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第四章 夏合宿で開いた門

6.

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6.

「駄目だ!」

それは、私への制止の声だったのか、部長への警告の声だったのか―

部長の元へと駆け出そうとした途端、白いモヤが激しく膨張と収縮を繰り返し始めた。暫くの胎動の後にモヤが白い輪状に形作られていく。

同時に、その輪から流れて来たのは明らかに異質な空気。濃度の濃い何かが溢れだした。ドロドロとした汚泥のようなそれは、やがて中心から盛り上がり、そこから這い出してくる異形のモノ。棒のような手足、目や鼻のような穴が開いた頭部、全身を覆うドス黒い表皮―

「うわ、何アレ」

「…あれが、幽鬼ゆうき?」

初めて見るその姿に、一瞬、のまれた。あちらの世界で目にした化物モンスターともまた異なるその姿。

「…やっぱり、悠司一人では無理だったみたいだね。明莉ちゃん、チサさん。門が開いた以上、ここはすごく危険だから。直ぐに避難を」

「しないよ」

「明莉ちゃん!」

出来ればしたいけど、あれはこのまま放っておくわけにもいかなそうな何かだから。

「花守さん、確認。あれは所謂『死んだ人の霊』じゃなくて、他の世界から来たナニか。意思の疎通も出来ない化物、てことでいいんだよね?」

「…それは、間違いないよ。けど、」

それだけ聞けば、充分だ―

「うん。なら、行けるかな?私、ちょっと殴ってくる」

「アカリ、平気?」

「まあ恐いのは恐いけど、でもなんか大丈夫そう。行ってくるね」

チサの心配に笑って答えた。手を振って部長の元へ、走り出す。

「明莉ちゃん!?」

必死に呼び止めようとする声に背後を確認する。飛び出そうとした花守さんをチサが押し留めている。チサの耳に、うっすらとウサギ耳が見えた気がした。

前を向き、全速で部長に駆け寄る。こちらを認めた部長の顔に、先ほど花守さんが見せたのと同じ表情が浮かんだ。

橋架はしかけ!?お前、何で!?」

「お手伝いです。アレをやっつけるの」

「危ねえから、離れてろ!あいつらには殴る蹴るは効かねえ。法力でしか倒せねえんだよ!マジで危ないから、下がってろ!」

部長の声が本気で怒っている。私の身を案じて。なのに、申し訳ないけど―

「っ!」

比較的ゴツめ、ガタイのいい部長の頭の上に揺れるキツネ耳が、駄目だ、耐えられん―

思いっきり目をそらす。こんな場面なのに、これ以上直視したら、吹き出す。絶対。それは余りにも空気読めてないから、何とか堪えるけども。

「大丈夫っす。多分、いけそうな気がするっす」

「気のせえだよ!」

視界の外、隣に立つ部長の怒気が強まった。それでも、前方の幽鬼だけを見つめ、隣は見ない。絶対に。

「行きます!」

「っ!待て!!」 

再びの制止の声が、背後に流れていく。

ドロドロの何かに近づき、見上げるような体積に膨れ上がっているそれを、踏みつけながら駆け上がる。

―手袋、しておけば良かった

例えマジックアイテムのような防御力が無くても。ただの軍手でも良かった。

素手で触れるよりは―

見た目よりも弾力のあるドロドロを殴り付けながら思う。泥のように飛び散ることも、へばりつくことも無いけれど。精神的に素手はキツイ。

腕がめり込むのも嫌だから、幾分加減しながらの殴打。十数発目で、明らかに幽鬼の動きが鈍った。それまで、殴る度にのたうち回っていた巨体が、徐々に大人しくなっていく。

―なら、これで最後

頭部のような場所を粉砕させるつもりで、力の限りの一発を叩き込んだ。砕け散ることは無かったものの、その一発で完全に動きを止めた幽鬼。

やがて、その手足や頭部のような形が崩れ始め、またドロドロの汚泥のように溶けていく。広がりきった汚泥は、そのまま宙へと消えていった。

敵の消滅を最期まで見届けて、体の緊張を解いていく。

「ふぅ」

本当に久しぶりに動かした身体、軽くあがった息を整える。一息ついたところで、背後から聞こえるのは、近づいてくる三人分の足音。

「…お前、何なんだ?」

「…すごい」

振り返れば、幽鬼の消えた辺りを見ながら何とも言えない表情をしている部長と花守さん。さて問題は、というかあまりこの後のことを考えていなかったのだけれど、私の力について何をどこまで説明すべきか―

迷っていると、チサが一歩前に踏み出した。

「花守、この『門』は?まだ開いたまま。どうすればいい?」

「ああ、それは、」

「俺が封じる。けど、今は力を使っちまって封じるだけの力が残ってないから、回復するまで待つ。…その間に応援が来るかもしれねえしな」

―それで大丈夫なもの?

開いたままの門というのは非常に厄介な気がするけれど。部長の言葉を心もとなく思ったのはチサも同じだったみたいで、

「明莉、門を殴って。小さくして」

「いいけど、完全粉砕は多分無理だよ?」

空間とか時空系のなんたらを壊して消滅させることは不可能だ。『開いた』ものは『閉じる』しかないのだけれど、私には封印系の能力が無い。

「私が封じる」

「チサが?でも、それは、」 

魔力の無駄遣いでは―?

いつかあちらに帰るため、チサが溜めている魔力を使うことになるのだろうから。

「なるべく力を使わないようにする。だから、叩いて」

「わかった。そういうことなら」

微粒子レベルまで叩き潰す―

無心で白い輪っかをボコボコに殴り続けた。

「明莉、もういい。封じる」

手を止めれば、それに合わせて呪文を唱えるチサ。その頭に、やはりウサギ耳がうっすらと浮かび上がっている。

「…」

「…完了」

今度こそ、完全に作業完了。さて、無言どころか、若干恐いくらいの表情になってしまっている男性陣二人には、何と言って説明しようか?

とりあえず、ヘラっと笑ってみた。無害アピール。




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