読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

文字の大きさ
34 / 50
第七章

7-1

しおりを挟む
アロイスの負傷の影響から、予定より多少は遅くなったものの、何とか二日目の内に十階層に到達することが出来た。

流石に、クロード以外の全員が疲労を見せる中、彼の先導で辿り着いた空間に、レジーナは思わず息を呑む。

同じく、目の前の光景に心を奪われたらしいエリカの口から「まぁ」という感嘆の声が漏れた。

「すごいわ。私、ダンジョン都市を見るのは初めて!」

目の前、拓けた空間に広がる街並は、地中深くにあるにもかかわらず、地方の宿場町程度の規模がある。ダンジョンで採れる資源を元に発展し、ダンジョンと共に滅ぶ宿命にあった街は、人の姿が絶えた今もその原形を留めていた。

「……宿屋を探そう。街全体は無理だが、建物一つ程度ならば魔石で機能するようになる」

火も使えるし、シャワーを浴びることもできるというクロードの提言に従い、街中で宿屋を探す。街の中心部、かつての繁栄が窺える二階建ての宿屋を見つけ、そこで一晩を過ごすことを決めた。

割り当てられた部屋で、レジーナが部屋全体に――特に寝台には入念に――クリーンをかけたところで、部屋に灯りが点る。宣言通り、クロードが宿屋の機関に魔石を置いてくれたのだろう。

(……疲れた)

レジーナは寝台に寝転がった。人の気配を感じない静かな部屋の中、数日ぶりに一人きりになれた空間で、レジーナの脳裏に浮かぶのは、今後の自身の身の振り方についてだった。

ここに跳ばされる前は、大人しくフォルストの家へ帰るつもりでいた。エリカの裁判についても拒否するつもりはなく、あそこでシリルが出てこなければ、抵抗するつもりもなかった。諦めていたから。

(今だって、ここを出た後に行きたい場所があるわけじゃない……)

ただ、今はもう、家に帰る気にもなれない。行きたい場所はなくても、誰といたいかははっきりしていた。けれど、自分といることで彼に迷惑をかけることも望まない。

レジーナが悶々とする内に、扉を叩く音が聞こえた。

「……誰?」

「アロイスだ」

「え!」

誰何に返った声に、レジーナは慌てて立ち上がり、扉へと向かう。果たして、レジーナが開いた扉の向こうには、淡い笑みを浮かべたその人が佇んでいた。

「レジーナ、君に話がある。すまないが、少し時間を貰えるか?」

「え、ええ……」

アロイスの穏やかな声に、レジーナの鼓動が僅かに速くなる。招き入れた部屋に腰を下ろす椅子はなく、レジーナは迷った末に、寝台に腰かけるようアロイスを招いた。その隣に――ひと一人分の距離を置いて――レジーナ自身も腰を下ろす。

