読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

文字の大きさ
45 / 50
第八章

8-4 Side C

しおりを挟む
気付けば、体が勝手に動いていた――

一人になりたいというレジーナを追って、クロードは広場の見渡せる建物に潜んだ。万が一の危険を考えての行動、彼女の目に止まるつもりはなかった。それが――

「ねぇ、クロード。いい加減、下ろして」

腕の中、問答無用で攫ったレジーナが、困り顔でクロードを見上げる。

「……ずっと、このままのつもりじゃないわよね?」

「……」

いつかのように、彼女を抱えたまま跳躍を繰り返した先、抜け出したダンジョンの周囲には密林が広がっている。もう何年も前に目にした光景と変わらぬそれに、クロードは我に返った。これより先は外の世界。レジーナはクロードを好きだと言ってくれたが、共に逃げることは望まなかった。彼女も自分も、あるべき場所、関係に戻らねばならない。

レジーナを、彼らの元に返さなければ――

(だが……)

ここに来て漸く、クロードはレジーナの言葉を実感を伴って認めた。

己は空などではない――

リオネルがレジーナに触れるのを見て、クロードの胸の内に沸き上がった想い。彼女を、誰にも触れさせたくなかった。守って、囲って、己一人のものにしたい。リオネルには渡せない。レジーナが欲しい。

そうして、気付いた時には、彼女を腕の中に抱きしめていた。

「ねぇ、クロード。本当にどうしたの?何があったの?」

未だ状況を理解できない様子のレジーナを、クロードはそっと地面に下ろす。腕の拘束を解くことはできない。彼女に逃げられるのが怖かった。

「……レジーナ、俺は……」

言いかけて、クロードは言葉に迷う。何を伝えるべきか、何を言えば、彼女はこのまま自分に攫われてくれるだろうか。

言葉にするのは難しい。クロードは無意識にレジーナの手を取り、「読んでほしい」と伝えようとした。けれど、その言葉をすんでのところで飲み込む。

(駄目だ……)

それでは彼女に届かない。言葉にするのが苦手だからと、読まれて困ることはないと、彼女の力に頼るだけでは駄目だ。伝える努力をしなければ。

想いだけでは足りない。言葉だけでも足りない。だから、クロードは自分の想いを言葉にする。

「あなたが好きだ」

「っ!?」

途端、大きく見開かれたレジーナの目を、クロードは覗き込む。そこに嫌悪はないか、怯えはないか。見る間に涙の溜まっていく碧い瞳を見つめながら、クロードは安堵した。嫌がられてはいない。そのことに勇気を得て、自身の願いを口にする。

「俺は、レジーナと共に在りたい。これから先のせいを、ずっとあなたと……」

「それは……、それはどういう意味?忠誠を誓うということ?私の騎士になりたいの?」

震える声、揺れるレジーナの瞳を見つめて、クロードはゆっくりと首を横に振る。

「俺の忠誠はレジーナのものだ。だが、それだけでなく……」

レジーナを誰かと共有することなどできない。誰かの隣に立つ彼女を見たくなかった。

「あなたを俺だけのものにしたい」

彼女の一番近くで、自分だけが彼女に触れる権利を得たかった。クロードは、レジーナの柔らかな肢体を抱きしめる。彼女の手が、クロードの背中に回された。

クロードの胸の内が、新たな感情で満たされる。

多幸感。レジーナに受け入れられ、全身に甘い痺れが走った。彼女を抱きしめる腕に力がこもる。

「……嫌だった」

「え?」

「あの男が、俺以外が、あなたに触れるのが許せなかった。……嫉妬、だと思う」

「っ!?」

クロードの言葉に、レジーナが顔を真っ赤に染める。首筋まで朱に染めた彼女に誘われるようにして、クロードは漆黒の髪に鼻先を寄せた。

「……二度と、誰にも、あなたに触れさせたくない」

「ク、クロード!」

焦ったようなレジーナの声。身を捩る彼女が逃げ出そうとしているのを感じたが、クロードはその腕を弛めない。

「レジーナ、このまま、あなたを攫うことを許してほしい」

「っ!?攫う……?」

「あの男の元にも、国にも返さない。……このまま、俺と一緒に逃げてほしい」

レジーナが、息を呑む気配が伝わってくる。動きを止めてしまった彼女に不安を覚え、クロードは顔を上げた。覗き込んだレジーナの顔、唖然としてこちらを見上げる彼女が、ポツリと呟く。

