稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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夕焼け小焼け

手と手

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《・・・・と

・・・音

・・・・蒼音聞こえる?

あたちの声が聞こえる?》

《え?
茜音?

茜音の声なの?
一体どうやって話かけているの?

これは夢?

夢の中なの?》

《えへ、わかんない。
でも話せるね。
あの時みたいだね。
覚えてる?

お母しゃんのお腹の中にいた頃、あたちたち、よくお話ちちたよね》

《・・・うん、覚えているよ。
っていうか覚えているような気がする。
思い出したような気もする。

たしか・・・

お母さん達が、僕ら双子の名前を考えた頃だよね?
あの頃から僕達、互に想いを通じあえるようになったよね。

お腹の中でね。

そういえば、いつもお母さんが僕らに声をかけてくれて、歌をうたってくれたりしたね。

赤とんぼの唄、僕覚えてるよ。
楽しかったな》

《それに温かかったね。
お腹の海の中は、気持ちよかったね。

ずっとここにいたいって、そんなこと話ち合っていたよね》

《うん、生まれる時は苦しいのかな?
って不安だった。
けど、早く一緒に生まれたいとも話したね。

あの時あの頃は、未来が待ち遠しかった。
全てが順調だった。
二人で手を握り締め合い、その日が来るのを待ち望んだよね》

《そうだね。
楽ちみだったね。
外にはどんな世界が待っているかワクワクちたね》



《・・・でも君はいなくなってしまった。


ある日突然、君は、僕の呼びかけに応えてくれなくなり、握り合った手が、次第に冷たくなって、君は日毎に小さくなってゆき、そしてとうとう僕は一人残されたんだ。

何度呼んでも、返事はなった。

僕は泣いた、お腹の中で声にならない声を出して泣いた。
お母さんの泣き声も聞こえていた。

お母さんは毎日泣いていた。

だから僕も生まれるのをやめようかと悩んだ。


だけど、お母さんが泣くのをやめて、僕を励ましてくれたから、僕は生まれることを決めたんだ》


《蒼音頑張ったね。
あたちの分も頑張ったんだね。
えらいね蒼音。

今・・・

生まれたこと後悔ちてるの?
それとも生まれてよかった?》

《ど、どうしてそんなこと聞くの?

そんなこと、この僕が言えないよ。
そんなこと茜音に言えないよ。

僕は・・・・

僕は・・・・

二人で受けるはずだったこの世の幸福を、独り占めしたんだよ。

君も受けるはずだった、お父さんお母さんの愛情を僕は一人で受けてしまった。
君も歩むはずだった未来の恩恵を、僕だけが奪ってしまった。

僕には、自分の生き方を評価する権利なんてないよ。

茜音は一人きりで逝ってしまった。だったら、僕こそ同じように孤独じゃなきゃいけないんだ。

そうだよ、ずっとそうしてきた。

友達なんか作って楽しんじゃ駄目なんだよ僕は。

あの時・・・

僕も茜音と一緒に逝けばよかった。
そうすれば、茜音も今まで寂しくなんてなかったろう?》

《違うよ、あたち寂ちくなんかないよ。
あたち今までずっと寂ちくなかったよ。

蒼音とずっと一緒だったから。

蒼音が嬉ちい時は、あたちも嬉ちかった。
蒼音が悲ちい時は、あたちも悲ちかった。

あたちはいつも蒼音の中にいたんだよ。

だから、あたちも蒼音も一人じゃなかった。
蒼音を通ちて、あたちはこの世を感じることができたんだよ。

蒼音がいたから、この世の感動を、同じように感じることが出来たんだよ》

《じゃあ茜音?

これからも僕と一緒にいてくれるだろう?

ねえそうだろう?

どうしたの?
何故黙っているの?

茜音?


返事をしてよ。
あの時みたいに黙って逝ったりしないで。

僕を残して一人で逝ってしまわないで・・・


茜音!》



返事のない夢の最後・・・・


夢・・・・

だったのだろうか?

気がつくと外はもう明るくなっていた。
夢の終わりを見届ける前に、もう朝を迎えていた。

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