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1-18.双子星
いつかの馬車とは違う、ベルモン家の家紋が刻まれた馬車。
王都の喧騒を離れ、土の香りが混じる田舎道を抜ける。
対面には、目を閉じて黙り込む男。
狭い空間にアランと二人きり。
三日の旅路は、非常に息が詰まる。
車輪の回る音だけが、僅かに心を慰めてくれた。
(一人で行かせてくれれば良かったのに……)
死に戻る前、アランが領地へ赴くことはなかった。
彼の生きがいは王都、王宮、政治の中心にある。
領のことは代官に任せきり。
それを、今回に限って、彼自ら赴くということは、そういうことなのだろう。
背筋をぞくりと冷たいものが走る。
気を引き締め直した。
やがて、到着の合図とともに馬車が止まった。
壮年の男が出迎えに現れる。
男は、トーマ・フレモンと名乗った。
記憶にある名前。
だが、顔を合わせたことはない。
ただ、アランが度々口にしていた存在。
(そう、この男が……)
感慨深く眺める。
その横で、アランが男と短い言葉を交わす。
声を潜め、周囲を伺う様子でヒソヒソと。
不穏な空気に、私は気配を消して立ち尽くした。
やがて、侍女の一人が私を屋敷の中へ案内する。
アランは、トーマとその場に残った。
彼がこの地に長居する予定はない。
荷物もなく、馬車は玄関につけたまま。
何より、アラン自身が一刻も早く王都へ戻りたがっている。
生き馬の目を抜く世界。
知らぬ間に政治が動くことを、アランは極端に嫌う。
先導する侍女について、廊下を進む。
階段を上った先。
二階の廊下を身軽に歩く。
覗いた窓の下に人影が見えた。
アランとトーマ。
向かっているのは屋敷の裏手だった。
人気のない庭園の外れ。
(もしかして……)
確信に近い閃き。
瞬時に向きを変え、階下へ急ぐ。
「お嬢様!?」
背後で上がった声を無視し、階段を駆け下りた。
そのまま屋敷を飛び出し、彼らの向かった先へ。
雑木の間を抜けると、小さな離れ――小屋が見えた。
たどり着くと、扉が僅かに開いている。
中から聞こえるのは、子どもの怒声と鳴き声。
隙間から覗く。
光の乏しい部屋。
アランとトーマの背中が見えた。
彼らの足元に転がる二つの小さな影。
一つが立ち上がり、アランに向かうも、蹴り飛ばされる。
(っ!)
簡単に、ボールのように弾き飛ばされる小さな身体。
壁に背を打った身体が床に沈む。
動かない。
悲鳴を上げたもう一人が、倒れた身体にズリズリと這い寄った。
異様な光景。
アランの声が冷たく響く。
「……片付けろ」
「よろしいのですか?」
「必要なくなった」
その言葉と同時に、泣いていた子どもが立ち上がる。
転がった影を庇うよう、両手を広げて立つ。
小さい身体。細い手足。震える身体で。
トーマが近づく。
その手が子どもの首に伸びる。
私は、部屋の扉を開け放った。
「お父様」
振り向く二人。
トーマの目には驚きと恐怖の色が。
アランは冷たい怒りを滲ませていた。
「勝手に動くな。部屋へ戻れ」
無能な駒への命令。
そこに後ろめたさはない。
私に何を見られようと、全く意に介さない。
小娘一人、どうにでもなる。
そう考えているから。
私は、視線を子どもへ向ける。
立ち尽くし、何もできずに怯える子ども。
その顔を見て、私は嗤った。
傍目に奇異と映るくらい、満面の笑みで。
「お父様、この子を私にちょうだい!」
「馬鹿を言うな。さっさと出ていけ」
「でも、この子の目!」
男二人が、僅かに反応を示す。
その隙に、私は子どもに近づいた。
二歳下。六つというにはあまりに小さく幼い身体。
今にも倒れそう。
その子の両頬に手を添え、グイと顔を持ち上げた。
