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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

あと二人

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 サラちゃんに言われた通り進むと、塔へと辿り着いた。といっても、洞窟を出ると空に向かって突き出た塔が嫌でも目に入ってくるので、教えてもらわなくとも道に迷う事はなかっただろう。

(みんなは、……まだ居ないみたいだな。眠りから覚めたらここへ来るだろうから、待ってればいいか)

 地下に居たヒメちゃんも、管理者が地上に戻すと言っていた。友達発見器で確認すると、確かに下ではなく右のほうから反応がある。動いているので、こちらへと近づいているのだろう。セミルとマッドも同様の反応であったので、もうしばらくすれば合流するはずだ。

 そういえば、友達の数が18人に増えていた。アインスちゃんたちが友達と認められたのだろうな。素直で助かる。これであと二人でミッション達成だ。このペースなら世界旅行が終わる頃には達成しているかな。もうすぐこの世界とお別れか。みんな良くしてくれたし、ちょっと寂しいな。

「あれ、みんな居ませんね。うーん。私だけだと悪霊さんが居るかどうかもわからないのに……」

 最初に来たのは頭のライトがしゅんとなってるノーコちゃんだ。

「えっと、悪霊さん。聞いてますか? 遅くなってすいません。突然みんな謎の睡魔に襲われたようでして……」
(うん、知ってる。それ管理者の仕業だよ。あ、管理者っていうのはこの世界のラスボスのことね)
「あとヒメちゃんは無事です。安心してください。ヒメちゃんと連絡が取れました。彼女もどうやら眠っていたようです。いったいなんだったんでしょう……」
(それも知ってる。ごめんね、100%管理者が悪いけど、俺がみんなを巻き込んだんだみたいなもんなんだ。イメージ的には、寂しがりのラスボスが俺と話すためにわざわざ護衛を遠ざけて眠らせたって感じ。個人的にヒロインになった気分だった)
「あの、悪霊さん聞こえてます……か? うー。ここに居なかったらちょっと恥ずかしいですね、これ……」
(……恥ずかしがるノーコちゃん、かわええの……)

 頭のライトが慌てたように光ってて可愛い。そんなノー子ちゃんをしばらく愛でていると、マッドが塔の陰から姿を表した。

「お、ノーコか」
「博士! ご無事でしたか!」
「ああ、大丈夫だ。眠らされてただけで、身体におかしなところはないし、何も盗られてはいないようだ。他のみんなはまだか? 悪霊さんはここに居るか?」
「他のみんなはまだです。悪霊さんはわかりません」
「そうか。悪霊さん、居るか?」

 んー。ここは今まで居なかったフリをしたほうが楽しめそうだな。

(……おー、マッドか。居るよ。いま降りて来たところ。随分長い時間探してたけど、どうだった? ヒメちゃんは見つかった?)
「今ここに来たのか。タイミングが良かったな。それが、かくかくしかじかでな。さっきメッセージの連絡があり、ヒメちゃんの無事を確認したところだ」
(へー。それは良かった)
「なんだ、悪霊さん。随分落ち着いているな。そして、ノーコ。そんなに恥ずかしがってどうしたのだ?」
「……やっぱり聞こえてなかったんだ……」

 真っ赤になった顔を手で覆うものの、頭のライトは隠せてないノーコちゃん。うん、可愛い。

(ソンナコトナイヨー。みんなが戻ってこないから、とっても心配してたよー)

 マッドは訝しげにこちらを見ている。怪しまれているようだ。もっと演技頑張ればよかったかな。

「お、マッド、ノーコちゃん」
「ふあー、よく寝たー」

 セミルとヒメちゃんも合流した。これで全員である。ちょっと演技しておくか。

(ヒメちゃん、無事で良かった! みんなもなかなか戻って来ないから心配してたぞ。一体何があったんだ?)
「ああ、心配かけたね。実は、ヒメを探している最中に……」

 セミルとノーコちゃん、マッドの話は詳細は違うものの皆同じだった。手分けしてヒメちゃんを探している最中に妖精さんの声が聞こえた。ヒメちゃんを導いた妖精と同じ声だと思い、導かれるままに道なき道を進んでいたところ、遠くにヒメちゃんを発見。呼びかけるもこっちに来るどころか逃げ出す彼女。そんな彼女を追いかけて、さらに道なき道を進んだところ、突然睡魔に襲われて今まで眠っていたらしい。起きたら空が暗くなり始めており、メッセージで連絡を取り合うとみんな同じような状況であった。ただ、ヒメちゃんの無事が確認できたので、急いで俺の待つ塔まで戻ってきたという。

