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最終章 領主夫人、再び王都へ

15.拉致

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─魔術師長閣下!お戻りを!

─閣下!この場への立ち入りは殿下のお許し無くば!

─…うるさい

─閣下!?どうか!

(…な、に…?)

遠い意識の外、喧噪のようなものが聞こえている。なぜ、こんなにも世界が遠いのか。周囲を薄い膜のようなもので覆われている感覚。それでも、徐々に鮮明になり始めた音に意識を集中すれば─

「…邪魔だ、どけ。」

「グッ!?」

「っうわぁっ!?」

(っ!?)

感じた衝撃と同時、急に、意識がはっきりとする。戻った意識で目にした光景に息をのんだ。

「っ!?」

思わず後ずされば、背後、そこに居た人物にぶつかってしまう。

「…あら、巫女様。」

「っ!フィリーネ…!」

「お目覚めになられてしまったんですね?」

「…なに、何なの、これ、なんでこんな…」

重厚な扉の前、警備であろう王立騎士団の制服を着た男たちが幾人も床の上に転がって、中には、血を流している人も─

「…魔術師長閣下。」

(っ!?)

フィリーネが、この場に居ないはずの男の名を、事も無げに口にした。

「巫女様の暗示が解けてしまったようです。」

「チッ…面倒な。」

(な、んでっ!?なんで、この男が居るの…!?)

「もう一度、暗示をかけられますか?」

「ふん。…まぁ、いい。…おい、巫女。」

「っ!?」

向けられた男の暗い相貌、ギラついた視線がこちらをねめつける。

「…大人しく私の言うことを聞け。」

「っ!?いやっ!」

「…でなければ、こいつらの命は保障しない。」

「!?」

言って、傍らに転がる騎士の一人、その髪を掴み持ち上げるアンバー・フォーリーン。痛みに、騎士がうめき声を上げた。

「な、んで!?なんで、そんなことするのっ!?こんなことして、なんの、」

「うるさい。お前は黙って私に従えばいい。」

「っ!?」

アンバー・フォーリーンの視線が、フィリーネへと向けられる。

「…連れていけ。」

「かしこまりました。」

顎で扉をしゃくった男の命に、場違いなほどに明るい声が応える。

「さぁ、巫女様、まいりましょう?」

「…」

フィリーネに腕を取られ、強く引かれた。抵抗するが、一、二歩、引きずられるようにして、扉へと近づく。

「…なんで?なんで、あなたがあの男と一緒に居るの?」

「あの男?魔術師長閣下のことでございますか?」

「っ!あの男はセルジュを怪我させて捕まってるはずよ!?それが、なんでっ!?」

「ああ。…閣下を地下牢よりお救いしたのは私です。」

「なっ!?」

なんで、そんなことを─?

「分かってるのっ!?そんなことしたら、あなただって!」

「問題はございません。」

「っ!あるに決まってるでしょうっ!?離して!今ならまだっ!」

「巫女様、落ち着かれて下さい。これが最善の方法なのですから。」

「最善っ!?何が良いっていうのっ!?こんなのっ!」

「…最善でございましょう?」

「つっ!?」

フィリーネの、腕を掴む力が強まった。服の上から爪を立てられ、痛みに声が漏れる。

こちらを見るフィリーネの、感情の消えた瞳。

「…巫女様が私の前から消える。」

「っ!?」

「それが、誰にとっても最善。」

「っ!いやっ!やめて!」

「…さぁ、巫女様、こちらへ。…彼らを哀れと思し召しになるのなら。」

「っ!?」

フィリーネの視線の先、騎士の一人の首に手をかけたアンバー・フォーリーンの姿が見える。

抵抗に躊躇いを覚えた横で開かれた扉、今度は、押し込まれるようにしてフィリーネに背中を押された。

躓き、よろめきながら足を踏み入れた部屋の中、曖昧だったあの日の記憶が僅かに蘇る。

「…ここ…」

「…お懐かしいでしょう?召喚の間、巫女様が初めてこの地へ降り立たれた場所でございます。」

「…」

微笑み、満足げな表情を浮かべるフィリーネに寒気がした。

「…私が消えるってどういうこと。…まさか、私を元の世界に送り返すつもり…?」

「ええ。仰る通りでございます。」

「っ!?」

告げられた言葉に恐怖が募る。

まさか、本当に─?

「あら?巫女様はお喜びになられないのですか?…あれほど、ご自分の世界に戻られることをお望みでしたのに?」

「あれはっ!だけど!今はそんなこと望んでいない!今は、」

「それは残念です。ですが、巫女様にはここで消えて頂かなくては…」

「何でよっ!?」

「…何で?本気で仰っていますか?」

首を傾げたフィリーネの口元が歪に笑う。

「…巫女様はこの世界の異物。お役目を終えられたあなたにいつまでもこの世界に居座られては迷惑なのです。」

「迷惑って、私は何も…、大体、そっちが、」

「辺境へ引っ込んで清々していたはずなのに、いつまでも、誰もかれもが『巫女様巫女様』とあなたのことを気に掛ける…」

「…」

フィリーネがこぼし始めた恨み言。次第に、その表情までもが怒りに染まり─

「サキア様だってそう。…あなたのことなど、放っておかれればよろしいのに。いつまでも、あなたのことに拘って!」

「…私と彼の間には、何も、」

「ええ!ええ!あなたが彼のことを歯牙にもかけていないことは百も承知しております!ですが!サキア様は違う!一体、こんな女のどこがっ!?」

激昂する彼女の言葉のどこまでが真実で、どこからが彼女の思い込みなのかは分からない。それでも、その異様さに危険を感じて、彼女から距離を取った。

そんなこちらの反応に、フィリーネの顔から怒りの表情が消える。

再び浮かんだ、仮面のような笑み─

「…でも、そんな悩みも今日でおしまい。」

「…」

「あなたは、今日、ここで消える。…だって、約束してくださったんですもの。」

言いながら、フィリーネが振り向いた背後、入って来た扉に向かって魔術を施す男の姿が見える。

男が振り返った─

「…くだらない話は終わりだ。…召喚を始める。」







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