6 / 172
第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
神は神でも……
しおりを挟む
マダムの後に続いて、俺たちは屋敷に入る。エントランスを抜け、促されるまま右の部屋に入ると、そこは小さな応接室であった。二つの三人掛けソファに挟まれるように座卓が置いてあり、大きな窓から光が入ってくるため部屋は自然と明るい雰囲気だ。マダムがソファに座り、その反対側にセミル、ユリカが座る。俺はセミルの側に移動する。
「お茶とお菓子だよ、ママ」
「ああ、ありがとうね」
さっき窓から顔を覗かせていた男が入ってきた。
「ユリカ達、今日はどうしたの?」
「あ、ありがとね、ソーン。うーん、相談事かな。ちょっと、マダムにね」
「ふーん。直接会いに来るなんて珍しいね」
そう言って、ソーンと呼ばれた男性はテキパキとお茶と茶菓子をテーブルに並べて、部屋から出ていった。マダムのことをママと呼んでいたが、あまり似ていないな。
(ソーンって言ったか。あいつはマダムと親子なのか?)
「親子? 親子って何?」
(いや、親子は親子だよ。親と子供。マダムのこと、ママって呼んでたし、そうなのかなと思ったんだけど……)
「よく分からないけど、ママはマダムの愛称よ。ここに住んでるニンゲンはみんなそう呼んでるわ」
ふーん、じゃあ血の繋がりがあるってわけではないんだな。
「そうさね。私の屋敷に住むものは、みんな私のことをそう呼ぶさね」
(ふうん、そうなのか)
「それで、相談事っていうのは何だい。ユリカ、セミルと喧嘩でもしたのかい? セミル、また、ここが恋しくなったのかい? それとも……」
と一呼吸置いて、マダムはしっかりと俺のことを見据え、笑いながら言った。
「そこのけったいな妖精、わたしのパンツが見たいのかい?」
……なるほど、確かにマダムには俺の声が聞こえているようだ。
(あー、すまん。そのことについては忘れてもらえるとありがたい。どうやら、俺の声が聞こえる相手は限られるみたいでな。マダムに声が聞こえているか反応が見たかっただけなんだ)
「別に私はいいさね。パンツが見たいんだろ? ん?」
と言って、マダムは急に身につけているロングスカートをたくし上げた。
(ちょ、やめ、やめろーーーー!!)
元の体の癖で、目を瞑り手で顔を覆おうとしたのだがそれは叶わず、ぐりんと視線を動かすことで俺は危機を回避しようとする。しかし、時すでに遅し。視界の端にたくし上げられたその光景が焼き付いてしまった。そして否が応でもクローズアップされるその部分に、パンツがないことに気づいてしまった。
(ていうか、なんで履いてないんだよ! オカシーだろ!!)
「うるさいね。そのほうが動きやすいんだよ。目的のものが見れて満足かい? あ、違うさね。お前さんの見たかったものは私のパンツか。待っておいで、今ちょっくら取ってきてやるから……」
(いや、いい、いい、止めて止めて。お願い見せないで)
「遠慮することないさね。とっておきの勝負パンツだ。お前さんも見たかろう? ん?」
(ごめんなさい、許してつかーさい……)
消えゆく俺の語尾に、カッカッカとマダムは笑う。
「冗談さね。それで、セミル。相談事というのはこいつかい?」
「うん。妖精さんに似てるんだけど、絶対妖精さんじゃないよね、これ。で、マダムならこいつのこと知らないかと思ったんだけど」
「こいつのこと? こんなに流暢に意思疎通ができるんだ。こいつのことはこいつに聞けばいいだろう?」
「うーん、それがね……」
セミルと俺は、マダムに俺が別の世界から来たことを伝える。その最中に、「お土産渡してくるね」とユリカは部屋を出ていった。ユリカには俺の言葉が聞こえないから、飽きてしまったのだろうか。
「ふうん。つまり、悪霊とやらはなぜ自分がこの世界に来たのかが分からない。何か知っていたら教えてほしいと、そういうことさね?」
(そうだ。あるいは、俺みたいに喋る妖精さんのことでもいい。教えてくれると助かるんだが……)
しばらく考え込むようにしたマダムは、やがて残念そうに口を開いた。
「……残念さね。私もお前さんみたいな妖精さんは初めて耳にしたね」
(……そうか。他に知ってそうな人に心当たりはないか?)
