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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
バラクラード
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鉄扉の上は真っ暗な部屋に繋がっていた。普通の人ならば明かりを探すのだろうが、この程度ならば俺は十分見通すことができる。
あたりには箱に積まれた荷物がところ狭しと並んでいた。ここは倉庫かなにかだろうか。鉄扉は荷物で塞がっていないので、イータさんは問題なく登ってこれるだろう。荷物を避けて進むと扉があった。扉をすり抜けると廊下があり、曲がった先からは活気の良い声とざわめきが聞こえてくる。
(ここは……)
そちらに進むと飲食店の店内のような光景が広がっていた。4人がけテーブルが8脚ほどあり、その半分が人で埋まっている。カウンター席もあるようだが、そちらは誰も座っていない。厨房の奥では2人の男性が手際よく調理を勧めていた。見た感じ普通の飲食店である。レジスタンスの入り口が飲食店に繋がっていていいのだろうか?
そんなことを思っていると、倉庫の扉が開いてイータさんが出てきた。眉根を寄せて辺りをキョロキョロと見回している。俺を探しているのかな。彼女に近づいて耳元から声をかけてみる。
(イータさん。ここに居るよ)
「うひゃあ! ……悪霊さんですか?」
イータさんは肩をびくりと震わせて可愛い声で鳴いた後、敵意を孕んだ眼差しを俺に向けてくる。
(うん。ごめん、驚かせちゃったか)
「……いえ、大丈夫です。ですが、勝手にどこかに行ったりしないでください。そちらから声を掛けられるまで、あなたの位置は分からないんですから」
(了解だ)
「でも街中で人目を憚らず会話するわけにもいきませんし、どうしましょうかね」
うーんと、イータさんは悩む素振りを見せる。これはクリスくんと一緒に居たときのやり方でいいかな。イータさんから意思疎通したいときは手振りで伝えて、情報は小声でやり取りする。俺の方から意思疎通したい時は小声で耳元に囁く。単純だが、存外周りから不信感を持たれなかった方法だ。ただし、イータさんはいつ俺から話しかけられてもいいように常に気を張っている必要があるけれど。この方法をイータさんに伝えると「では、それで」と彼女も賛同してくれた。
(で、ここは何なの? 飲食店ぽいんだけど……)
「そうですよ。飲食店であってます。この店の従業員は全員うちのメンバーです」
(カモフラージュしてるってこと?)
「そうですね。皆にあなたのことを知らせないといけませんが、今は忙しそうなので後回しにしましょう」
そう言って、イータさんはスタスタと歩きはじめる。そのままお店を出るのかと思いきや、レジと思しき機械の前に立ち止まり「会計を」と告げる。
「へい、ありがとうございます」
男性の授業員が対応する。当たり前のように食べてもいない食事代のやり取りをする二人。釣り銭を交換する際に彼らは顔を近づけ小声で何事か呟きあう。定時連絡みたいなものかな。
「ありがとうございましたー。またお越しくださいー」
元気の良い声に見送られて俺たちは店外へと出た。
(何を伝えていたの?)
