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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
悪霊となったオスカー
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小一時間ほどで調査は終わった。広がった網の回収も終わり、俺達は帝都へと戻る準備を始める。調査中にモンスターの襲撃はなかった。
「もとよりモンスターが城壁近くに来ることは稀なんだ。諸月の時期を除いてね」
とはベティさんの談。調査している学者肌三人組の会話についていけなくなった俺は、彼らから離れてベティさんとこっそりお話していた。
(諸月の時期って?)
「なんだ? 知らないのか? 空の二つの月が同時に満月になる時期のことをそう呼ぶんだ」
ああ、クリスくんが言ってたモンスターの暴れる時期のことか。
(知らないよ。だって俺、異世界の幽霊だもの)
「? イセカイ? イセカイとはどういうことだ?」
そういえばベティさんは俺が幽霊であること知った時点で驚いて腰を抜かしてしまった。それからは先祖返りの話になったので、異世界云々のことはまだ伝えてなかったな。
(んー。話すと長くなるから、また今度でいい? 今見張り中だし)
「そうだな。そうしてくれ」
(おう。じゃあ、そのときにオスカー隊長のことを聞かせてくれよ)
「ん? オスカー隊長のこと、知りたいのか?」
キラーンとヘルメット越しの彼女の目が輝いた。あ、嫌な予感。
(いや、だから今見張り中でしょ。黒虎が出てきたらどうすんのさ)
「大丈夫だ。オスカー隊長の雄姿なら目を瞑っていたって話せる。見張りながらだって余裕だ。むしろ、オスカー隊長の話をすることで、あたりのモンスターは恐れ慄き去っていくこと間違いない! よし、オスカー隊長のことをじっくりたっぷり聞かせてやろうではなないか!」
そう言って彼女は滔々とオスカーさんの偉業を語りだす。あーもう、話が通じない。
弁舌止まない彼女を放り出し、俺は話が通じる人を探しに行った。
特に問題もなく調査は終了し、俺達は帝都に戻った。残念ながら俺の声が聞こえる人は居なかった。
「それではクリス。また今度、挨拶に行くとタカヤナギ教授にお伝えしてくれ」
「承知しました」
「クリス。今度、一緒に筋トレをしよう。飛び級で軍役を免れたからといって、そんな細い腕をしていてはいけない。いざ頼りになるのは己の筋肉だ。鍛えておいて損はないぞ」
「はは。お手柔らかに」
顧問達二人はクリスくんと挨拶を交わし、各々の自動車で去っていった。まだこれから仕事なのだろう。休日にも関わらず大変なことだ。
「ーーああ。すぐに合流するから、先に行っといてくれ」
「了解です」
ベティさんは部下たちに指示を終えると、こちらへとやってきた。
「悪霊さん、居る?」
ベティさんはクリスくんではなく、真っ先に俺に話しかけてくる。
あ、しまった。話の途中で抜け出したのバレたかな?
(い、いますが……)
「悪霊さん」
(な、なんでしょう)
「……オスカー様の偉大さ、分かってくれた!?」
相変わらず、彼女の目は輝いていた。ベティさん、話すのに夢中で俺が抜けだしたことに気が付かなかったのか?
「あれ、まだダメかな……。分かってくれないなら、もっと詳しく教えてあげよう。今度は一晩くらい時間をかけーー」
(いやあ、さすがオスカー様っすね。まじぱねっす。ほんともう、彼の偉業には逐一感動しましたわ! 彼こそ真の英雄! 男の中の男! いやー、女だったら惚れてたっすね。まじ残念っす、はい!)
「でしょー! さすが悪霊さん! 君なら分かってくれると思っていた!」
満面の笑みを浮かべ、うんうんと頷くベティさん。よし、咄嗟にこれだけ褒めちぎったんだ。一晩野郎の話を聞き続ける苦行は回避できたはず。少しくらいなら興味はあるけど、あんな沼に引きずり込むような表情をされると拒否感を覚える。
「ふふ、よろしい。君には特別に、このカードを進呈しよう」
(へ? 何のカードっすか?)
