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第一章 召喚巫女、お役御免となる

4.義憤 (Side P)

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「信じられません!あの女!」

王太子宮のサロンの一つ、たった一人の尊きお方の為に用意されたその場所に、自身の声が大きく響いた。その思った以上の大きさに、沸騰していた頭が少しだけ冷静さを取り戻す。

目の前、優雅な仕草で茶器を手に取る主がこちらを見て、揶揄うようにその柳眉をひそめて見せた。

「まぁ、フィリーネったら。話があるからって人払いまでして、開口一番がそれなの?」

「…申し訳ありません、姫様。ですが、やっぱり、私、どうしても悔しくて!巫女のあのなさりようはあり得ません!あの方はもっと御自身の分をわきまえるべきです!」

「あら、また巫女様が何かなさったの?それは困ったわねぇ…」

麗しの主人、王太子妃シルヴィア様は、そう言ってコロコロと笑う。弧を描く紺碧の瞳、白磁の頬の横で、豊かな金糸がフワリと揺れた。艶やかな笑み、その笑い声までが耳に心地よく響き、思わず陶然としてしまいそうになる。

(…本当に、いつ見てもお美しい…)

恐れ多くも乳姉妹として共に育った公爵家の末姫様。齢五つの時に、国で二番目に尊い存在に「是非に」と望まれ、将来の国母となることが運命づけられたお方。この方にお仕えすることが、自身の生涯変わらぬたった一つの喜び、それに疑いを抱いたことはない。

(…それなのにっ!)

今の自身の立場を思うと、どうしようも無い苛立ちが募る。

国を挙げての一大事業である巫女召喚において、異世界よりお迎えする巫女様に失礼があってはならぬという理由で集められた選りすぐりの侍女たち。その一人に自身が選ばれたこと、それ自体は誉だと思っている。

(だけど、お仕えする巫女の中味があれでは…)

能力を認められた喜び以上に、仕える相手に対する失望は大きく、何度も飲まされた苦汁を思い出して、歪みそうになる顔を必死で抑えた。

「…フィリーネったら、そんな顔しないで。」

「申し訳、ありません…」

巫女の前では取り繕えている表情も、聡いこの方には一切通用しない。抑えたつもりで隠しきれなかった自分を恥じた。

「…それで?巫女様は、今度は何をなされたの?」

「はい。あの方は、あろうことか、政務でお忙しいフォンゼル殿下に、個人的な相談のために時間を割くよう要求されて…」

「あら。」

「あまつさえ、殿下と二人きりになることを望まれました。」

「まぁ、それは…」

主の上げた困惑の声。そこに軽い驚きはあるものの、常識外れの異邦人に対する怒りは含まれない。それが、主の王太子殿下に対する信頼、主をただ一人の「最愛」として慈しむ王太子殿下との絆によるものだと理解はするが─

「…姫様は、悔しくないのですか?」

「そうねぇ。特段、悔しくはないかしら。」

一介の侍女でしかない自分から見ても、巫女の態度は随分と傲慢で腹に据えかねるものがある。主の寛容さ故に許されているそれを、けれど、狭量な自分はどうしても許せそうにない。

「姫様はお優し過ぎます…」

愚痴めいた呟きに、主が鷹揚に笑って見せる。

「フィリーネ。あなたが私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど、私は本当に気にしていないの。」

「そんな…、なぜです?なぜ、姫様は…」

「あら。だって、殿下は巫女様の望みを断って下さったはずだもの。違ったかしら?」

「…いえ、違いません。」

主の迷いの無い笑み。そこに確かにある信頼と愛情に触れて、少しだけ心が晴れる。

(そう、確かに…)

「…確かに、姫様の仰る通りです。フォンゼル殿下は、巫女と二人きりになることをはっきりと拒絶なさいました!」

「ええ。でしょう?」

「はい!」

そう考えれば、我儘な巫女に対しての溜飲も下がるというもの。だが、退出の際、チラと目にした殿下の執務室での光景を思い出せば、また直ぐに怒りが湧きあがる。

「…ただ、あの方は並みの神経をしていらっしゃらないようで、殿下の言葉を理解することなく、最後まで居座っていらっしゃいました。」

「そう。それは何と言うか…、お可哀想な方ね、巫女様も。」

「可哀想?あの方がですか?」

「ええ。…己の立ち位置を理解しない振る舞いは傍から見て滑稽。それに気づくことが出来ないのは…」

主の同情めいた嘆息に、だが、納得できずに不平を口にしてしまう。

「…ですが、王太子殿下は私たち侍女に退出を命じられました。いつものこととは言え、部屋に残ったのは殿下と側近のお三方だけです。」

「っ!」

「見目麗しい殿方に囲まれ、あの方は大層ご満悦そうでした。」

「それは…、少し酷い話ね。」

今までより感情のこもった声、主の顔に初めて不快が浮かんだ。







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