「あなたのことですよ。新メンバー加入とだけ。面倒なので詳細は伝えてません」
面倒って……まあ、そうか。悪霊がメンバーに加わったと聞いては、いくらクリスくんから話を聞いていたとしても半信半疑だろう。あの場で訝しがれても困るし、端折るのが妥当だ。
「それじゃあ街の案内をしましょう。迷子になられても困りますし」
イータさんはそう言うと、店の駐車場に止まっていた車に鍵を開け乗り込む。
(鍵なんて持ってたんだ)
「さっき釣り銭と一緒に受け取りました。この横にある車もうちのものです」
彼女は横に駐車してある車を指差す。教会にも沢山あったし、いっぱい車持ってるね。
「さて、乗り込みましたか? 出発しますよ」
(あいよ)
俺の返事を聞いて、彼女は車を走らせ始めた。
(あ、そういえば俺、クリスくんの居場所は分かるから迷子にならないよ)
「そうですか。それを聞いて安心しま……。どうして居場所が分かるんですか?」
(それは俺が風を起こせる理屈と同じでよく分からない)
ということにしておく。
「そうなんですか。……ちなみに、レイジーやアスカの居場所は分かりますか?」
(……秘密だ)
「……そうですか」
ストーカー扱いされたくないので秘密にしておいたが、イータさんからの警戒はますます酷くなった気がする。対応間違えたかな……。
バラクラード。レイダースの小都市で、地理的にはヴェルニカの北東に位置する。ワインが名産で地上には果樹園が多い。もちろん他の農産物の生産も行っており、この世界の多く存在する食料生産拠点の一つとして知られている。
都市は地上、地下、地下2階の三層で構成されている。地上は農地や発電施設、一部光を必要とする工場施設や地下に配置すると危険な施設が設置されている。住民が暮らすのは主に地下1階と2階であり、教会に繋がる飲食店は地下2階に位置している。ワイン工房は地下に多い。
農地ばかりで土地は広いが、城壁は一重で四角形。三重であり、拡張を視野に入れた星型要塞である帝都の城壁が特別らしい。
(高さも帝都の城壁より低いしね……)
俺たちは城壁に登ってバラクラードの街を眺めていた。帝都より高さは低いものの、高い山や建物が無いため遠くまで見渡せる。
「そうなんですか。それは知りませんでした」
相変わらずの鉄面皮でイータさんは答える。周りには帝都の城壁と同じく誰もいない。観光スポットとして不人気なのはどこでも変わらないらしい。
「それでも、諸月の時期はなんとかなっていますね。毎年何人か犠牲者は出ていますが……」
俺の不安を察知してか、イータさんは言葉を続ける。彼女に一通り街を案内してもらい、おおよその規模感は把握できた。帝都と同じくらいの広さの土地だが、農地が多く人は少ない。村みたいな都市である。
(というか、イータさんは真面目なんだね。案内なんて適当にすませればよかったのに)
俺のことをあまり快く思っていないみたいだし。
「任務ですからね。引き受けたからには真面目にやりますよ」
(そういえば引き受けるときは渋ってたよね。……やっぱり俺のこと、信用できない感じだった?)
「それは……」
と呟いて彼女は口ごもってしまう。
うん? すぐに「そうですね。ああ、今も信用できませんよ」という回答が来ると予想していたのだが、彼女はちょっとバツの悪そうな顔をして黙っている。
(言いたくない感じなの? 俺に非があるなら謝るけど……)
「そんなことは……ない、です」
彼女の返答は徐々に小さくなっていく。ややあって観念したように彼女はため息をつき、言葉の続きを紡ぐ。
「……私、アスカとの付き合いは長いのですが、レジスタンスに入ったのはつい最近なんですよ’」
彼女は唐突に話題を変える。この話題が、案内任務の引受を渋ったことにどう繋がるのだろう。
(付き合いが長いって、ユキトみたいに領主の屋敷で働いていたの?)
「まあ、そうですね。もっとも彼みたく住み込みで働いていたわけではありませんでしたが。通いでアスカの家庭教師をしていたんですよ。二年前の事件のときは、暇を頂いてヴェルニカに居なかったので難を逃れましたが、住民は全滅ーー領主様もアスカも、私の知り合いは全員亡くなったと聞きました。なんであのとき、彼女についていてやらなかったのだろう。どうして休暇を取ってヴェルニカを離れたのだろうとすごく後悔しました」
彼女は俺のほうを見ずに言う。過去に想いを馳せているのだろう。
「故郷を失った私はここ、バラクラードで生活していました。幸い教師の仕事に恵まれたのでなんとか生きてこれました。そして、事件から一年が経った頃です。偶然、私はアスカと再開しました。シスターの格好をしている彼女と街でばったり会ったんです。それから、なんとか彼女の現状をーーレジスタンスのことを聞き出して、彼女の力になる決意しました」
俺はアンナやケイトのことを思い出す。一般人の身でありながら、指名手配となったクリスをかばい、彼の味方を続ける彼らのことを思い出す。
(……怖くはなかったの?)