「ずばり、オスカー様ファンクラブの会員証! しかも、キリ番の3000番だよ! これを君に進呈しよう!」
ベティさんは小さな名刺大のカードを差し出す。そこにはよく分からない文字が書いてあった。ファンクラブ会員と言っていたし、『オスカー・レイネット様ファンクラブ 会員No. 03000』とでも書かれているんだろう。隣にはゴツいイケメンおじさんの写真があった。化粧が施され、カメラ目線でウィンクしているイケオジだ。ポーズもばっちり。この人がクリスくんのお父さんか。
笑顔で差し出してくるベティさん。俺は彼女の顔とカードを何度も交互に見る。
え、どうしよう。すごく要らない。すごく要らないんだけど、この笑顔とこの空気で要らないなんて言うことできない。一晩の苦行は嫌だ。
(あー、すまないベティさん。欲しいのはやまやまなんだけど、俺、物とか持てなくてさ。そのカードにも触れないんだ。だから、ほんとうに申し訳ないのだけど、そのカードは受け取れない……)
「え、あ、そうなんだ。そっか、悪霊さん、物とか持てないんだ……。ごめんね気づかなくって」
しゅんとなってカードを引っ込めるベティさん。
(えっと、ごめんね。せっかく用意してくれたのに)
「ううん。幽霊さんだもんね、しょうがないよね……。じゃあ、代わりにクリスが持っててよ」
ついとカードをクリスくんに差し出す。
「え、なんで僕が。嫌です」
「クリス、悪霊さんと友達なんでしょ? 見たいときに見せてあげてよ」
「友達、でしたっけ?」
クリスくんがこちらを見て首をひねる。
(どうだろう。まあ、一晩どころか十晩くらいは一つ屋根ですごした仲だよな。そういう意味ではベティさんより深い仲と言える。友達というより……、むしろ親友?)
「え?」
「まあっ! ついにクリスにお泊りしてくれる友達、いいえ親友ができたのね! ベティお姉さん嬉しい!」
「変なこと言わないでくださいよ悪霊さん。それにベティさんも。僕がこんなの持ってたら変でしょう。息子が父親のファンクラブ会員だなんて思われたくないです。というか、いつからそんなファンクラブあったんですか? 初耳なんですけど」
「少なくともクリスが生まれた頃にはあったわねー」
ほら、と言って彼女が取り出したのは一際ゴージャスな会員証だ。カードの縁が金色に輝いている。
「……発行日が僕の生まれる前だ」
「これぞ名誉会員の証。欲しい? あげないわよ」
いらないです。
「要らないです。ついでに破棄することをオススメします」
「絶対嫌。私の宝物だもん。というか、別にクリスが会員になるわけじゃないし、名前を書いておけばそんな誤解も生まれないわよねー」
彼女はポケットからサインペンを取り出し、カードの空欄に走らせる。
「はい、できた」
そう言って彼女は無理やりカードをクリスくんに渡す。
あれ? 俺の名前、ベティさんに教えたっけか。
(何て書いてある?)
「『悪霊』と書いてありますね」
……これ、何も知らない人が見たら、写真のオスカーさんが悪霊と勘違いされるんじゃないか?
クリスくんはため息をついてカードをポケットに入れる。
(諦めた?)
「諦めました。ベティ姉さんはいつもこうなんだから」
頭を抑えながらクリスくんは言う。
「ありがとね、クリス」
「はいはい。どういたしまして」
お礼を言う彼女に、クリスくんはぶっきらぼうに答えていた。
「それで、クリスは今、寮ぐらしだったっけ?」
「そうですよ」
「お家の方はどうしてるの?」
「基本、放置ですね。たまに帰って掃除したりはしていますが、貸家にするわけにもいかないですからね」
そっか。お父さんが帰ってくるかもしれないからな。
「じゃあ、私もときどき掃除くらいはしてあげよう」
「いや、別に大丈夫ですよ。ベティさん忙しいでしょう」
「クリスだって働き始めたんでしょ? じゃあ、一緒一緒。それで、掃除したクリスのお家で久しぶりに一緒に何か食べようよ。悪霊さんも一緒にさ」
(俺は食べられないけどね)
「そうなんだ。お供え物とか食べられないの?」
(無理。素通りする)
「そうかー、残念だね。何だっけ、イセカイの話をするんだっけ」
そうだった。そういう約束だった。
「じゃあ、お互い非番のときにでもまた会おうか。詳細はあとでメールするね」
「わかりました」
「それじゃあね」
そう言って彼女は走り去ってしまった。さすが、先祖返り。すぐに彼女は見えなくなってしまった。
空はもう夕日が射して赤みを帯びている。
「そろそろ、帰りますか」
(そうだな)
俺たちは二人で家路についた。元気な商人の声が、露店通りの前で響いていた。
(やめろー! そんなに美味しそうに調理するんじゃないー!)
