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第41話 当然の報い。ざまあみろ、だ
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「そろそろ出てきてもいい頃だけど……」
あれから数時間ほど。
おれたちはまず、美幸たちを自宅へ送り届けて休んでもらった。
役所でもらってきた離婚届には、必要事項を記入済みだ。あとは相手のサインと印鑑があれば提出できる。
やつが出てくるのを待つ間、おれとフィリアは迷宮前に置いた長机に着いて、アイテムや情報を求める人たちの相手をしていた。
「一条くん」
やがて暗くなって客足も途絶えた頃、美幸が戻ってきた。
「美幸さん……。あとはおれたちに任せて、休んでていいのに」
「うぅん、あの人がどうなるのか、ちゃんと自分の目で見ないと安心できないから。また心配かけちゃうけど、いさせて欲しいの」
「美里ちゃんは平気なんですか?」
「うん、紗夜ちゃんが見ててくれてるわ。相談したら、元気よく『行ってきてください』って」
「それなら……そうですね。美幸さんには見届ける権利があります」
「ありがとう。でも一条くん、あの人は結局どうなるの? 渡した魔物除けになにか入れてたけど、それと関係あるの?」
「ええ、あのとき入れたのは、とある魔物を引き寄せる、いわゆる誘引剤なんですよ」
「とある魔物? それって――」
そのとき迷宮から人影が現れる。あの男だ。
その姿を見て、美幸は身を縮こませる。
だがその男は、美幸と目が合ったのに興味を示さない。まるで別人のように落ち着いた様子で歩いてくる。
「あぁ、美幸、こんなとこにいたのか……」
おれは立ち上がり、男と向かい合う。
「騙して悪かったな。美幸さんには隠れてもらっていた」
「いや、そんなこといい。それよりお前、いいやつだったんだなぁ!」
男は満面に笑みでおれの肩を叩く。
その表情があまりに不気味だったのだろう。フィリアも美幸もぶるりと体を震わせた。
「ありがとよ! あんな絶世の美女を紹介してくれて!」
「礼はいいよ。相手が勝手にあんたに惚れただけさ」
「そうか? はははっ、人生わかんねえもんだな……こんなとこで、こんな最高の出会いがあるなんてよぉ!」
「それより、その人と付き合うなら美幸さんとは別れておいたほうがいいんじゃないか?」
「それもそうだ! このままじゃ結婚できねえ!」
男は左薬指の指輪をあっさり外して、長机の上に置いた。
「美幸、悪いな。別れてくれ」
キョトンとする美幸の横から、おれは離婚届を差し出した。
「そう来ると思って用意しておいた。あんたはサインしてハンコを押すだけでいい」
「おお、助かるぜ。今はハンコがねえからよ、明日にでも書いて持ってくるぜ。ちょっと待っててくれよな」
離婚届を受け取ると、男は上機嫌に去っていった。金網を乗り越え、有刺鉄線に傷つけられても笑っている。本当に幸せそうだ。
その背中を、フィリアも美幸も呆然と見送った。
「一条様、これはやはり……」
「そうだよ、あれがドリームアイに取り憑かれた人間の姿だ」
「それってあの、前に一条くんが言ってた、理想の相手との幸せな夢を見せるっていう魔物?」
「そう、ドリームアイが死なない限り、あいつは現実に戻ってこない。永遠に」
◇
翌朝、待っていると男は嬉々としてやってきた。
サインと押印のなされた離婚届を美幸に手渡し、迷宮へ入ろうとする。
そこに立ち塞がる者がいた。スーツをスマートに着こなす政府のエージェント、津田丈二だ。おれが連絡して来てもらった。
「おい、なんだよ! なんで邪魔すんだよ!」
「あなたがライセンスをお持ちでないからですよ。迷宮は危険です。命を落とします」
「いやオレは魔物除けがあるから平気なんだよ! それによぉ、恋人を待たせてんだ、一秒も遅刻できねえ!」
「従わないなら、あなたを逮捕させます。恋人を、長い時間待たせることになりますよ?」
「そ、それは勘弁してくれ! 頼む――いや、お願いします! 行かせてください、お願いします!」
男は地面に這いつくばって地面に額をこすりつけた。
他の冒険者たちが奇異の目を向ける。あの凶暴だった男が、なんとも惨めな姿だ。
