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2-3.影の微熱<Side D>
長く伸ばされた髪。
完璧に手入れされた金の糸は月の光を帯びる。
知性と誇りを感じさせる瞳には、どこか甘い輝き。
微笑みを絶やさぬ唇は、夜の闇を蠱惑に彩る。
自身の価値を理解し尽くした十六の貴族令嬢。
怯え、傷つき、怒りを抱えた子どもは、もうどこにもいなかった。
いや――
(あいつは、最初から、ああだったか……?)
闇を走り抜けながら、思いに耽る。
自身の目に見えていた少女は幻。
彼女には、自身の助けなど必要ない。
六年を掛けて育った思いは、行き場を失っていた。
代わりに、胸を占める想い。
ロザリーヌの側にいる従者。
彼女が婚約を望む王太子。
どちらも気に食わなかった。
従者――オレルの存在は、手紙で知らされていた。
元々、彼と姉を見つけたのは自分だ。
「いるはずだ」と言われて調べた結果、確かにいた。
遠目に存在を認めただけだったが、ロザリーヌは即座に動いた。
恐らく、初めから子どもたちの存在を確信していたのだろう。
彼らは一体何者なのか。
ロザリーヌは、なぜ、彼らを保護するに至ったか。
なぜ、彼らに教育を施し、側に置くのか。
彼女が明確に示したことはない。
それに対し、言葉にできぬ蟠りをずっと感じている。
あのロザリーヌが「ただの子ども」を側に置くだろうか。
明確な答えのないまま。
気づけば、従者に収まったオレルがロザリーヌを守っている。
(……気に食わない)
ロザリーヌは王太子妃の座を狙っている。
身の危険に晒されることも増えるだろう。
剣に覚えのある従者。
護衛となるのは歓迎すべきだ。
分かっていても、感情が理性を上回る。
(そもそも、王太子の婚約者なんかに拘らなければ……)
埒もない考え。
しかし、ずっと思っている。
アラン・ベルモンを調べて得た情報。
あの男は、貴族の顔をした犯罪者だ。
領地からの賄賂、貧民の奴隷売買で私腹を肥やし、王妃派の懐を満たす。
その悪名は、裏の世界にも知れ渡っている。
(ロザリーヌの母親の死も、恐らく……)
あの男の手によるものだ。
彼女は――はっきりと言わなかったが――被害者。
だからこそ、復讐を望む彼女を止められない。
(所詮、俺も犯罪者だ)
被害者に「恨むなよ」とは言えない。
義賊――免罪符にもならない正義を掲げ、やっていることはアランと同じ。
(……それでも、やらなきゃ気が済まない相手ってのがいる)
最初から、恨みを買う覚悟。
神の御下に上がるつもりはない。
ただ、ロザリーヌを危険から遠ざけたいという思いはどうしようもない。
王太子レオナルド・アルセリア。
民の評判は良く、誰もが口を揃えて「善良な王子」だと言う。
民を思い、無駄な争いを避け、身分の隔たりを越えて人を見る。
嫌味なほど「理想の王」の素質を持つ男――
ロザリーヌは、そんな男の隣を狙っている。
動機は、恐らくアラン・ベルモン――或いは、ベルモン家への復讐。
だが、本当にそれだけか――?
復讐を諦め、幸福を手に入れる。
復讐を諦めずとも、他の手立てを探す。
いくらでも、やりようはあった。
なのにずっと――出会った時から、ロザリーヌは王太子に固執している。
他が目に入らぬほどに。
(まだ、俺が知らされていない何かがあるってことか……)
もしくは、知ってなお理解できない何か。
(……だったらもう、こちらが気にかけたところで、どうしようもない)
彼女との距離感。
測り間違えないよう、「駒」に徹する。
そうやって付き合っていけばいい。
そう、思うのに――
「……」
部屋を去る寸前。
氷のような瞳が確かに揺れた気がした。
見間違い――その可能性が高い。
だが――
「ああ、クソッ……!」
冷えた夜気に、声だけが溶けた。
完璧に手入れされた金の糸は月の光を帯びる。
知性と誇りを感じさせる瞳には、どこか甘い輝き。
微笑みを絶やさぬ唇は、夜の闇を蠱惑に彩る。
自身の価値を理解し尽くした十六の貴族令嬢。
怯え、傷つき、怒りを抱えた子どもは、もうどこにもいなかった。
いや――
(あいつは、最初から、ああだったか……?)