「ねぇ、見て、お父様! この目、お兄様にそっくり!」
言って、不機嫌顔の父を振り返る。
「要らないのでしょう? コレは弱者よね? コレなら、私の好きにしていいんでしょう?」
鼻白むアラン。
トーマが恐ろしいものを見る目で見下ろす。
「ねぇ、お願い、お父様。私、お屋敷ではずっと我慢していたわ。お兄様に何をされても、ずっと我慢したのよ!」
掴んだままの子どもの顔を覗き込む。
「何度、あの目をえぐり出したいと思ったか! 毎晩、あの目にフォークを突き立てる夢を見たわ」
見下ろす目が、恐怖に見開かれる。
私は、恍惚として告げた。
「ちゃんと片付ける。いっぱい遊んだら、ちゃんとお片付けするから」
暫しの静寂。
アランが、不快げに「面倒な」と吐き捨てた。
その言葉に、彼を振り返る。
彼の目が、二人の子どもに順繰りに向けられている。
私は、気付いたとばかりに、転がる子どもに歩み寄った。
その前髪を掴み、グイと顔を持ち上げる。
粗雑に、子どもの無邪気さと残酷さをもって。
「こっちの目は何色かしら? お兄様と一緒?」
視線をトーマに向ける。
彼は萎縮した様子で、小さく首を横に振った。
「同じじゃないの? なら、逃げないようにして、お庭で飼おうかしら?」
アランは顔を顰めたまま。
私は、髪の毛を掴んでいた手を離す。
もう一度、「お願い」を口にした。
「お父様。私、約束は守ります。ちゃんと王太子妃になってみせます」
アランにとっての「伝家の宝刀」を掲げる。
「語学も作法も歴史も、全部、頑張ると誓います。先生のお話もちゃんと聞きます。……でも」
声を平坦に。
無感情に告げる。
「いつか、嫌だっていう気持ちが爆発するかもしれません。前に、お兄様にしたみたいに……」
殊勝を意識して、アランを見上げた。
「でも、この子がいれば、最後まで頑張れます。お父様、この子をください。そうしたら、私……!」
アランの眉間に刻まれた皺が、グッと深くなる。
愚か者を見る目。
それが、溜息となって吐き出される。
「……全ての勉学を完璧にこなせ」
「お父様っ!」
「その二人は、決して外に出すな」
「はい! 約束します!」
アランの本意でないのは明らか。
彼は舌打ちすると、クルリと背を向けた。
小屋を出る間際、トーマに告げる。
「足の腱を切っておけ」
「承知しました」
頭を下げるトーマ。
アランに並んで部屋を出ていく。
残されたのは、私と二人の子ども。
怯える子が、もう一人の身体に縋り付く。
二人に歩み寄った。
「……あなた、名前は?」
青ざめた顔。
返事はない。
まつげに残る涙の痕を見つめる。
細い腕に抱えられたもう一人が、身動ぎする。
やがて、薄い瞼が持ち上がり、アイスブルーの瞳が現れた。
(この子の目は母親譲りなのね)
こちらを認識した目がハッと見開かれる。
周囲を見回し、私に対し敵意に満ちた目を向けた。
そっくりな顔が二つ。
互いを庇うように抱きしめ合う。
必死に、私から距離を取るようにして。
「……あなたたち、双子?」
左――父に蹴り飛ばされた、アイスブルーの瞳の子どもが睨む。
右――マクシムそっくりのロイヤルブルーの瞳の子どもが、泣き出しそうな口を引き結ぶ。
屈んで、順にその顔を覗き込む。
二人の瞳を見つめ、問うた。
「……生きたい?」
ロイヤルブルーの瞳が見開かれる。アイスブルーの瞳は鋭いまま。
ロイヤルブルーの瞳に告げる。
「だったら、私が生かしてあげる。今日から、あなたたちは私のものよ」
ジッと観察するが、その瞳に理解の色は浮かばない。
言葉を理解するには幼すぎるのか。
諦めの溜息。
半ば投げやりに、再度問う。
「あなたたちの名前を教えて。教えないなら、私が勝手につけるわ」
見つめ合う二人。
目と目で会話しているのか、やがて、左の子が頷いた。