丈二はちらりとおれに瞳を向ける。小さく笑んで頷きを返す。
「そこまで言うなら今日だけは見逃しましょう。いいですか、今日だけですよ」
「ありがてえ! けどよ、今日だけなんて困る! なんとかしてくれよぉ!」
「その恋人を連れ出してくればいいではないですか」
言われて初めて気づいたのか、男はハッと顔を上げる。
「そうする! 連れてくる!」
「しかし、あなたは無職でしょう? 養っていくアテはありますか?」
「それは……いや、愛がありゃなんとかなるだろ!?」
「よろしい、その言葉をお聞きしたかった。私のほうであなたの仕事と住む場所を用意いたしましょう」
「いいのか!?」
「ええ、あなたは特別なのです。我々は、あなたたちに興味があるのです」
「ありがとう、ありがとう!」
丈二が道を開けると、男は何度も礼を言いながら迷宮へ駆けていった。
それから丈二は、おれのほうにやってきた。
「貴重な研究サンプルの提供、ありがとうございます」
「こちらこそ、ご協力ありがとう」
おれは丈二に、生きたドリームアイと、それに取り憑かれた者を提供すると約束したのだ。見返りは、やつが二度と美幸の視界に入らないようにすること。
これからあの男は、連れ帰ったドリームアイと共に、死がふたりを分かつまで、島内の研究施設に監禁されることだろう。
ドリームアイとの性の営みも含め、あらゆる生活を監視されるだろう。ドリームアイからも干渉され、搾取され続けるだろう。本人も知らぬ間に、自由も尊厳も失っていくのだ。
そこに一切の暴力はないが、ある意味、暴力より遥かに残酷な仕打ちかもしれない。
だが、やつが美幸にしていたことを思えば、当然の報い。ざまあみろ、だ。
「ありがとう、一条くん。フィリアちゃんも……」
「はい。これで末柄様は安泰です」
「でも私たちのために、大金まで使わせちゃってごめんなさい……」
「え……末柄様、なぜそのことを?」
おれたちはその件を美幸に話していない。きっと気に病むと思ったから。
「あれ? ふたりこそ、まだ知らない? 一条くんがみんなの前で演説してたの、動画で見たんだけど?」
美幸はスマホを操作して、その動画を見せてくれる。
それは以前のグリフィン退治の動画と同じく、ライブ配信されていた動画のアーカイブだった。タイトルは『結成!? 冒険者ギルド』とある。
あれから数時間ほど。
おれたちはまず、美幸たちを自宅へ送り届けて休んでもらった。
役所でもらってきた離婚届には、必要事項を記入済みだ。あとは相手のサインと印鑑があれば提出できる。
やつが出てくるのを待つ間、おれとフィリアは迷宮前に置いた長机に着いて、アイテムや情報を求める人たちの相手をしていた。
「一条くん」
やがて暗くなって客足も途絶えた頃、美幸が戻ってきた。
「美幸さん……。あとはおれたちに任せて、休んでていいのに」
「うぅん、あの人がどうなるのか、ちゃんと自分の目で見ないと安心できないから。また心配かけちゃうけど、いさせて欲しいの」
「美里ちゃんは平気なんですか?」
「うん、紗夜ちゃんが見ててくれてるわ。相談したら、元気よく『行ってきてください』って」
「それなら……そうですね。美幸さんには見届ける権利があります」
「ありがとう。でも一条くん、あの人は結局どうなるの? 渡した魔物除けになにか入れてたけど、それと関係あるの?」
「ええ、あのとき入れたのは、とある魔物を引き寄せる、いわゆる誘引剤なんですよ」
「とある魔物? それって――」
そのとき迷宮から人影が現れる。あの男だ。
その姿を見て、美幸は身を縮こませる。
だがその男は、美幸と目が合ったのに興味を示さない。まるで別人のように落ち着いた様子で歩いてくる。
「あぁ、美幸、こんなとこにいたのか……」
おれは立ち上がり、男と向かい合う。
「騙して悪かったな。美幸さんには隠れてもらっていた」
「いや、そんなこといい。それよりお前、いいやつだったんだなぁ!」
男は満面に笑みでおれの肩を叩く。
その表情があまりに不気味だったのだろう。フィリアも美幸もぶるりと体を震わせた。
「ありがとよ! あんな絶世の美女を紹介してくれて!」
「礼はいいよ。相手が勝手にあんたに惚れただけさ」
「そうか? はははっ、人生わかんねえもんだな……こんなとこで、こんな最高の出会いがあるなんてよぉ!」
