29 / 65
第四章 夏合宿で開いた門
6.
しおりを挟む
6.
「駄目だ!」
それは、私への制止の声だったのか、部長への警告の声だったのか―
部長の元へと駆け出そうとした途端、白いモヤが激しく膨張と収縮を繰り返し始めた。暫くの胎動の後にモヤが白い輪状に形作られていく。
同時に、その輪から流れて来たのは明らかに異質な空気。濃度の濃い何かが溢れだした。ドロドロとした汚泥のようなそれは、やがて中心から盛り上がり、そこから這い出してくる異形のモノ。棒のような手足、目や鼻のような穴が開いた頭部、全身を覆うドス黒い表皮―
「うわ、何アレ」
「…あれが、幽鬼?」
初めて見るその姿に、一瞬、のまれた。あちらの世界で目にした化物ともまた異なるその姿。
「…やっぱり、悠司一人では無理だったみたいだね。明莉ちゃん、チサさん。門が開いた以上、ここはすごく危険だから。直ぐに避難を」
「しないよ」
「明莉ちゃん!」
出来ればしたいけど、あれはこのまま放っておくわけにもいかなそうな何かだから。
「花守さん、確認。あれは所謂『死んだ人の霊』じゃなくて、他の世界から来たナニか。意思の疎通も出来ない化物、てことでいいんだよね?」
「…それは、間違いないよ。けど、」
それだけ聞けば、充分だ―
「うん。なら、行けるかな?私、ちょっと殴ってくる」
「アカリ、平気?」
「まあ恐いのは恐いけど、でもなんか大丈夫そう。行ってくるね」
チサの心配に笑って答えた。手を振って部長の元へ、走り出す。
「明莉ちゃん!?」
必死に呼び止めようとする声に背後を確認する。飛び出そうとした花守さんをチサが押し留めている。チサの耳に、うっすらとウサギ耳が見えた気がした。
前を向き、全速で部長に駆け寄る。こちらを認めた部長の顔に、先ほど花守さんが見せたのと同じ表情が浮かんだ。
「橋架!?お前、何で!?」
「お手伝いです。アレをやっつけるの」
「危ねえから、離れてろ!あいつらには殴る蹴るは効かねえ。法力でしか倒せねえんだよ!マジで危ないから、下がってろ!」
部長の声が本気で怒っている。私の身を案じて。なのに、申し訳ないけど―
「っ!」
比較的ゴツめ、ガタイのいい部長の頭の上に揺れるキツネ耳が、駄目だ、耐えられん―
思いっきり目をそらす。こんな場面なのに、これ以上直視したら、吹き出す。絶対。それは余りにも空気読めてないから、何とか堪えるけども。
「大丈夫っす。多分、いけそうな気がするっす」
「気のせえだよ!」
視界の外、隣に立つ部長の怒気が強まった。それでも、前方の幽鬼だけを見つめ、隣は見ない。絶対に。
「行きます!」
「っ!待て!!」
再びの制止の声が、背後に流れていく。
ドロドロの何かに近づき、見上げるような体積に膨れ上がっているそれを、踏みつけながら駆け上がる。
―手袋、しておけば良かった
例えマジックアイテムのような防御力が無くても。ただの軍手でも良かった。
素手で触れるよりは―
見た目よりも弾力のあるドロドロを殴り付けながら思う。泥のように飛び散ることも、へばりつくことも無いけれど。精神的に素手はキツイ。
腕がめり込むのも嫌だから、幾分加減しながらの殴打。十数発目で、明らかに幽鬼の動きが鈍った。それまで、殴る度にのたうち回っていた巨体が、徐々に大人しくなっていく。
―なら、これで最後
頭部のような場所を粉砕させるつもりで、力の限りの一発を叩き込んだ。砕け散ることは無かったものの、その一発で完全に動きを止めた幽鬼。
やがて、その手足や頭部のような形が崩れ始め、またドロドロの汚泥のように溶けていく。広がりきった汚泥は、そのまま宙へと消えていった。
敵の消滅を最期まで見届けて、体の緊張を解いていく。
「ふぅ」
本当に久しぶりに動かした身体、軽くあがった息を整える。一息ついたところで、背後から聞こえるのは、近づいてくる三人分の足音。
「…お前、何なんだ?」
「…すごい」
振り返れば、幽鬼の消えた辺りを見ながら何とも言えない表情をしている部長と花守さん。さて問題は、というかあまりこの後のことを考えていなかったのだけれど、私の力について何をどこまで説明すべきか―
迷っていると、チサが一歩前に踏み出した。
「花守、この『門』は?まだ開いたまま。どうすればいい?」
「ああ、それは、」
「俺が封じる。けど、今は力を使っちまって封じるだけの力が残ってないから、回復するまで待つ。…その間に応援が来るかもしれねえしな」
―それで大丈夫なもの?
