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第12話 居場所がないことが、どれだけつらいことなのか
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フィリアの住処は、古民家だった。
「本当にここかい?」
「はい。間違いありません」
「異世界人は、日本政府からすればVIPじゃないの? もっと立派な家が用意されてると思ってたけど……」
「……はい、用意はしてくださいましたが、今はこちらで過ごしているのです」
その言い方からして、なにか事情があるのだろう。
玄関前で背中から下ろしてやると、フィリアは足の痛みをこらえつつ、ゆっくりと歩む。
すると引き戸の玄関を開ける前に、中から幼女が飛び出してきた。
「おねーちゃんおかえりー!」
勢いよくフィリアに抱きつく。フィリアは痛みで凄い顔をしたが、数秒間我慢して、笑顔を作った。
「はい、ただいま帰りました。今日もいい子にしていましたか?」
「うんっ! あれ、おねーちゃん、あの人だぁれ? お友達?」
「はい、あの方は……」
「フィリアちゃん、お友達かしら?」
遅れて玄関から、緩慢な動きでお婆さんが出てくる。
「はい、華子お婆様。こちら、一条様です」
すると幼女は「あー!」と声を上げた。
「昨日おねーちゃんが言ってた人だ!」
「まあ、フィリアちゃんのいい人だったのね」
「えぇ、ち、違いますよっ!」
フィリアは頬を赤らめて、ぷるぷると首を振る。
いったい昨日、なにを話したんだろう?
「あ、あの、一条様、誤解ですよ? わたくし、変なことは話していません」
「それは残念。君みたいな美人に密かに想われてたんなら嬉しいなって思ってたんだけど」
おぶってたときの仕返しとばかりに意地悪してみると、フィリアはますます顔を赤くした。
「もうっ。変なことを仰らないでください」
フィリアは唇を尖らせる。それはそれで可愛らしいので、素直に口にする。
「怒った顔も可愛いなあ」
「ほ、本当にやめてください。お金をいただきますよ!?」
とか騒いでいると、家の中から、さらにお爺さんが現れた。日本人離れした顔つきと髪色。そして、やはり異国の風貌の少年の手を引いている。
「フィリア、なにを騒いでいるのかね」
「リチャード様にビリー様もいらっしゃっていたのですね」
「もう帰るところだ。そちらはお友達とくつろいでいきなさい」
お爺さんと少年は、お婆さんと幼女に仲良さげに挨拶して、立ち去っていった。
「フィリアさん、今のふたりは……」
「はい、わたくしと同郷の方々です」
やはり異世界人か。
「ちょっと御縁があって、わたしなんかと仲良くしてくれてるのよ」
「お婆様、自分なんかなどと仰らないでください。わたくしたちはみんな、貴方が好きで来ているのですから」
「そうね、いい人ばかりでわたしは幸せ者だわ。えぇと、一条さん? お茶でもいかがかしら。遠慮なさらないで。フィリアちゃんのいい人なら、わたしの息子みたいなものだもの」
「ですから、お婆様……っ」
「あはは、フィリアさんが照れてるから今日はやめておきますよ」
「あ、そうですか……?」
フィリアはちょっぴり寂しそうな表情を浮かべた。
「あら、引き止めなくていいの、フィリアちゃん?」
「は、はい。あの、一条様、やはり寄っていかれては……?」
おれはくすりと笑って頷く。
「そうするよ」
「じゃあ、さっそくお湯を沸かさなくちゃ。中でくつろいでてね」
お婆さんは、嬉しそうな様子の幼女と一緒に家に入っていく。
「……いいお婆さんだね」
「あの方は、恩人なのです。この島に転移した直後、途方に暮れていたわたくしたちに、なんの見返りも求めず、手を差し伸べてくださった方なのです」
――無力な幼子が空腹で泣いているときに、パンひとつ買ってあげられないつらさを知らないのです……。
