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1-13.導火線
お茶会から数日。
私は、机の上に洒落た便箋を広げた。
丁寧にペンを走らせる。
差出人の名はシャロン・ヴァレール。
マクシムと同い年の、婚約者の名だ。
拝借した――書庫に放置されていた彼女からの手紙。
その筆跡を真似て書く。
宛名は勿論、「マクシム・ベルモン様」
内容は短く、けれど甘やかな文章で愛らしく。
『情熱の騎士マクシム様
明日のお茶会、マクシム様を友人に紹介したいの。
どれだけ私を愛しているか、皆に知らしめて。
アドリアン・サン=ヴェルネのような情熱を
期待しているわ』
サン=ヴェルネは王都で人気の舞台男優だ。
現在、国立劇場で上演中の恋物語の主役を務める。
既に、彼の演技はご婦人方の噂の的。
後に「アドリアンのような」という語を生む。
書き上げた手紙を封緘する。
封蝋には、ダミアンの用意した印。
ヴァレール家の紋章に極めて近い、偽物だ。
(さて、これでどれだけ踊ってくれるかしら)
マクシムの性格からすると、十分。
あの男は称賛に弱い。
見せ場があれば必ず飛びつく。
(失敗したら……、そうね、その時は次のダンスを考えましょう)
封筒を手に部屋を出た。
***
翌日、マクシムは上機嫌で支度を整えた。
濃紺の燕尾服に金糸の刺繍。
何度も鏡を見ては、髪の乱れを直す。
訝しんだマルグリッドが尋ねる。
「その格好はなに? お茶会に行くのではないの?」
「そうですよ。この格好は、まぁ、シャロン嬢の望みを叶えるためです」
「あの子が……?」
マルグリッドが不審そうに眉を潜めた。
それに、マクシムは笑って答える。
「政略とはいえ、婚約者ですから。たまには機嫌をとっておかないと」
鼻歌でも歌い出しそうな勢い。
上機嫌のまま、彼は屋敷を出て馬車に乗り込んだ。
***
それから判刻――
予定よりもずっと早く、マクシムは帰宅した。
ベルモン家の玄関に、馬車が勢いよく滑り込む。
降り立ったマクシムの顔は青ざめていた。
出迎えたマルグリッドが慌てて駆け寄る。
「マクシム、どうしたの?」
「……なんでもありません」
「そんなはずないわ。だって、顔色が――」
「なんでもないと言っているでしょうっ!」
短く吐き捨て、彼は階段を駆け上がった。
(……思った以上に上手くいったみたいね)
私は読んでいた本を閉じ、小さく笑った。
***
夜。食卓に着くのは四人。
私は少し離れた席で、静かにスープを掬う。
「マクシム」
アランがワインを置き、低い声で呼ぶ。
「ヴァレール家の当主から問い合わせがあった。お前、シャロン嬢に婚約解消を迫ったのか?」
「ち、違います! アレは言い合いになって咄嗟に出た言葉で、本気ではありません」
アランが溜息をつく。
「言い合いだと? 短慮にもほどがある」
「で、ですが、悪いのはシャロンの方なんです。あいつ、友人と一緒に僕を侮辱してっ!」
「……どういうことだ」
鋭い視線がマクシムとマルグリッドに向けられる。
マルグリッドは困り顔で、「分からない」と首を横に振る。
マクシムが顔を真っ赤にして答えた。
「手紙をもらったんです! シャロンから、『アドリアン・サン=ヴェルネのような情熱を見せろ』と」
飛び出した役者の名に、マルグリッドの顔がサッと青ざめる。
気づかないマクシムは尚も声を荒げる。
「なのに! 彼女の言う通りにしたら、皆で笑って、僕を馬鹿にしてっ!」
「……お前の話は理解できん」
アランは再びマルグリッドに視線を向ける。
彼女は言葉を濁して答えた。
「アドリアンの新作は少々風変わりで……。シャロン嬢には合わなかったのではないでしょうか?」
「どうしてっ!? あいつが望んだことなのにっ!」
