上 下
138 / 162
第2部 補足編&後日談

第138話 第2部 補足編② 守らせてくれないか、この僕に

しおりを挟む
 ――終戦調印式の日。

 その日、ノエルは思いがけない相手と出会った。

「ボロミア……? ボロミアよね!? わあ、無事で良かったぁ~」

「ノエル……? そうか、そうだよ。いないわけないよね」

 ボロミアは落ち着き払っていた。

 いつものボロミアなら、ノエルより先に見つけて駆け寄ってきて、うるさいくらい喜んでみせるところだ。

 ノエルは調子が狂ってしまう。騒がれたらツッコミを入れようと思っていたのに。

「あ、えっと……久しぶり。さっきも言ったけど、無事で良かった。前線に、いたんでしょ?」

 ボロミアは一瞬、表情に影を落としたが、すぐ笑った。

「ああ、ありがとう。大変だったけど、このとおりピンピンしてる。ノエルも元気そうでなによりだよ」

 ノエルはボロミアの一瞬の影に、なにか悲しい気配を感じてしまう。

 けれどボロミアは明るい様子で、大袈裟な身振り手振りで話し出す。

「君たちの噂は戦場にも聞こえていたよ。国内で物が作れるなら、もう戦う意義がないってスートリアの勇者たちも投降してきてくれたくらいだ。君たちの活動が、戦いを止めたんだよ。これはとても凄いことだ!」

「ボロミア……」

「さすが僕の憧れの魔法使いだ。これ以上ない人助けだよ。君は、どんなおとぎ話の魔法使いと比べても引けを取らない、凄い魔法使いだ」

 その様子は以前の彼のようで、しかし、演技がかって見える。

「どうしたの。あなた変よ、ボロミア」

「なにが変なもんか。僕はいつだって、こんなだったじゃないか」

「全然、違うわよ……!」

 ノエルは思わずボロミアを引き寄せた。その体を、そっと両腕で包み込む。

「あなたは、そんな無理に笑うやつじゃなかった」

 抱きしめられたボロミアは、諦めたように呟く。

「ごめんよ……君は、やっぱり優しいな……」

「ねえ、どうしちゃったの……?」

「僕はもう、おとぎ話の優しい魔法使いにはなれないんだ。君に憧れてたのにな」

 ノエルは優しく引き離される。

「守れなかった友だちがいる……。殺めてしまった人が、いる……」

 ノエルは息を呑む。戦場にいたなら当然だ。それを初めて実感してしまう。

「ずっと君が好きだったけど、戦場で思ったんだ。君が僕の隣にいなくて良かったって。君を僕と同じ人殺しにしないで済んで、本当に良かったって……。おとぎ話の優しい魔法使いに、そんなことさせちゃいけないもんな」

「でも……でも、それでも、あなたは資格を失ったわけじゃない。人を助けたい気持ちは、同じなんでしょう? それなら――」

「同じじゃないよ、ノエル。純白の君と、血に汚れた僕の間には、決定的な一線が引かれてる」

 穏やかに、けれど強い意志で言われて、ノエルにはもう反論できない。

「でも、おとぎ話の魔法使いになれないわけじゃないって、気づかせてくれた人がいるよ」

 どこか明るい、自然な声色にノエルは顔を上げる。

「スートリアの勇者で、カレンさんっていうんだけどね。守るべき人たちのために、悪人と戦う生き方もあると教えてくれた」

 ボロミアは清々しい表情で語る。

「今回は要人護衛や、返還する捕虜の護送が任務なんだけど、もうひとつ大切な仕事があるんだ」

「どんな仕事なの?」

「……君たちが作った盾は、もの凄く助けになったけど、同時にこう思われたんだ。この技術が兵器に転用されて、同胞に向けられたりしたら……?」

「アタシたち、そんなの絶対作らないわ」

「君たちはそうだろう。でも技術が広く普及すれば、考えるやつは出てくる。例のモリアス鋼だって人助けに絶大な効果があるが、逆のことだってできる。だから国際ルールを作るんだ。それを破る者を取り締まる国際的な部隊も必要になる」

「ボロミアも、その部隊に?」

「ロハンドール代表だ。名誉なことだよ。スートリアからはカレンさんが参加する。メイクリエからは誰が来るかな? まだ発足もしてないけど、その準備も僕の仕事なんだ」

「人を助けるために、人と戦うんだ……?」

「そう。僕は、おとぎ話に出てくる怖い魔法使いになる。悪人にとっての恐怖に」

「……それ、アタシも手伝――」

「ダメだよ、ノエル」

「でも」

「僕を助けなくていいんだ。君は純白のままでいて。これまでどおり、君はその優しさで人を救っていって欲しい」

 ボロミアは、にこりと笑う。

「その代わり、僕は激しさで人を守る。君たちが作った物に宿る、高潔な精神を守る。いや、守らせてくれないか、この僕に」

 そう語るボロミアの姿こそ、ノエルには高潔に見えた。

 かつてはノエルに付きまとって、嫌がらせまでして自分のものにしようとしたボロミアが。

 改心したと思ったのに、バカな小細工はやめずアプローチしてきたあのボロミアが。

 今はひどく魅力的に見えた。ショウとは違った種類の、誇り高い男だった。

「……うん。守って」

 ボロミアは嬉しそうに頷く。

「お任せあれ。じゃあ、そろそろ行くよ。さようなら、ノエル」

「待って」

 去ろうとする背中に思わず声をかける。ボロミアは振り返る。

「今のあなた、とても素敵よ。学院にいた頃からあなたがそうだったら――アタシ、あなたの求婚に応えてたと思う。軍人なんかにさせずに、一緒に人助けの旅に連れ出してたと思う」

「それは……素敵なだ。でも、そうはならなかった。ならなくてよかった。僕はこれでも、この道を見つけられて良かったと思っているんだ」

 儚げにボロミアは笑う。

「でも、ありがとう。君のその言葉は、この先ずっと心の支えになるよ」

「……うん。たまには、会いに来てよね」

「行くよ。ショウとお幸せに。君の相手があいつなら、安心して任せられる」

「あなたも、幸せになるのを諦めないでね」

「僕ならもう、大切な物を守れる幸せに包まれてるよ」

 最後に見せたボロミアの表情は、彼の言うとおり、幸せに満ちた笑顔だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:94,380pt お気に入り:3,181

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,316pt お気に入り:3,569

好きになって貰う努力、やめました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,157pt お気に入り:2,188

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,438pt お気に入り:3,116

処理中です...