「知らないこともないが、私が知らないとなるとその望みは薄いさね。私は三千年は生きてるし、大抵のことは私の耳に入る。その間にお前さんみたいな存在がいたら、私の耳に入らぬはずがない」
(そう、か……)
三千年とはまた、随分と長生きだ。しかし、そんなニンゲンでも俺のことを知らないのか。
「それで、悪霊。お主はどうするつもりさね」
(ん? どうするとは?)
「お主が、なぜここに来たのか知りたい気持ちはよく分かる。よく分かるが、それはいくら考えても分からないことの類かもしれん。なぜ我々がこの世界に産まれたのか分からぬことと同じようにな」
(……)
「であれば、探るべきはなぜここにいるのかというよりも、これからどうしたいのかではないか? 悪霊となったその体で、この世界でどう生きるのか、あるいはどう死にたいのか。こちらを探るほうが良いかと思うのだが……」
(……)
それは、確かにその通りだ。もし、俺の理解の及ぼない超自然現象的な何かで俺が今この場に居るのだとしたら、もうどうしようもない。このまま出口のない迷宮をさまよい続けるだけだ。
けれど、まだそれには早いと思う。まだ、俺はこの世界のことをよく知らない。マダムがこの世界の大賢者的な存在であったとしても、その知識は俺が実際に調べつくしたものではない。だから、少なくとも自分が納得できるまでは、なぜ俺がここに来たのか調べようと思う。
「……ああ、すまん。まだこちらに来て日が浅いのだったな。もう少し自身のルーツを探るほうが良いさね」
(……そうだな。そうするよ。忠告ありがとう。俺はもう少しこの世界を見て回る。そして、なぜ自分がここにいるのか、もう少し自分で調べてみるよ。この世界でどう過ごすのかについては、まあ追々考えるさ)
「そうかい。まあ、飽きたらまたココに来な。話し相手になってやるさね。なんだったらパンツも見せてやるぞ?」
(そいつは結構だ)
俺とマダムは二人して笑った。
部屋を出ると、人がわんさか居た。ソーンやユリカを含め、十数人のニンゲンがいる。子供からオッサンまで年齢は幅広い。
(何これ?)
「この屋敷のひとたち。みんな話が気になってたみたい」
なるほど。ドアに耳を押し付けてたのね。こんなに人数が居るんじゃお土産も多くなるわな。
「どうだった?」
「駄目ね。悪霊さんは悪霊さんのままだったわ。正体不明のまま」
「そう。ね、ね、悪霊さん例のやつ、やって」
(ん? いいぞ。おパンツ拝見!)
「あ、略した」
特に変な反応をするヒトは……見当たらないな。
「んー。この子らも聞こえないようさね」
(そいつは残念)
それから俺は、屋敷の連中及び、セミル、ユリカと別れた。流石にこれ以上迷惑はかけられないので、ひとりで世界を見て回ろうと思う。近場に二人も俺の声が聞けるニンゲンがいたのだ。また、すぐそういったニンゲンと会えるだろう。そして、もしかしたら悪霊さんについて知っているニンゲンも居るかも知れない。まずは、そのニンゲンを探す旅だ。
旅に出て、一週間が経過した。あれから何十人のニンゲンと出会ったが、まだ誰とも話せないでいる。大丈夫、次のムラには話せるニンゲンが居るさ。
旅に出て、二週間が経過した。まだ誰とも話せないでいる。やばい、そろそろ理性が崩壊する。とりあえず、屋敷の方向に戻ろう。あれ、道はどっちだ? よくわからんが、適当に進めば突き当たるか。
さらに二しゅうかんがけいかした。まだひととはなせない。あー、おパンツおパンツおパンツおパンツ。え、おパンツって何かって? ハハッ! それはね、ひととはなせるようになるまほうのじゅもんだよ~。あ、ひとがいた。おい! おまえ! ほんとうはきこえてるんだろう? オパーンツ!! ほらのぞくぞ? いいのかー? ……あ、はいてない。ぞうさんがみえる。
そして俺は考えるのを止めた。誰に何を言っても反応がない。魚にメンチ切っても無視される。風は俺を通り抜け、光は影を作らない。世界のすべてに無視される俺は、貝のようにじっとして、天を見上げていた。灰色の分厚い雲が空を覆っている。
ああ、俺はどこで選択を間違えたのだろう。無理を言ってでも、セミルに着いてきて貰えばよかった。マダムでもいい。それか、あの屋敷でぬくぬくと暮らしていればよかった。ああ、それともあの会社の面接を受けたことがそもそも間違いだったのかもしれない。
「あのー」
いや、もしかすると大学に入ったことが間違いだったのかもしれない。高卒で就職するか、専門の道に進むのもありだったのかもしれない。そうすれば少なくともあの日あの場であのトラックに出会うことなどなかっただろう。
「あのー、もしもしー」
そうだ。これは夢だ。寝ている僕が見ている夢だ。僕は小学三年生で、今は夏休み。朝起きたらラジオ体操に行って、涼しい午前中に宿題を終えて、午後から友達とプールで遊ぶんだ……。
「いい加減に起きんかーい!」
(ぶへぇ!)
