稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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サンクチュアリ

導き

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御神木にまみえ、今またその精霊の声に誘われ、二人は深い深い森を駆け抜けている。


「茜音、待って・・・・
もうちょっとゆっくり・・・・お願い・・・・・

僕・・・」


ぜえぜえと息をきらせ、必死に茜音の誘導に食らいつく蒼音は、汗を流しながら山道を急いだ。
日陰が続くとはいえ、夏の陽気は容赦なく体力を消耗させてゆく。

『うん、わかった。
もう少ちゆっくり行こう。
精霊さんもゆっくり案内ちてくれるって言ってるよ」

「あ・・・
いや、やっぱり急ごう!急がなきゃ・・・・
桜井さんが待ってるんだ。

足が痛いのを我慢して待っているんだ。
僕が行かなきゃ・・
桜井さんを助けなきゃ」


ほうほうの体で、蒼音は山を這い上がった。

なにしろ、普段体育の時間以外は、運動らしいことはやらない蒼音だ。
彼の人生で未だかつて、これほど心血を注いだことがあっただろうか?
これほどまで死に物狂いで己自身と闘ったことがあったろうか?

汗がしたたり落ち、喉の奥がひりひりと乾き、手のひらには棘がささり、膝はすりむけて血が出ていた。
満身創痍、闘う少年の勇姿があった。


何度も転び、起き上がり、とうとう彼は登山道にまで出ることができた。

木の枝に、赤いリボンが結んであるのが目印だ。
ここまでくれば後は、先生を呼びに更に登ってゆけばいいだけだ。
きっと先生はもう、山頂まで着いている頃だろう。

道なき道を登ることを思えば、通常の登山道など楽勝だ。

「茜音、ここまでくればあとは大丈夫だよ!
精霊さんに伝えて、ありがとうって。
もうここまでで十分ですって。
これ以上僕たちに付き合わせるわけにはいかないよ。
御神木の元で待つ、あの二人をどうか見守ってあげてください・・・・って伝えて」

『うん蒼音。

精霊さんもわかりまちたって言ってるよ。
蒼音の気持ちは伝わってるよ。
助けが来るまで、二人のことは任せてって言ってるよ。
だからもうひと頑張りちなさいって・・・
早くお行きなさいって、そう言ってるよ』

「うん、行こう茜音!
ここからも・・・
また僕と一緒に行ってくれる?」

『行こう蒼音、先生を呼びに行こう!』



《・・・おいき可愛い子供達・・・・
自分の力を信じて・・・何事も自分の力で解決すれば、きっと道は開けるから・・・・・》



精霊の声に見送られて二人は山道を駆け上がっていった。



どのくらい駆けただろうか。

当たり前だが、他の班の後ろ姿はもう見えなかっ
た。
蒼音は少し立ち止まり呼吸を整えた。
すると、前方の木陰から人の気配がして声が近づいてきた。


「・・・・・・―ぃ・・・・・ぉーい・・・・・おーい・・・



そこにいるのは誰だー

・・・ん?園田か?

やっぱり園田じゃないか!」

それは五十嵐先生だった。
なかなか山頂に姿を現さない蒼音達を探しに、先生は一人で下山してきたのだ。

先生は走りながら駆け寄ってくれた。

「園田!一体どこにいたんだ?

他の二人はどうした?ん?
何かあったのか?ん?」

先生は何一つ怒鳴ることなく、蒼音に問いかけた。
先生に会えたこと、そして先生が予想に反してあまりにも優しかったから、蒼音は張り詰めた緊張の糸が緩み、涙がこぼれ落ちそうになった。

しかし泣くにはまだ早かった。

「先生ごめんなさい。

あとでいくらでも僕を叱ってください。
今はまず桜井さんを助けてあげてください!こっちです。滑り落ちて怪我をしてるんです」

「そりゃいかん!
案内できるか園田?」

「はい!注意して、僕に付いてきてください」



気丈にも先生を誘導し、たった今苦労して登ってきたばかりの道を引き返した。
二人は滑らぬように慎重に斜面を下った。


蒼音は間違えることなく、来たとおりのところを辿り、先生を誘導することができた。
下りはさほど時間を要しなかった。

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