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本編
10.危険な兆候 Side E
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部屋の主が部屋を出て十五時間、日付が変わろうかという時間になってもその主が部屋に帰ってくる気配はない。
「…遅い。」
食卓の上に並んだ料理は、とうにその温かさを失っている。
(クソッ。…不測の事態だとしたらマズいな。)
窓辺に立ち、窓の外、街路を見下ろす。
女に「好きに過ごしていい」とは言われたものの、「外出許可」の命は出ていない。部屋の外に出る手段がない今、女に何かあれば、随分と厄介なことになるのは間違いない。女を懐柔するために並べた料理も、全くの無為に終わるだろう。
「!」
灯りを点けた部屋の外、窓から望む薄明りの外灯の下を、荷物を抱えて走ってくる女の姿が見えた。
(漸くか…)
帰宅時間を確認していなかった己の甘さを痛感する。見下ろす先、ふと、女が足を止めた。こちらを見上げ、何かに驚くように目を見開いて─
(…何だ?)
笑った─?
しかし、それも一瞬のこと。再び走り出した女が、アパートの一階、窓から見えぬ死角へと消えて行った。と同時に聞こえてきた、階段を駆け上がってくる足音─
「ただいま!すみません、遅くなりました!」
「いや…」
扉を開け放つと同時、転がり込んで来た女の荷物の多さに、思わず手が伸びる。
「あ、すみません!ありがとうございます!あの、コレ、エリアスさんの服です!後で着てみて下さいね!」
「ああ…」
「あ!そうだ、それで、ご飯!ご飯、食べれましたか!?まだなら、今から、」
「いや。食事なら…」
言って、食卓に向けた視線に、女が釣られるようにして視線を向けた。
「っ!?うそっ!?」
「すまん、勝手を、」
「あ!いや!違う!違います!驚いただけで!え!?エリアスさんが作ってくれたんですか!?」
「まぁ、大したものでは、」
「いえいえいえいえ!凄く助かりましたし、凄く嬉しいです!」
「そうか…」
「あ!じゃあ、もしかして、エリアスさんもまだ…?」
「そうだな。」
「っ!?食べましょう!取り敢えず、先に食事を!」
「…」
何をそんなに焦っているのか。荷物の類いをソファに運んだ女が、慌てた様子で食卓につく。
「うわ!凄い!美味しそう!」
「あり合わせで作った。食えないことはないと思うが、味の保証は、」
「大丈夫です!これは、絶対、美味しい!」
「…」
力強く頷いた女がスプーンに手を伸ばし、シチューに口をつける。
「…うわぁ、やっぱり、凄く美味しい。…幸せー…」
「…」
言ったきり、黙々と食べ始めた女に倣い、自らが作った料理を消化していく。
(…言うほどのことは…)
マズいとも思わないが、元が大した拘りの無い自身の舌では、自分で作ったものなど、「この程度」としか思えない。それでも、女が笑って食事を続ける様子を盗み見る。
黙々と続けた食事、女が最後の一口を食べきったところで、口を開いた。
「ごちそうさまでした。…どうしよう、凄く、美味しく、て…、っ!」
「!?」
(何だ…?)
突然、ボロボロと涙を流し始めた女。握った拳で拭おうとしているが、次から次へと溢れ出す涙に、その動きが間に合っていない。
突然の事態を上手く飲み込めず、暫し唖然とする。
「すみ、すみませ、私、私、こんなにご飯美味しいの、本当に、初めて…」
「…何を言っている、本当に大したものでは、」
「だって、でも、帰ってきたら、部屋に灯りがついてて、それで、ただいまって、言う相手が居て…」
「…」
「ご飯も、ご飯まで、私のため、あって、…美味しい、」
しゃくり上げながら、それでも必死に言葉を紡ごうとする女から目が離せなくなる。擦りすぎて赤くなった瞼、唇は嗚咽を堪えるために歪んで震えている。
情けなく、見苦しい泣き顔、そのはずなのに─
(マズいな…)
女の、…ステラの涙の理由に、哀れみのような感情を抱いてしまっている。
(よほど、追い詰められているのか…)
長距離行軍中の部下達が、よくこんな状態になっていたのを思い出す。
(…帰ってくる時間もこの時間だし、な。)
些細な物事に決壊してしまうほどの鬱憤、こうなるまで溜め込んでなお、その膿を吐き出そうとはしないステラに、小さく嘆息した。
呆れと感心と、それから、諦めのため息。
「…遅い。」
食卓の上に並んだ料理は、とうにその温かさを失っている。
(クソッ。…不測の事態だとしたらマズいな。)
窓辺に立ち、窓の外、街路を見下ろす。
女に「好きに過ごしていい」とは言われたものの、「外出許可」の命は出ていない。部屋の外に出る手段がない今、女に何かあれば、随分と厄介なことになるのは間違いない。女を懐柔するために並べた料理も、全くの無為に終わるだろう。
「!」
灯りを点けた部屋の外、窓から望む薄明りの外灯の下を、荷物を抱えて走ってくる女の姿が見えた。
(漸くか…)
帰宅時間を確認していなかった己の甘さを痛感する。見下ろす先、ふと、女が足を止めた。こちらを見上げ、何かに驚くように目を見開いて─
(…何だ?)