「……クロード、あなた、本気で私を攫うつもりなのね?」

どうやら、心を読まれているらしい。彼女の言葉に、クロードが頷いて返すと、レジーナが笑った。目に涙を溜めて、今にも泣きそうな顔で――

「『許してほしい』なんて言って、あなた、私が拒絶しても攫うつもりじゃない……」

「……」

レジーナの指摘に、クロードは黙って頷き返す。どれだけ誹られようと、それだけは譲れなかった。彼女の幸福、身の安全のために、国から連れ出すことは決定事項。例え、自分が選ばれることはなくとも――

「騎士としての職務を放棄して、国から追われることも承知の上で、今度は本当に、あなたの意思で亡命するのね?」

「……すまない」

クロードは、レジーナに苦難を強いることを詫びた。彼女が首を横に振る。

「謝らないで」

「……レジーナ」

「すごく嬉しいの。だから、謝らないで……」

泣き笑いの表情で、レジーナがその頬をクロードの胸に押し付ける。

「罪悪感なんて感じないで。無理やりなんかじゃないわ。今のあなたになら、喜んで攫われてあげる」

「レジーナ……?」

「ううん、違う。攫われたい。だって、あなた、私と生きたいって思ってる。……私がいないと、生きていけないんでしょう?」

涙で煌めく瞳で見上げられ、クロードは頷く。レジーナと共に生きたかった。彼女を独占し、自分の手で彼女を幸せにする。それが叶わないのであればもう、クロードの生に意味などなかった。

不意に、レジーナが声を上げて笑う。

「嘘みたい……!」

弾むような彼女の声。心を読めずとも、彼女の喜びが伝わってくる。

「私を必要だって言ってくれる人なんていないと思ってた。こんな風に、大切だって想ってもらえるなんて……!」

言って、レジーナがクロードの身体にしがみつく。

「ありがとう、クロード」

見上げてくる赤い瞳の宝石のような輝きに、クロードは目を細める。レジーナが、照れたように笑った。

「ごめんなさい、私、はしゃぎすぎよね。分かってるんだけど、口が勝手に動くの」

言って、レジーナは顔を伏せた。

「……今なら、エリカを選んだリオネルの気持ちが分かる気がするわ」

不快な男の名に、クロードはレジーナをもう一度抱きしめる。腕の中、大人しく抱かれる彼女の耳元に囁いた。

「俺に攫わせてくれるのなら、全て、忘れてほしい……」

「クロード……?」

「今までの貴女にかかわるもの、……あの男のことも、全部、ここに捨てていってくれ」

クロードの願いに、レジーナが息を呑む。それから、小さく頷いた。

「……分かったわ。私、全部、捨てる。ただのレジーナになって、貴方についていく」

その答えに、クロードは小さく「ありがとう」と返す。胸を満たす充足に、これ以上ない喜びを感じていた。




しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【完】相手が宜しくないヤツだから、とりあえず婚約破棄したい(切実)

桜 鴬
恋愛
私は公爵家令嬢のエリザベート。弟と妹がおりますわ。嫡男の弟には隣国の姫君。妹には侯爵子息。私には皇太子様の婚約者がおります。勿論、政略結婚です。でもこればかりは仕方が有りません。貴族としての義務ですから。ですから私は私なりに、婚約者様の良い所を見つけようと努力をして参りました。尊敬し寄り添える様にと努力を重ねたのです。でも無理!ムリ!絶対に嫌!あからさまな変態加減。更には引きこもりの妹から明かされる真実?もう開いた口が塞がらない。 ヒロインに隠しキャラ?妹も私も悪役令嬢?ならそちらから婚約破棄して下さい。私だけなら国外追放喜んで!なのに何故か執着されてる。 ヒロイン!死ぬ気で攻略しろ! 勿論、やられたら倍返ししますけど。 (異世界転生者が登場しますが、主人公は異世界転生者では有りません。) 続編として【まだまだ宜しくないヤツだけど、とりあえず婚約破棄しない。】があります。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

処理中です...