フィリアが言っていたのは、その時の体験だったのかもしれない。
見知らぬ世界に飛ばされて、お金も、食べ物も、住む場所もなく、言葉さえ通じない中、どれだけ苦労してきたことだろう。
そのつらさは、おれも知っている。居場所がないことが、どれだけつらいことなのか、身に沁みている。
そして差し伸べられた手の温かさも、生涯忘れない。
異世界に転移してしまったばかりの頃を懐かしみつつ、おれはお茶をご馳走になった。
◇
翌朝、おれは迷宮に足を運んだ。
守衛所で昨日の獲物を換金してもらう。その間、賞金首魔物のグリフィンがどうなったか尋ねてみる。
冒険者が2名死亡。3名が行方不明。8人が重軽傷。グリフィンは健在とのことだった。
死亡者はともかく、行方不明者が出たのはこれが初めてだそうだ。
おれも含め、誰もが想像つくことだが、魔物に襲われて行方不明というのは、喰われて遺体も残らなくなることとほぼ同義だ。
今回の一件で、賞金額はさらに上がったらしい。また、行方不明者の生死や所在を確認できた場合にも報酬が出るらしい。
いずれ討伐するために、グリフィンの偵察はするつもりだった。ついでに行方不明者を探してやってもいいだろう。
そう考えておれは単独で迷宮に入った。
迷宮探索の知識と経験を活かして、戦闘を回避しながら奥へ奥へ進む。
すると開けた空間に出る。空間の奥側には次の階層へ続いていそうな下り坂があり、その前に大型の鳥の巣があった。グリフィンの巣だ。
巣には冒険者たちが放棄していったバックパックや、行方不明の冒険者が置かれている。
残念ながら、すでに死んでいる。遠目に見ても、食い荒らされたとわかるくらい損傷が激しい。
おれはスマホのカメラを起動し、最大望遠で報告用の写真を撮っておく。
巣には近づかない。なぜなら、食事中のグリフィンがいるからだ。
頭と前足が鷲で、残りの部分が獅子になっている魔物だ。こちらの世界のライオンより、ふた回りほど大きい。大きな翼も生えており、その飛行能力は侮れない。
異世界の迷宮では、第1階層に現れるような魔物ではない。
おれは観察を続ける。グリフィンの目は、すでにおれを捉えている。襲ってこないのは、食事中なのと、おれが離れているからだ。
グリフィンが食事を終えるか、おれが近づいたりしたら、その時点で戦闘開始となる。
だが今日は、あくまで偵察が目的だ。
充分に観察したのち、おれは静かに素早くその場を離れる。そのまま迷宮を出て、守衛所に報告。
「あのグリフィンは人肉の味を覚えてしまった。数日以内に町を襲うようになる。一旦、迷宮を封鎖したほうがいい」
おれの提案は、聞き入れられなかった。
「本当にここかい?」
「はい。間違いありません」
「異世界人は、日本政府からすればVIPじゃないの? もっと立派な家が用意されてると思ってたけど……」
「……はい、用意はしてくださいましたが、今はこちらで過ごしているのです」
その言い方からして、なにか事情があるのだろう。
玄関前で背中から下ろしてやると、フィリアは足の痛みをこらえつつ、ゆっくりと歩む。
すると引き戸の玄関を開ける前に、中から幼女が飛び出してきた。
「おねーちゃんおかえりー!」
勢いよくフィリアに抱きつく。フィリアは痛みで凄い顔をしたが、数秒間我慢して、笑顔を作った。
「はい、ただいま帰りました。今日もいい子にしていましたか?」
「うんっ! あれ、おねーちゃん、あの人だぁれ? お友達?」
「はい、あの方は……」
「フィリアちゃん、お友達かしら?」
遅れて玄関から、緩慢な動きでお婆さんが出てくる。
「はい、華子お婆様。こちら、一条様です」
すると幼女は「あー!」と声を上げた。
「昨日おねーちゃんが言ってた人だ!」
「まあ、フィリアちゃんのいい人だったのね」
「えぇ、ち、違いますよっ!」
フィリアは頬を赤らめて、ぷるぷると首を振る。
いったい昨日、なにを話したんだろう?
