【完結】いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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番外編

クリスマスの二人

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 ――クリスマスパーティがしたい。
 そんなことを言われたのは、つい数日前のことだった。
 本格的に冬がやって来て日が落ちるのが早くなってきた頃。未雲が講義をやっと終わらせて柊明の家へ帰ると、家主は夕飯を作り終えて律儀に待っていた。
「おかえり、遅かったね」
「先生が話に夢中になってさ、講義中々終わんなくて」
「おつかれさま~。もう準備出来てるから早く手洗ってきな」
「うん」
 寒い寒いと震えながらコートを脱ぎ、手を洗って食事の席に着くと、目の前に座っている柊明がやけにソワソワと身体を動かしている。少しずつ温まって震えが治まっていく未雲に対して、柊明の身体の動きは依然として留まりそうにもない。目線もこちらを向いたり逸らしたりと、やけに忙しなかった。
「……なんか気になることでもあった?」
「えっ! な、なんで?」
「だってすごいソワソワしてるから。何か言いたいのかと思って」
 そう言うと目の前の人物は驚いた表情で固まった。あれだけ動いていた視線がピタリとこちらに止まる。
 柊明を見ながら、ずいぶん分かりやすくなったなあと未雲は思わず口角が上がった。
 柊明とそれなりの付き合いになって分かったが、彼は自分自身についてはあまり口に出さない人だった。人を喜ばせたりその人が求めている言葉はすぐに言うくせに、いざ自分の飾らない気持ちを話そうとすると恥ずかしがって聞くまでに時間がかかる。また隠すのがうまいものだから、未雲も気付くまでかなり時間がかかってしまった。こうして態度に表してくれるようになったのは――お互いに気持ちをぶちまけたことがあったからだろう。
 ここに来るまで色々あったけれど、今は一緒に冬を過ごしていることに未雲はじんわりと胸の辺りが温かくなった。
「あの、笑わないで聞いてほしいんだけど」
 意を決したように柊明が手を膝に置いて話し始める。一体どんなことを話すのか、聞く側の未雲にも緊張感が走った。
「うん」
「実はずっとしたいことがあって」
「したいこと?」
 柊明は頬を赤らめながら人差し指でテーブルの傷をなぞっている。
「クリスマスパーティが……、したい」
 思わず肩の力が抜ける。
 そういえばもう十二月で、いつの間にかそんな時期になっていたのか。課題やレポートですっかり忘れていたがクリスマスまであと数日というところまで差し迫っていた。
「パーティって……例えばケーキとか?」
「うん。あと小さいツリーも飾りたいな」
「他にすることといえば……イルミネーション見るとか……」
「未雲は外出たくないでしょ。おれも寒いの嫌だし、家で出来ることしようよ」
 思っていたことを言い当てられてぎこちない笑いが零れる。未雲は確かに外出はあまりしたくない人間だが、恋人同士で過ごすクリスマスでパッと思い付いたものがそれだった。
「思い付きで言ってみただけ。でも本当に行きたいところとかないの? 期間限定でやってるイベントとかありそうだけど」
「乗り気じゃないのにわざわざ行くことないよ。それに、おれは家で一緒にゆっくり過ごしたい」
「そういうもん?」
「そうだよ~。おれは未雲と二人っきりでいることが一番好きだから」
 こういうことは平気で言うくせに、と未雲は自分の顔が熱くなるのを感じながら柊明をじっと見つめる。
 食卓に並べられた夕飯はシチューだった。柊明の作る料理の中でも特別に好きなやつ。そういえば昨日食べたいとぼやいていたっけ。ただの独り言だったのに、柊明は覚えていてくれたのか。
 立ち上った湯気越しに見える柊明の顔は相変わらず綺麗で、どことなく泣きそうな顔で笑っていた。