「ふふ。こんなカードを押し付けられたのは、悪霊さんのせいですからね。少しは苦しんでください」
帰り道、クリスくんは露店で売られていた黒猪の肉を購入。見た目、サシの入った高級そうなお肉である。異世界クッキングに興味があった俺はクリスくんの調理を見学するが、なんと彼、一人暮らしが長いだけあって料理がめちゃくちゃうまい。しかも、調理しながらその工程を俺に伝えてくるのだ。
「そして、オーブンでじっくり火を通した赤身肉に、この特製ソースを絡めれば……、これで完成です。どうですか、悪霊さん。美味しそうでしょう。いやあ、この野趣溢れる黒猪のお肉を堪能できないなんて、悪霊さんはじつに可愛そうですねぇ」
(ぐ、ぐぬぬ)
お皿に載せられた湯気の立つ重厚なお肉を見せつけてくるクリスくん。くそう、食べたい! 食べたいのに~!
(もういい、出ていく!)
俺はそう言って彼の部屋から逃げ出した。部屋を素通りし、帝都の街を練り歩く。クリスくんがお肉を食べ終えるまで、ちょっとぶらぶらして行こう。そう思ったのがまずかった。夕飯時の帝都の道。露店が賑わう時間帯。
「パパ、これ美味しいね」
「ははっ、そうだなー」
道を歩く父娘は笑いながら串に刺さった肉を頬張っている。
「おう、それもうまそうだな」
「やーん、自分の食べてよー」
ベンチに座ったカップルは、モツの煮込み的な料理に舌鼓を打っている。
「さあ、今日は大きな黒猪が入ったからね! みんな食べてって~!」
元気のいい売り子の声がする。そっちのほうを見ると、多くの人が様々な肉料理を食べていた。
(くそう、俺の安住の地はどこにあるのか……)
前の世界ではマダム屋敷が安住の地であった。果たして、この帝都に俺が寛げる場所はあるのだろうか。帝都の夜を一人の悪霊が彷徨い歩いていた。
「もとよりモンスターが城壁近くに来ることは稀なんだ。諸月の時期を除いてね」
とはベティさんの談。調査している学者肌三人組の会話についていけなくなった俺は、彼らから離れてベティさんとこっそりお話していた。
(諸月の時期って?)
「なんだ? 知らないのか? 空の二つの月が同時に満月になる時期のことをそう呼ぶんだ」
ああ、クリスくんが言ってたモンスターの暴れる時期のことか。
(知らないよ。だって俺、異世界の幽霊だもの)
「? イセカイ? イセカイとはどういうことだ?」
そういえばベティさんは俺が幽霊であること知った時点で驚いて腰を抜かしてしまった。それからは先祖返りの話になったので、異世界云々のことはまだ伝えてなかったな。
(んー。話すと長くなるから、また今度でいい? 今見張り中だし)
「そうだな。そうしてくれ」
(おう。じゃあ、そのときにオスカー隊長のことを聞かせてくれよ)
「ん? オスカー隊長のこと、知りたいのか?」
キラーンとヘルメット越しの彼女の目が輝いた。あ、嫌な予感。
(いや、だから今見張り中でしょ。黒虎が出てきたらどうすんのさ)
「大丈夫だ。オスカー隊長の雄姿なら目を瞑っていたって話せる。見張りながらだって余裕だ。むしろ、オスカー隊長の話をすることで、あたりのモンスターは恐れ慄き去っていくこと間違いない! よし、オスカー隊長のことをじっくりたっぷり聞かせてやろうではなないか!」
そう言って彼女は滔々とオスカーさんの偉業を語りだす。あーもう、話が通じない。
弁舌止まない彼女を放り出し、俺は話が通じる人を探しに行った。
特に問題もなく調査は終了し、俺達は帝都に戻った。残念ながら俺の声が聞こえる人は居なかった。
「それではクリス。また今度、挨拶に行くとタカヤナギ教授にお伝えしてくれ」
「承知しました」
「クリス。今度、一緒に筋トレをしよう。飛び級で軍役を免れたからといって、そんな細い腕をしていてはいけない。いざ頼りになるのは己の筋肉だ。鍛えておいて損はないぞ」
「はは。お手柔らかに」
顧問達二人はクリスくんと挨拶を交わし、各々の自動車で去っていった。まだこれから仕事なのだろう。休日にも関わらず大変なことだ。
「ーーああ。すぐに合流するから、先に行っといてくれ」
「了解です」
ベティさんは部下たちに指示を終えると、こちらへとやってきた。
「悪霊さん、居る?」
ベティさんはクリスくんではなく、真っ先に俺に話しかけてくる。
あ、しまった。話の途中で抜け出したのバレたかな?
