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一章
14. ローネイン公爵
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「———だから、公爵様お願いします!わたしと兄さんを働かせてくれないでしょうか?」
「……どうしようかなぁ」
教会で生活してから早二週間が経った今日。
ミルフィとアルベルトは慰問に来たローネイン公爵に交渉をしていた。いや、ミルフィがとりいっていると言った方が正しいだろうか。
必死に上目遣いで懇願するミルフィを見て、顎に手をやって考える振りをするローネイン公爵。
その姿を見てミルフィはちょろいものね、と内心呆れていた。
(はぁ……。明らかに下心があるのが分かるわ。……気持ち悪い。やっぱりやめようかしら?)
と、心の中で揺らぎかけていたが、これは取引の元で行われていることだから、と我慢することにした。
「そうだね……ミリアちゃんが私の専属になってくれるなら考えても良いけれど」
そう言ってニヤニヤ笑う公爵に寒気を覚えた。
(やだ、どうしよう。自分の貞操の危機を感じるわ……この狸親父きもい!ありえない!ふざけんじゃないわよ!)
おおよそ一国の王女とは思えないような言葉で内心ローネイン公爵を存分に罵る。
それでもそれを一切表に出さずにこにことしているのは流石といえる。
かなしきかな、それが王族というものである。
「勿論なのです!公爵様のお世話を頑張ってさせて頂きます!なので兄さん共々働かせて欲しいのです!」
「それなら契約しようか?」
「けい、やく?」
その言葉を聞いて初めてミルフィは狼狽えてしまう。
しかしそれを公爵は知らなくて戸惑っていると有難い方向に勘違いをして、子供に言い聞かせるように簡単な説明をした。
「契約というのはね、お互い相手にある条件を呑むことを誓うことだよ。そうすればほら、それをなかったものには出来なくなるだろう?」
怖いものじゃないよと微笑みながらある紙を取り出した。その紙を見てミルフィは身体をふるりと小さく震わせた。
(どこが怖いものじゃない、よ!その紙は普通の契約じゃないじゃないの!魔法契約書そのものなんて、無垢な子供だと馬鹿にしてるにも程があるわ!)
魔法契約書は契約者達を縛り付ける為のものだった。
一般には知れ渡っていないそれは、禁忌のものとなっていて随分昔に二度と作り出されないようにされていたものだ。
これに契約をすると、契約者はその契約を破らなくなってしまう。契約を止めようとするとすぐに死に至ってしまうのだ。
(一体どうやって創り出したの?干渉してみても本物と見て間違いなさそうだし……どうしよう、どうすれば……)
契約者にサインしないようにするにはどうすればいいかと考えを巡らせていると、ローネイン公爵はそれじゃあ先に、とアルベルトへその紙を渡した。
「君はたしかアルだったかな?君が先にサインしたらいいよ」
それを受け取ったアルベルトもどうしたものかと考えを巡らせることとなった。
(契約書なんて碌なものでは無いはずだ。殿下が考えていることもあってこれは本当に碌なものではないんだろうな。さて、俺はどうするべきか……)
ちらりとミルフィを見ると、ミルフィは真剣な眼差しでアルベルトを見つめていた。
そして微かに首を振る。
(書くな、とうことだろうな。この現状から考えて)
それならと、真実味のありそうな言い訳を口にした。
「……あの、すみません。俺たち文字が分からなくて」
平民ならば殆どのものがそうであろう。だからこそこの言い訳が通用するわけで。
「ふむ。……そうか、それならば仕方あるまい。」
仕方なさそうにその紙を鞄に仕舞うのを確認してミルフィはほっと胸を撫で下ろした。
(な、なんとか書かなくてすんだわ……。わたしだけなら光の“加護”を使ってなんとかなるかもしれないけれど、それも確実ではないもの。危険な橋を渡るのはどうしようもなくなった時だけにしておきたいし)
また調べなくてはならないことが増えたわね、と魔法契約書のことを頭の中にメモしておく。
「それじゃあ荷物をまとめておいで。二人ともローネイン邸で働かせてあげよう」
「ありがとうございます、公爵様!」
パッと笑顔を浮かべてお礼を言うと、そのままアルベルトの手を引いて部屋を退室していった。
「寒気を感じたわ…」
部屋に戻るとミルフィはうんざりした表情を隠すことなくぶるりと身体を震わせ、自分の体を自分で抱き竦めた。