納得のいかないマクシム。
アランが呆れたように告げる。
「その手紙、本当に彼女の字だったか? 封蝋は?」
「え……」
虚を突かれたマクシムが押し黙る。
アランの眼光が鋭くなった。
「愚かな。……大方、両家の関係をよく思わぬ家の嫌がらせだろう」
「いや、でも、そんな……」
視線を落とし、記憶を探る様子のアラン。
ハッとしたように顔を上げる。
「手紙が、手紙が残っております! アレを確かめれば」
「無駄だ。偽物だろうが本物だろうが、起きたことは取り消せん」
「ですが、偽物なら、シャロンの誤解を解くことが――」
「止めろ。態々、『自分は偽物も見抜けぬ愚か者』と告げるつもりか」
その言葉に、マクシムは唇を噛む。
アランの持つグラスが机を打った。
「ベルモンの名を継ぐ人間にあるまじき失態だ。悪意一つ見抜けぬとは、恥を知れ」
マクシムの身が縮こまる。
マルグリッドの顔は蒼白だ。
知らず知らず、口角が上がる。
マルグリッドと目が合った。
菫色の目に宿るのは疑心。
抑えきれなかった疑心を、彼女が口にする。
「……何が楽しいのかしら?」
「申し訳ありません」
素直に頭を下げる。
下げたうえで、微笑んでみせる。
「お義兄様を欺けるほどの出来栄えと聞き、うっかり、感心してしまいました」
揶揄に、マルグリッドは押し黙る。
代わりに、激昂したマクシムが勢いよく立ち上がった。
「ロザリーヌ、お前だな!? お前がまたっ!」
私に疑いをかけるマクシム。
それを、マルグリッドが遮る。
「お止めなさい、マクシム。……座って」
「しかし、母上!」
「いいから、座りなさい」
強めの制止。
マルグリッドらしからぬ言葉の強さだ。
マクシムは不承不承、腰を下ろした。
それからまた、静かな食事が再開される。
やがて、アランが立ち上がった。
グラスを置いて部屋を出ていく。
残されたのは三人。沈黙が続く。
私は、机の上に洒落た便箋を広げた。
丁寧にペンを走らせる。
差出人の名はシャロン・ヴァレール。
マクシムと同い年の、婚約者の名だ。
拝借した――書庫に放置されていた彼女からの手紙。
その筆跡を真似て書く。
宛名は勿論、「マクシム・ベルモン様」
内容は短く、けれど甘やかな文章で愛らしく。
『情熱の騎士マクシム様
明日のお茶会、マクシム様を友人に紹介したいの。
どれだけ私を愛しているか、皆に知らしめて。
アドリアン・サン=ヴェルネのような情熱を
期待しているわ』
サン=ヴェルネは王都で人気の舞台男優だ。
現在、国立劇場で上演中の恋物語の主役を務める。
既に、彼の演技はご婦人方の噂の的。
後に「アドリアンのような」という語を生む。
書き上げた手紙を封緘する。
封蝋には、ダミアンの用意した印。
ヴァレール家の紋章に極めて近い、偽物だ。
(さて、これでどれだけ踊ってくれるかしら)
マクシムの性格からすると、十分。
あの男は称賛に弱い。
見せ場があれば必ず飛びつく。
(失敗したら……、そうね、その時は次のダンスを考えましょう)
封筒を手に部屋を出た。
***
翌日、マクシムは上機嫌で支度を整えた。
濃紺の燕尾服に金糸の刺繍。
何度も鏡を見ては、髪の乱れを直す。
訝しんだマルグリッドが尋ねる。
「その格好はなに? お茶会に行くのではないの?」
「そうですよ。この格好は、まぁ、シャロン嬢の望みを叶えるためです」
「あの子が……?」
マルグリッドが不審そうに眉を潜めた。
それに、マクシムは笑って答える。
「政略とはいえ、婚約者ですから。たまには機嫌をとっておかないと」
鼻歌でも歌い出しそうな勢い。
上機嫌のまま、彼は屋敷を出て馬車に乗り込んだ。
***
それから判刻――
予定よりもずっと早く、マクシムは帰宅した。
ベルモン家の玄関に、馬車が勢いよく滑り込む。
降り立ったマクシムの顔は青ざめていた。
出迎えたマルグリッドが慌てて駆け寄る。
「マクシム、どうしたの?」
「……なんでもありません」
「そんなはずないわ。だって、顔色が――」
「なんでもないと言っているでしょうっ!」
短く吐き捨て、彼は階段を駆け上がった。
(……思った以上に上手くいったみたいね)
私は読んでいた本を閉じ、小さく笑った。
***
夜。食卓に着くのは四人。
私は少し離れた席で、静かにスープを掬う。
「マクシム」
アランがワインを置き、低い声で呼ぶ。
「ヴァレール家の当主から問い合わせがあった。お前、シャロン嬢に婚約解消を迫ったのか?」
「ち、違います! アレは言い合いになって咄嗟に出た言葉で、本気ではありません」
アランが溜息をつく。
「言い合いだと? 短慮にもほどがある」
「で、ですが、悪いのはシャロンの方なんです。あいつ、友人と一緒に僕を侮辱してっ!」
「……どういうことだ」
鋭い視線がマクシムとマルグリッドに向けられる。
マルグリッドは困り顔で、「分からない」と首を横に振る。
マクシムが顔を真っ赤にして答えた。
「手紙をもらったんです! シャロンから、『アドリアン・サン=ヴェルネのような情熱を見せろ』と」
飛び出した役者の名に、マルグリッドの顔がサッと青ざめる。
気づかないマクシムは尚も声を荒げる。
「なのに! 彼女の言う通りにしたら、皆で笑って、僕を馬鹿にしてっ!」
「……お前の話は理解できん」
アランは再びマルグリッドに視線を向ける。
彼女は言葉を濁して答えた。
「アドリアンの新作は少々風変わりで……。シャロン嬢には合わなかったのではないでしょうか?」
「どうしてっ!? あいつが望んだことなのにっ!」
納得のいかないマクシム。
アランが呆れたように告げる。
「その手紙、本当に彼女の字だったか? 封蝋は?」
「え……」
虚を突かれたマクシムが押し黙る。
アランの眼光が鋭くなった。
「愚かな。……大方、両家の関係をよく思わぬ家の嫌がらせだろう」
「いや、でも、そんな……」
視線を落とし、記憶を探る様子のアラン。
ハッとしたように顔を上げる。
「手紙が、手紙が残っております! アレを確かめれば」
「無駄だ。偽物だろうが本物だろうが、起きたことは取り消せん」
「ですが、偽物なら、シャロンの誤解を解くことが――」
「止めろ。態々、『自分は偽物も見抜けぬ愚か者』と告げるつもりか」
その言葉に、マクシムは唇を噛む。
アランの持つグラスが机を打った。
「ベルモンの名を継ぐ人間にあるまじき失態だ。悪意一つ見抜けぬとは、恥を知れ」
マクシムの身が縮こまる。
マルグリッドの顔は蒼白だ。
知らず知らず、口角が上がる。
マルグリッドと目が合った。
菫色の目に宿るのは疑心。
抑えきれなかった疑心を、彼女が口にする。
「……何が楽しいのかしら?」
「申し訳ありません」
素直に頭を下げる。
下げたうえで、微笑んでみせる。
「お義兄様を欺けるほどの出来栄えと聞き、うっかり、感心してしまいました」
揶揄に、マルグリッドは押し黙る。
代わりに、激昂したマクシムが勢いよく立ち上がった。
「ロザリーヌ、お前だな!? お前がまたっ!」
私に疑いをかけるマクシム。
それを、マルグリッドが遮る。
「お止めなさい、マクシム。……座って」
「しかし、母上!」
「いいから、座りなさい」
強めの制止。
マルグリッドらしからぬ言葉の強さだ。
マクシムは不承不承、腰を下ろした。
それからまた、静かな食事が再開される。
やがて、アランが立ち上がった。
グラスを置いて部屋を出ていく。
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