右の子がこちらを向き、自身の顔を指差す。
「おとうと」
「……あなたが弟なの?」
棒切れのような指が、隣の子を指差す。
「あね」
「姉? あなた、女の子なの……」
改めて、二人を観察する。
接ぎすら当たっていないボロボロのシャツとズボン。
元の色が何色か、分からぬほどに変色している。
そこから覗くヒョロリとした手足。
浅黒い肌は溜まった汚れか。
今更ながら、部屋全体に漂う異臭に気づいて眉を潜める。
「その髪は……」
私の問いに、二人は顔を見合わせる。
そっくりな顔にそっくりな髪型。
二人ともに短く、適当に切られたと分かる。
金のはずの髪色も、煤と埃でくすんだ灰茶に沈んでいた。
前髪だけが異様に長い。
(……最低限の世話。『死なない程度に』ってことね)
それがこの子らの現状のようだ。
理解して、そこで漸く、気づく。
もしかして――
胸の内に、フツとした何かが湧き上がった。
「……あなたたち、名前がないの?」
三度、顔を見合わせる双子。
右の子――弟が、自身と姉を順に指差す。
「おとうと、あね」
「っ!」
思わず、壁を殴りそうになった。
それを、ぎりぎりで踏みとどまる。
振り上げた腕に震える、双子の身体。
向けられる、怯えた瞳と怒りに燃える瞳。
収まらぬ怒りを必死で押し込めた。
浅い呼吸を繰り返し、なんとか理性を取り戻す。
「……悪かったわ」
謝罪を口にし、二人を見下ろす。
こちらの一挙手一投足を伺う視線。
再び込み上げる何かを振り払い、「弟」に告げる。
「オレル。……あなたの名前はオレルよ」
創世の神話。夜に明けをもたらす対のカラス。
「姉」に告げる。
「あなたはオレリア。……オレルを守り、夜を飛ぶの」
二人は無反応。
理解した様子はない。
私も、それ以上言葉は重ねなかった。
ただ、彼らの名を呼ぶ。
「オレル、オレリア。来なさい」
歩き出し、閉ざされた扉を開く。
外は眩しい。
部屋に光が差し込む。
振り返ると、細めた目で外を見つめる二組の眼差し。
「来るのよ。オレル、オレリア」
動こうとしない彼らを手招く。
小さな身体がモソリと動いた。
支え合い、立ち上がる二人。
手をしっかりと握り合う。
ゆっくりと歩み寄ってきた。
「さぁ、出て」
二人を促す。
指差すのは扉の外。
戸惑う視線が交差する。
もう一度。強い口調で告げる。
「出るのよ」
言葉の圧に、オレリアの目に悔しさと恐怖が宿る。
甘い言葉をかけるつもりはない。
私が与えられるのは打算の内の庇護。
そして、生き延びるための強さだ。
やがて、オレリアが一歩、前へ進んだ。
オレルの手を握り締め、二歩、三歩。
そして、外へ。
立ち尽くす二人。
私は、彼らの背後で扉を閉めた。
オレルが振り返る。
その唇が震えた。
何かを言おうと、小さな音がヒューヒューと漏れる。
「なに、オレル?」
耳を傾ける。
零された、小さな小さな声。
聞き取れないくらいの――
「……ありがとう」
ハッとして、その顔を見つめる。
その瞳に光るのは、怯えではない。
理知の輝き。
私は、息を呑む。
それから、フッと嗤った。
「礼は要らないわ。私は私のために、あなたたちを側に置くの」
オレルが困ったように首を傾げた。
「わからない」と囁く彼に、頷いて返す。
「学びなさい。そのための環境は用意してあげる」
礼は要らない。けれど、感謝は大いにしてくれていい。
彼らもまた、大切な駒だ。
彼が――彼らが力をつければ、それは私の力となる。
不意に、オレリアが「あっ」と声を上げた。
視線の先には、花に止まる蝶。
オレルの手を離した彼女が駆けていく。
彼女の手を逃れた蝶が、空へ舞い上がった。
手を伸ばしたオレリアが跳ぶ。
届かない。
着地に失敗して転がる身体。
「あ、……オレリア!」
