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エピローグ~リナの出発~
全てに決着がついた頃。
王都には秋の風が吹き出していた。
長い夜会のあと、すべての幕は下りた。
ベルモン家は取り潰し。
王妃は罪を認め、王太子は廃嫡された。
新たな時代の象徴として、オレルが立太子される。
そんな朝だった――
白い光の射す王宮の執務室。
呼び出された私は、この国の次期国王の前に立つ。
新たな王太子の側に控えるのは、この国唯一の姫。
自らの主を守らんと、騎士服に身を包む。
オレルが立ち上がり、深く頭を下げた。
「ロザリーヌ。あなたには本当に感謝している。陛下からも、心よりの感謝をと言付かっている」
「もったいないお言葉にございます。王太子殿下」
頭を下げると、オレルが何とも言えぬ顔をする。
眼鏡を外して顔を上げた彼の表情は豊かだ。
「あなたにそう呼ばれるのはなかなか慣れない。……あなたを『ロザリーヌ』と呼ぶのも」
「慣れる必要はありませんわ」
ベルモン家が潰れ、私は平民に戻った。
公爵令嬢という肩書を失った今、王太子――貴族とすら会うことはなくなる。
今日が最後の別れ。
そう思うと、胸の奥底で小さく何かがきしむ。
オレリアに視線を向けた。
「……オレリア殿下は、ドレスをお召しにはなりませんの?」
「必要であれば。ですが、今更、他の生き方はできません。私の命は主、次期国王たるオレルに捧げていますから」
オレリアが、オレルを見て嬉しそうに笑う。
それにまた、オレルが複雑そうな顔をする。
「……僕は、姉上には姉上の人生を楽しんでほしいんだけど」
「ええ。勿論、この立場を最大限に楽しんでいるわ」
ニッと笑って応えるオレリア。
オレルが諦めたように笑う。
彼の視線が、再びこちらを向いた。
「ロザリーナは、これからどうするつもり?」
「どうするとは?」
「平民として生きていくというのは聞いたけれど。それが容易いことではないと、僕らは知っている」
こちらの身を案じる言葉。
いつの間にか入れ替わった立場に、フッと笑いが溢れる。
「詳しいことは決めておりません。ですが、そうですね。旅に出るのも悪くないかと」
どこか遠く。
知らぬ町で一からやり直してみてもいい。
オレルが不安げに眉根を寄せる。
一瞬だけ、私の背後にチラリと視線を向けた。
次いで、口を開く。
「離れた場所で心配する身にもなってください。それなら、いっそ僕の妃になって――」
「ちょっと待てっ!」
オレルの冗談を、勢いよく遮る声がする。
背後から伸びてきた腕。
それが、私を守るようにオレルとの間に壁を作る。
「お前の妃にするくらいなら、旅でもなんでも俺が連れてく!」
「ダミアン、あなた、教会はどうするのよ」
「んなもん、どうにでもなる!」
言い張るダミアンに、オレリアが吹き出した。
オレルが苦笑する。
「ダミアンが一緒なら、僕らも安心してロザリーヌを送り出せます」
「分かってる。一人にはさせねぇ」
勝手な決着。
勝手な約束。
ため息を付くと、耳まで真っ赤にしたダミアンが振り向く。
「……しょうがないだろ。放っとけねぇんだから」
不器用な優しさに、肩を竦めて答えた。
***
「……本当に良かったのか?」
「なにが?」
「オレルたちだよ。もっとちゃんと時間取って別れの挨拶した方が……」
王宮の門の外。
ダミアンが王城を振り返って言う。
それに、「要らない」と答えた。
「本来なら、出会うことさえなかった子たちよ。あれで十分」
告げると、ダミアンは複雑そうな顔をする。
放って歩き出すと、慌てて後を追ってくる。
「なぁ」
「なぁに?」
「あんたの名前さ、今後はリナって呼んだ方がいいか?」
「……どうして?」
尋ねると、ダミアンは少しだけ躊躇った。