そう尋ねると、彼女はこちらを向いて諦めたように笑う。
「もちろん、怖かったです。でもそれよりも、何もせずにまたあの子を失うことのほうが怖かった。だから私はレジスタンスで彼女と一緒に過ごし、彼女の力になると決めました。けれど、最初の任務が……」
と、彼女は言葉を濁して俺を見る。なるほどね。その最初の任務が俺の街案内だったと。やる気満々のところに水を差された任務を言い渡されたから、拍子抜けして引き受けるのを渋ったんだな。
「すみません、そういうことです。あなたは何も悪くありません」
イータさんは目を伏せて謝罪する。
(いやいや、謝らないでよ。俺が悪くないんなら別にいいんだ)
俺の言葉に彼女は目を上げる。
(ただ、もうちょっと俺のことを信用してもらえたら嬉しいな。そりゃあ、幽霊みたく姿の見えない存在が『悪霊』と呼ばれてたら警戒するのも分かるけど、実際そんなに悪いことしてないからね)
「あなたと会話してみて、どちらかというと悪いことをする度胸が無いという印象を受けましたが……」
うぐ。
「けれど、街案内を通してあなたのひととなりも分かりましたし、私も警戒は緩めましょうか。アスもがメンバーと認めていましたし」
そう言うと、イータさんは素敵な笑顔を浮かべた。
よ、よし。結果オーライだ。俺の評価は下がった気がするが、彼女の警戒は解かれた気がするぞ。
それからしばらく雑談して、「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか」とイータさんが提案する。俺が了承すると、彼女は城壁の階段へと向かった。眼前で彼女のロングスカートが翻る。
ふむ、悪いことする度胸が無い……か。イータさんと信頼関係が得られつつ有るのは僥倖だが、これでは俺の男としてのプライドが傷ついたままな気がするな。げっへっへ。イータさん、俺は存外悪い男なんですよ? スカートめくりの訓練を日常的に行ってきた男なのだ。悪いことする度胸が無いわけなかろう。というわけで、イータさんもその練習台になってもらおうか。
俺は心の中で風を巻き起こすイメージを作る。下から現れた突風が彼女のスカートを捲るのだ。日頃のトレーニングの成果もあってか、イメージは鮮明にできている。けれど、それでも結局ラブハリケーンの出力は微のままなのだ。どうせ今回もそうなのだろうな。ええ、ええ、そうです。どうせ俺に悪いことする度胸はありませんよーだ。
と、そんなことを思いながら俺は気軽にラブハリケーンを発動した。
ゴゥっと、突風に似た強い風が下から上へと巻き起こる。物理現象に従って下から上へ捲りあがるスカート。呆然とする俺の視界に、綺麗な白色のアレが飛び込んできた。ここまで見事なスカートめくりは初めて見るぞ。ひっくり返った傘みたいだ。見事な逆三角形である。
しばらくすると風がやんだ。スカートを両手で覆ったイータさんがギギギ軋む音をたてるような動きでこちらを振り返った。どうしよう目が怖い。
「……悪霊さんは、風を起こせるんでしたよね」
(……そ、そうだけど誤解だ!)
「ほう、誤解、ですか。私が何をどう、誤解していると言うんですか?」
どうしよう、すごく、すごく目が怖い。ここは何とかして誤魔化さなくては。
(俺が起こした風じゃないから! きっと突発的な自然現象の風だから!)
「本当にそうですか? 下から……床から風が来ましたよ? あんな風が自然にありえますかね。あと何をそんなに焦っているんです?」
(あああ、焦ってなんかいないぞ。俺が起こせるのは微風程度の風なんだって! それに、俺だってここまで大きな風が出ると思って無かったんだから!)
「……つまりわざとではないと」
(その通り!)
そう叫ぶと、イータさんは盛大に溜息をついた。
……あ。しまった。
「……やはり、あなたには悪いことをする度胸は無いようですね。……生身の人間であればビンタのひとつでもかますのですが、残念です。このことはアスカや他のレジスタンスメンバーへ報告させて頂きます」
そ、それはまずい! せっかく新天地に来たと思ったのに俺の第一印象が最悪になってしまうではないか!