オレルが慌てて、彼女の下へ駆けていった。
王都の喧騒を離れ、土の香りが混じる田舎道を抜ける。
対面には、目を閉じて黙り込む男。
狭い空間にアランと二人きり。
三日の旅路は、非常に息が詰まる。
車輪の回る音だけが、僅かに心を慰めてくれた。
(一人で行かせてくれれば良かったのに……)
死に戻る前、アランが領地へ赴くことはなかった。
彼の生きがいは王都、王宮、政治の中心にある。
領のことは代官に任せきり。
それを、今回に限って、彼自ら赴くということは、そういうことなのだろう。
背筋をぞくりと冷たいものが走る。
気を引き締め直した。
やがて、到着の合図とともに馬車が止まった。
壮年の男が出迎えに現れる。
男は、トーマ・フレモンと名乗った。
記憶にある名前。
だが、顔を合わせたことはない。
ただ、アランが度々口にしていた存在。
(そう、この男が……)
感慨深く眺める。
その横で、アランが男と短い言葉を交わす。
声を潜め、周囲を伺う様子でヒソヒソと。
不穏な空気に、私は気配を消して立ち尽くした。
やがて、侍女の一人が私を屋敷の中へ案内する。
アランは、トーマとその場に残った。
彼がこの地に長居する予定はない。
荷物もなく、馬車は玄関につけたまま。
何より、アラン自身が一刻も早く王都へ戻りたがっている。
生き馬の目を抜く世界。
知らぬ間に政治が動くことを、アランは極端に嫌う。
先導する侍女について、廊下を進む。
階段を上った先。
二階の廊下を身軽に歩く。
覗いた窓の下に人影が見えた。
アランとトーマ。
向かっているのは屋敷の裏手だった。
人気のない庭園の外れ。
(もしかして……)
確信に近い閃き。
瞬時に向きを変え、階下へ急ぐ。
「お嬢様!?」
背後で上がった声を無視し、階段を駆け下りた。
そのまま屋敷を飛び出し、彼らの向かった先へ。
雑木の間を抜けると、小さな離れ――小屋が見えた。
たどり着くと、扉が僅かに開いている。
中から聞こえるのは、子どもの怒声と鳴き声。
隙間から覗く。
光の乏しい部屋。
アランとトーマの背中が見えた。
彼らの足元に転がる二つの小さな影。
一つが立ち上がり、アランに向かうも、蹴り飛ばされる。
(っ!)
簡単に、ボールのように弾き飛ばされる小さな身体。
壁に背を打った身体が床に沈む。
動かない。
悲鳴を上げたもう一人が、倒れた身体にズリズリと這い寄った。
異様な光景。
アランの声が冷たく響く。
「……片付けろ」
「よろしいのですか?」
「必要なくなった」
その言葉と同時に、泣いていた子どもが立ち上がる。
転がった影を庇うよう、両手を広げて立つ。
小さい身体。細い手足。震える身体で。
トーマが近づく。
その手が子どもの首に伸びる。
私は、部屋の扉を開け放った。
「お父様」
振り向く二人。
トーマの目には驚きと恐怖の色が。
アランは冷たい怒りを滲ませていた。
「勝手に動くな。部屋へ戻れ」
無能な駒への命令。
そこに後ろめたさはない。
私に何を見られようと、全く意に介さない。
小娘一人、どうにでもなる。
そう考えているから。
私は、視線を子どもへ向ける。
立ち尽くし、何もできずに怯える子ども。
その顔を見て、私は嗤った。
傍目に奇異と映るくらい、満面の笑みで。
「お父様、この子を私にちょうだい!」
「馬鹿を言うな。さっさと出ていけ」
「でも、この子の目!」
男二人が、僅かに反応を示す。
その隙に、私は子どもに近づいた。
二歳下。六つというにはあまりに小さく幼い身体。
今にも倒れそう。
その子の両頬に手を添え、グイと顔を持ち上げた。
「ねぇ、見て、お父様! この目、お兄様にそっくり!」
言って、不機嫌顔の父を振り返る。
「要らないのでしょう? コレは弱者よね? コレなら、私の好きにしていいんでしょう?」