衝撃に視界が歪み、変な声が出た。
(痛いじゃないか! 何するんだ!)
「いくら呼びかけてもあなたがまともに返事しないからじゃないですか!」
眼の前には一人の女性が居た。手をプラプラさせている。ビンタでもされたのだろう。
(うるさい!僕はこれからラジオ体操に行くんだ!邪魔するな!)
「あ、これはまだ目が覚めていませんねー。もう一発いっときましょうか」
怒気を浮かべて、女性は手のひらにハァと息を吐いている。反射的に避けようとするも、体が動かない。あ、そういえば体はなかったっけ。
「そいや!」
掛け声とともに衝撃が来る。というか、体がないのに何で衝撃が来るんだ……?
「……ようやく目が覚めましたか。まったく、心配かけさせないで下さいよ」
視線を巡らせても、相変わらず自分の体は存在しない。にも関わらず、この女性は俺に触れるのか?
「はい、触れますよ」
心に強く念じなくても、考えていることが伝わるのか?
「読心術を心得てますので」
あ、あなたは、もしや神様では?
「そう言えなくもないですね」
では、やはり、これは……異世界転生……!
「あー、惜しい!」
異世界転生ではない……?
「そうですね。異世界転生(仮)といったところですね」
やはり(仮)が付くのか……。それでは……。
「あ、ごめんなさいね。いろいろ聞きたいことがあるだろうけど、まずは私の話を聞いて下さい」
あ、これは申し訳ない。つい質問攻めにしてしまって。
「いえいえ、あなたの境遇を思えば、しょうがないですよ。それではまず自己紹介させてください」
おお、こちらの境遇が分かってらっしゃる! これは期待できるぞ! これはついにアレか? 異世界転生+神様ときたら、ついに、俺にもチート能力が授けられるのか……!
「私は、死神です」
「お茶とお菓子だよ、ママ」
「ああ、ありがとうね」
さっき窓から顔を覗かせていた男が入ってきた。
「ユリカ達、今日はどうしたの?」
「あ、ありがとね、ソーン。うーん、相談事かな。ちょっと、マダムにね」
「ふーん。直接会いに来るなんて珍しいね」
そう言って、ソーンと呼ばれた男性はテキパキとお茶と茶菓子をテーブルに並べて、部屋から出ていった。マダムのことをママと呼んでいたが、あまり似ていないな。
(ソーンって言ったか。あいつはマダムと親子なのか?)
「親子? 親子って何?」
(いや、親子は親子だよ。親と子供。マダムのこと、ママって呼んでたし、そうなのかなと思ったんだけど……)
「よく分からないけど、ママはマダムの愛称よ。ここに住んでるニンゲンはみんなそう呼んでるわ」
ふーん、じゃあ血の繋がりがあるってわけではないんだな。
「そうさね。私の屋敷に住むものは、みんな私のことをそう呼ぶさね」
(ふうん、そうなのか)
「それで、相談事っていうのは何だい。ユリカ、セミルと喧嘩でもしたのかい? セミル、また、ここが恋しくなったのかい? それとも……」
と一呼吸置いて、マダムはしっかりと俺のことを見据え、笑いながら言った。
「そこのけったいな妖精、わたしのパンツが見たいのかい?」
……なるほど、確かにマダムには俺の声が聞こえているようだ。
(あー、すまん。そのことについては忘れてもらえるとありがたい。どうやら、俺の声が聞こえる相手は限られるみたいでな。マダムに声が聞こえているか反応が見たかっただけなんだ)
「別に私はいいさね。パンツが見たいんだろ? ん?」
と言って、マダムは急に身につけているロングスカートをたくし上げた。
(ちょ、やめ、やめろーーーー!!)