笑った─?
しかし、それも一瞬のこと。再び走り出した女が、アパートの一階、窓から見えぬ死角へと消えて行った。と同時に聞こえてきた、階段を駆け上がってくる足音─
「ただいま!すみません、遅くなりました!」
「いや…」
扉を開け放つと同時、転がり込んで来た女の荷物の多さに、思わず手が伸びる。
「あ、すみません!ありがとうございます!あの、コレ、エリアスさんの服です!後で着てみて下さいね!」
「ああ…」
「あ!そうだ、それで、ご飯!ご飯、食べれましたか!?まだなら、今から、」
「いや。食事なら…」
言って、食卓に向けた視線に、女が釣られるようにして視線を向けた。
「っ!?うそっ!?」
「すまん、勝手を、」
「あ!いや!違う!違います!驚いただけで!え!?エリアスさんが作ってくれたんですか!?」
「まぁ、大したものでは、」
「いえいえいえいえ!凄く助かりましたし、凄く嬉しいです!」
「そうか…」
「あ!じゃあ、もしかして、エリアスさんもまだ…?」
「そうだな。」
「っ!?食べましょう!取り敢えず、先に食事を!」
「…」
何をそんなに焦っているのか。荷物の類いをソファに運んだ女が、慌てた様子で食卓につく。
「うわ!凄い!美味しそう!」
「あり合わせで作った。食えないことはないと思うが、味の保証は、」
「大丈夫です!これは、絶対、美味しい!」
「…」
力強く頷いた女がスプーンに手を伸ばし、シチューに口をつける。
「…うわぁ、やっぱり、凄く美味しい。…幸せー…」
「…」
言ったきり、黙々と食べ始めた女に倣い、自らが作った料理を消化していく。
(…言うほどのことは…)
マズいとも思わないが、元が大した拘りの無い自身の舌では、自分で作ったものなど、「この程度」としか思えない。それでも、女が笑って食事を続ける様子を盗み見る。
黙々と続けた食事、女が最後の一口を食べきったところで、口を開いた。
「ごちそうさまでした。…どうしよう、凄く、美味しく、て…、っ!」
「!?」
(何だ…?)
突然、ボロボロと涙を流し始めた女。握った拳で拭おうとしているが、次から次へと溢れ出す涙に、その動きが間に合っていない。
突然の事態を上手く飲み込めず、暫し唖然とする。
「すみ、すみませ、私、私、こんなにご飯美味しいの、本当に、初めて…」
「…何を言っている、本当に大したものでは、」
「だって、でも、帰ってきたら、部屋に灯りがついてて、それで、ただいまって、言う相手が居て…」
「…」
「ご飯も、ご飯まで、私のため、あって、…美味しい、」
しゃくり上げながら、それでも必死に言葉を紡ごうとする女から目が離せなくなる。擦りすぎて赤くなった瞼、唇は嗚咽を堪えるために歪んで震えている。
情けなく、見苦しい泣き顔、そのはずなのに─
(マズいな…)
女の、…ステラの涙の理由に、哀れみのような感情を抱いてしまっている。
(よほど、追い詰められているのか…)
長距離行軍中の部下達が、よくこんな状態になっていたのを思い出す。
(…帰ってくる時間もこの時間だし、な。)
些細な物事に決壊してしまうほどの鬱憤、こうなるまで溜め込んでなお、その膿を吐き出そうとはしないステラに、小さく嘆息した。
呆れと感心と、それから、諦めのため息。
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