また貴方に迷惑をかけるかと思って⋯⋯」
「違うな。さっきから、妙に鞄を気にしてるじゃねえか⋯⋯あぁ?」
ビアンカは冷や汗を滲ませた。
――――な、何かしら、この鋭さ。シグバードに追い詰められる犯罪者の気持ちが、ちょっとだけ分かったわ。
こうなるともう降参して自白するしかない。
「み、店を出た帰り道で街を歩いていたら、若い男の人から⋯⋯すぐに大金が手に入るよって声をかけられたの。やった事なんてなかったし⋯⋯何度も断ったんだけど⋯⋯今、発情期で困ってもいたみたいで⋯⋯その⋯⋯一度だけならいいかなって⋯⋯」
しどろもどろになるのは、話せば話すほどシグバードの怒気が凄まじい事になっているからだ。
無表情を貫き何一つ言葉を発しないと言うのに、とんでもなく怖く感じるのは、自分にも負い目があるせいだろう。
なるべく彼の逆鱗に触れないように言葉を選んで話しているが、逆効果な気がしてくる。
「一度で済むわけないだろ」
「鋭いわね⋯⋯他の人からも声をかけられたわ⋯⋯皆、困っていたのね。買ってもらってよか――」
「ビアンカ!」
特大の雷が落ちてきて、ビアンカは半泣きになった。言わなくていい事を言ったらしい。
「じ、時期が悪かったのよ⋯⋯」
項垂れつつ、諦め悪く擦ってみたが、シグバードの怒気が膨れ上がっただけだった。
「だって実際そうでしょう⁉ 発情期なんて、みんな盛って本当に迷惑だわ。私、上だけじゃなく、下でもされるなんて思わなかったもの!」
「なんだと⋯⋯?」
「⋯⋯止めて欲しかったのに⋯⋯横からも。後ろもあったわね! 思い出しても泣きたくなるわ!」
シグバードは戦慄した。
発情期の季節は、色街が一番盛況になる。
客引きをしなくても男女問わず店を訪れるし、羽振りのいい客もいるだろう。店も稼ごうと、街行く者に身体を売らないかと声をかけることも多い。
一度で大金が手に入る、というのは常套句だ。
給料の殆どを返済に充て、期日も短く追い込まれた彼女は最終手段を取ったのだろう。
だが、性欲があり余っている客は一度などでは済ませないだろうし、素人のビアンカなどいい餌食だったはずだ。実際、様々な体位を求められたようだ。
――――そこまでして、俺の手を借りたくないのか。
シグバードは自分がふがいなくて、悔しかった。
そして相変わらず自分を追い詰める手段ばかり取る意地っ張りな彼女にも、腹が立った。
「思い出すな。全部忘れさせてやる!」
唸るように言うと、シグバードはビアンカを抱き上げて、寝室へと向かった。
駐在所の前を通る時は走って通過し、声をかけられそうになったら耳を塞いだ。
職場を行き来する時間もなるべくバラバラにして、無駄に早く行ったり遅く帰ったりして何とか乗り切った。
ランスとの約束の日が明日に迫る中、仕事を終えて自宅に帰ったビアンカは、部屋の片隅で一人座っていた。震える手でポシェットを開けて中身を確かめると、慌ててすぐに閉めた。
「⋯⋯借金返済の為よ⋯⋯仕方が無かったのよ⋯⋯」
何度も自分に言い聞かせた言葉を吐いたが、それを咎めるかのように、部屋の四方から大きな音がして、胃がキリキリと痛みだした。
ただでさえ目前に迫る期日だけでも、悩ましいというのに。
シグバードの美味しい料理にすっかり慣れてしまっていたせいで、質素な食生活による空腹がつらい。
朝が苦手でなかなか起きられず、遅刻したらどうしようと悩むあまり、ここ数日は熟睡もできずにいる。
このまま自宅にいたら、ストレスの余り訳の分からない事を叫びそうになる気がして、ビアンカはポシェットを握りしめて、部屋を出た。