「それより、その人と付き合うなら美幸さんとは別れておいたほうがいいんじゃないか?」
「それもそうだ! このままじゃ結婚できねえ!」
男は左薬指の指輪をあっさり外して、長机の上に置いた。
「美幸、悪いな。別れてくれ」
キョトンとする美幸の横から、おれは離婚届を差し出した。
「そう来ると思って用意しておいた。あんたはサインしてハンコを押すだけでいい」
「おお、助かるぜ。今はハンコがねえからよ、明日にでも書いて持ってくるぜ。ちょっと待っててくれよな」
離婚届を受け取ると、男は上機嫌に去っていった。金網を乗り越え、有刺鉄線に傷つけられても笑っている。本当に幸せそうだ。
その背中を、フィリアも美幸も呆然と見送った。
「一条様、これはやはり……」
「そうだよ、あれがドリームアイに取り憑かれた人間の姿だ」
「それってあの、前に一条くんが言ってた、理想の相手との幸せな夢を見せるっていう魔物?」
「そう、ドリームアイが死なない限り、あいつは現実に戻ってこない。永遠に」
◇
翌朝、待っていると男は嬉々としてやってきた。
サインと押印のなされた離婚届を美幸に手渡し、迷宮へ入ろうとする。
そこに立ち塞がる者がいた。スーツをスマートに着こなす政府のエージェント、津田丈二だ。おれが連絡して来てもらった。
「おい、なんだよ! なんで邪魔すんだよ!」
「あなたがライセンスをお持ちでないからですよ。迷宮は危険です。命を落とします」
「いやオレは魔物除けがあるから平気なんだよ! それによぉ、恋人を待たせてんだ、一秒も遅刻できねえ!」
「従わないなら、あなたを逮捕させます。恋人を、長い時間待たせることになりますよ?」
「そ、それは勘弁してくれ! 頼む――いや、お願いします! 行かせてください、お願いします!」
男は地面に這いつくばって地面に額をこすりつけた。
他の冒険者たちが奇異の目を向ける。あの凶暴だった男が、なんとも惨めな姿だ。
丈二はちらりとおれに瞳を向ける。小さく笑んで頷きを返す。
「そこまで言うなら今日だけは見逃しましょう。いいですか、今日だけですよ」
「ありがてえ! けどよ、今日だけなんて困る! なんとかしてくれよぉ!」
「その恋人を連れ出してくればいいではないですか」
言われて初めて気づいたのか、男はハッと顔を上げる。
「そうする! 連れてくる!」
「しかし、あなたは無職でしょう? 養っていくアテはありますか?」
「それは……いや、愛がありゃなんとかなるだろ!?」
「よろしい、その言葉をお聞きしたかった。私のほうであなたの仕事と住む場所を用意いたしましょう」
「いいのか!?」
「ええ、あなたは特別なのです。我々は、あなたたちに興味があるのです」
「ありがとう、ありがとう!」
丈二が道を開けると、男は何度も礼を言いながら迷宮へ駆けていった。
それから丈二は、おれのほうにやってきた。
「貴重な研究サンプルの提供、ありがとうございます」
「こちらこそ、ご協力ありがとう」
おれは丈二に、生きたドリームアイと、それに取り憑かれた者を提供すると約束したのだ。見返りは、やつが二度と美幸の視界に入らないようにすること。
これからあの男は、連れ帰ったドリームアイと共に、死がふたりを分かつまで、島内の研究施設に監禁されることだろう。
ドリームアイとの性の営みも含め、あらゆる生活を監視されるだろう。ドリームアイからも干渉され、搾取され続けるだろう。本人も知らぬ間に、自由も尊厳も失っていくのだ。
そこに一切の暴力はないが、ある意味、暴力より遥かに残酷な仕打ちかもしれない。
だが、やつが美幸にしていたことを思えば、当然の報い。ざまあみろ、だ。
「ありがとう、一条くん。フィリアちゃんも……」
「はい。これで末柄様は安泰です」
「でも私たちのために、大金まで使わせちゃってごめんなさい……」
「え……末柄様、なぜそのことを?」
おれたちはその件を美幸に話していない。きっと気に病むと思ったから。
「あれ? ふたりこそ、まだ知らない? 一条くんがみんなの前で演説してたの、動画で見たんだけど?」
美幸はスマホを操作して、その動画を見せてくれる。
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