読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

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第三章

3-1 Side L

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「シリル!火属性だ!」

「『ファイヤーアロー』!」

「っ!駄目か!」

リオネルは、目の前の光景に絶望する。

学園で巨大な光に包まれ、気づいた時にはこの場所――どこともわからぬ地の底――へと放り込まれていた。脱け出すために使ったシリルの転移魔法が発動しないことに驚く間も無く、襲い掛かって来た魔物の群れ。最初の一体を切り捨てたことを皮切りに、次々と現れる大型種を何とか追い払い、一息つこうとしたところで現れたのが、今、目の前で咆哮を上げるドラゴンだった。

(アシッドドラゴンとは、厄介な!)

全身を紫の鱗で覆い、金色の瞳を持つ大型の竜種。炎の代わりに口から吐き出す液体は、転がっていた魔物の死骸を溶解した。触れれば、生きたまま強酸により身体を焼かれてしまう。耐え難いであろう苦痛を想像して、リオネルはゾッとした。

強酸を避けながらドラゴンを攻撃するも、なかなか有効な一打が加えられない。防御力の高い鱗には、シリルの魔法攻撃も、リオネルの剣による斬撃も、全くと言っていいほど効果が無かった。

(クソッ!どうする!?)

こんな時、どう動くのが正解か。今まで学園で習った知識や、騎士団の演習で学んだことを活かすのであれば――

リオネルは、一瞬だけ背後を確かめる。シリルの張ったシールド、そこに守られるエリカの姿を認めて、唇を噛んだ。定石なら、ここで戦闘離脱、撤退を決めるところだが、このまま逃げ出して、果たして彼女を連れて逃げきることが出来るだろうか。

「っ!くそ!」

勝算の低い賭けに、リオネルは舌打ちする。何故、突然、このような窮地に陥ることになったのか。あり得ない事態に混乱するリオネルの心に、ふと、この場に居ない彼女の姿が浮かんだ。

(まさか、レジーナが……?)

直前まで一緒に居たはずのレジーナの姿が無いことを、リオネルは初めて意識した。彼女はどこに?なぜこの場に居ない?

(……もしや、彼女が陥れたのか?)

我々を、この危地に――

「リオネル!」

「っ!?」

ドラゴンから意識の逸れていたリオネルの名を、フリッツが呼んだ。同時に、振り下ろされたドラゴンの尾。それを寸でのところで避けたリオネルは、地を揺らす衝撃音とともに床に叩き下ろされた尾に斬り掛かった。

(硬い……っ!)

鱗一枚傷つけることも出来なかったリオネルは、そのまま背後に大きく跳躍し、ドラゴンから距離を取る。

「リオネル!気を抜くな!死ぬぞ!」

「助かりました!」

リオネルの傍に近寄ってきたフリッツが、声を落とした。

「いけると思うか?」

その問いに何も答えられないリオネルに、フリッツが嘆息する。

「撤退するしかないだろうな……」

「っ!しかし、それではエリカが……!」

反論するが、リオネルとて代案があるわけではない。追い詰められた状況に、厳しい顔をしたフリッツが口を開く。

「……俺とアロイスが囮になる。お前とシリルはエリカを連れて先に逃げろ」

「それはっ!」

それが、エリカを救える最善の策だということは分かる。だが、国の第二王位継承者を残しての撤退など、許されるわけがない。ここで二手に別れたとして、再び合流出来る保証もないのだ。自分達が今どこに居るかもわかっていない現状、ドラゴンが目の前の一体とも限らない――

「フリッツ!リオネル!」

「「っ!?」」

アロイスの警告の声に続き、横なぎに払われたドラゴンの尾が目の前に迫る。それを跳躍で避けた先で、ドラゴンの尾がエリカの居る場所のすれすれ、その上の土壁を叩くのが見えた。轟音と共に衝撃が伝わってくる。パラパラと崩れる壁に、シールドの中のエリカが悲鳴を上げた。

怯え切った彼女の姿を見て、思い出す。

(そうだ、決めたではないか。私は、何を犠牲にしてもエリカだけは守らねばならない!)

覚悟を決めたリオネルは、フリッツを振り返る。

「申し訳ありません、殿下!先に行きます!」

「おぅ!」

リオネルの声に短く答えたフリッツ。彼が、ドラゴンの視線を捉えたまま部屋の反対側へと駆け出すのを見てから、リオネルも走り出す。エリカの傍に駆け寄ろうとして見えたのは、部屋に続く通路、その奥からこちらへと向かってくる何かしらの生き物の姿だった。

新たな魔物の出現かとリオネルが身構えたのも一瞬、人とも魔物とも区別のつかぬソレは瞬きの間にリオネルの横を通り過ぎる。その気配を慌てて追ってリオネルが背後を振り向けば、大剣を手にしたソレが大きく跳躍するのが見えた。

大上段に構えられた剣が、ドラゴンの頭部へと振り下ろされる。

「なっ!馬鹿な!?」

あれほど硬かったドラゴンの鱗。それがまるで嘘かのように、男の剣がドラゴンの頭部へと深く突き刺さった。

『グギャァァァアアア!!!』

ドラゴンの咆哮が上がる。断末魔を響かせた巨体がグラリと揺れ、次いで、轟音を響かせながら地へと倒れ込む姿を、リオネルは唖然と見守った。

「これは、一体……」

あまりにも一瞬の出来事。リオネルは自分が目にしたものが信じられなかった。動きを止めたドラゴンの姿に、自らの死を覚悟した窮地が去ったことはわかるのだが。頭が追いつかない。目の前で地に伏すドラゴンの亡骸をただ茫然と見下ろした。

