たとえ誰に望まれなくとも

リコピン

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1-10.幕間

 数日後。
 屋敷は一定の落ち着きを取り戻した。
 一時の対立は、表面的な平穏に覆い隠される。

 そんな中、アランが一通の封書を持ち帰った。
 金の蝋に王家の紋章。
 宛先はベルモン公爵家令嬢。
 王妃からの招待状だ。

「心して準備にかかれ」

 その一言でアランは満足する。
 後は全てマルグリッドに一任して。
 自分の妻がどんな顔をしているか、確かめようともしない。

***

 夜。一人の部屋で息をつく。
 茶会を前に、私の周りは静かだ。
 身体の採寸をされたぐらい。
 後は、誰も余計な手出しをしてこない。

(以前のように、下手に顔に傷をつくる訳にはいかないものね)

 春の茶会。
 上流貴族の子女の顔合わせ、その最初の舞台。
 どの家も万全の状態で子どもたちを送り込む。
 
 死に戻る前、私の人生が大きく変わった場所だ。

 王妃エレオノール、王太子レオナルド。
 彼らに再び相まみえる日。
 気分が高揚する。
 
(漸く、ここまで来たわ)
 
 不意に音がした。
 窓枠にコツリと当たる石。
 窓の外を確認するが、闇が広がるのみ。
 
 慎重に窓枠を持ち上げる。
 闇夜から小さな闇が現れた。
 ダミアンが、スルリと部屋に滑り込む。
 
 部屋に降り立ち、所在なさげにする彼。
 微笑んで近づき、その顔を見上げる。
 
「何かいい情報でも?」
「いや」

 ダミアンは首を横に振る。

「情報はない。ただ……」
 
 彼は言葉を濁し、部屋を見回す。
 それから、こちらを向いた。
 
「様子を見に来た」
「……そう」
 
 意外、ではなかった。
 私の素性を知ったからだろう。
 彼は私に同情的だ。
 それに気づかぬほど鈍くはない。
 
 ただ、決めかねていた。
 彼のその感情に対する、自身の態度を。
 
(……思えば、昔もそうだったわ)

 修道院を定期的に訪れていたダミアン。
 彼は修道女たちの懺悔を聞く立場にあった。
 
 始まりは、修道女たちの訴え。
 私は修道院の鼻つまみ者だった。
 規律を乱す厄介者。 
 異物を持て余した彼女たちは、彼に私を丸投げした。

 ロザリーヌ・ベルモンを導いてほしい――

 そこから、私とダミアンの戦い――少なくとも、彼にとっては――が始まった。

――待て! 何だその横暴な考え方は!?
――違う! どうしたらそんな結論になる?

 神の教え、ダミアンの導き。
 私には何一つ理解できなかった。
 ダミアンは呆れ、次第に牧師らしからぬ態度になる。

――……本当に、お前は何も学ばずに大人になったんだな。

 困り顔の溜息。
 思い出して、ムッとなる。

(今考えても、かなり屈辱的な言葉よね)
 
 そう思うのに、彼に対する怒りはない。
 あの時の私はどうだったか。
 バカ真面目。口うるさい。鬱陶しい。
 けれど、ただ一人、「まともな会話」のできる相手――

「……あんたも、王妃の茶会に出るんだろ?」

 突然の問い。
 発したダミアンは、ジッと答えを待つ。
 瞬き一つして、答えを返した。
  
「ええ、そうよ」
「あんたも、王太子妃の座を狙っているのか?」
「当然でしょう」

 答えると、彼が眉を潜める。

「目的は金か? 権力か?」
 
 その声には、隠しきれぬ嫌悪が滲んでいた。
 思わず笑う。
 
「『金と権力』。そうね、確かに必要だわ」

 王家に近づく権力。
 ベルモン家を廃するための力。

「どちらも手に入れるつもりよ」

 決意を込めて告げる。
 ダミアンの眉間に皺が寄る。
 押し殺した低い声。
  
「……母親の敵を討つつもりか?」

 その問いには答えない。
 ダミアンが溜息をついた。

「無茶だ。気持ちは分かるが、相手が悪すぎる」

 それにも答えない。
 無言の答えに、ダミアンが「俺が」と告げる。

「俺がなんとかしてやる。あんたのこともちゃんと逃がしてやれるように――」
「止めて」
「っ! お前は子どもだっ! 自分が何をしようとしているのか、全然分かってないだろう!?」

 声を荒げるダミアン。
 彼に向かって、「シッ」と人差し指を立てる。

「分かっているわ。分かっているからこそ、私はここにいるの」

 ゆっくり首を傾げ、口の端を上げた。
 
「私は今の状況に感謝さえしているわ」

 言葉を呑み込むダミアン。
 その目が、探るように私を見つめる。

「この家を内から食い破る。無茶ではないし、無謀な真似もしない」
 
 復讐の一端。
 彼が小さく首を横に振る。
 その目が「理解できない」と訴える。

「大丈夫よ。アラン・ベルモンにとって、私は大事な手駒」
「それは……」
「そう簡単に廃棄はされない」
 
 王太子妃候補になれば、それは確実になる。
 
 それでも、納得のいかない様子のダミアン。
 私という子どもを本気で憐れんでいる。
 その同情に、「つけ込んでやれ」と囁く声もあるが――

「そんなに心配なら、あなたが見張っていればいいでしょう?」
 
 告げると、「どういう意味だ?」と返される。

「私が動けるのはあなたという手駒あってこそ。あなたに拒否されれば、私の行動は制限される」
「その『手駒』ってのはやめろ。……駒じゃない。俺も、お前も」

 彼の不満に肩を竦めて答える。

「あなたが『無茶だ』と判断したら、拒否すればいいわ」
「……俺を脅すのは止めたのか?」
「あら。今更、あなたに脅しが通じる? ……あなたの破滅は私の破滅でもあるのよ」
 
 正直、ダミアンを失うのは手痛い。
 とは言え、そうなれば他の手段を探すが。

 返事のないダミアン。
 そんな彼を見上げ、「ところで」と本題を告げる。
 
「いくつか用意してもらいたいものがあるの」
「……無茶な要求でなけりゃ、聞いてやる」
「無茶ではないわ。ただの盗み。あなたの得意分野でしょう?」

 閉口した彼に、「それと」と追加の指示を出す。

「あなた、何日くらいなら王都を離れられる?」
「は?」
 
 間抜けな声が返る。
 その顔に、思わず笑う。

「大したことじゃないわ。……ただ少し、確かめたいことがあるの」

 月明かりが差し込み、カーテンが揺れた。
 光の中、私が打つ新たな一手。
 次の舞台が静かに動き出していた。

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