炎すら凍らすほどの冷たい視線が俺に突き刺さる。イータさんは何も言わずに踵を返すと階段へと向かった。そのまま階段を降り始めるイータさん。俺は慌てて彼女に追いすがる。
(そこを何とか! 悪気があったわけじゃないんです! ごめんなさい、謝りますから!)
「付いて来ないでください。別に、私の案内が無くても迷子にならないんですよね」
(それはそうだけど!)
「でしたら別に構わないでしょう。ここから教会まで数キロはありますが、霊体なら問題ない、ですよね」
(それはそうだけど!)
階段を降りきったイータさんは自動車に乗り込み、声の大きさから俺が乗っていないことを確認すると「それでは」と言って無表情のまま走り去ってしまった。
あたりには箱に積まれた荷物がところ狭しと並んでいた。ここは倉庫かなにかだろうか。鉄扉は荷物で塞がっていないので、イータさんは問題なく登ってこれるだろう。荷物を避けて進むと扉があった。扉をすり抜けると廊下があり、曲がった先からは活気の良い声とざわめきが聞こえてくる。
(ここは……)
そちらに進むと飲食店の店内のような光景が広がっていた。4人がけテーブルが8脚ほどあり、その半分が人で埋まっている。カウンター席もあるようだが、そちらは誰も座っていない。厨房の奥では2人の男性が手際よく調理を勧めていた。見た感じ普通の飲食店である。レジスタンスの入り口が飲食店に繋がっていていいのだろうか?
そんなことを思っていると、倉庫の扉が開いてイータさんが出てきた。眉根を寄せて辺りをキョロキョロと見回している。俺を探しているのかな。彼女に近づいて耳元から声をかけてみる。
(イータさん。ここに居るよ)
「うひゃあ! ……悪霊さんですか?」
イータさんは肩をびくりと震わせて可愛い声で鳴いた後、敵意を孕んだ眼差しを俺に向けてくる。
(うん。ごめん、驚かせちゃったか)
「……いえ、大丈夫です。ですが、勝手にどこかに行ったりしないでください。そちらから声を掛けられるまで、あなたの位置は分からないんですから」
(了解だ)
「でも街中で人目を憚らず会話するわけにもいきませんし、どうしましょうかね」
うーんと、イータさんは悩む素振りを見せる。これはクリスくんと一緒に居たときのやり方でいいかな。イータさんから意思疎通したいときは手振りで伝えて、情報は小声でやり取りする。俺の方から意思疎通したい時は小声で耳元に囁く。単純だが、存外周りから不信感を持たれなかった方法だ。ただし、イータさんはいつ俺から話しかけられてもいいように常に気を張っている必要があるけれど。この方法をイータさんに伝えると「では、それで」と彼女も賛同してくれた。
(で、ここは何なの? 飲食店ぽいんだけど……)
「そうですよ。飲食店であってます。この店の従業員は全員うちのメンバーです」
(カモフラージュしてるってこと?)
「そうですね。皆にあなたのことを知らせないといけませんが、今は忙しそうなので後回しにしましょう」
そう言って、イータさんはスタスタと歩きはじめる。そのままお店を出るのかと思いきや、レジと思しき機械の前に立ち止まり「会計を」と告げる。
「へい、ありがとうございます」
男性の授業員が対応する。当たり前のように食べてもいない食事代のやり取りをする二人。釣り銭を交換する際に彼らは顔を近づけ小声で何事か呟きあう。定時連絡みたいなものかな。
「ありがとうございましたー。またお越しくださいー」
元気の良い声に見送られて俺たちは店外へと出た。
(何を伝えていたの?)
