37 / 39
2-15.お終い
眼前に迫る光が見えていた。
しかし、その光が私に届くことはなかった。
ドンという衝突音。
眼の前から、レオナルドの姿が消えた。
代わりに、よく知る背中が私を庇う。
そこで漸く、衛兵たちが彼らの仕事を思い出した。
王太子を守らんと囲い、危険人物である男を取り囲む。
ひりつく空気。
倒れた王太子が立ち上がる。
彼が現状を把握するより先に、国王に告げた。
「陛下。殿下の指輪を取り上げてください。毒が仕込まれています」
「なに……?」
驚きと不信。
国王の視線がレオナルドの右手、そこにある指輪へ向かう。
皆の視線もまた、倣うように彼の手を見る。
レオナルドが顔を上げた。
乱れた前髪が垂れる。
その下で、彼は歪な笑みを浮かべた。
「毒とはまた、突拍子もない――」
「『跡には何も残らない神経毒。四肢の自由を奪い、心の臓を止める』だったかしら?」
レオナルドが息を呑んだ。
「苦しいんですよね。息もできず、床を這いずるしかない。地獄を味わうことになる」
「……それらしい話をするのがうまいな、君は。だが、私は毒など持っていない」
「でしたらどうぞ、その指輪を外して。誰かに回収させてください」
レオナルドが溜息をつく。
「君は私まで疑うのかい? 私が一体誰を殺すというんだ」
「王妃陛下を」
間髪容れずに応える。
エレオノールが小さな悲鳴を上げた。
レオナルドは、実の母に冷めた眼差しを向ける。
「馬鹿らしい」と零した。
「なぜ、私が母上を殺す必要が――」
「死人に口無し。王妃陛下さえ沈黙すれば、ノエリア妃殺害の件は疑惑のまま。都合よく片付けられたでしょうね」
「……罪は、明らかにされるべきだ」
「ええ。仰る通り。そして、親の罪を背負う汚れた血は、王位につくべきではありません」
レオナルドが沈黙する。
その碧い瞳が、玉座――王に並ぶ二人に向けられる。
私はレオナルドに向かって微笑んだ。
「完璧な王子様も、最後はこんなものなのですね。……惨めだわ」
「……なん、だと?」
「どうせ逃げられぬのです。潔く己の罪を認めてください。どこかの元公爵のような悪あがきなど、みっともない」
レオナルドが瞠目する。
それから、突然、声を上げて笑った。
「惨め? みっともないだと? ……この私が?」
ギラつく瞳。
初めて見せる「怒り」の表情。
レオナルドが右手の指輪を引き抜く。
周囲の衛兵が警戒を示す中、彼は指輪を床に叩きつけた。
カツンと軽い音を立て、指輪が転がる。
転がった先、セリーヌが大袈裟に指輪を避けた。
レオナルドが呟く。
「……さっさと君を殺しておくべきだったな」
「無理ですわ。あなたでは私に届かない。何もかも後手に回って失敗するのが関の山」
嗤って告げる。
「現状をご覧になって?」
レオナルドの顔が歪む。次の瞬間、怒声が響いた。
「ああ、クソッ、クソッ、クソがぁあああ!!」
爆発した感情。
仮面が砕けた王子様。
衛兵たちの警戒の先が、彼に変わる。
国王の低い声が告げる。
「……そやつも退出させろ。部屋に監視をつけるように」
痛みに耐える声。
父親としての情か。
叫ぶのを止めたレオナルド。
「君のせいだ」
連行される男が呟く。
「君のせいでアルセリアは優秀な指導者を失う。この激動の時代、君がこの国を壊すんだ」
負け惜しみ。或いは嫌がらせ。
だが、幾分かは真実を含む。
答えずにいると、レオナルドが嗤った。
不意に、ダミアンが口を開く。
「要らねぇよ。邪魔な人間を殺すしかない無能な指導者なんざ」
レオナルドの顔が一瞬で崩れる。
顔を引きつらせ、目を見開いた。
獣のような叫び声を上げる。
「放せ、貴様ら! 私に触れるなっ!」
衛兵を振り払おうとするが、逆に抑えつけられる。
「誰も触れるな! 誰も私を裁けはしない! 私は──!」
引っ立てられ、広間を出ていくレオナルド。
声が遠ざかっていく。
見送って、フッと小さく息を吐いた。
漸く終わった。
全て完璧に、望んだ通りに。
これまでにない充足感。
満たされて、幸福で、最高の気分を味わっている。
なのに――
徐々に高揚が冷めゆく胸の内。
空虚な穴に気づく。
それが何か。
いつからあったのか。
直視するのが怖い。
ドレスの胸元をギュッと握りしめた。
しかし、その光が私に届くことはなかった。
ドンという衝突音。
眼の前から、レオナルドの姿が消えた。
代わりに、よく知る背中が私を庇う。
そこで漸く、衛兵たちが彼らの仕事を思い出した。
王太子を守らんと囲い、危険人物である男を取り囲む。
ひりつく空気。
倒れた王太子が立ち上がる。
彼が現状を把握するより先に、国王に告げた。
「陛下。殿下の指輪を取り上げてください。毒が仕込まれています」