(い、いますが……)
「悪霊さん」
(な、なんでしょう)
「……オスカー様の偉大さ、分かってくれた!?」
相変わらず、彼女の目は輝いていた。ベティさん、話すのに夢中で俺が抜けだしたことに気が付かなかったのか?
「あれ、まだダメかな……。分かってくれないなら、もっと詳しく教えてあげよう。今度は一晩くらい時間をかけーー」
(いやあ、さすがオスカー様っすね。まじぱねっす。ほんともう、彼の偉業には逐一感動しましたわ! 彼こそ真の英雄! 男の中の男! いやー、女だったら惚れてたっすね。まじ残念っす、はい!)
「でしょー! さすが悪霊さん! 君なら分かってくれると思っていた!」
満面の笑みを浮かべ、うんうんと頷くベティさん。よし、咄嗟にこれだけ褒めちぎったんだ。一晩野郎の話を聞き続ける苦行は回避できたはず。少しくらいなら興味はあるけど、あんな沼に引きずり込むような表情をされると拒否感を覚える。
「ふふ、よろしい。君には特別に、このカードを進呈しよう」
(へ? 何のカードっすか?)
「ずばり、オスカー様ファンクラブの会員証! しかも、キリ番の3000番だよ! これを君に進呈しよう!」
ベティさんは小さな名刺大のカードを差し出す。そこにはよく分からない文字が書いてあった。ファンクラブ会員と言っていたし、『オスカー・レイネット様ファンクラブ 会員No. 03000』とでも書かれているんだろう。隣にはゴツいイケメンおじさんの写真があった。化粧が施され、カメラ目線でウィンクしているイケオジだ。ポーズもばっちり。この人がクリスくんのお父さんか。
笑顔で差し出してくるベティさん。俺は彼女の顔とカードを何度も交互に見る。
え、どうしよう。すごく要らない。すごく要らないんだけど、この笑顔とこの空気で要らないなんて言うことできない。一晩の苦行は嫌だ。
(あー、すまないベティさん。欲しいのはやまやまなんだけど、俺、物とか持てなくてさ。そのカードにも触れないんだ。だから、ほんとうに申し訳ないのだけど、そのカードは受け取れない……)
「え、あ、そうなんだ。そっか、悪霊さん、物とか持てないんだ……。ごめんね気づかなくって」
しゅんとなってカードを引っ込めるベティさん。
(えっと、ごめんね。せっかく用意してくれたのに)
「ううん。幽霊さんだもんね、しょうがないよね……。じゃあ、代わりにクリスが持っててよ」
ついとカードをクリスくんに差し出す。
「え、なんで僕が。嫌です」
「クリス、悪霊さんと友達なんでしょ? 見たいときに見せてあげてよ」
「友達、でしたっけ?」
クリスくんがこちらを見て首をひねる。
(どうだろう。まあ、一晩どころか十晩くらいは一つ屋根ですごした仲だよな。そういう意味ではベティさんより深い仲と言える。友達というより……、むしろ親友?)
「え?」
「まあっ! ついにクリスにお泊りしてくれる友達、いいえ親友ができたのね! ベティお姉さん嬉しい!」
「変なこと言わないでくださいよ悪霊さん。それにベティさんも。僕がこんなの持ってたら変でしょう。息子が父親のファンクラブ会員だなんて思われたくないです。というか、いつからそんなファンクラブあったんですか? 初耳なんですけど」
「少なくともクリスが生まれた頃にはあったわねー」
ほら、と言って彼女が取り出したのは一際ゴージャスな会員証だ。カードの縁が金色に輝いている。
「……発行日が僕の生まれる前だ」
「これぞ名誉会員の証。欲しい? あげないわよ」
いらないです。
「要らないです。ついでに破棄することをオススメします」
「絶対嫌。私の宝物だもん。というか、別にクリスが会員になるわけじゃないし、名前を書いておけばそんな誤解も生まれないわよねー」
彼女はポケットからサインペンを取り出し、カードの空欄に走らせる。
「はい、できた」
そう言って彼女は無理やりカードをクリスくんに渡す。
あれ? 俺の名前、ベティさんに教えたっけか。
(何て書いてある?)