「あなたのことですよ。新メンバー加入とだけ。面倒なので詳細は伝えてません」
面倒って……まあ、そうか。悪霊がメンバーに加わったと聞いては、いくらクリスくんから話を聞いていたとしても半信半疑だろう。あの場で訝しがれても困るし、端折るのが妥当だ。
「それじゃあ街の案内をしましょう。迷子になられても困りますし」
イータさんはそう言うと、店の駐車場に止まっていた車に鍵を開け乗り込む。
(鍵なんて持ってたんだ)
「さっき釣り銭と一緒に受け取りました。この横にある車もうちのものです」
彼女は横に駐車してある車を指差す。教会にも沢山あったし、いっぱい車持ってるね。
「さて、乗り込みましたか? 出発しますよ」
(あいよ)
俺の返事を聞いて、彼女は車を走らせ始めた。
(あ、そういえば俺、クリスくんの居場所は分かるから迷子にならないよ)
「そうですか。それを聞いて安心しま……。どうして居場所が分かるんですか?」
(それは俺が風を起こせる理屈と同じでよく分からない)
ということにしておく。
「そうなんですか。……ちなみに、レイジーやアスカの居場所は分かりますか?」
(……秘密だ)
「……そうですか」
ストーカー扱いされたくないので秘密にしておいたが、イータさんからの警戒はますます酷くなった気がする。対応間違えたかな……。
バラクラード。レイダースの小都市で、地理的にはヴェルニカの北東に位置する。ワインが名産で地上には果樹園が多い。もちろん他の農産物の生産も行っており、この世界の多く存在する食料生産拠点の一つとして知られている。
都市は地上、地下、地下2階の三層で構成されている。地上は農地や発電施設、一部光を必要とする工場施設や地下に配置すると危険な施設が設置されている。住民が暮らすのは主に地下1階と2階であり、教会に繋がる飲食店は地下2階に位置している。ワイン工房は地下に多い。
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(高さも帝都の城壁より低いしね……)
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「そうなんですか。それは知りませんでした」
相変わらずの鉄面皮でイータさんは答える。周りには帝都の城壁と同じく誰もいない。観光スポットとして不人気なのはどこでも変わらないらしい。
「それでも、諸月の時期はなんとかなっていますね。毎年何人か犠牲者は出ていますが……」
俺の不安を察知してか、イータさんは言葉を続ける。彼女に一通り街を案内してもらい、おおよその規模感は把握できた。帝都と同じくらいの広さの土地だが、農地が多く人は少ない。村みたいな都市である。
(というか、イータさんは真面目なんだね。案内なんて適当にすませればよかったのに)
俺のことをあまり快く思っていないみたいだし。
「任務ですからね。引き受けたからには真面目にやりますよ」
(そういえば引き受けるときは渋ってたよね。……やっぱり俺のこと、信用できない感じだった?)
「それは……」
と呟いて彼女は口ごもってしまう。
うん? すぐに「そうですね。ああ、今も信用できませんよ」という回答が来ると予想していたのだが、彼女はちょっとバツの悪そうな顔をして黙っている。
(言いたくない感じなの? 俺に非があるなら謝るけど……)
「そんなことは……ない、です」
彼女の返答は徐々に小さくなっていく。ややあって観念したように彼女はため息をつき、言葉の続きを紡ぐ。
「……私、アスカとの付き合いは長いのですが、レジスタンスに入ったのはつい最近なんですよ’」
彼女は唐突に話題を変える。この話題が、案内任務の引受を渋ったことにどう繋がるのだろう。
(付き合いが長いって、ユキトみたいに領主の屋敷で働いていたの?)
「まあ、そうですね。もっとも彼みたく住み込みで働いていたわけではありませんでしたが。通いでアスカの家庭教師をしていたんですよ。二年前の事件のときは、暇を頂いてヴェルニカに居なかったので難を逃れましたが、住民は全滅ーー領主様もアスカも、私の知り合いは全員亡くなったと聞きました。なんであのとき、彼女についていてやらなかったのだろう。どうして休暇を取ってヴェルニカを離れたのだろうとすごく後悔しました」
彼女は俺のほうを見ずに言う。過去に想いを馳せているのだろう。
「故郷を失った私はここ、バラクラードで生活していました。幸い教師の仕事に恵まれたのでなんとか生きてこれました。そして、事件から一年が経った頃です。偶然、私はアスカと再開しました。シスターの格好をしている彼女と街でばったり会ったんです。それから、なんとか彼女の現状をーーレジスタンスのことを聞き出して、彼女の力になる決意しました」
俺はアンナやケイトのことを思い出す。一般人の身でありながら、指名手配となったクリスをかばい、彼の味方を続ける彼らのことを思い出す。
(……怖くはなかったの?)