開いたままの門というのは非常に厄介な気がするけれど。部長の言葉を心もとなく思ったのはチサも同じだったみたいで、
「明莉、門を殴って。小さくして」
「いいけど、完全粉砕は多分無理だよ?」
空間とか時空系のなんたらを壊して消滅させることは不可能だ。『開いた』ものは『閉じる』しかないのだけれど、私には封印系の能力が無い。
「私が封じる」
「チサが?でも、それは、」
魔力の無駄遣いでは―?
いつかあちらに帰るため、チサが溜めている魔力を使うことになるのだろうから。
「なるべく力を使わないようにする。だから、叩いて」
「わかった。そういうことなら」
微粒子レベルまで叩き潰す―
無心で白い輪っかをボコボコに殴り続けた。
「明莉、もういい。封じる」
手を止めれば、それに合わせて呪文を唱えるチサ。その頭に、やはりウサギ耳がうっすらと浮かび上がっている。
「…」
「…完了」
今度こそ、完全に作業完了。さて、無言どころか、若干恐いくらいの表情になってしまっている男性陣二人には、何と言って説明しようか?
とりあえず、ヘラっと笑ってみた。無害アピール。
「駄目だ!」
それは、私への制止の声だったのか、部長への警告の声だったのか―
部長の元へと駆け出そうとした途端、白いモヤが激しく膨張と収縮を繰り返し始めた。暫くの胎動の後にモヤが白い輪状に形作られていく。
同時に、その輪から流れて来たのは明らかに異質な空気。濃度の濃い何かが溢れだした。ドロドロとした汚泥のようなそれは、やがて中心から盛り上がり、そこから這い出してくる異形のモノ。棒のような手足、目や鼻のような穴が開いた頭部、全身を覆うドス黒い表皮―
「うわ、何アレ」
「…あれが、幽鬼?」
初めて見るその姿に、一瞬、のまれた。あちらの世界で目にした化物ともまた異なるその姿。
「…やっぱり、悠司一人では無理だったみたいだね。明莉ちゃん、チサさん。門が開いた以上、ここはすごく危険だから。直ぐに避難を」
「しないよ」
「明莉ちゃん!」
出来ればしたいけど、あれはこのまま放っておくわけにもいかなそうな何かだから。
「花守さん、確認。あれは所謂『死んだ人の霊』じゃなくて、他の世界から来たナニか。意思の疎通も出来ない化物、てことでいいんだよね?」
「…それは、間違いないよ。けど、」
それだけ聞けば、充分だ―
「うん。なら、行けるかな?私、ちょっと殴ってくる」
「アカリ、平気?」
「まあ恐いのは恐いけど、でもなんか大丈夫そう。行ってくるね」
チサの心配に笑って答えた。手を振って部長の元へ、走り出す。
「明莉ちゃん!?」
必死に呼び止めようとする声に背後を確認する。飛び出そうとした花守さんをチサが押し留めている。チサの耳に、うっすらとウサギ耳が見えた気がした。
前を向き、全速で部長に駆け寄る。こちらを認めた部長の顔に、先ほど花守さんが見せたのと同じ表情が浮かんだ。
「橋架!?お前、何で!?」
「お手伝いです。アレをやっつけるの」
「危ねえから、離れてろ!あいつらには殴る蹴るは効かねえ。法力でしか倒せねえんだよ!マジで危ないから、下がってろ!」
部長の声が本気で怒っている。私の身を案じて。なのに、申し訳ないけど―
「っ!」
比較的ゴツめ、ガタイのいい部長の頭の上に揺れるキツネ耳が、駄目だ、耐えられん―
思いっきり目をそらす。こんな場面なのに、これ以上直視したら、吹き出す。絶対。それは余りにも空気読めてないから、何とか堪えるけども。