「気持ち悪いわ、あの狸!下品な視線でジロジロ見てきて、挙句専属ですって?……これだけでもう不敬罪で即牢屋送りに出来そうね」
げんなりしながらそう呟くミルフィを見てアルベルトは苦笑した。
「まあ、たしかに出来そうだな……。でも、ちゃんと人身売買の調査はするんだろう?」
「当たり前でじゃない」
至極当然といった様子で頷くと、ミルフィは思い出したように付け加えた。
「あと、あの契約書についても調べないと」
「さっきのか。殿下は何か心当たりでもあったのか?俺には普通の契約書にしか見えなかったが」
真剣な表情でミルフィは頷く。
「あれは魔法契約書よ。あなたなら知っているでしょう?」
その言葉にアルベルトは驚いた。
「あ、ああ。特別部隊の者なら知っているな、禁忌の契約書として。……でもそれはもう今の世の中に無いはずだ。禁止されてからもう二度と作らないようにその情報は上層部によって秘匿されていたはず」
「だからこそ調べなくてはならないの。どこからその情報が漏れたのか。それは一部の王族と特別部隊のみ知っている情報だもの。作り方だってもうどこにも載っていないはずなのに」
(なんでこんなにややこしい事態になるのかしら?厄介なものね、絶対公爵の後ろにだれかいる……いえ、待って。そうよ、わたしは既に知っているじゃない。魔法契約書を作り出せる人物を)
彼ならきっと創り出せてしまう。
前回の記憶を探り起こしてミルフィはとある人物を思い出した。
みるみるうちに険しくなっていくその表情に、アルベルトはどうしたのかと声をかける。
ミルフィは微かに震える声で呟いた。
「……わたし、一人だけ心当たりがあることを思い出したの……」
「心当たりが?それって一体……」
しかしミルフィはそれ以上答えようとはせず、首を振るばかりだった。アルベルトは「そうか」と言ってそれ以上訊こうとはしなかった。
(どうしよう。もし本当に彼ならわたしはどうすれば……?前回と違ってわたしにも力はあるけれど、それでどうにかなるような相手なの?)
ミルフィのどこが思い詰めたような表情にアルベルトは眉を顰めた。
「……殿下」
躊躇いがちにミルフィを呼ぶと、パッと顔を上げてアルベルトを見る。
「大丈夫だ」
自分でも何が大丈夫なのかよく分からないが、なんとなく今言わなくてはいけないような気がして、アルベルトは無意識にその言葉を発していた。
それを聞いてミルフィは、やがて意味を呑み込むと微かに微笑んで頷いた。
「そうね、……きっと、大丈夫よね」
「……どうしようかなぁ」
教会で生活してから早二週間が経った今日。
ミルフィとアルベルトは慰問に来たローネイン公爵に交渉をしていた。いや、ミルフィがとりいっていると言った方が正しいだろうか。
必死に上目遣いで懇願するミルフィを見て、顎に手をやって考える振りをするローネイン公爵。
その姿を見てミルフィはちょろいものね、と内心呆れていた。
(はぁ……。明らかに下心があるのが分かるわ。……気持ち悪い。やっぱりやめようかしら?)
と、心の中で揺らぎかけていたが、これは取引の元で行われていることだから、と我慢することにした。
「そうだね……ミリアちゃんが私の専属になってくれるなら考えても良いけれど」
そう言ってニヤニヤ笑う公爵に寒気を覚えた。
(やだ、どうしよう。自分の貞操の危機を感じるわ……この狸親父きもい!ありえない!ふざけんじゃないわよ!)
おおよそ一国の王女とは思えないような言葉で内心ローネイン公爵を存分に罵る。
それでもそれを一切表に出さずにこにことしているのは流石といえる。
かなしきかな、それが王族というものである。
「勿論なのです!公爵様のお世話を頑張ってさせて頂きます!なので兄さん共々働かせて欲しいのです!」
「それなら契約しようか?」
「けい、やく?」
その言葉を聞いて初めてミルフィは狼狽えてしまう。
しかしそれを公爵は知らなくて戸惑っていると有難い方向に勘違いをして、子供に言い聞かせるように簡単な説明をした。
「契約というのはね、お互い相手にある条件を呑むことを誓うことだよ。そうすればほら、それをなかったものには出来なくなるだろう?」
怖いものじゃないよと微笑みながらある紙を取り出した。その紙を見てミルフィは身体をふるりと小さく震わせた。
(どこが怖いものじゃない、よ!その紙は普通の契約じゃないじゃないの!魔法契約書そのものなんて、無垢な子供だと馬鹿にしてるにも程があるわ!)