「リオネル!」

呼ばれた名に、リオネルはハッとして振り返る。

「エリカッ!」

視線の先、シールドを抜け出してこちらへと駆け寄ってくるエリカが見えた。泣き笑いのような顔で一心に駆けてくる彼女の姿に、リオネルの思考が漸く動きだす。彼女を安心させるべく、エリカの元へ向かおうとしたリオネルの横を、また巨大な影が通り過ぎて行った。それに驚く間もなく、その影がエリカへと迫り、彼女を横抱きに抱え上げた。

「キャアッ!いや!なにっ!?離して!離しなさいよ!」

「エリカ!?」

獣のような男がエリカに触れている。彼女を攫うつもりなのか。無遠慮にエリカを抱える男に、リオネルは手にしたままだった剣を構え直した。そのまま走り出し、男へと肉薄する。男の眼前へ剣を突き付けた

「貴様っ!今すぐエリカを下ろせ!汚い手で彼女に触れるな!」

「……」

こちらの言葉を理解できるかも不明な獣は、けれど、リオネルの気迫に押されたのか、エリカの身体をゆっくり地へと下ろした。地に足の着いたエリカは、真っすぐにリオネルの腕の中へと飛び込んで来た。

「リオネル!」

「エリカ、大丈夫か?……怪我は?」

剣先を男へと向けたまま、左手でエリカを抱きとめたリオネル。リオネルの問いに、目に涙を溜めたエリカがフルフルと首を横に振る。怪我がないとは言え、恐ろしい思いをしたのだろう。リオネルはエリカの柔らかな身体をギュッと抱き締めた後、彼女を自身の背後へと庇った。

同じく剣を構えたままのフリッツとアロイスが、エリカを守るようにして、リオネルの隣に並び立った。

「……貴様、何者だ」

男への警戒も露わなフリッツの誰何に、しかし、男が言葉を発することはない。やはり、言葉も解さぬ獣かと、この場で男を切り捨てることも考えたリオネルの耳に、突如として聞きなじみのある声が聞こえて来た。

「……クロード、もう終わったの?そちらに行っても構わない?」

驚き、声のした方、男の出て来た通路の奥へと視線を向ければ、岩陰から一人の女性が姿を現した。リオネルは息をのむ。

「レジーナっ!?」

リオネルの叫びに、レジーナの視線がリオネルを捉えた。目が合い、こちらに近づいて来ようとしたレジーナを、ざらついた男の声が止める。

「……来ては駄目だ」

「え?」

足を止めたレジーナ、その瞬間、目の前の男の姿が消えた。が、消えたと思った男の姿は、一瞬ののちにレジーナの隣に姿を現す。

(っ!?なんだ、今の動きは……?)

視認できないほどの速さ。確かに剣を向けていたはずの男の動きを捉えられなかったことに、リオネルの背筋を冷たいものが流れる。

視界の先で、男がレジーナを横抱きに抱き上げた。先程、エリカにしていたのと全く同じ動きで――

「ちょっ!?ちょっと、また!?やめてって言っているでしょう!歩けるわ!」

途端、暴れ出したレジーナだったが――恐らく、男が何か彼女を脅すようなことを言ったのだろう――、ギョッとしたように男の顔を見上げた後、直ぐに大人しくなってしまった。獣に抱かれたまま抵抗も出来ないレジーナの姿に、リオネルの胸が僅かに痛んだ。

男が、再びこちらへと近づいて来る。数メートル手前で足を止めた男からレジーナを救うべきか迷ったところで、レジーナが口を開いた。

「足元に気を付けて」

彼女の言葉に足元に視線を落とせば、周囲にいくつもの血だまりが出来ている。男がアシッドドラゴンを切り殺した際に跳んだ血しぶきだろう。これがなんだ?とレジーナに視線を向ければ、不機嫌そうなままの彼女が答えた。

「アシッドドラゴンは、吐いた酸だけでなく、血液まで強い酸性なんですって。危険だから、迂闊に歩き回らない方がいいわ」

「なっ!?」

ハッとして、エリカの足元を確かめる。防御力を強化している自分たちでさえ危険な強酸、ほとんど生身の彼女が触れてしまえばただではすまない。幸い、彼女の足元に血だまりはなく、その靴先にも血液の付着は見られなかった。

(だが……)

気づいて、リオネルはゾッとする。先程、リオネルの元へ駆けて来ようとしていたエリカが、もし、何も知らずに血液を踏んでいたら――

「クロード、下ろして。もう大丈夫でしょう?……気を付けるから」

レジーナの声に、獣のような男が彼女をノロノロと地面へ下ろした。両の足を地につけたレジーナが、真っすぐにこちらを見据える。彼女のその姿に、リオネルはなぜか気圧されるような気がした。

(……これは、本当にレジーナか?)

見慣れた彼女は常に美しく装い、それでいて、どこか鬱屈としたものを抱え、周囲全てが敵のような刺々しさを持っていた。唯一、例外があったとすればそれは、他でもないリオネル自身。リオネルにだけは僅かながらも心を開いていた。そう、思っていたのだが――

「皆さん、一応、全員ご無事ということでいいのかしら?」

今のレジーナが纏うのは裾の破けた砂だらけのドレス。顔にも髪にも砂埃をかぶり、お世辞にも美しいとは言えない。それでも、毅然としてこちらを見つめるレジーナの瞳に、リオネルは一瞬、言うべき言葉を失った。彼女の姿に違和感を禁じ得ない。

そう、それに――

「クロード、本当に大丈夫だから。一人で立てるし、歩けるわ」

レジーナの背後に寄り添い、彼女に手を貸そうとする男を、彼女の手が押し留める。彼女の拒絶に男の手が所在なさげに彷徨い、レジーナが呆れたと言わんばかりのため息をついた。

リオネルは、自身が目にしているものが信じられなかった。レジーナの雰囲気、男へと向けるまなざし。彼女が、――




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