元の体の癖で、目を瞑り手で顔を覆おうとしたのだがそれは叶わず、ぐりんと視線を動かすことで俺は危機を回避しようとする。しかし、時すでに遅し。視界の端にたくし上げられたその光景が焼き付いてしまった。そして否が応でもクローズアップされるその部分に、パンツがないことに気づいてしまった。
(ていうか、なんで履いてないんだよ! オカシーだろ!!)
「うるさいね。そのほうが動きやすいんだよ。目的のものが見れて満足かい? あ、違うさね。お前さんの見たかったものは私のパンツか。待っておいで、今ちょっくら取ってきてやるから……」
(いや、いい、いい、止めて止めて。お願い見せないで)
「遠慮することないさね。とっておきの勝負パンツだ。お前さんも見たかろう? ん?」
(ごめんなさい、許してつかーさい……)
消えゆく俺の語尾に、カッカッカとマダムは笑う。
「冗談さね。それで、セミル。相談事というのはこいつかい?」
「うん。妖精さんに似てるんだけど、絶対妖精さんじゃないよね、これ。で、マダムならこいつのこと知らないかと思ったんだけど」
「こいつのこと? こんなに流暢に意思疎通ができるんだ。こいつのことはこいつに聞けばいいだろう?」
「うーん、それがね……」
セミルと俺は、マダムに俺が別の世界から来たことを伝える。その最中に、「お土産渡してくるね」とユリカは部屋を出ていった。ユリカには俺の言葉が聞こえないから、飽きてしまったのだろうか。
「ふうん。つまり、悪霊とやらはなぜ自分がこの世界に来たのかが分からない。何か知っていたら教えてほしいと、そういうことさね?」
(そうだ。あるいは、俺みたいに喋る妖精さんのことでもいい。教えてくれると助かるんだが……)
しばらく考え込むようにしたマダムは、やがて残念そうに口を開いた。
「……残念さね。私もお前さんみたいな妖精さんは初めて耳にしたね」
(……そうか。他に知ってそうな人に心当たりはないか?)
「知らないこともないが、私が知らないとなるとその望みは薄いさね。私は三千年は生きてるし、大抵のことは私の耳に入る。その間にお前さんみたいな存在がいたら、私の耳に入らぬはずがない」
(そう、か……)
三千年とはまた、随分と長生きだ。しかし、そんなニンゲンでも俺のことを知らないのか。
「それで、悪霊。お主はどうするつもりさね」
(ん? どうするとは?)
「お主が、なぜここに来たのか知りたい気持ちはよく分かる。よく分かるが、それはいくら考えても分からないことの類かもしれん。なぜ我々がこの世界に産まれたのか分からぬことと同じようにな」
(……)
「であれば、探るべきはなぜここにいるのかというよりも、これからどうしたいのかではないか? 悪霊となったその体で、この世界でどう生きるのか、あるいはどう死にたいのか。こちらを探るほうが良いかと思うのだが……」
(……)
それは、確かにその通りだ。もし、俺の理解の及ぼない超自然現象的な何かで俺が今この場に居るのだとしたら、もうどうしようもない。このまま出口のない迷宮をさまよい続けるだけだ。
けれど、まだそれには早いと思う。まだ、俺はこの世界のことをよく知らない。マダムがこの世界の大賢者的な存在であったとしても、その知識は俺が実際に調べつくしたものではない。だから、少なくとも自分が納得できるまでは、なぜ俺がここに来たのか調べようと思う。
「……ああ、すまん。まだこちらに来て日が浅いのだったな。もう少し自身のルーツを探るほうが良いさね」
(……そうだな。そうするよ。忠告ありがとう。俺はもう少しこの世界を見て回る。そして、なぜ自分がここにいるのか、もう少し自分で調べてみるよ。この世界でどう過ごすのかについては、まあ追々考えるさ)
「そうかい。まあ、飽きたらまたココに来な。話し相手になってやるさね。なんだったらパンツも見せてやるぞ?」
(そいつは結構だ)
俺とマダムは二人して笑った。
部屋を出ると、人がわんさか居た。ソーンやユリカを含め、十数人のニンゲンがいる。子供からオッサンまで年齢は幅広い。
(何これ?)
「この屋敷のひとたち。みんな話が気になってたみたい」
なるほど。ドアに耳を押し付けてたのね。こんなに人数が居るんじゃお土産も多くなるわな。
「どうだった?」
「駄目ね。悪霊さんは悪霊さんのままだったわ。正体不明のまま」
「そう。ね、ね、悪霊さん例のやつ、やって」
(ん? いいぞ。おパンツ拝見!)