高まる心臓、レジーナが何を口にすべきかまごついている内に、名を呼ばれた。

「……レジーナ」

その声にソロリと横を向いたレジーナの視線が、菫色の瞳とぶつかる。

「……まだ、君にちゃんと礼を言えていなかった。私の命を救ってくれたこと、本当に、ありがとう。君に、心からの感謝を」

言って、頭を下げたアロイスの金糸がサラリと流れるのを、レジーナはじっと見守った。

それから、意を決して口を開く。

「お礼なんて要らないわ。……私の方こそ、あなたに謝罪しないといけない」

「謝罪?」

「……私、心を読んでしまうとわかっていて、あなたに触れた。事故や偶然ではなく、故意に触れたわ」

申し訳なかったとレジーナは頭を下げた。その謝罪を、アロイスが困ったように制止する。

「顔を上げてくれ、レジーナ。故意に触れたと言っても、それは私の治療のためだろう?」

「……それでもよ。絶対に読んでしまうとわかっていて、私から触れた事実に変わりはないわ」

自身のスキル制御が未熟で、それを自覚した上で触れたのだから、言い訳のしようもない。真摯に見つめるレジーナの視線に、アロイスが小さく苦笑した。

「わかった。君の謝罪は受け入れよう」

その一言に、レジーナは自身で思っていた以上に安堵した。困ったように笑うアロイスの顔に嫌悪はない。

「……ありがとう」

小さく返したレジーナの感謝の言葉に、アロイスは「その代わり」と笑った。

「私の感謝の気持ちも受け入れてもらえないだろうか。君が私の命を救ってくれたこともまた事実だろう?」

「……わかったわ。あなたの感謝も受けとる」

「ああ。……ありがとう」

穏やかに微笑むアロイスに、ガチガチだったレジーナの緊張も僅かに解ける。彼女とこんな風に言葉を交わすことができる日が来るとは思わなかった。レジーナが胸の内に温かいものを感じていると、アロイスが少しだけ表情を改める。

「……レジーナ、もし答えられるならでいいんだが、いくつか聞いても構わないだろうか?」

「ええ。いいわ」

アロイスの求めに、レジーナは素直に応じた。彼女にはその権利があると思ったからだ。

「君は、私が女だということをいつから知っていた?」

緊張気味にそう口にしたアロイスに、レジーナは小さく首を傾げた。

「入学式典の何日か後、……覚えているかしら?私、あなたにぶつかって、助けてもらったことがあったでしょう?」

「ああ、覚えている。……そうか、そんな初めから、君は私の秘密を知っていたのか」

言って、虚空を見つめたアロイスの視線が、再びレジーナに向けられた。

「……君が私の秘密を誰にも明かさずにいてくれたのは、なぜだろうか?リオネルにさえ黙ってくれていたのだろう?」

真っすぐな瞳に、レジーナは僅かに視線をそらす。口にすると陳腐に聞こえるが、レジーナはアロイスを守りたかった。露見すれば、国への背信行為と取られてもおかしくなかったアロイスの選択。それを公にするつもりは微塵もなかった。

それに、レジーナの中には違えたくない一線がある。

「私は、読んでしまったものはなるべく見なかったこと、知らなかったことにしているの」

「それは……?」

「未熟なせいで人の心を暴いてしまうことに言い訳はできても、それを口外してしまったら、もう、戻れなくなってしまう」

それに、見なかったことにすれば、リオネルの想いもなかったことにできる気がした。認めることが恐かった。人に忌避されることが恐ろしかった。だから、レジーナは口を噤んだ。

「……そうね、結局、あなたのことを誰にも言わなかったのは、自己保身よ」

アロイスを守りたかったが、「守った」と胸を張って言えるような大したものではない。レジーナはそう答えて、もう一度、アロイスを窺い見た。視線の先で、口元に笑みを乗せたアロイスがレジーナを見ている。

「……私は、もっと早く、こういう風に君と話をすべきだったな」

「どうして……?」

「今のひと時で、私の君に対する印象は少なからず変わった。……自己保身であろうとなんであろうと、君の行いが私を救ったことは事実だ」

アロイスに見つめられて、レジーナの頬にどうしようもない熱が生まれた。そっと伏せた顔、膝の上で組んだ自身の手を見つめながら、レジーナはポツリと呟く。

「……救われたのは、私のほうよ」

「え……?」

「……私、スキルのことをリオネルに話せば、彼が戻ってきてくれるんじゃないかと思っていたの」

レジーナの独白を、アロイスは静かに聞いている。

「だけど、私が認めて欲しかったのはスキルではなくて私自身。彼にとって有用ではない私を認めて欲しかった」

そして、愛して欲しかった――

「スキルのおかげで選ばれても、結局は苦しいだけ。だから、言わなくて良かったと今は思ってる」

言って、レジーナは身体ごと向きを変えてアロイスを正面にとらえた。

「……言わずにいられたのは、勝手だけど、あなたのおかげよ」

「私の?」

「ええ。……ありがとう。三年間、あなたは私の支えで憧れだったわ」




しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

処理中です...