稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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普遍

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昨夜は寝る前に十分泣いたおかげだろうか、今朝はもう涙も出尽くし枯れ果てていた。

少し腫れた瞼が気になる位だった。

腑抜けのように空っぽかと思われたが、一晩眠ったおかげで、少しは気分も落ち着いていた。

しかし蒼音は昨夜の夢のような出来ごとを思い返し、すぐ隣でまだ寝息をたてる茜音の姿を確認すると、ほっと安堵のため息をもらした。

(よかった・・・

茜音が消えてしまうんじゃないかって、ものすごく不安だった)

夢が現実でないことに安心した蒼音は、朝食の席で、昨夜のことをみんなに詫びた。



「昨日はごめんね。
突然泣いたりしてみんなを困らせてしまって。
僕、いつもいつも泣いているよね。

みんなの前で泣いてばかりで恥ずかしい奴だよね。
ちょっとは呆れているだろう?」

「そんなことない!

園田君は優しいからこそ、人前でも泣けるんじゃない。
自分をさらけ出すってなかなかできないよ。

それにあたしだって同じだよ、園田君のような境遇だったら、もう泣いて泣いて暴れてるよ」

「俺だってそうだよ。
俺、妹がいるのが当たり前だと思ってた。

でも、それってそうじゃないんだって思えたよ。

うまく言えないけど、当たり前のことなんかこの世にはないんだな、って考え直したよ」

琴音も涼介も、事実を知ってしまった今、彼等なりに思うところがたくさんあったようだ。

『琴音、涼介、あたちもね、思ったよ。

二人に会えたのは、蒼音のおかげだって、思えたよ。
記憶のないあたち一人じゃ、ここに来れなかったもん。

みんなの心が繋がってここに来れたんだもん。
それってすごい偶然だね。
当たり前じゃないもん。
奇跡だよ。
みんなが奇跡を起こちてくれたんだよ』


驚いた。

みんな驚いていた。
なんだかいつもの茜音じゃないみたいだった。

いつもは言葉数が足りず、そんなにたくさん話したりすることはなかった。
だのに、一晩経っただけなのに、随分と成長したように見受けられた。

「茜音ちゃん、本当に生前からのことを思い出したのね。
すごいね」

『うん、ありがと琴音。
思い出ちたっていうより、今まで気がつかなかったの。

蒼音に憑いて、あたちも何度も引っ越すうちに、ここでの記憶が薄れて、いつの間にか眠っているような、うとうとちた感じだったの。

蒼音の中にとどまって、ずうっとお母しゃんのお腹にいる気分だった。
でもね、蒼音の強い気持ちに引き出されて、蒼音の前に出ちゃった』

「そうなんだね。そうだったんだね。
今まで不安だったでしょう?
思い出せて本当によかったね」




「さあさ、朝ごはん出来たよー。
みんな運ぶの手伝ってよー」

台所から時バアの声が聞こえたので、皆でこぞってお手伝いをした。

「お腹いっぱい食べたら、悩みなんか小さくなるよ。

衣食足りて礼節を知る。

って言葉知ってるか?
お腹も暮らしも満たされてこそ、人間は人間らしい尊厳を保てるってこと。

自分が満たされてこそ、人にも優しくなれるんやで。
だからたくさん食べて、いっぱい遊んでしっかり寝る。

これだけでも悩みの半分は解決したも同じや。
な、だから今日もたくさん食べるんやで」

時バアはそういうと、お椀になみなみとお味噌汁をよそい、山盛りの炊きたてごはんを盛ってくれた。

目玉焼きに、マカロニサラダ、煮豆、フキの佃煮、焼き海苔、ぬか漬けに、食後の西瓜に葡萄。
けして華やかではないけれど、ほっと安心できる食卓があった。


「いただきまーす」


「今日は外で遊んでおいで。
用水路にタニシやザリガニがおるかもよ。
稲刈の邪魔せえへんかったら、どこで遊んでもいいよ。
この辺りのことやったら、蒼音もわかってるしな」



朝食を済ませると、子供たち四人は外に出て遊んだ。


普段都会に住んでいると味わえない、のどかで優雅な景色と時間。

だがしかし、昨日無人駅から歩いて来たときも感じたが、お店といえば、駅前に小さな個人商店のコンビニがひとつ。
あとは郵便局に小さな診療所、ラーメン屋さん。

ファストフードもゲームセンターもカラオケボックスもない。
車でゆけば、国道沿いにはある程度並んでいるだろうが、ひとたび田んぼと農道に入れば、民家がぽつぽつ点在するだけ。


ここで暮らすということは、便利なことばかりではなさそうだ。
学校までも遠いかもしれない。


だとしても、それらを差し引いても、ここには魅力があった。

人の足を引き寄せるものがあった。
心の古里・・・均衡を保てなくなった心を、いい塩梅に中和してくれる、そんな力を与えてくれる場所であった。

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