「あ、略した」
特に変な反応をするヒトは……見当たらないな。
「んー。この子らも聞こえないようさね」
(そいつは残念)
それから俺は、屋敷の連中及び、セミル、ユリカと別れた。流石にこれ以上迷惑はかけられないので、ひとりで世界を見て回ろうと思う。近場に二人も俺の声が聞けるニンゲンがいたのだ。また、すぐそういったニンゲンと会えるだろう。そして、もしかしたら悪霊さんについて知っているニンゲンも居るかも知れない。まずは、そのニンゲンを探す旅だ。
旅に出て、一週間が経過した。あれから何十人のニンゲンと出会ったが、まだ誰とも話せないでいる。大丈夫、次のムラには話せるニンゲンが居るさ。
旅に出て、二週間が経過した。まだ誰とも話せないでいる。やばい、そろそろ理性が崩壊する。とりあえず、屋敷の方向に戻ろう。あれ、道はどっちだ? よくわからんが、適当に進めば突き当たるか。
さらに二しゅうかんがけいかした。まだひととはなせない。あー、おパンツおパンツおパンツおパンツ。え、おパンツって何かって? ハハッ! それはね、ひととはなせるようになるまほうのじゅもんだよ~。あ、ひとがいた。おい! おまえ! ほんとうはきこえてるんだろう? オパーンツ!! ほらのぞくぞ? いいのかー? ……あ、はいてない。ぞうさんがみえる。
そして俺は考えるのを止めた。誰に何を言っても反応がない。魚にメンチ切っても無視される。風は俺を通り抜け、光は影を作らない。世界のすべてに無視される俺は、貝のようにじっとして、天を見上げていた。灰色の分厚い雲が空を覆っている。
ああ、俺はどこで選択を間違えたのだろう。無理を言ってでも、セミルに着いてきて貰えばよかった。マダムでもいい。それか、あの屋敷でぬくぬくと暮らしていればよかった。ああ、それともあの会社の面接を受けたことがそもそも間違いだったのかもしれない。
「あのー」
いや、もしかすると大学に入ったことが間違いだったのかもしれない。高卒で就職するか、専門の道に進むのもありだったのかもしれない。そうすれば少なくともあの日あの場であのトラックに出会うことなどなかっただろう。
「あのー、もしもしー」
そうだ。これは夢だ。寝ている僕が見ている夢だ。僕は小学三年生で、今は夏休み。朝起きたらラジオ体操に行って、涼しい午前中に宿題を終えて、午後から友達とプールで遊ぶんだ……。
「いい加減に起きんかーい!」
(ぶへぇ!)
衝撃に視界が歪み、変な声が出た。
(痛いじゃないか! 何するんだ!)
「いくら呼びかけてもあなたがまともに返事しないからじゃないですか!」
眼の前には一人の女性が居た。手をプラプラさせている。ビンタでもされたのだろう。
(うるさい!僕はこれからラジオ体操に行くんだ!邪魔するな!)
「あ、これはまだ目が覚めていませんねー。もう一発いっときましょうか」
怒気を浮かべて、女性は手のひらにハァと息を吐いている。反射的に避けようとするも、体が動かない。あ、そういえば体はなかったっけ。
「そいや!」
掛け声とともに衝撃が来る。というか、体がないのに何で衝撃が来るんだ……?
「……ようやく目が覚めましたか。まったく、心配かけさせないで下さいよ」
視線を巡らせても、相変わらず自分の体は存在しない。にも関わらず、この女性は俺に触れるのか?
「はい、触れますよ」
心に強く念じなくても、考えていることが伝わるのか?
「読心術を心得てますので」
あ、あなたは、もしや神様では?
「そう言えなくもないですね」
では、やはり、これは……異世界転生……!
「あー、惜しい!」
異世界転生ではない……?
「そうですね。異世界転生(仮)といったところですね」
やはり(仮)が付くのか……。それでは……。
「あ、ごめんなさいね。いろいろ聞きたいことがあるだろうけど、まずは私の話を聞いて下さい」
あ、これは申し訳ない。つい質問攻めにしてしまって。
「いえいえ、あなたの境遇を思えば、しょうがないですよ。それではまず自己紹介させてください」
おお、こちらの境遇が分かってらっしゃる! これは期待できるぞ! これはついにアレか? 異世界転生+神様ときたら、ついに、俺にもチート能力が授けられるのか……!