道へと出て、さてどこに行こうかと思った矢先――――シグバードと鉢合わせするなんて、普通は思わない。
回れ右をしそうになったが、鋭い声が飛んできて凍りついた。
「待て、何で俺の顔を見て逃げる。ここの所、ずっとだぞ」
「に、逃げてないわよ⁉」
「嘘をつけ。後ろ暗い所があるとき、お前の目はすぐに右上にいく。落ち着きもなくなって、あちこちふらふらと出歩くだろ」
さすが幼馴染。いらないことまで覚えている。
頭を抱えたくなるビアンカを他所に、シグバードは彼女の腕を掴むと、半ば強引に自分の家へと連れて行った。
本気で怒り狂っているシグバードに、ごまかしが通じない事を、彼と長い付き合いであるビアンカはよく知っている。
居間のソファーに座らされ、隣に座った彼に、洗いざらい申の青年とのやり取りを話さざるをえなかった。自分の借金だからと、以前と同じように援助を名乗り出られる前に断りを入れようとしたが、彼の鋭い目を向けられて、ぎくりとする。
「他には」
「全部話したじゃない⁉」
「あのクソザルが下種なのは今に始まった事じゃねえ。俺の顔を見て、蒼白になるような事でもないはずだ」
「それは、また貴方に迷惑をかけるかと思って⋯⋯」
「違うな。さっきから、妙に鞄を気にしてるじゃねえか⋯⋯あぁ?」
ビアンカは冷や汗を滲ませた。
――――な、何かしら、この鋭さ。シグバードに追い詰められる犯罪者の気持ちが、ちょっとだけ分かったわ。
こうなるともう降参して自白するしかない。
「み、店を出た帰り道で街を歩いていたら、若い男の人から⋯⋯すぐに大金が手に入るよって声をかけられたの。やった事なんてなかったし⋯⋯何度も断ったんだけど⋯⋯今、発情期で困ってもいたみたいで⋯⋯その⋯⋯一度だけならいいかなって⋯⋯」
しどろもどろになるのは、話せば話すほどシグバードの怒気が凄まじい事になっているからだ。
無表情を貫き何一つ言葉を発しないと言うのに、とんでもなく怖く感じるのは、自分にも負い目があるせいだろう。
なるべく彼の逆鱗に触れないように言葉を選んで話しているが、逆効果な気がしてくる。
「一度で済むわけないだろ」
「鋭いわね⋯⋯他の人からも声をかけられたわ⋯⋯皆、困っていたのね。買ってもらってよか――」
「ビアンカ!」
特大の雷が落ちてきて、ビアンカは半泣きになった。言わなくていい事を言ったらしい。
「じ、時期が悪かったのよ⋯⋯」
項垂れつつ、諦め悪く擦ってみたが、シグバードの怒気が膨れ上がっただけだった。
「だって実際そうでしょう⁉ 発情期なんて、みんな盛って本当に迷惑だわ。私、上だけじゃなく、下でもされるなんて思わなかったもの!」
「なんだと⋯⋯?」
「⋯⋯止めて欲しかったのに⋯⋯横からも。後ろもあったわね! 思い出しても泣きたくなるわ!」
シグバードは戦慄した。
発情期の季節は、色街が一番盛況になる。
客引きをしなくても男女問わず店を訪れるし、羽振りのいい客もいるだろう。店も稼ごうと、街行く者に身体を売らないかと声をかけることも多い。
一度で大金が手に入る、というのは常套句だ。
給料の殆どを返済に充て、期日も短く追い込まれた彼女は最終手段を取ったのだろう。
だが、性欲があり余っている客は一度などでは済ませないだろうし、素人のビアンカなどいい餌食だったはずだ。実際、様々な体位を求められたようだ。
――――そこまでして、俺の手を借りたくないのか。
シグバードは自分がふがいなくて、悔しかった。
そして相変わらず自分を追い詰める手段ばかり取る意地っ張りな彼女にも、腹が立った。
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