「なに……?」
驚きと不信。
国王の視線がレオナルドの右手、そこにある指輪へ向かう。
皆の視線もまた、倣うように彼の手を見る。
レオナルドが顔を上げた。
乱れた前髪が垂れる。
その下で、彼は歪な笑みを浮かべた。
「毒とはまた、突拍子もない――」
「『跡には何も残らない神経毒。四肢の自由を奪い、心の臓を止める』だったかしら?」
レオナルドが息を呑んだ。
「苦しいんですよね。息もできず、床を這いずるしかない。地獄を味わうことになる」
「……それらしい話をするのがうまいな、君は。だが、私は毒など持っていない」
「でしたらどうぞ、その指輪を外して。誰かに回収させてください」
レオナルドが溜息をつく。
「君は私まで疑うのかい? 私が一体誰を殺すというんだ」
「王妃陛下を」
間髪容れずに応える。
エレオノールが小さな悲鳴を上げた。
レオナルドは、実の母に冷めた眼差しを向ける。
「馬鹿らしい」と零した。
「なぜ、私が母上を殺す必要が――」
「死人に口無し。王妃陛下さえ沈黙すれば、ノエリア妃殺害の件は疑惑のまま。都合よく片付けられたでしょうね」
「……罪は、明らかにされるべきだ」
「ええ。仰る通り。そして、親の罪を背負う汚れた血は、王位につくべきではありません」
レオナルドが沈黙する。
その碧い瞳が、玉座――王に並ぶ二人に向けられる。
私はレオナルドに向かって微笑んだ。
「完璧な王子様も、最後はこんなものなのですね。……惨めだわ」
「……なん、だと?」
「どうせ逃げられぬのです。潔く己の罪を認めてください。どこかの元公爵のような悪あがきなど、みっともない」
レオナルドが瞠目する。
それから、突然、声を上げて笑った。
「惨め? みっともないだと? ……この私が?」
ギラつく瞳。
初めて見せる「怒り」の表情。
レオナルドが右手の指輪を引き抜く。
周囲の衛兵が警戒を示す中、彼は指輪を床に叩きつけた。
カツンと軽い音を立て、指輪が転がる。
転がった先、セリーヌが大袈裟に指輪を避けた。
レオナルドが呟く。
「……さっさと君を殺しておくべきだったな」
「無理ですわ。あなたでは私に届かない。何もかも後手に回って失敗するのが関の山」
嗤って告げる。
「現状をご覧になって?」
レオナルドの顔が歪む。次の瞬間、怒声が響いた。
「ああ、クソッ、クソッ、クソがぁあああ!!」
爆発した感情。
仮面が砕けた王子様。
衛兵たちの警戒の先が、彼に変わる。
国王の低い声が告げる。
「……そやつも退出させろ。部屋に監視をつけるように」
痛みに耐える声。
父親としての情か。
叫ぶのを止めたレオナルド。
「君のせいだ」
連行される男が呟く。
「君のせいでアルセリアは優秀な指導者を失う。この激動の時代、君がこの国を壊すんだ」
負け惜しみ。或いは嫌がらせ。
だが、幾分かは真実を含む。
答えずにいると、レオナルドが嗤った。
不意に、ダミアンが口を開く。
「要らねぇよ。邪魔な人間を殺すしかない無能な指導者なんざ」
レオナルドの顔が一瞬で崩れる。
顔を引きつらせ、目を見開いた。
獣のような叫び声を上げる。
「放せ、貴様ら! 私に触れるなっ!」
衛兵を振り払おうとするが、逆に抑えつけられる。
「誰も触れるな! 誰も私を裁けはしない! 私は──!」
引っ立てられ、広間を出ていくレオナルド。
声が遠ざかっていく。
見送って、フッと小さく息を吐いた。
漸く終わった。
全て完璧に、望んだ通りに。
これまでにない充足感。
満たされて、幸福で、最高の気分を味わっている。
なのに――
徐々に高揚が冷めゆく胸の内。
空虚な穴に気づく。
それが何か。
いつからあったのか。
直視するのが怖い。
ドレスの胸元をギュッと握りしめた。
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
「お従妹様の看病で五年、夜会に出ておりませんの」
歩人
ファンタジー
侯爵令嬢イレーネは婚約者アーロンの要請で、五年にわたり彼の「病弱な従妹」クレアを看護してきた。夜会も社交も諦め、毎晩クレアの枕元で看護した。だが二十三歳の誕生日、医師会の抜き打ち健診でクレアは「むしろ同世代で最も健康」と診断される。イレーネが見せてもらった五年分の薬代明細には、存在しない薬品と架空の処置が並んでいた。アーロンは慌てる。「誤解だ。クレアは本当に弱くて……」イレーネは微笑んだ。「では、五年分の看護費と、わたくしが失った社交時間を、具体的な数字にして頂戴いたしましょう」。医師会長が断言する。「詐病誘導と医療費架空請求。司法に回します」。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!