「私は、死神です」
0
あなたにおすすめの小説
転生幼女の国家級チート図書館~本を読むだけで技術が進化する世界で、私だけ未来知識持ちでした~
ハリネズミの肉球
ファンタジー
目が覚めたら、私は5歳の幼女だった。
しかもそこは――
「本を読むだけで技術が進化する」不思議な異世界。
この世界では、図書館はただの建物じゃない。
本を理解すればするほど、魔道具も、農業も、建築も“現実にアップデート”される。
だけど。
私が転生した先は、王都から見捨てられた辺境の廃図書館。
蔵書は散逸、予算ゼロ、利用者ゼロ。
……でもね。
私は思い出してしまった。
前世で研究者だった私の、“未来の知識”を。
蒸気機関、衛生管理、合金技術、都市設計、教育制度。
この世界の誰も知らない未来の答えを、私は知っている。
だったら――
この廃図書館、国家級に育ててみせる。
本を読むだけで技術が進化する世界で、
私だけが“次の時代”を知っている。
やがて王国は気づく。
文明を一段階進めたのは――5歳の幼女だったと。
これは、最弱の立場から始まる、知識による国家再設計の物語。
※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
ゴミ捨て場領主のクラフト無双 ~最弱魔法【分解と合成】で領地を黄金郷に変えたら、俺を見下していた大貴族令嬢たちが掌を返してすり寄ってきた件~
namisan
ファンタジー
東西南北の大貴族から「毒の川」「凶暴な魔獣」「莫大な借金」を押し付けられ、王国の『ゴミ捨て場』と化したローゼンベルク領。
父と兄を謀殺され、その絶望の領地を押し付けられた無能貴族のアークは、領地の分割を企む高慢な令嬢たち(王女、公爵令嬢、姫将軍など)に嘲笑われていた。
だが、彼には現代の知識と、隠された最強チート能力があった!
触れたものを瞬時に素材に戻し、全く別のモノに作り変える神の御業――【分解と合成】。
「毒の川」を分解して『超高価な宝石と純水』へ!
「魔獣の死骸」と「瓦礫」を合成して『絶対に壊れない防壁』へ!
借金取りには新素材を高値で売りつけ、逆に敵の経済を支配していく。
圧倒的なクラフト能力で、瞬く間にゴミ捨て場を「無敵の黄金郷」へと作り変えていくアーク。
己の敗北を悟り、震え上がる悪徳貴族と高慢な令嬢たち。
さらに、アークの圧倒的な知略と底知れぬ実力は、気高い令嬢たちの本能に深く刻み込まれていく。
「どうか、私をあなたの手駒としてお使いください……っ!」
プライドを完全にへし折られた最高位の美少女たちは、いつしかアークの与える『恩恵』なしでは生きられないほど、彼に絶対の忠誠と依存を誓うようになっていく――。
最弱のゴミ捨て場から始まる、爽快クラフト内政&ざまぁファンタジー、堂々開幕!
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
無限在庫チートで異世界を買い占める〜窓際おじさんが廃棄予定のカップ麺で廃村エルフと腹ペコ魔王を救済したら最強商会ができました〜
黒崎隼人
ファンタジー
物流倉庫で不良在庫の管理に追われるだけの42歳、窓際サラリーマンのタケシ。
ある日突然、彼は見知らぬ森の中へと転移してしまう。
彼に与えられたのは、地球で廃棄される運命にあったあらゆる物資を無尽蔵に引き出せる規格外のスキル「無限在庫処分」だった。
賞味期限間近のカップ麺、パッケージ変更で捨てられるレトルトカレー、そして型落ちの電動工具。
地球ではゴミとされるこれらの品々が、異世界では最強のチートアイテムと化す!
森で倒れていたエルフの少女リリアをカップ麺で救ったタケシは、領主の搾取によって滅亡寸前だった彼女の村を拠点とし、現代の物資と物流ノウハウを駆使して商会を立ち上げる。
美味しいご飯と圧倒的な利便性で異世界の人々の胃袋と生活を掴み、村は急速に発展。
さらには、深刻な食糧難で破綻寸前だった美少女魔王ルビア率いる魔王軍と「業務提携」を結び、最強の武力を物流の護衛として手に入れる!
剣も魔法も使わない。武器は段ボールと現代の知識だけ。
窓際おじさんが圧倒的な物量で悪徳領主の経済基盤をすり潰し、異世界の常識を塗り替えていく、痛快・異世界経営スローライフ、開幕!
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる