16 / 37
本編
15.そうだ、バックレよう
しおりを挟む
(どうしようどうしようどうしよう…)
グルグルと、その言葉だけが思考を犯す。エリアスに抱えられてたどり着いた自宅、部屋の中を歩き回りながら、冷静になろうとしているのだけれど、焦りと恐怖で上手くいかない。
「…ステラ。」
「!」
呼ばれた名にハッとする。振り返れば、エリアスが困ったような顔でこちらを見つめて立っていた。
「…おいで。」
「!」
誘われるままに、その腕の中に飛び込んだ。硬い身体を抱きしめる。さっきまで、ずっと触れていた温もり。その温かさに包まれて、恐怖が少しずつ薄らいでいく。
(大丈夫、ここに居れば大丈夫…)
遠ざかる恐怖に、焦りは残るものの、漸く思考が回り出した。
「…エリアス、ごめんなさい。嫌な思いさせちゃった。…私が、お迎え頼んだから。」
「何故そうなる。迎えに行きたいと言ったのは俺だろ?」
「うん。でも、嬉しかったし、…エリアスと一緒に居られるの。」
「…」
「…エリアス?」
急に腕の力が強まった。不思議に思ってエリアスの顔を見上げようとしたのだけれど、片手で頭を抑え込まれる。
「…すまん。今は見るな。」
「え?」
「…触りがある。」
「…なるほど?」
よく分からないけど頷いておいた。そのまま、思考がまた先ほどの「どうしよう」へと戻っていく。
(エリアスのこと、バレるなんて思わなかった…)
ミリセントが職場に残っていることを不思議に思っていたし、エリアスと一緒のところをなるべく見られたくないとは思っていた。それでもまさか、声まで掛けてくるとは思わなかったし、エリアスが奴隷だということを見抜かれるとも思っていなかった。
(魔導師としては、やっぱり、すごく優秀…)
エリアスの奴隷紋は服の下で見えない。それをあんな一瞬で看破されたのは、ミリセントに魔力を視る目があるから。
(失敗した…)
結局、そこに行きつく。油断して、失敗して、追い詰められてる。
(どうしよう…)
これが、ただ、「奴隷を買った女」と嘲笑されるだけならいい。いつもの嫌味に一つバリエーションが加わったくらいのもの。だけど、エリアスを「貸せ」と言ったミリセントの顔、あれは本気だった。
(…断っても、諦めない、よね。)
エリアスを見ていたミリセントの視線、表情、それらが彼女の執着を現している。
「…どうしよう…」
「ステラ?」
「…」
優しい声で呼ばれて、上を見上げる。優しく笑ってるエリアスの顔。
(これを、この人を、取られちゃうの?ミリセントに?)
この優しい腕も、温かさも、私を「ステラ」と呼ぶ声も、「頑張ったな」と励ましてくれる声も、「偉い、よくやった」と褒めてくれる声も、全部、全部、無くなっちゃうの─?
(そんなの、無理…)
うん、無理。どう考えても無理。
それが分かったら、「どうしよう」に対する自答は簡単で─
「…そうだ、バックレよう。」
「ステラ?」
天啓だった。
いや、でも、だって、それしかない。それが正解なんじゃないだろうか。だって無理だもの。
明日、仕事に行ってミリセントに会えば、きっとエリアスのことを要求される。そんな職場、行きたくない。それに、もし、私が仕事で帰れない間に、ミリセントが家に押しかけてきたら?
(無理無理無理。)
エリアスを連れて行かれるかもしれない恐怖に震える。
今まで、「仕事」だからと頑張って来た。理不尽だと思いながらも、辞めたいと思いながらも、それでも、漠然と「仕事から逃げ出すのはよくないんじゃないか」って。
(…でも、別に、よくない?)