「大丈夫っす。多分、いけそうな気がするっす」
「気のせえだよ!」
視界の外、隣に立つ部長の怒気が強まった。それでも、前方の幽鬼だけを見つめ、隣は見ない。絶対に。
「行きます!」
「っ!待て!!」
再びの制止の声が、背後に流れていく。
ドロドロの何かに近づき、見上げるような体積に膨れ上がっているそれを、踏みつけながら駆け上がる。
―手袋、しておけば良かった
例えマジックアイテムのような防御力が無くても。ただの軍手でも良かった。
素手で触れるよりは―
見た目よりも弾力のあるドロドロを殴り付けながら思う。泥のように飛び散ることも、へばりつくことも無いけれど。精神的に素手はキツイ。
腕がめり込むのも嫌だから、幾分加減しながらの殴打。十数発目で、明らかに幽鬼の動きが鈍った。それまで、殴る度にのたうち回っていた巨体が、徐々に大人しくなっていく。
―なら、これで最後
頭部のような場所を粉砕させるつもりで、力の限りの一発を叩き込んだ。砕け散ることは無かったものの、その一発で完全に動きを止めた幽鬼。
やがて、その手足や頭部のような形が崩れ始め、またドロドロの汚泥のように溶けていく。広がりきった汚泥は、そのまま宙へと消えていった。
敵の消滅を最期まで見届けて、体の緊張を解いていく。
「ふぅ」
本当に久しぶりに動かした身体、軽くあがった息を整える。一息ついたところで、背後から聞こえるのは、近づいてくる三人分の足音。
「…お前、何なんだ?」
「…すごい」
振り返れば、幽鬼の消えた辺りを見ながら何とも言えない表情をしている部長と花守さん。さて問題は、というかあまりこの後のことを考えていなかったのだけれど、私の力について何をどこまで説明すべきか―
迷っていると、チサが一歩前に踏み出した。
「花守、この『門』は?まだ開いたまま。どうすればいい?」
「ああ、それは、」
「俺が封じる。けど、今は力を使っちまって封じるだけの力が残ってないから、回復するまで待つ。…その間に応援が来るかもしれねえしな」
―それで大丈夫なもの?
開いたままの門というのは非常に厄介な気がするけれど。部長の言葉を心もとなく思ったのはチサも同じだったみたいで、
「明莉、門を殴って。小さくして」
「いいけど、完全粉砕は多分無理だよ?」
空間とか時空系のなんたらを壊して消滅させることは不可能だ。『開いた』ものは『閉じる』しかないのだけれど、私には封印系の能力が無い。
「私が封じる」
「チサが?でも、それは、」
魔力の無駄遣いでは―?
いつかあちらに帰るため、チサが溜めている魔力を使うことになるのだろうから。
「なるべく力を使わないようにする。だから、叩いて」
「わかった。そういうことなら」
微粒子レベルまで叩き潰す―
無心で白い輪っかをボコボコに殴り続けた。
「明莉、もういい。封じる」
手を止めれば、それに合わせて呪文を唱えるチサ。その頭に、やはりウサギ耳がうっすらと浮かび上がっている。
「…」
「…完了」
今度こそ、完全に作業完了。さて、無言どころか、若干恐いくらいの表情になってしまっている男性陣二人には、何と言って説明しようか?
とりあえず、ヘラっと笑ってみた。無害アピール。
41
あなたにおすすめの小説
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる