稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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鼓動

秘密

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___中編____



母が握ってくれた、大きな大きなおむすび。

外側はびっしり海苔に覆われて、中には梅干とおかかが詰められていた。
そして、添えられた小さな小さな手紙。




それは遠足前夜の出来ごと・・・・

明日のことを考えて早めにベッドに入った蒼音は、たいした時間も要さずにスヤスヤと寝息をたて始めていた。
蒼音がすっかり眠りに落ちた時刻、リビングに一本の電話が鳴り響いた。

それは時バアからだった。

「あ、お母さん、この前電話くれたんやってね。

忙しかったから、ついついかけ直すの忘れてたわ。
どう身体の調子はいいの?

元気ならなにより。
叔母さん叔父さんは?
マーちゃんケィちゃんは?
親戚一同は相変わらず?」

蒼音の母は、実母である時バアからの電話に、リラックスして話し始めた。

「遠足?
ああ、蒼音から聞いてたんやね。
うんそう明日ね。
だからもう寝てるんよあの子。
蒼音に変わってほしかったん?ん違うの?

え?今夜は私に大事な話があるって?」

時バアは娘に伝えたいことがあって、わざわざ夜中に電話をしてきたのだ。
実母からあらたまった話しがあるなど、初めてのことかもしれない。

梢はダイニングの椅子に腰かけ、ゆっくり背もたれに寄りかかった。
そして、時ばあは、ゆっくりと話しを切り出した。

「梢、あんたに話そうか迷ったけど・・・
この前、蒼音と電話で話したとき、あの子私に聞いてきたんよ」

「何?
何て言ってたん?」
「あの子な・・・
“どうして僕は一人っ子なの”って私に聞いてきたんや」

「・・・そう、そんなこと言うたんやあの子。

蒼音、寂しいんかな?やっぱり寂しいんやろな。
引越しばっかり経験してきたから、今も寂しいんかな」

「それだけやろうか?
そうやとしても、あの子やっぱり我慢してるんやろうね。
ちゃんと向き合ってあげてな・・・」

「勿論やん。我が子やもん。大事に思ってるよ」

「それやったら安心した。

余計なお世話やいてしもうて、堪忍やで。
そやけど、ほんまに蒼音はまだ何も知らないんやね」

時バアは娘である梢に、意味深に問いかけた。

「・・・・うん、まだ教えてない。

一時は、ほんまに教える必要があるのかどうか迷ったこともあるんよ。
けど隠すこともないやろうし、時が来たら話すつもりではいたんよ」

「そうやね・・・
うん・・・
ほんま・・時が来たら・・・が一番ええね」


「うん・・・・あの子が十歳になったら話そうって決めてる。
せやから私ら夫婦も、あの子が事実を受け止められる年齢までは・・・ってずるずる引き伸ばしてしもうたわ。
もっと早くに教えあげることもできたけど、でも・・・

蒼音は繊細で優しいし、深く考え込むタイプやから、今までよう言えんかった。

わかってたよ。

あの子がいつも、いろんなこと我慢してたんは、なんとなく気づいてたよ。
忙しい私らを心配させんようにと、今まで弱音なんか吐いたことなかった。

そういう子やからこそ、余計に言えんかった。
あの子、ほんまに優しい子やから。

そやからお母さん、もう少し私らに時間をちょうだい。
あの子がもし、まだまだ未熟で、本当のことを聞かされてショックを受けたら、その時はあの子の想いを受け止めてあげてほしいねん」

「わかったよ。

私でお役に立てるなら、その時はいくらでも協力するから。
こないだあんなこと言ってたから、ちょっと心配やったんや。

まだ友達でけへんのか、気になってしもてな。
でも大丈夫そうやな、梢の子やもんな。
真は強い子やからな蒼音は」

「うんお母さんありがとう。

再来月、あの子が十歳の誕生日を迎えたら、“茜音”のことはきちんと説明してあげるつもり。

親としてのけじめやもんな。
蒼音がこの世に生まれたこと、それがどんなに奇跡やったかを話してあげるわ。
心配してくれてありがとうお母さん。

あ、そうや、忙しいかもしらんけど、そのうち一度わたしらの新居に遊びにきてな」

「うん行くよ。楽しみにしてる。じゃあまたね」



母の梢は何年もの間、明かせぬ事実を心の奥深くに封印していた。

その秘密を明かす代わりに、蒼音へ励ましの手紙をお弁当に添えて送ったのだ。

遠足前夜・・・・

母と時バアがそのような会話を交わしていたことなど露ほども知らず、蒼音は夢心地の中で眠っていた。



もう夜はとっぷり更けていた。
遠足前夜の夜空には、下弦の月が仄かに輝き、あたりを優しく包み込んでいた。

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