だって、仕事に行ったら、エリアスを盗られる。だったら、行かなくていいと思う。
(よし、逃げよう。)
家も出よう。職場の人達に見つからないところへ逃げないと。だって、きっと探される。探して連れ戻されるくらいには、多分、私は必要だから。
(すごく、迷惑掛けるよね…)
分かってる。なのに、バックレることに対する罪悪感はビックリするくらい無かった。
だって、そんなものより、エリアスの方が遥かに大事─
「…エリアス、私、エリアス連れて逃げるね。」
「…どこに?」
「考えてない。けど、この国からは出るつもり。」
そうでないと、腐っても魔導省勤め。きっと、見つかってしまう。
「…ステラ、以前、話したよな?俺が他国出身だという話。」
「あ、うん。そうだったね。」
「俺は、ロート出身なんだ。」
「ロート、お隣なんだ。」
「ああ。…ロートなら、土地勘もあるし、生活の基盤も整えてやれると思う。…どうだ?逃げるなら、俺とロートに、」
「行く!!」
即答した。
エリアスと一緒ならどこでもいいけど、それがエリアスにとっての故郷ならもっといい。頷いて、ギュウギュウ抱きついて、早く、この胸に圧し掛かる不安がなくなればいいのにと思った。
グルグルと、その言葉だけが思考を犯す。エリアスに抱えられてたどり着いた自宅、部屋の中を歩き回りながら、冷静になろうとしているのだけれど、焦りと恐怖で上手くいかない。
「…ステラ。」
「!」
呼ばれた名にハッとする。振り返れば、エリアスが困ったような顔でこちらを見つめて立っていた。
「…おいで。」
「!」
誘われるままに、その腕の中に飛び込んだ。硬い身体を抱きしめる。さっきまで、ずっと触れていた温もり。その温かさに包まれて、恐怖が少しずつ薄らいでいく。
(大丈夫、ここに居れば大丈夫…)
遠ざかる恐怖に、焦りは残るものの、漸く思考が回り出した。
「…エリアス、ごめんなさい。嫌な思いさせちゃった。…私が、お迎え頼んだから。」
「何故そうなる。迎えに行きたいと言ったのは俺だろ?」
「うん。でも、嬉しかったし、…エリアスと一緒に居られるの。」
「…」
「…エリアス?」
急に腕の力が強まった。不思議に思ってエリアスの顔を見上げようとしたのだけれど、片手で頭を抑え込まれる。
「…すまん。今は見るな。」
「え?」
「…触りがある。」
「…なるほど?」
よく分からないけど頷いておいた。そのまま、思考がまた先ほどの「どうしよう」へと戻っていく。
(エリアスのこと、バレるなんて思わなかった…)
ミリセントが職場に残っていることを不思議に思っていたし、エリアスと一緒のところをなるべく見られたくないとは思っていた。それでもまさか、声まで掛けてくるとは思わなかったし、エリアスが奴隷だということを見抜かれるとも思っていなかった。
(魔導師としては、やっぱり、すごく優秀…)
エリアスの奴隷紋は服の下で見えない。それをあんな一瞬で看破されたのは、ミリセントに魔力を視る目があるから。
(失敗した…)
結局、そこに行きつく。油断して、失敗して、追い詰められてる。
(どうしよう…)
これが、ただ、「奴隷を買った女」と嘲笑されるだけならいい。いつもの嫌味に一つバリエーションが加わったくらいのもの。だけど、エリアスを「貸せ」と言ったミリセントの顔、あれは本気だった。
(…断っても、諦めない、よね。)
エリアスを見ていたミリセントの視線、表情、それらが彼女の執着を現している。
「…どうしよう…」
「ステラ?」
「…」
優しい声で呼ばれて、上を見上げる。優しく笑ってるエリアスの顔。
(これを、この人を、取られちゃうの?ミリセントに?)
この優しい腕も、温かさも、私を「ステラ」と呼ぶ声も、「頑張ったな」と励ましてくれる声も、「偉い、よくやった」と褒めてくれる声も、全部、全部、無くなっちゃうの─?
(そんなの、無理…)
うん、無理。どう考えても無理。
それが分かったら、「どうしよう」に対する自答は簡単で─
「…そうだ、バックレよう。」
「ステラ?」
天啓だった。
いや、でも、だって、それしかない。それが正解なんじゃないだろうか。だって無理だもの。
明日、仕事に行ってミリセントに会えば、きっとエリアスのことを要求される。そんな職場、行きたくない。それに、もし、私が仕事で帰れない間に、ミリセントが家に押しかけてきたら?
(無理無理無理。)
エリアスを連れて行かれるかもしれない恐怖に震える。
今まで、「仕事」だからと頑張って来た。理不尽だと思いながらも、辞めたいと思いながらも、それでも、漠然と「仕事から逃げ出すのはよくないんじゃないか」って。
(…でも、別に、よくない?)
だって、仕事に行ったら、エリアスを盗られる。だったら、行かなくていいと思う。
(よし、逃げよう。)
家も出よう。職場の人達に見つからないところへ逃げないと。だって、きっと探される。探して連れ戻されるくらいには、多分、私は必要だから。
(すごく、迷惑掛けるよね…)
分かってる。なのに、バックレることに対する罪悪感はビックリするくらい無かった。
だって、そんなものより、エリアスの方が遥かに大事─
「…エリアス、私、エリアス連れて逃げるね。」
「…どこに?」
「考えてない。けど、この国からは出るつもり。」
そうでないと、腐っても魔導省勤め。きっと、見つかってしまう。
「…ステラ、以前、話したよな?俺が他国出身だという話。」
「あ、うん。そうだったね。」
「俺は、ロート出身なんだ。」
「ロート、お隣なんだ。」
「ああ。…ロートなら、土地勘もあるし、生活の基盤も整えてやれると思う。…どうだ?逃げるなら、俺とロートに、」
「行く!!」
即答した。
エリアスと一緒ならどこでもいいけど、それがエリアスにとっての故郷ならもっといい。頷いて、ギュウギュウ抱きついて、早く、この胸に圧し掛かる不安がなくなればいいのにと思った。
605
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる