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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

マッドのムラ2

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 マッド。長身。元ヒトカイ。洗脳と人体の専門家。約400歳。ヒトを観察することが趣味。今はノーコちゃんの頭にハマっている。
 100人超えの信者を要する宗教?団体の教祖 ←New!

(説明を求む)

 マッド屋敷の応接間に通された俺は、開口一番マッドに説明を要求した。マッドを取り囲むように座る俺達。ノーコちゃんだけはここに居ない。さきほど「ちょっと失礼します」と言って応接間から出ていってしまったのだ。

「昔はこんなに多くなかったんだ。多くてもせいぜい4,5人の洗脳をしていたんだが、あるときふと思ってな。一度にどれだけの人数を洗脳できるのか、と」
「……それで?」
「手当たり次第増やしてたら気がつくと100人越えてた。建物も増えてムラみたくなってな。俺の家もいつの間にか屋敷になってたし、我ながら自分の才能が恐ろしいよ」

 やれやれとマッドは自嘲気味に笑う。なんかちょっと腹立つ。応接間にもなんだかよく分からないゴテゴテした装飾が施されているし、信者の心酔度は相当のものだな。

(なんかヤバイ宗教団体みたいになってるのは?)
「大人数をまとめて管理するには、システムをつくり役職を与え上下関係を生み出すのが最適でな。飴と鞭がしやすくなるのだ」
(なるほど。で、マッドがこそこそしてたのは、この洗脳しているヒト達に見つかりたくなかったから?)
「そうだな。ただ実を言うとな、もう彼らの洗脳は止めているのだ。もうする気もないし、『解散、好きに生きて』と言い渡してある」
(え、でもさっきの様子を見る限りすごい慕われっぷりだったけど)
「みんなマッドに土下座してたよー」
「そうなのだ。みんな離れていかないのだ。解散を宣言したのが1年前。それから半年たっても彼らはこのムラから離れようとしない。それどころか、相も変わらず私に慕ってくる始末。私がここに居るからかと思い、半年前にノーコだけ連れて出奔したのだが……」

 そう言ってマッドはお手上げのポーズ。さっきの様子を見る限り、ほとんど変わってないようだな。

(洗脳をやめた理由は?)
「大所帯になったし、だんだん面倒くさくなってな」

 それはマッドが悪い。ペットを育てるのがが面倒くさくなった飼い主みたいじゃねえか。少しは自分の行動に責任を持って欲しい。面倒だからと野生に返すのは良くないぞ。

「ねえ、話を聞いてて思ったんだけど、ノーコちゃん大丈夫なの? ほら、ノーコちゃんって、明らかにマッドに特別扱いされてるじゃない。逆恨みした信者がノーコちゃんに嫉妬したりとかしないの?」
「それは大丈夫だ」

 セミルが心配して尋ねるが、マッドは自信満々に答える。そのへんはしっかり洗脳しているということか。

「あれを見ろ」

 マッドが目線で窓を示す。窓の外では、さっきの信者たちが皆一様に首を項垂れて膝を着いていた。その先に居るのは、あろうことかさきほど出ていったノーコちゃん。見た目十代前半の少女に傅く老若男女達。ノーコちゃんは彼らに向かって何か言っているようだが、ここからでは遠くてよく聞こえない。

「何、あれ……」
「ノーコは彼らが集まる以前から俺の傍に居たからな。組織のNo.2だったのだ」
「ノーコって偉かったの?」
(なるほどね……。それで嫉妬の心配はないと。ちょっと見てくる)

 俺は壁抜けしてノーコちゃんに近寄る。ノーコちゃんは四つん這いになった信者のひとりに腰掛けて、五体投地したもうひとりを足掛けにしていた。何だこの上級プレイは。

「マルセル。復唱しなさい。博士が最後に与えた言葉をーー」

 ノーコちゃんが傅く大衆を冷淡に睥睨する。
 どうしたノーコちゃん。キャラが変わっているぞ。

「はっ。
 
 一つ、自由に生きよ。自由とは己が意思に従うことである。
 一つ、健やかに生きよ。健やかとは心身気力を充実させるべく動くことである。
 一つ、我のことは忘れよ。我の教えは成長した諸君らには不要である……」

 マルセルと呼ばれた最前列の男が淀み無く答える。

「で、あれば、なぜまだ博士のことを忘れていない? 博士の教えに背くのか?」
「滅相もございません。そんなつもりは毛頭ございません」
「では何故か?」
「はっ。その理由は二つございます。一つは、ここに住むことが我々の意思でございます。お言葉に従い住む場所を自由に選ぶにあたり、相談したわけでもなく皆ここを自分の意思で選びました。そしてもう一つは、我々が貴き御方々を忘れることができなかったからでございます。御方々が救世の旅に出ている間、皆懸命に努力いたしましたが、とうとう忘れることなどできませんでした。申し訳ありませぬ。これは我らが未熟である証左であり、まだまだ我々には御方々の教えが必要であることの証明! しかし我々は、御方々のことは忘れよと申された身。そのため積極的に御方々を追うこともできず、ここでずっとお待ちしてーー」

