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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

世界の秘密2

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 ひとりかと思われた彼女だったが、よく耳を澄ますともうひとり、別の声が聞こえてきた。これが悪霊さんの声だと分かるまでは、いったいどこからその声がするのかずっと悩んでいたね。フェアリーと同様の機構でポイントを絞らず声を拡散させているのだろうか。あるいはもうひとり別の管理者がいて、私の知らない権限があるのだろうかとか、そんなことを考えていたな。

 彼女と話す謎の存在、悪霊さんの存在に気づいた私はどうにかして彼とコンタクトを取りたくなった。なんせ、とても奇妙な存在だからね。しかし悪霊さんの声はすれども姿は見えない。とりあえず、私は情報収集と思ってフィッターで監察を始めた。

 悪霊さんは姿が見えないので、代わりにセミルさんの位置を補足させてもらった。彼女を観察していると、ときどき姿の見えない誰かと会話をしていた。話し相手は悪霊さん、だね。最初は半信半疑だった意思のある声だけの存在が、私の中でだんだんと確信に変わっていた。

 会話の節々から君が異世界から来たということ、その理由も意図も分からないということ、いつ存在が消えてしまうか分からないことを知った。君が消える前にどうしてもこうやって会話がしたくてね、ヒメちゃんにフェアリーで「世界を周れ」と伝えたんだ。世界旅行をするときは、みんな絶対に塔のムラここには来るからね。

 え? 私が君に会いに来れば良かった? うーん、そうしても良かったけど、どうせなら悪霊さんにこの世界を見てもらいたかったんだ。悪霊さん自身の目で耳で世界を周ったその上で、君の世界の話を聞きたかった。そのほうが面白い話が聞けると思ったからね。環境の違い、文化の違い、逆に共通しているところ、等々。そういった話をね、君としたかったんだ。ああ、旅の途中もちゃんと監察してたよ。君の世界のことに興味があるからね。


「話が長くなってしまったね。これでこの世界の大まかな歴史と、君に会いたかった理由は分かって貰えたかな?」

 ふうっ、長時間の説明が疲れたのか管理者は肩の力を抜く。

(うーん。俺に会いたい理由はディエスと同じ知的好奇心。こっちはまあ納得したけど、世界の歴史の方は実感湧かないな)
「どこか納得のいかないところでも?」
(いや、そういうことじゃないんだ。確かにこの世界は自然ではあり得ないほどニンゲンに優しい世界だし、誰かの意図が混入しているとは前々から思っていた。けれど、もともと寿命のある生物が不死になるとかちょっと信じられない。俺の元いた世界の人間にも寿命はあったけど、この世界みたいに俺の元いた世界が不死人だらけの世界にになるとは思えんのさ)

 夢のある話だとは思うけどね。

「そうか。まあ、君の世界とは環境も文化も何もかもが違うんだ。これはひとつの可能性に過ぎないからね」

 可能性にしても生態系書き換えてまで設計通りの世界を構築するのは至難だと思う。何がどんな影響及ぼすか分かったもんじゃない。そういえば、無理に生態系を書き換えたせいで、この世界の生物は種類が少ないのかも。鳥や虫、動物の類はほとんど見ていない。見たことあるのは、魚と貝と、植物なのか緑の一族の分体なのか分からないものばっかりだ。

(というか、ずっと俺のこと監察してたって、それはストーカーだよ。あんまり気分の良いもんじゃないから以後はやめて欲しいな)
「ストーカーって何?」
(興味のある対象を、対象に気取られず観察する変質者のこと)
「悪霊さんは違うの?」
(俺はちゃんと対象に挨拶してるから)
「聞こえてないでしょ?」
(聞こえてないけども)
「私だって悪霊さんたちを観察するときは最初に挨拶してるよ? だからセーフね」
(聞こえてないけどな)
「私の中の仮想・悪霊さんにはちゃんと聞こえてるから。セーフ」

 うわ、何だその発想。ちょっと引くわ。この人、変質者の素質あるわ。元の身体があったら確実にサブイボできているくらいやべえ。

 ……というか、ちょっと待て。ユリカの死のあたりからストーカーしてたってことはーー。

 やっぱりか。このヒトが俺の六人目の友達だ。友達発見器で管理者の方向は分かるけど、数値は「14/20」で変わっていない。なんだよ死神さん。友達の条件に「明確な意思疎通」ってあったけど、仮想・悪霊とかいうあやふやなものでも良いのかよ。まったくもう。

 俺は未だにポーズを決め続けているアインスちゃん達を見る。

(アインスちゃん達。君のご主人様は変質者だから気を付けてね)
「「「「はい、分かりました」」」」

 お、素直に返事をしてくれた。ちょっと遠くにいるサラちゃんも肯定してくれている。彼女らも心の中では彼を変質者と思っていたのかな。普段彼女らに何してるんだこのヒト。

「え、ちょっとみんな酷くない? そんなふうに思ってたの? そんな酷いことしたかな……」

 腕を組んで考える管理者。ふむ、自覚が無いようだな。しかし彼女らはすぐに肯定した。これは管理者の考えを根本から糺す必要があるな。お灸を据えねばなるまい。

「具体的にどうすれば?」

 相変わらずボーっとした目で、アインスちゃんが訊いてくる。やる気充分だ。

(そうだな。身体に触ってきたら「何するんですか、このケダモノ!」って叫んで振り払うといいよ)
「分かりました」

 こくりと頷く四人娘。

「他には」
(そうだな。声をかけられたら「話しかけないでください。貴方のことが嫌いです」とか「キャー! 変質者よー!」って叫んで逃げるのもいいな)
「なるほど」

 再び頷く四人娘。

「えー、ちょ、悪霊さんそれは酷いよ。……あ、そういえばさっき『みんなは彼の指示に従うこと』って言ったっけ。それでか」

 ポンと柏手を撃つ管理者さん。そういえば、俺の言うことが聞こえているか確認する時、そんなこと言ってたな。あれまだ有効だったのね。なんだ、管理者さんのことを変質者と思っているわけではなかったのか。

「みんな。もう悪霊さんの言うことーー」
「話しかけないでください。貴方のことが嫌いです」
「キャー! 変質者よー!」
「何するんですか、このケダモノ!」
「キャー! このケダモノ! 話しかけないでください!」

 そして四散する四人娘。みんな、俺の言ったことを正しく実践してくれた。とても優秀じゃないか。
 変質者扱いされた管理者さんは固まっている。部屋から逃げ出した四人娘を追うどころか微動だにしない。

(……あー。管理者さん? 正直、すまんかった)
「悪霊さんなら権限が及ばないから、好きに罵倒しても大丈夫だよね。ちょっと私の気の済むまで付き合ってくれるかな?」

 管理者さんは張り付いた笑顔でそう言った。
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