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第六章
6-4 Side L
しおりを挟む見透かされていた――
苦く笑ったレジーナが「話は終わりだ」と離れていく。リオネルは離れていくレジーナの背中を引き留めることができずに見送った。胸の内には猛烈な羞恥が渦巻く。
彼女は知っていた。エリカへ芽生えた想いもそうだが、レジーナが己を好いていると承知の上で、「家の決めた婚約だ」と予防線を張っていたことも。承知の上で――
(っ!何も言わなかったというのか……?)
リオネルがレジーナの想いに気づかない振りをしていたのは、それが楽だったからだ。レジーナを妻とすることに否やはなかったが、彼女の想いに応えられる自信はなかった。
エリカと出会ってからは特に、「家同士の契約」を前面に押し出して「婚約者としては尊重する」という態度を貫いた。だが、それも、次第に形だけのものとなっていたのだと、今なら分かる。エリカとレジーナの衝突が増えるにつれ、当初はレジーナの婚約者の立場として仲裁に入っていたはずが、次第にエリカを庇うことが増えた。
(それも全て、レジーナには己の心の内が見えていた……)
思い出されるいくつもの場面。あの時は?あの場面では、彼女は何を思っていた?
次々と浮かんで消える光景は、リオネル自身に、それだけ「エリカを優先した」という思いがあるから。二人の諍いを止めるため、レジーナに触れたこともあった。彼女を裏切りながら正義を説く己に、レジーナは何を思っていたか。
再び、叫び出したくなるほどの羞恥に襲われ、リオネルはその場から逃げ出す。皆の元へと戻れば、不安げな表情のエリカがリオネルの腕に手を掛けた。
「リオネル、大丈夫?酷い顔をしているわ。レジーナ様に何か言われたの?」
「いや……」
そう答えたが、自身の矮小さを思うと、リオネルはエリカの顔を真っ直ぐに見ることが出来ない。
「レジーナ様、やっぱり『読心』使えるって?」
エリカの後ろからそう尋ねたシリルにも、無言のまま頷いて答える。それに、シリルが「うわぁ」と嫌そうな声を上げた。
「『剔抉のフォルスト』の再来かぁ。やだなぁ」
フォルストへの蔑称を口にしたシリルに、リオネルは僅かに不快を感じる。
「……シリル、言葉を選べ」
「ああ、ごめんごめん。けど、読心なんて、本当に困っちゃうからさぁ」
苦言を呈しても少しも悪びれる様子のないシリルの態度に、リオネルもそれ以上は沈黙した。
エリカが、躊躇いがちに疑問を口にする。
「……レジーナ様は私たちのことを何か仰っていた?……アロイスのように、私たちも知らない内に心を読まれていたのかしら?」
「いや、それは……」
(そう言えば、何も言っていなかったな……)
レジーナが口にしたのは、あくまでリオネルの胸の内のみ。シリルや殿下はともかく、エリカとは接触の多かったレジーナが彼女の心を読む機会はあったはずだ。だが、彼女はエリカの心については一切触れることなく――
「……レジーナ様の読心は本物なのかしら?」
「どういう、ことだ?」
ポツリと呟いたエリカの言葉をリオネルが問えば、彼女は「もしもよ」と言葉を紡ぐ。
「もし、レジーナ様のスキルが本物でなくても、それを証明するのは難しいなと思って。彼女に『心を読んだ』と言われてしまえば、例えそれが嘘でも、他の人には判断のしようがないでしょう?」
「……」
「レジーナ様に、『私が本当はリオネルを嫌っている』と言われてしまえば、私には『違う』と否定することしかできないもの……」
眉根を下げてそう口にするエリカの言葉に、リオネルは首を横に振った。
「しかし、偽る理由がない。レジーナはスキルが露見するのを恐れていた」
露見してしまえば、彼女を忌避する者は増えるだろう。事実、シリルは彼女への嫌悪を口にした。
エリカが困ったような顔で笑う。
「リオネルを繋ぎ止めるためじゃないかしら?」
「……なに?」
「読心のスキルがあると言えば、リオネルがレジーナ様を選ぶ、そうお考えになったのかも……」
エリカの言葉に、先程のレジーナの姿を思い出す。エリカと比べられることが辛かったと、リオネルのために努力したのだと告げるレジーナは苦しげだった。自身が認識していた以上のレジーナの想いに、エリカの言葉が真実である可能性を考えかけたが、リオネルはすぐに「いや」と首を振った。
「……レジーナの読心は本物だ」
でなければ、秘したリオネルの心をあそこまで正確に言い当てることはできない。否定するには、リオネルには思い当たることが多すぎた。
リオネルの言葉に、エリカは「そう」と小さく頷いてから首を傾げた。
「でも、だとしたら、どうして、レジーナ様は今までスキルについて明かさなかったのかしら?」
「忌避されることを恐れたのだろう。積極的に明かしたい能力ではないと言っていたからな」
リオネルの言葉に、エリカの眉根に小さく皺が寄った。
「そんな理由で?……気持ちは分からないでもないわ。だけど、何も、リオネルにまで隠す必要はないのに」
そう口にしたエリカは悔しげに唇を噛む。
「……それってなんだか、婚約者だったリオネルのことを全く信用していなかったみたいで、私は嫌だわ」
「エリカ……」
「私なら、例え他の人には言えなくても……、ううん、言えないことなら余計に、リオネルにだけは相談するもの」
瞳に薄っすらと涙の膜を張って唇を震わせるエリカに、リオネルはそっと手を伸ばした。
「……ありがとう、エリカ」
未だリオネルの胸の内は混乱にあった。レジーナに対する負い目、己の不義に対する羞恥。だが、エリカの言葉に、幾分、心が軽くなる。
エリカが向けてくれるリオネルに対する絶対の信頼に救われた。エリカの言うように、レジーナとリオネルの間に真の信頼関係があれば、彼女は秘密を明かしてくれていただろう。例え、リオネルに非があろうと、それがレジーナが口を噤んだ言い訳にはならない。
(結局のところ、レジーナとの間に未来などなかった……)
それが自身の不徳の致すところだと言われれば甘んじて受け入れる。だが、それを正すべき立場にあったレジーナがその役目を放棄したのだ。どっちもどっち。二人の関係はとうに破綻していたのだという事実を、リオネルは静かに受け入れた。
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