「……貴族を辞めただろう? ベルモン家も関係ない。だったら、元の名前に戻ってもいいんじゃないか?」
「そうね」
言われて考える。
記憶にある長さなら、「ロザリーヌ」と呼ばれた時間の方が長くなった。
その名に、今更さしたる抵抗もない。
「……別に、名前なんてどうでもいいわ」
「どうでもいいってことはないだろ」
途端、不機嫌になるダミアン。
最近漸く、この不機嫌の意味を理解できるようになった。
私が「私」をおざなりにしたから。
私が彼をおざなりにしたから。
それが、彼の不機嫌の原因だ。
「……別に、投げやりになっているわけじゃないわ」
「だったら……」
「ロザリーヌであろうとリナであろうと、私は私よ」
この身一つで「私だ」と言える今、呼ばれる名に拘りはない。
(ああ、でも……)
「……ロザリーヌ?」
「そうね。リナという名前は、お母様がたった一つ残してくれたものだから……」
それくらい、もらっておこうかしら。
ダミアンが足を止めた。
つられて、私も足を止める。
彼が、私の名を呼んだ。
「……リナ」
「……なぁに?」
彼が、懐から何かを取り出す。
ボロボロの布に接ぎが当てられ、汚れが綺麗に落とされたぬいぐるみ。
「……肌見放さず持っておけってわけじゃない」
言って、ぬいぐるみを差し出すダミアン。
一心に、こちらを見下ろす。
「だけど、今のお前なら……、窓辺に飾っておくくらいはいいんじゃないか?」
差し出されたものを黙って受け取る。
どことなく、「うさぎ」ではなくなってしまったぬいぐるみ――
「……旅のお供ができたわ」
「……ああ」
「これで、一人も寂しくないわね」
言って、歩き出す。
ダミアンが、慌てた様子で追いかけてくる。
「って、待て! 俺もついてくっていってるだろうが!」
「あら? あれって本気だったの?」
「当たり前だ!」
二人並んで歩く。
秋風が、石畳に響く足音をさらっていった。
王都には秋の風が吹き出していた。
長い夜会のあと、すべての幕は下りた。
ベルモン家は取り潰し。
王妃は罪を認め、王太子は廃嫡された。
新たな時代の象徴として、オレルが立太子される。
そんな朝だった――
白い光の射す王宮の執務室。
呼び出された私は、この国の次期国王の前に立つ。
新たな王太子の側に控えるのは、この国唯一の姫。
自らの主を守らんと、騎士服に身を包む。
オレルが立ち上がり、深く頭を下げた。
「ロザリーヌ。あなたには本当に感謝している。陛下からも、心よりの感謝をと言付かっている」
「もったいないお言葉にございます。王太子殿下」
頭を下げると、オレルが何とも言えぬ顔をする。
眼鏡を外して顔を上げた彼の表情は豊かだ。
「あなたにそう呼ばれるのはなかなか慣れない。……あなたを『ロザリーヌ』と呼ぶのも」
「慣れる必要はありませんわ」
ベルモン家が潰れ、私は平民に戻った。
公爵令嬢という肩書を失った今、王太子――貴族とすら会うことはなくなる。
今日が最後の別れ。
そう思うと、胸の奥底で小さく何かがきしむ。
オレリアに視線を向けた。
「……オレリア殿下は、ドレスをお召しにはなりませんの?」
「必要であれば。ですが、今更、他の生き方はできません。私の命は主、次期国王たるオレルに捧げていますから」
オレリアが、オレルを見て嬉しそうに笑う。
それにまた、オレルが複雑そうな顔をする。
「……僕は、姉上には姉上の人生を楽しんでほしいんだけど」
「ええ。勿論、この立場を最大限に楽しんでいるわ」
ニッと笑って応えるオレリア。
オレルが諦めたように笑う。
彼の視線が、再びこちらを向いた。
「ロザリーナは、これからどうするつもり?」
「どうするとは?」
「平民として生きていくというのは聞いたけれど。それが容易いことではないと、僕らは知っている」
こちらの身を案じる言葉。
