読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

文字の大きさ
21 / 50
第四章

4-3 Side C

しおりを挟む
「レジーナ様とリオネルは婚約者同士だったんですよ?」

たどり着いたのは二十階層にある放棄された騎士団の拠点。かつてのダンジョン調査の置き土産であるその場所には、水の貯蔵タンクが残されていた。

クロードは、部屋の隅の椅子に腰を下ろし、レジーナが浄化した水を皆に配るのを眺めていた。そのクロードに近づいて来たエリカが、隣に腰を下ろす。そうして告げた言葉に、クロードの胸に一瞬、何かしらの感情が湧いた。怒りか悲しみか。とうに忘れてしまったはずの冷たい何かがクロードの心臓に触れた。

「ほら、ですから、今もああやって、よくお話もされますし。あの二人の間には、他の人には入り込めない空気があるんです」

「……」

クロードの視界の先で、リオネルがレジーナに何かを話しかけた。レジーナは、無表情ではあるが、その言葉に何かを答える。それから、右手を開いてみせた彼女はその手をヒラヒラと振った。

「リオネルは優しいですから、ずっとレジーナ様の怪我を心配していたんです。……それに、ひょっとしたら、レジーナ様はまだリオネルのことをお好きなのかもしれません」

エリカの言葉をぼんやりと聞きながら、クロードはレジーナをじっと見つめていた。やがて、リオネルとの話を終えたレジーナがこちらを振り向く。が、怯んだような様子を見せた彼女はそのまま部屋の反対へと行ってしまった。クロードは立ち上がり、レジーナの後を追う。

「あ!クロード様、待ってください。お話がまだ……!」

エリカが後ろをついてくるが、クロードは振り返ることはせずに部屋を横切り、レジーナの元へと向かった。部屋の隅、他の皆から離れた場所に積まれた木箱に腰を下ろす彼女の名を呼んだ。

「レジーナ……」

呼んだ名に、レジーナは困ったような顔でクロードを見上げ、それから、クロードの隣へと視線を向ける。

「……エリカと話をしていたのではないの?」

「いや……」

特に意味のある会話をしていたわけではない。首を振ったクロードの横から、エリカが口を挟んだ。

「レジーナ様の好きな人の話をしていたんです」

「……何ですって?」

エリカの言葉に、レジーナの顔が不快に歪む。それを気にすることなく、エリカの楽し気な声が続いた。

「レジーナ様はまだリオネルのことがお好きなのではないかと……」

「馬鹿なことを。そんなことあるわけがないでしょう」

そうきつく言い放ったレジーナの赤い瞳が、けれど僅かに揺れていることにクロードは気づく。レジーナと目が合ったが、クロードが何かを言う前に、その瞳はそっと伏せられてしまった。

「……くだらないことを言っていないで。あなたもさっさと休憩したらどう?」

レジーナのその言葉に、エリカは「すみません」と答えるが、その場を動こうとはしない。代わりに、「ああ、それとも」と声を潜めた。

「レジーナ様のお好きなのは、シリルくんでしょうか?」

「……くだらない」

エリカの言葉を切って捨てたレジーナは、そのままフイと顔を逸らし、エリカを視界から追い出した。それきり黙ってしまったレジーナの隣に腰を下ろすが、彼女はこちらを見ようとしない。クロードはレジーナの瞳を見たくて、その横顔をじっと見つめた。

「……私、ずっと考えていたんです」

レジーナの拒絶など無かったかのように話を続けるエリカ。クロードは彼女を見上げ、その真意を探ろうとしたが、彼女はただ微笑してわらっているだけだった。

彼女の向こうに視線を向ければ、部屋の中央にあるテーブル、ずっとこちらを気にして視線を送って来ていた男と目が合う。クロードと目が合った途端、立ち上がった男がこちらへと向かって来た。