「あ、あの、一条様、誤解ですよ? わたくし、変なことは話していません」
「それは残念。君みたいな美人に密かに想われてたんなら嬉しいなって思ってたんだけど」
おぶってたときの仕返しとばかりに意地悪してみると、フィリアはますます顔を赤くした。
「もうっ。変なことを仰らないでください」
フィリアは唇を尖らせる。それはそれで可愛らしいので、素直に口にする。
「怒った顔も可愛いなあ」
「ほ、本当にやめてください。お金をいただきますよ!?」
とか騒いでいると、家の中から、さらにお爺さんが現れた。日本人離れした顔つきと髪色。そして、やはり異国の風貌の少年の手を引いている。
「フィリア、なにを騒いでいるのかね」
「リチャード様にビリー様もいらっしゃっていたのですね」
「もう帰るところだ。そちらはお友達とくつろいでいきなさい」
お爺さんと少年は、お婆さんと幼女に仲良さげに挨拶して、立ち去っていった。
「フィリアさん、今のふたりは……」
「はい、わたくしと同郷の方々です」
やはり異世界人か。
「ちょっと御縁があって、わたしなんかと仲良くしてくれてるのよ」
「お婆様、自分なんかなどと仰らないでください。わたくしたちはみんな、貴方が好きで来ているのですから」
「そうね、いい人ばかりでわたしは幸せ者だわ。えぇと、一条さん? お茶でもいかがかしら。遠慮なさらないで。フィリアちゃんのいい人なら、わたしの息子みたいなものだもの」
「ですから、お婆様……っ」
「あはは、フィリアさんが照れてるから今日はやめておきますよ」
「あ、そうですか……?」
フィリアはちょっぴり寂しそうな表情を浮かべた。
「あら、引き止めなくていいの、フィリアちゃん?」
「は、はい。あの、一条様、やはり寄っていかれては……?」
おれはくすりと笑って頷く。
「そうするよ」
「じゃあ、さっそくお湯を沸かさなくちゃ。中でくつろいでてね」
お婆さんは、嬉しそうな様子の幼女と一緒に家に入っていく。
「……いいお婆さんだね」
「あの方は、恩人なのです。この島に転移した直後、途方に暮れていたわたくしたちに、なんの見返りも求めず、手を差し伸べてくださった方なのです」
――無力な幼子が空腹で泣いているときに、パンひとつ買ってあげられないつらさを知らないのです……。
フィリアが言っていたのは、その時の体験だったのかもしれない。
見知らぬ世界に飛ばされて、お金も、食べ物も、住む場所もなく、言葉さえ通じない中、どれだけ苦労してきたことだろう。
そのつらさは、おれも知っている。居場所がないことが、どれだけつらいことなのか、身に沁みている。
そして差し伸べられた手の温かさも、生涯忘れない。
異世界に転移してしまったばかりの頃を懐かしみつつ、おれはお茶をご馳走になった。
◇
翌朝、おれは迷宮に足を運んだ。
守衛所で昨日の獲物を換金してもらう。その間、賞金首魔物のグリフィンがどうなったか尋ねてみる。
冒険者が2名死亡。3名が行方不明。8人が重軽傷。グリフィンは健在とのことだった。
死亡者はともかく、行方不明者が出たのはこれが初めてだそうだ。
おれも含め、誰もが想像つくことだが、魔物に襲われて行方不明というのは、喰われて遺体も残らなくなることとほぼ同義だ。
今回の一件で、賞金額はさらに上がったらしい。また、行方不明者の生死や所在を確認できた場合にも報酬が出るらしい。
いずれ討伐するために、グリフィンの偵察はするつもりだった。ついでに行方不明者を探してやってもいいだろう。
そう考えておれは単独で迷宮に入った。
迷宮探索の知識と経験を活かして、戦闘を回避しながら奥へ奥へ進む。
すると開けた空間に出る。空間の奥側には次の階層へ続いていそうな下り坂があり、その前に大型の鳥の巣があった。グリフィンの巣だ。
巣には冒険者たちが放棄していったバックパックや、行方不明の冒険者が置かれている。
残念ながら、すでに死んでいる。遠目に見ても、食い荒らされたとわかるくらい損傷が激しい。
おれはスマホのカメラを起動し、最大望遠で報告用の写真を撮っておく。
巣には近づかない。なぜなら、食事中のグリフィンがいるからだ。
頭と前足が鷲で、残りの部分が獅子になっている魔物だ。こちらの世界のライオンより、ふた回りほど大きい。大きな翼も生えており、その飛行能力は侮れない。
異世界の迷宮では、第1階層に現れるような魔物ではない。
おれは観察を続ける。グリフィンの目は、すでにおれを捉えている。襲ってこないのは、食事中なのと、おれが離れているからだ。
グリフィンが食事を終えるか、おれが近づいたりしたら、その時点で戦闘開始となる。
だが今日は、あくまで偵察が目的だ。
充分に観察したのち、おれは静かに素早くその場を離れる。そのまま迷宮を出て、守衛所に報告。
「あのグリフィンは人肉の味を覚えてしまった。数日以内に町を襲うようになる。一旦、迷宮を封鎖したほうがいい」
おれの提案は、聞き入れられなかった。
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