いつの間にか入れ替わった立場に、フッと笑いが溢れる。
「詳しいことは決めておりません。ですが、そうですね。旅に出るのも悪くないかと」
どこか遠く。
知らぬ町で一からやり直してみてもいい。
オレルが不安げに眉根を寄せる。
一瞬だけ、私の背後にチラリと視線を向けた。
次いで、口を開く。
「離れた場所で心配する身にもなってください。それなら、いっそ僕の妃になって――」
「ちょっと待てっ!」
オレルの冗談を、勢いよく遮る声がする。
背後から伸びてきた腕。
それが、私を守るようにオレルとの間に壁を作る。
「お前の妃にするくらいなら、旅でもなんでも俺が連れてく!」
「ダミアン、あなた、教会はどうするのよ」
「んなもん、どうにでもなる!」
言い張るダミアンに、オレリアが吹き出した。
オレルが苦笑する。
「ダミアンが一緒なら、僕らも安心してロザリーヌを送り出せます」
「分かってる。一人にはさせねぇ」
勝手な決着。
勝手な約束。
ため息を付くと、耳まで真っ赤にしたダミアンが振り向く。
「……しょうがないだろ。放っとけねぇんだから」
不器用な優しさに、肩を竦めて答えた。
***
「……本当に良かったのか?」
「なにが?」
「オレルたちだよ。もっとちゃんと時間取って別れの挨拶した方が……」
王宮の門の外。
ダミアンが王城を振り返って言う。
それに、「要らない」と答えた。
「本来なら、出会うことさえなかった子たちよ。あれで十分」
告げると、ダミアンは複雑そうな顔をする。
放って歩き出すと、慌てて後を追ってくる。
「なぁ」
「なぁに?」
「あんたの名前さ、今後はリナって呼んだ方がいいか?」
「……どうして?」
尋ねると、ダミアンは少しだけ躊躇った。
「……貴族を辞めただろう? ベルモン家も関係ない。だったら、元の名前に戻ってもいいんじゃないか?」
「そうね」
言われて考える。
記憶にある長さなら、「ロザリーヌ」と呼ばれた時間の方が長くなった。
その名に、今更さしたる抵抗もない。
「……別に、名前なんてどうでもいいわ」
「どうでもいいってことはないだろ」
途端、不機嫌になるダミアン。
最近漸く、この不機嫌の意味を理解できるようになった。
私が「私」をおざなりにしたから。
私が彼をおざなりにしたから。
それが、彼の不機嫌の原因だ。
「……別に、投げやりになっているわけじゃないわ」
「だったら……」
「ロザリーヌであろうとリナであろうと、私は私よ」
この身一つで「私だ」と言える今、呼ばれる名に拘りはない。
(ああ、でも……)
「……ロザリーヌ?」
「そうね。リナという名前は、お母様がたった一つ残してくれたものだから……」
それくらい、もらっておこうかしら。
ダミアンが足を止めた。
つられて、私も足を止める。
彼が、私の名を呼んだ。
「……リナ」
「……なぁに?」
彼が、懐から何かを取り出す。
ボロボロの布に接ぎが当てられ、汚れが綺麗に落とされたぬいぐるみ。
「……肌見放さず持っておけってわけじゃない」
言って、ぬいぐるみを差し出すダミアン。
一心に、こちらを見下ろす。
「だけど、今のお前なら……、窓辺に飾っておくくらいはいいんじゃないか?」
差し出されたものを黙って受け取る。
どことなく、「うさぎ」ではなくなってしまったぬいぐるみ――
「……旅のお供ができたわ」
「……ああ」
「これで、一人も寂しくないわね」
言って、歩き出す。
ダミアンが、慌てた様子で追いかけてくる。
「って、待て! 俺もついてくっていってるだろうが!」
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「当たり前だ!」
二人並んで歩く。
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