魔法契約書は契約者達を縛り付ける為のものだった。
一般には知れ渡っていないそれは、禁忌のものとなっていて随分昔に二度と作り出されないようにされていたものだ。
これに契約をすると、契約者はその契約を破らなくなってしまう。契約を止めようとするとすぐに死に至ってしまうのだ。
(一体どうやって創り出したの?干渉してみても本物と見て間違いなさそうだし……どうしよう、どうすれば……)
契約者にサインしないようにするにはどうすればいいかと考えを巡らせていると、ローネイン公爵はそれじゃあ先に、とアルベルトへその紙を渡した。
「君はたしかアルだったかな?君が先にサインしたらいいよ」
それを受け取ったアルベルトもどうしたものかと考えを巡らせることとなった。
(契約書なんて碌なものでは無いはずだ。殿下が考えていることもあってこれは本当に碌なものではないんだろうな。さて、俺はどうするべきか……)
ちらりとミルフィを見ると、ミルフィは真剣な眼差しでアルベルトを見つめていた。
そして微かに首を振る。
(書くな、とうことだろうな。この現状から考えて)
それならと、真実味のありそうな言い訳を口にした。
「……あの、すみません。俺たち文字が分からなくて」
平民ならば殆どのものがそうであろう。だからこそこの言い訳が通用するわけで。
「ふむ。……そうか、それならば仕方あるまい。」
仕方なさそうにその紙を鞄に仕舞うのを確認してミルフィはほっと胸を撫で下ろした。
(な、なんとか書かなくてすんだわ……。わたしだけなら光の“加護”を使ってなんとかなるかもしれないけれど、それも確実ではないもの。危険な橋を渡るのはどうしようもなくなった時だけにしておきたいし)
また調べなくてはならないことが増えたわね、と魔法契約書のことを頭の中にメモしておく。
「それじゃあ荷物をまとめておいで。二人ともローネイン邸で働かせてあげよう」
「ありがとうございます、公爵様!」
パッと笑顔を浮かべてお礼を言うと、そのままアルベルトの手を引いて部屋を退室していった。
「寒気を感じたわ…」
部屋に戻るとミルフィはうんざりした表情を隠すことなくぶるりと身体を震わせ、自分の体を自分で抱き竦めた。
「気持ち悪いわ、あの狸!下品な視線でジロジロ見てきて、挙句専属ですって?……これだけでもう不敬罪で即牢屋送りに出来そうね」
げんなりしながらそう呟くミルフィを見てアルベルトは苦笑した。
「まあ、たしかに出来そうだな……。でも、ちゃんと人身売買の調査はするんだろう?」
「当たり前でじゃない」
至極当然といった様子で頷くと、ミルフィは思い出したように付け加えた。
「あと、あの契約書についても調べないと」
「さっきのか。殿下は何か心当たりでもあったのか?俺には普通の契約書にしか見えなかったが」
真剣な表情でミルフィは頷く。
「あれは魔法契約書よ。あなたなら知っているでしょう?」
その言葉にアルベルトは驚いた。
「あ、ああ。特別部隊の者なら知っているな、禁忌の契約書として。……でもそれはもう今の世の中に無いはずだ。禁止されてからもう二度と作らないようにその情報は上層部によって秘匿されていたはず」
「だからこそ調べなくてはならないの。どこからその情報が漏れたのか。それは一部の王族と特別部隊のみ知っている情報だもの。作り方だってもうどこにも載っていないはずなのに」
(なんでこんなにややこしい事態になるのかしら?厄介なものね、絶対公爵の後ろにだれかいる……いえ、待って。そうよ、わたしは既に知っているじゃない。魔法契約書を作り出せる人物を)
彼ならきっと創り出せてしまう。
前回の記憶を探り起こしてミルフィはとある人物を思い出した。
みるみるうちに険しくなっていくその表情に、アルベルトはどうしたのかと声をかける。
ミルフィは微かに震える声で呟いた。
「……わたし、一人だけ心当たりがあることを思い出したの……」
「心当たりが?それって一体……」
しかしミルフィはそれ以上答えようとはせず、首を振るばかりだった。アルベルトは「そうか」と言ってそれ以上訊こうとはしなかった。
(どうしよう。もし本当に彼ならわたしはどうすれば……?前回と違ってわたしにも力はあるけれど、それでどうにかなるような相手なの?)
ミルフィのどこが思い詰めたような表情にアルベルトは眉を顰めた。
「……殿下」
躊躇いがちにミルフィを呼ぶと、パッと顔を上げてアルベルトを見る。
「大丈夫だ」
自分でも何が大丈夫なのかよく分からないが、なんとなく今言わなくてはいけないような気がして、アルベルトは無意識にその言葉を発していた。
それを聞いてミルフィは、やがて意味を呑み込むと微かに微笑んで頷いた。
「そうね、……きっと、大丈夫よね」
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