レジーナの前からエリカを連れ去って欲しい。その一念でリオネルを見ていたクロードを、近づいて来た彼は不快げな視線でジロリと見下ろす。

「エリカ。必要以上に、彼らと馴れ合う必要はない。向こうへ……」

「ええ。でも、その前に、レジーナ様に確かめたいことがあって」

リオネルに笑って答えたエリカが、再びレジーナに視線を向けた。

「あの時、レジーナ様はなぜ私の指輪を盗ろうとしたのでしょうか?」

「……」

「……以前にも同じようなことがありましたよね?」

レジーナが答えないと見て取ったエリカがそう言葉を続け、クロードを見た。

「以前、私がシリルくんに貰ったブレスレットを、レジーナ様に捨てられたことがあったんです」

「あれは……!」

思わずと言った風に反論しかけたレジーナだったが、結局、それ以上は言わずにまた口を噤む。クロードの目に、彼女が唇を噛むのが見えた。

「ですから、今回の指輪もシリルくんの贈り物だとご存じの上で、嫉妬から奪おうとなさったのではと……」

「……違うわ」

そう否定してフルフルと首を振ったレジーナは疲れ切っているように見えた。クロードは咄嗟に立ち上がり、彼女を横抱きに抱き上げる。

「ク、クロード!?」

「……部屋で休んだ方が良い」

レジーナが嫌がるのを承知の上で、クロードはそのまま彼女を個室に運ぼうと歩き出す。そんなクロードを引き留めるように、レジーナを抱えた腕に触れる指があった。

「……クロード様、レジーナ様をお連れするのでしたら、先にお怪我の治療をさせてください。でなければ危険です。レジーナ様を落とされでもしたら」

「……」

「どうか、私に治療をさせてください」

繰り返されるエリカの申し出は、既に断ったはずだ。サンドワームの歯はクロードの皮膚一枚傷つけていない。だから、クロードはもう一度「不要だ」と告げてその場を去ろうとした。

「待て、クロード」

呼び止めたのは、フリッツだった。クロードが彼へと視線を向ければ、フリッツは苛立たし気に自身の髪をかき上げる。

「俺を庇って負った傷だ。そのままにされては寝覚めが悪い。……怪我をしているかどうかを含めて、一度エリカにきちんと診てもらえ」

彼の不機嫌は、クロードに庇われたことによるものなのか。それが自身の役目と認識しているクロードは、例え怪我を負おうと気にはしないのだが――

「……クロード様、私も以前、大怪我を負ったことがあります」

エリカの言葉に、腕の中のレジーナの身体が強張るのが分かった。

「怪我の直後は身体が興奮していて気づかないこともあります。……後から、その怪我に苦しめられることも」

クロードの腕に触れるエリカの手が、彼の腕を撫でるような動きを見せた。

「ですから、どうか……」

「……」

クロードを見上げるエリカの瞳が潤む。懇願せんばかりの彼女の姿に、クロードは首を横に振った。

「不要だ。……必要であれば、レジーナに頼む」

「っ!」

クロードの言葉に、エリカが瞳を見開く。次いで、「どうして」と声を震わせた彼女の向こうから、フリッツの「いい加減にしろ」という苛立たし気な声が聞こえた。

「レジーナに義理立てしてるのかは知らんが、治癒の腕はエリカの方が遥かに上だ。俺の兄も彼女に命を救われている。下手な意地を張らずに、さっさと治してもらえ!」

その言葉にもう一度首を振ったクロードは、触れて来るエリカの腕を振り払うようにして歩き出した。背後から、フリッツの怒声が聞こえる。

「クロード!お前はその女の本性を知らんのだ!」

フリッツの言葉に、腕の中のレジーナが震えた。背後でフリッツを諫める声が聞こえる。

「フリッツ、君が熱くなってどうする。落ち着け」

「お前は黙っていろ、アロイス!おい、クロード!」

その声にクロードが振り返れば、立ち上がったフリッツが、こちらに指先を突き付けた。

「さっき、エリカが言った大怪我ってのはな、レジーナがやらかしたことなんだよ!そいつは、エリカを階段から突き落としやがったんだ!」

「……」

クロードが腕の中を見下ろせば、青ざめた顔のレジーナが震える口を開く。

「違います。私はエリカを傷つけるようなことはしていません」

か細い声。それでも、はっきりと否定したレジーナの言葉に、フリッツが益々いきり立った。

「違わんだろうが!?シリルが隣で見ていた!俺もアロイスも、エリカが落ちた瞬間をこの目でしっかり見ているんだ!」

クロードの腕の中で固く目を閉じたレジーナがフルフルと首を横に振る。その怯えきった姿に、クロードは後悔した。さっさとこの場を去るべきだった。

レジーナを抱く腕に力を込め、「心配ない」そう言葉にならない声で伝えて、クロードはその場を後にした。




しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

処理中です...