 ヒメちゃんの話は他の三人とは若干違っていた。ヒメちゃんが妖精さんに導かれてこの塔に入った時、登る階段とは別に下る階段があったらしい。妖精さんの声がそこからしたので階段を降りたのだが続く道は行き止まりで、戻ろうとしたところ急に出口もふさがってしまったらしい。慌ててメッセージで助けを呼ぼうとしたとこで睡魔に襲われたという。ちなみに、その下る階段のあった場所は今では壁になっている。隠し扉を疑ったが、押しても引いても動かないのでみんな諦めてしまった。

(そうか。みんな大変だったんだな)

 管理者のせいでゴメンな。

「んー。私はぐっすりしてただけだから、大変ってことはなかったかな。閉じ込められたときはちょっとびっくりしたけどね。あとは、朝だと思ってたのに、気がついたら夕方で、そっちもびっくりした」

 とヒメちゃん。

「私は妖精さんの声を聞いたのは初めてだったからな。ちょっと感動した。あんな声をしていたのだな。抑揚のない、一定の、造られたような声であったな」
「私も初めて聞いた。とりあえず、このことはライゼに言っといてあげるか。こういうのあいつらの領分だし。そういえばヒメはずっと寝てたの? 私、ヒメを追いかけてたんだと思ったんだけど」
「寝てたよー」
「うーん、そうなんですか。雰囲気とかかなり似てましたけど。ただ、私達の声に反応しなかったし、ヒメちゃんもこう言っているってことは別人なんですかね」

 ノーコちゃんが頭を捻る。

「幻覚の可能性もあるな。入眠時幻覚というやつだ。眠りにはいるとき、ヒトは幻覚を見やすくなる。三人が同じ幻覚を見るのはマレだが、皆状況が同じだったからありえなくはないだろう。そのときに探していたヒメちゃんを、眠る直前に追っていたと皆が錯覚したのかもしれない」
「えー、あれ幻覚かなー。そうは見えなかったけどなー。私なんか5分くらい追い続けたよ?」

 わいわいと身に起こった不思議体験で盛り上がる四人。みんなからすると俺は話についていけないはずなので適当に相槌を打ったり心配していたフリをする。管理者やアインスちゃん達のことは説明するのが面倒なので黙っていよう。

 塔のムラに戻るとムラのヒト達はまだヒメちゃんを探していた。ヒメちゃんだけでなく、急に姿の見えなくなったセミルたち三人のことも捜索していたようである。セミルたちはお礼を言いつつ、身の上に起こった不思議体験を伝えていた。

 そんなこともあるんだなー、とムラのみんなも不思議がっていたが、ひとりの老人だけ以前に同じようなことがあったと記憶していた。妖精さんの声を聞き、その声に付いていったニンゲンは居なくなってしまう。しばらくして戻ってくるものも居れば、そのまま行方不明となるものも居たらしい。何年くらい前か? と尋ねたところ、千年どころか二千年近く前のことらしい。イグサではなく、彼の先代か、さらに前の管理者の誰かのことだろう。 

 暗くなってきたので結局俺達は塔のムラでもう一泊し、翌日に次のムラへ出発した。

 残りのムラの数はあと5つ。楽しかった世界旅行もあと4分の1。

 今回で一気にミッション達成に近づいたし、世界旅行が終わったら俺はこの世界とはさよならだ。ちゃんと別れの挨拶はしたいなあ。何も言わずに居なくなったらみんなに心配かけてしまう。ひょっとすると居もしない俺を探し続けるヒトもいるかもだし。

 ただ、果たして死神さんの説明をせずにみんなを言いくるめられるのだろうか。迂闊なこと言うとミジンコになってしまうし、それだけが不安だ。
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