闇を走り抜けながら、思いに耽る。
自身の目に見えていた少女は幻。
彼女には、自身の助けなど必要ない。
六年を掛けて育った思いは、行き場を失っていた。
代わりに、胸を占める想い。
ロザリーヌの側にいる従者。
彼女が婚約を望む王太子。
どちらも気に食わなかった。
従者――オレルの存在は、手紙で知らされていた。
元々、彼と姉を見つけたのは自分だ。
「いるはずだ」と言われて調べた結果、確かにいた。
遠目に存在を認めただけだったが、ロザリーヌは即座に動いた。
恐らく、初めから子どもたちの存在を確信していたのだろう。
彼らは一体何者なのか。
ロザリーヌは、なぜ、彼らを保護するに至ったか。
なぜ、彼らに教育を施し、側に置くのか。
彼女が明確に示したことはない。
それに対し、言葉にできぬ蟠りをずっと感じている。
あのロザリーヌが「ただの子ども」を側に置くだろうか。
明確な答えのないまま。
気づけば、従者に収まったオレルがロザリーヌを守っている。
(……気に食わない)
ロザリーヌは王太子妃の座を狙っている。
身の危険に晒されることも増えるだろう。
剣に覚えのある従者。
護衛となるのは歓迎すべきだ。
分かっていても、感情が理性を上回る。
(そもそも、王太子の婚約者なんかに拘らなければ……)
埒もない考え。
しかし、ずっと思っている。
アラン・ベルモンを調べて得た情報。
あの男は、貴族の顔をした犯罪者だ。
領地からの賄賂、貧民の奴隷売買で私腹を肥やし、王妃派の懐を満たす。
その悪名は、裏の世界にも知れ渡っている。
(ロザリーヌの母親の死も、恐らく……)
あの男の手によるものだ。
彼女は――はっきりと言わなかったが――被害者。
だからこそ、復讐を望む彼女を止められない。
(所詮、俺も犯罪者だ)
被害者に「恨むなよ」とは言えない。
義賊――免罪符にもならない正義を掲げ、やっていることはアランと同じ。
(……それでも、やらなきゃ気が済まない相手ってのがいる)
最初から、恨みを買う覚悟。
神の御下に上がるつもりはない。
ただ、ロザリーヌを危険から遠ざけたいという思いはどうしようもない。
王太子レオナルド・アルセリア。
民の評判は良く、誰もが口を揃えて「善良な王子」だと言う。
民を思い、無駄な争いを避け、身分の隔たりを越えて人を見る。
嫌味なほど「理想の王」の素質を持つ男――
ロザリーヌは、そんな男の隣を狙っている。
動機は、恐らくアラン・ベルモン――或いは、ベルモン家への復讐。
だが、本当にそれだけか――?
復讐を諦め、幸福を手に入れる。
復讐を諦めずとも、他の手立てを探す。
いくらでも、やりようはあった。
なのにずっと――出会った時から、ロザリーヌは王太子に固執している。
他が目に入らぬほどに。
(まだ、俺が知らされていない何かがあるってことか……)
もしくは、知ってなお理解できない何か。
(……だったらもう、こちらが気にかけたところで、どうしようもない)
彼女との距離感。
測り間違えないよう、「駒」に徹する。
そうやって付き合っていけばいい。
そう、思うのに――
「……」
部屋を去る寸前。
氷のような瞳が確かに揺れた気がした。
見間違い――その可能性が高い。
だが――
「ああ、クソッ……!」
冷えた夜気に、声だけが溶けた。
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