「『悪霊』と書いてありますね」
……これ、何も知らない人が見たら、写真のオスカーさんが悪霊と勘違いされるんじゃないか?
クリスくんはため息をついてカードをポケットに入れる。
(諦めた?)
「諦めました。ベティ姉さんはいつもこうなんだから」
頭を抑えながらクリスくんは言う。
「ありがとね、クリス」
「はいはい。どういたしまして」
お礼を言う彼女に、クリスくんはぶっきらぼうに答えていた。
「それで、クリスは今、寮ぐらしだったっけ?」
「そうですよ」
「お家の方はどうしてるの?」
「基本、放置ですね。たまに帰って掃除したりはしていますが、貸家にするわけにもいかないですからね」
そっか。お父さんが帰ってくるかもしれないからな。
「じゃあ、私もときどき掃除くらいはしてあげよう」
「いや、別に大丈夫ですよ。ベティさん忙しいでしょう」
「クリスだって働き始めたんでしょ? じゃあ、一緒一緒。それで、掃除したクリスのお家で久しぶりに一緒に何か食べようよ。悪霊さんも一緒にさ」
(俺は食べられないけどね)
「そうなんだ。お供え物とか食べられないの?」
(無理。素通りする)
「そうかー、残念だね。何だっけ、イセカイの話をするんだっけ」
そうだった。そういう約束だった。
「じゃあ、お互い非番のときにでもまた会おうか。詳細はあとでメールするね」
「わかりました」
「それじゃあね」
そう言って彼女は走り去ってしまった。さすが、先祖返り。すぐに彼女は見えなくなってしまった。
空はもう夕日が射して赤みを帯びている。
「そろそろ、帰りますか」
(そうだな)
俺たちは二人で家路についた。元気な商人の声が、露店通りの前で響いていた。
(やめろー! そんなに美味しそうに調理するんじゃないー!)
「ふふ。こんなカードを押し付けられたのは、悪霊さんのせいですからね。少しは苦しんでください」
帰り道、クリスくんは露店で売られていた黒猪の肉を購入。見た目、サシの入った高級そうなお肉である。異世界クッキングに興味があった俺はクリスくんの調理を見学するが、なんと彼、一人暮らしが長いだけあって料理がめちゃくちゃうまい。しかも、調理しながらその工程を俺に伝えてくるのだ。
「そして、オーブンでじっくり火を通した赤身肉に、この特製ソースを絡めれば……、これで完成です。どうですか、悪霊さん。美味しそうでしょう。いやあ、この野趣溢れる黒猪のお肉を堪能できないなんて、悪霊さんはじつに可愛そうですねぇ」
(ぐ、ぐぬぬ)
お皿に載せられた湯気の立つ重厚なお肉を見せつけてくるクリスくん。くそう、食べたい! 食べたいのに~!
(もういい、出ていく!)
俺はそう言って彼の部屋から逃げ出した。部屋を素通りし、帝都の街を練り歩く。クリスくんがお肉を食べ終えるまで、ちょっとぶらぶらして行こう。そう思ったのがまずかった。夕飯時の帝都の道。露店が賑わう時間帯。
「パパ、これ美味しいね」
「ははっ、そうだなー」
道を歩く父娘は笑いながら串に刺さった肉を頬張っている。
「おう、それもうまそうだな」
「やーん、自分の食べてよー」
ベンチに座ったカップルは、モツの煮込み的な料理に舌鼓を打っている。
「さあ、今日は大きな黒猪が入ったからね! みんな食べてって~!」
元気のいい売り子の声がする。そっちのほうを見ると、多くの人が様々な肉料理を食べていた。
(くそう、俺の安住の地はどこにあるのか……)
前の世界ではマダム屋敷が安住の地であった。果たして、この帝都に俺が寛げる場所はあるのだろうか。帝都の夜を一人の悪霊が彷徨い歩いていた。
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