 ノーコちゃんの靴が飛んでマルセルに当たる。

「話が長い。簡潔に述べよ」
「も、申し訳ありません……」

 その後もノーコちゃんの女王様っぷりは続いた。俺は見るに耐えなくなったので応接間に戻る。

(なあ、ノーコちゃんすごいことになってたけど、あれが素なの?)
「ああ、悪霊氏よ。戻ったか。あれは演技だよ。ノーコは演技がうまいのだ。彼らの取りまとめもよくやってくれていた」

 演技だったのか。じゃあ、本人が妙に楽しそうに見えたのは気のせいだったんだな。良かった良かった。
 

 信者の調教……もとい教育が一段落したのか、ノーコちゃんが応接間に戻ってきた。

「あー、楽し……、ゴホン。疲れました……」

 と彼女は言ってソファに寝転んでしまう。

「移動の疲れもあるし、今日はもう休むか。ノーコよ。頭は明日やってしまうぞ」
「はーい……」

 というわけで俺達はマッド屋敷に泊まった。

 夜になると信者達が屋敷を取り囲んで歓びの宴を開いた。楽器が鳴り、歌が響き、祝砲がどこかしこから炸裂する。あまりにうるさかったのでノーコちゃんがまた出陣して騒ぎを鎮めていった。

 深夜になると流石に静かになったが、屋敷の周りから信者たちの気配がする。流石に屋敷の中にまでは入ってこないらしいが、これはこれで煩わしい。ヒメちゃんもセミルもなかなか寝付けなかったようだ。

 俺は意趣返しとばかりに信者に近づき「おパンツ!」と叫んで周った。俺の声が聞こえるものがいれば、姿はないのに声がする恐怖に慄くといい、わっはっは。しかし、一晩かけて叫びまわっても俺の声が聞こえてそうなものは皆無であった。残念である。とはいえ、聞こえてたら聞こえてたでマッド信者と友達にならないといけないのか。それはそれで、なんとなく嫌だな。授業で強制的に二人一組を作らされるくらいに嫌だ。聞こえなくてラッキーだと思うことにしよう。

 翌日。マッドはノーコちゃんの頭に手術を施した。元通りになるノーコちゃん。「やっぱりこっちのほうがしっくり来ますね」と頭を光らせて言っていたが、正直前のほうが良かったと思う。愚痴を言っても仕方ないけど。

 手術中、セミルとヒメちゃんはマッド屋敷で時間を潰していた。流石に、ムラを探検する気にはなれなかったらしい。それで正解だと思う。

 要も済んだし長居は無用ということで、次のムラへと出発する。

(でも、あの信者たちが簡単に帰してくれるかな……)
「ははは。大丈夫だ悪霊氏。見ていてくれ」

 俺達が外に出ると、待ちかねたように信者がマッドを取り囲む。

「うむ……」

 マッドの声は一言だがよく通った。そして彼は手で軽くポーズを取る。それだけで信者たちがひれ伏した。

「私は諸君らをこれからも見守っている。これは、試練・・でもあるのだ。マルセル、スピザ、ノヴァ。よくやっている。私は信じているよ」
「! はっ!」
「マッド様……」
「必ずや……」

 彼らはそう言ってひれ伏したまま、俺達がムラから出るのを黙って見守っていた。

「ふう」
(……思ったよりもあっけなかったな)
「どきどきしたー」
「彼らの様子は、手術中にノーコから聞いていた。まだ独立心が芽生えていないようでな。いっそのこと私が居ないことを試練・・と銘打ったほうが彼らも納得するし、彼らも納得させやすいと思ってな」
(納得、させやすい?)
「マルセル達三人は他のメンバーの取りまとめの地位を与えている。不平不満はまず彼らに行くのだ。ただ『忘れろ』だけでなく『忘れることが試練だ』と言ったほうが、納得させやすいだろう」
(なるほどね。でも『忘れることが試練』って無理じゃないか? 試練を強く意識すればするほど、忘れるもんも忘れなくなるだろ?)
「そうだな。だからもうここには戻らない。別の場所を本拠地とするよ。私物なんかも持ってきてある」
「え、じゃあ連中は?」
「面倒くさいから放置。試練と言っておけば積極的にこっちに干渉することも無くなるだろ」
「うわぁ」
「マッド……」
(最低……)

 マッドのムラの方から祝砲が上がる。次いで、音楽と大合唱が聞こえてきた。ムラを去るマッドへの餞だろうか。教祖の思惑を知らぬ信者の幸せそうな歌声は、なかなか俺の耳から離れなかった。



【おまけ】
ノーコちゃん
見た目十代の女の子
実年齢50歳程度
生まれてすぐにマッドに拾われ洗脳を受ける
以来、彼のことを博士と呼び、親しくしている
本人は今の生活が気に入っている
マッド教団のNo.2 ←New!
女王様 ←New!
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