 数日後の、待ちに待ったクリスマスイブ。
 頼んだホールケーキを二人で切って、その大きさに感嘆するも食べきれなくて残りは明日の分にした。
 悩んで買った小さなツリーを組み立てたあと、一緒に買ったパズルや二人用のアナログゲームをした。慣れるまでに時間がかかったものもいくつかあったけれど、かなり白熱したゲームになって柄にもなくはしゃいでしまった。
 イルミネーションとかクリスマスマーケットとか、そういったものには一個も行かなかったけれど。柊明はずっと楽しそうに笑っていて、未雲も家族以外とこんなことをするのは初めてだったから終始楽しくて仕方がなかった。
 深夜近い時間になって、やっと二人は疲れて同じベッドに転がり込んだ。
「今日、すっごい楽しかった」
 柊明の興奮冷めやらぬ声に釣られて笑みがこぼれる。
「俺も。まさか柊明があんなに上手いとは」
「才能の開花ってやつかも。またやりたい」
「うん……まだやってないゲームもあるし、明日に備えてもう寝よう」
「うわ、そう言われると急に眠気がやばい……」
 うつらうつらと船を漕ぎながら、ベッドでだらだらと明日の予定を話す。手を握ったり足を絡ませたりしていると次第に口数も減っていって、気付けば柊明の目は完全に閉じていつの間にか眠っていた。
「もう寝たか……?」
 未雲は小さな声で柊明を窺う。身動きなどの反応はない。どうやらばっちり眠っているようだ。寝ているのをしっかり確認した未雲はゆっくりとベッドから起き上がり、音を立てないように自分の荷物から丁寧にラッピングされた箱を取り出す。
 それは未雲から柊明へのクリスマスプレゼントだった。いわゆる、良い子の元にはサンタさんがやって来てプレゼントを置いてくれる……というおとぎ話を再現するための。
 クリスマスらしく赤と緑で彩られた小さな箱を持って未雲はまたベッドに戻り、潰れないように枕元へ置くと今度こそ柊明の隣で眠りについた。




「……も、みくも、未雲」
 とんとん、と控えめに肩を叩かれて起こされる。窓から朝日が差し込んで、その光を浴びた柊明がやけに神々しく見えた。
「おはよう、もう朝か……」
「あ、おはよう、それより、これ!」
 大きな声とともに目の前に見覚えのある箱が出される。
「お、枕元にあった?」
「あった……けど……これ、未雲からでしょ……?」
 予想以上に驚いてくれたようで、柊明はその小さな箱を恐る恐るといったような仕草で両手に抱えていた。
「まあ、俺からというか、サンタから良い子へ、というか」
 少し照れくさくなりながら言えば、柊明は途端に目をキラキラと輝かせた。陽の光で輝く瞳はさらに煌めき、揺れ、その光が大きな粒となって目からぽつりと垂れ落ちた。
「えっ……」
 柊明は泣いていた。まさかそんな反応をされるとは思わず、未雲は――寝起きのせいもあって――口をぽかんと開けること以外、何をしてやればいいか分からなかった。おろおろと手を宙に彷徨わせ、その間も柊明はぽろぽろと涙を零している。思考停止していた未雲はやっとのことで目の前の彼を抱き締めた。
 柊明は一瞬身じろぐも、手に箱は持ったまますぐに未雲を抱き締め返す。
「あは、驚いて泣いちゃった」
「びっくりした……」
「ごめん、急に泣いて。すごい嬉しい」
 ありがとう、とすぐ横で上擦った声が聞こえる。
 どうして柊明がこんなに泣いて喜んでいるのか、未雲にはその真意は分からない。聞くべきかどうか悩んで、結局聞くのはやめた。代わりに、未雲はまだ少しだけ震える柊明の肩を優しく撫でながら言う。
「もっと、二人でたくさんの思い出とか作ろう。やり残したこととか、したくても出来なかったこととか、一緒にしよう」
 顔のすぐ横で髪の毛が揺れてくすぐったい。むず痒さとそれよりも大きい愛おしさが未雲を襲って、我慢出来ずに柊明を押し倒す形でベッドへ倒れ込む。
 顔を突き合わせた二人は笑い声をあげると、ひんやりとした空気から逃げるように暫くベッドの上で抱き合っていた。

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