鼻白むアラン。
トーマが恐ろしいものを見る目で見下ろす。
「ねぇ、お願い、お父様。私、お屋敷ではずっと我慢していたわ。お兄様に何をされても、ずっと我慢したのよ!」
掴んだままの子どもの顔を覗き込む。
「何度、あの目をえぐり出したいと思ったか! 毎晩、あの目にフォークを突き立てる夢を見たわ」
見下ろす目が、恐怖に見開かれる。
私は、恍惚として告げた。
「ちゃんと片付ける。いっぱい遊んだら、ちゃんとお片付けするから」
暫しの静寂。
アランが、不快げに「面倒な」と吐き捨てた。
その言葉に、彼を振り返る。
彼の目が、二人の子どもに順繰りに向けられている。
私は、気付いたとばかりに、転がる子どもに歩み寄った。
その前髪を掴み、グイと顔を持ち上げる。
粗雑に、子どもの無邪気さと残酷さをもって。
「こっちの目は何色かしら? お兄様と一緒?」
視線をトーマに向ける。
彼は萎縮した様子で、小さく首を横に振った。
「同じじゃないの? なら、逃げないようにして、お庭で飼おうかしら?」
アランは顔を顰めたまま。
私は、髪の毛を掴んでいた手を離す。
もう一度、「お願い」を口にした。
「お父様。私、約束は守ります。ちゃんと王太子妃になってみせます」
アランにとっての「伝家の宝刀」を掲げる。
「語学も作法も歴史も、全部、頑張ると誓います。先生のお話もちゃんと聞きます。……でも」
声を平坦に。
無感情に告げる。
「いつか、嫌だっていう気持ちが爆発するかもしれません。前に、お兄様にしたみたいに……」
殊勝を意識して、アランを見上げた。
「でも、この子がいれば、最後まで頑張れます。お父様、この子をください。そうしたら、私……!」
アランの眉間に刻まれた皺が、グッと深くなる。
愚か者を見る目。
それが、溜息となって吐き出される。
「……全ての勉学を完璧にこなせ」
「お父様っ!」
「その二人は、決して外に出すな」
「はい! 約束します!」
アランの本意でないのは明らか。
彼は舌打ちすると、クルリと背を向けた。
小屋を出る間際、トーマに告げる。
「足の腱を切っておけ」
「承知しました」
頭を下げるトーマ。
アランに並んで部屋を出ていく。
残されたのは、私と二人の子ども。
怯える子が、もう一人の身体に縋り付く。
二人に歩み寄った。
「……あなた、名前は?」
青ざめた顔。
返事はない。
まつげに残る涙の痕を見つめる。
細い腕に抱えられたもう一人が、身動ぎする。
やがて、薄い瞼が持ち上がり、アイスブルーの瞳が現れた。
(この子の目は母親譲りなのね)
こちらを認識した目がハッと見開かれる。
周囲を見回し、私に対し敵意に満ちた目を向けた。
そっくりな顔が二つ。
互いを庇うように抱きしめ合う。
必死に、私から距離を取るようにして。
「……あなたたち、双子?」
左――父に蹴り飛ばされた、アイスブルーの瞳の子どもが睨む。
右――マクシムそっくりのロイヤルブルーの瞳の子どもが、泣き出しそうな口を引き結ぶ。
屈んで、順にその顔を覗き込む。
二人の瞳を見つめ、問うた。
「……生きたい?」
ロイヤルブルーの瞳が見開かれる。アイスブルーの瞳は鋭いまま。
ロイヤルブルーの瞳に告げる。
「だったら、私が生かしてあげる。今日から、あなたたちは私のものよ」
ジッと観察するが、その瞳に理解の色は浮かばない。
言葉を理解するには幼すぎるのか。
諦めの溜息。
半ば投げやりに、再度問う。
「あなたたちの名前を教えて。教えないなら、私が勝手につけるわ」
見つめ合う二人。
目と目で会話しているのか、やがて、左の子が頷いた。
右の子がこちらを向き、自身の顔を指差す。
「おとうと」
「……あなたが弟なの?」
棒切れのような指が、隣の子を指差す。
「あね」
「姉? あなた、女の子なの……」
改めて、二人を観察する。
接ぎすら当たっていないボロボロのシャツとズボン。
元の色が何色か、分からぬほどに変色している。
そこから覗くヒョロリとした手足。
浅黒い肌は溜まった汚れか。
今更ながら、部屋全体に漂う異臭に気づいて眉を潜める。
「その髪は……」
私の問いに、二人は顔を見合わせる。
そっくりな顔にそっくりな髪型。
二人ともに短く、適当に切られたと分かる。
金のはずの髪色も、煤と埃でくすんだ灰茶に沈んでいた。
前髪だけが異様に長い。
(……最低限の世話。『死なない程度に』ってことね)
それがこの子らの現状のようだ。
理解して、そこで漸く、気づく。
もしかして――
胸の内に、フツとした何かが湧き上がった。
「……あなたたち、名前がないの?」
三度、顔を見合わせる双子。
右の子――弟が、自身と姉を順に指差す。
「おとうと、あね」
「っ!」
思わず、壁を殴りそうになった。
それを、ぎりぎりで踏みとどまる。
振り上げた腕に震える、双子の身体。
向けられる、怯えた瞳と怒りに燃える瞳。
収まらぬ怒りを必死で押し込めた。
浅い呼吸を繰り返し、なんとか理性を取り戻す。
「……悪かったわ」
謝罪を口にし、二人を見下ろす。
こちらの一挙手一投足を伺う視線。
再び込み上げる何かを振り払い、「弟」に告げる。
「オレル。……あなたの名前はオレルよ」
創世の神話。夜に明けをもたらす対のカラス。
「姉」に告げる。
「あなたはオレリア。……オレルを守り、夜を飛ぶの」
二人は無反応。
理解した様子はない。
私も、それ以上言葉は重ねなかった。
ただ、彼らの名を呼ぶ。
「オレル、オレリア。来なさい」
歩き出し、閉ざされた扉を開く。
外は眩しい。
部屋に光が差し込む。
振り返ると、細めた目で外を見つめる二組の眼差し。
「来るのよ。オレル、オレリア」
動こうとしない彼らを手招く。
小さな身体がモソリと動いた。
支え合い、立ち上がる二人。
手をしっかりと握り合う。
ゆっくりと歩み寄ってきた。
「さぁ、出て」
二人を促す。
指差すのは扉の外。
戸惑う視線が交差する。
もう一度。強い口調で告げる。
「出るのよ」
言葉の圧に、オレリアの目に悔しさと恐怖が宿る。
甘い言葉をかけるつもりはない。
私が与えられるのは打算の内の庇護。
そして、生き延びるための強さだ。
やがて、オレリアが一歩、前へ進んだ。
オレルの手を握り締め、二歩、三歩。
そして、外へ。
立ち尽くす二人。
私は、彼らの背後で扉を閉めた。
オレルが振り返る。
その唇が震えた。
何かを言おうと、小さな音がヒューヒューと漏れる。
「なに、オレル?」
耳を傾ける。
零された、小さな小さな声。
聞き取れないくらいの――
「……ありがとう」
ハッとして、その顔を見つめる。
その瞳に光るのは、怯えではない。
理知の輝き。
私は、息を呑む。
それから、フッと嗤った。
「礼は要らないわ。私は私のために、あなたたちを側に置くの」
オレルが困ったように首を傾げた。
「わからない」と囁く彼に、頷いて返す。
「学びなさい。そのための環境は用意してあげる」
礼は要らない。けれど、感謝は大いにしてくれていい。
彼らもまた、大切な駒だ。
彼が――彼らが力をつければ、それは私の力となる。
不意に、オレリアが「あっ」と声を上げた。
視線の先には、花に止まる蝶。
オレルの手を離した彼女が駆けていく。
彼女の手を逃れた蝶が、空へ舞い上がった。
手を伸ばしたオレリアが跳ぶ。
届かない。
着地に失敗して転がる身体。
「あ、……オレリア!」
オレルが慌てて、彼女の下へ駆けていった。
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