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第2部 第3章 なにもない国 -村おこし-

第108話 歓迎するよ、一緒にやろう

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「あなたたちは、なにをしているのです?」

 食事の輪から外れたところから、ダリアを伴ったカーラ司祭がおれたちを睨みつけていた。

 対し、おれたちより先に村の若者が声を上げた。

「スートリアの教義に則って、大食の罪を犯さぬよう肩代わりしております。神に誓って、私欲を満たすためではありません」

「しかしこれではまるで……」

「むしろカーラ様も、スートリアの教えを伝道される立場にあるなら、ご一緒すべきです!」

「いえ私は……それこそ大食の罪になりますので……」

 若者の勢いに若干引き気味のカーラ司祭である。

 ダリアは吹き出すように軽く笑った。カーラ司祭に睨まれて、すぐ取り繕う。

「では……ほどほどに。この交流によって堕落に染まらぬよう、常に注意なさいね」

 教義を盾にされてはカーラ司祭は引き下がらざるを得ない。

 清廉な聖職者の顔を、村人たちの前で崩すわけにもいかないのだろう。

 しかし若者のほうは、まだ食い下がっていく。

「お言葉ですがカーラ様、これ以上の堕落があるのですか?」

「なんですって?」

「働きもせず、ただ祈っているだけで糧を恵まれて……それを当然に思ってる。これが堕落でなくてなんだと言うのです?」

 そのやり取りを見ていた大人たちがざわつく。

「働きようのない今は仕方のないことです」

「でも、この人たちは働く術を持ってきてくれた。ぼくが幼い頃――畑がまだあって工場が動いてた頃、父や母が働いていた姿を覚えています。それに比べて、今のぼくたちはなんて情けないことか……」

 若者はおれたちに目を向ける。

「ぼくは、この人たちを手伝ってみたい」

「ロン。私たちはただ祈りによってのみ救われるのですよ」

「その祈りによって、神がこの人たちをここまで導いてくださったのではないのですか。昔も、そう信じたからこそ挑戦したのでしょう。今やらない理由が、ぼくにはわかりません」

「……私の言うことが聞けないのですか、ロン。あなたのためを思って言っているのですよ」

「今は、目の前にある神のお導きを信じたいのです」

 カーラ司祭はまだなにか言おうとしたが、他の若者が立ち上がって先に発言していた。

「私もロンに賛成です」

「……オレも」

 カーラ司祭は怯み、ため息をつく。

「仕方ありません。言葉が届かないなら、実際に現実を知る必要があるでしょう。早めに目が覚めることを、祈っております」

 やがて聖職者らしい態度を崩さないまま、ダリアを伴い去っていく。カーラ司祭は最後まで、おれを睨んでいた。

「ロンくん。歓迎するよ、一緒にやろう」

 その日から、おれたちの活動に村の若者たちが加わった。


   ◇


 ロンたちと一緒に、捕獲した魔物を飼育するための柵を作っているときだ。

 魔物を躾けているアリシアを眺めつつ、エルウッドが呟く。

「……なあシオン。あの魔物、相当の力自慢だったと思うんだが。なんでアリシアは強化魔法もなしに、力でねじ伏せられるんだ?」

「コツがあるらしいよ。力の入れ方とか」

「いや、そんなレベルを超えてるとしか思えないが……」

 とかやっていると、カーラ司祭がいちゃもんを付けに来た。

「御覧なさい! この村に魔物を――危険を引き入れているのですよ! 悪魔の所業ではありませんか! ロン、悪いことは言いません、すぐ手を引くのです」

「いやカーラ司祭、この国にも魔獣使いビーストテイマーくらいいるでしょう。それに、魔物は他の魔物の縄張りで狩りをすることは滅多にない。村で魔物を飼うことは安全につながる。常識だよ」

「むむ……っ」


   ◇


 エルウッドとラウラに任せていた装置も、ついに完成した。

「オレの実力じゃ、こんなもんだ」

 ソフィアが作った物と比べてどこか歪だ。精度に関しても、試運転と調整を繰り返してようやく及第点に落ち着いたくらいだ。

「……魔物素材を使ってるからね。これで充分だよ」

「いや……言い訳にならねえ。やってみてわかったが、ソフィアさんは本当に凄腕なんだな」

 さっそく稼働させて、ロンたちに使い方を教えていく。

 すると、やっぱりカーラ司祭が文句を言いに来た。

「なにをするかと思えば紡績ですか。綿花の栽培は何度も失敗した挙げ句、畑が魔物に燃やされて挫折したのですよ。今試している綿花をどこから持ってきたか知りませんが、供給が不安定な物でなにかを作ろうなどと、上手く行くはずがありません!」

「綿花じゃない。飼育してる魔物から、材料をもらうんだ。ニワトリの卵くらいには安定して供給される。なにも問題はないと思う」

「む……ぐぬぬ」

「というか、この辺で火を吹く魔物は見ないんだけど……綿花の畑って、本当に魔物に燃やされたのかな?」

「そ、そんなこと知りません!」


   ◇


 ついにリリベル村の若者たちの手で、新素材布地が完成した。

「凄い! こんな肌触りのいい生地、初めてだ!」

「それに丈夫で、軽くて! 汚れも落ちやすい!」

 喜びに賑やかになる様子に微笑みつつ、おれはサフラン王女に感謝の念を送る。

 そしてもはや当たり前に、カーラ司祭は難癖をつけてくる。

「成功おめでとうございます。ですが、その生地をどう扱うのです? 売り先もないのでは、どんなに作っても意味はありませんよ」

 おれは少々唸った。

「確かにそうだ。国内で流通させても意味がない。けどこの戦時下で、どうやって外国と取引すればいいんだ……」

 するとカーラ司祭は、ふんす、と鼻息を荒くした。

「ほら見たことですか。希望を持っても、結局は徒労に終わるのです。ロン、あなたたちはこのような方々の口車に乗ったことで――」

「なんちゃって」

 おれはソフィアみたいに言ってみた。

「は?」

「取引先なら用意してある。近いうちに到着するはずだ」

 カーラ司祭はいつものように「ぐぬぬ」と顔を真っ赤にした。
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