そう尋ねると、彼女はこちらを向いて諦めたように笑う。
「もちろん、怖かったです。でもそれよりも、何もせずにまたあの子を失うことのほうが怖かった。だから私はレジスタンスで彼女と一緒に過ごし、彼女の力になると決めました。けれど、最初の任務が……」
と、彼女は言葉を濁して俺を見る。なるほどね。その最初の任務が俺の街案内だったと。やる気満々のところに水を差された任務を言い渡されたから、拍子抜けして引き受けるのを渋ったんだな。
「すみません、そういうことです。あなたは何も悪くありません」
イータさんは目を伏せて謝罪する。
(いやいや、謝らないでよ。俺が悪くないんなら別にいいんだ)
俺の言葉に彼女は目を上げる。
(ただ、もうちょっと俺のことを信用してもらえたら嬉しいな。そりゃあ、幽霊みたく姿の見えない存在が『悪霊』と呼ばれてたら警戒するのも分かるけど、実際そんなに悪いことしてないからね)
「あなたと会話してみて、どちらかというと悪いことをする度胸が無いという印象を受けましたが……」
うぐ。
「けれど、街案内を通してあなたのひととなりも分かりましたし、私も警戒は緩めましょうか。アスもがメンバーと認めていましたし」
そう言うと、イータさんは素敵な笑顔を浮かべた。
よ、よし。結果オーライだ。俺の評価は下がった気がするが、彼女の警戒は解かれた気がするぞ。
それからしばらく雑談して、「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか」とイータさんが提案する。俺が了承すると、彼女は城壁の階段へと向かった。眼前で彼女のロングスカートが翻る。
ふむ、悪いことする度胸が無い……か。イータさんと信頼関係が得られつつ有るのは僥倖だが、これでは俺の男としてのプライドが傷ついたままな気がするな。げっへっへ。イータさん、俺は存外悪い男なんですよ? スカートめくりの訓練を日常的に行ってきた男なのだ。悪いことする度胸が無いわけなかろう。というわけで、イータさんもその練習台になってもらおうか。
俺は心の中で風を巻き起こすイメージを作る。下から現れた突風が彼女のスカートを捲るのだ。日頃のトレーニングの成果もあってか、イメージは鮮明にできている。けれど、それでも結局ラブハリケーンの出力は微のままなのだ。どうせ今回もそうなのだろうな。ええ、ええ、そうです。どうせ俺に悪いことする度胸はありませんよーだ。
と、そんなことを思いながら俺は気軽にラブハリケーンを発動した。
ゴゥっと、突風に似た強い風が下から上へと巻き起こる。物理現象に従って下から上へ捲りあがるスカート。呆然とする俺の視界に、綺麗な白色のアレが飛び込んできた。ここまで見事なスカートめくりは初めて見るぞ。ひっくり返った傘みたいだ。見事な逆三角形である。
しばらくすると風がやんだ。スカートを両手で覆ったイータさんがギギギ軋む音をたてるような動きでこちらを振り返った。どうしよう目が怖い。
「……悪霊さんは、風を起こせるんでしたよね」
(……そ、そうだけど誤解だ!)
「ほう、誤解、ですか。私が何をどう、誤解していると言うんですか?」
どうしよう、すごく、すごく目が怖い。ここは何とかして誤魔化さなくては。
(俺が起こした風じゃないから! きっと突発的な自然現象の風だから!)
「本当にそうですか? 下から……床から風が来ましたよ? あんな風が自然にありえますかね。あと何をそんなに焦っているんです?」
(あああ、焦ってなんかいないぞ。俺が起こせるのは微風程度の風なんだって! それに、俺だってここまで大きな風が出ると思って無かったんだから!)
「……つまりわざとではないと」
(その通り!)
そう叫ぶと、イータさんは盛大に溜息をついた。
……あ。しまった。
「……やはり、あなたには悪いことをする度胸は無いようですね。……生身の人間であればビンタのひとつでもかますのですが、残念です。このことはアスカや他のレジスタンスメンバーへ報告させて頂きます」
そ、それはまずい! せっかく新天地に来たと思ったのに俺の第一印象が最悪になってしまうではないか!
炎すら凍らすほどの冷たい視線が俺に突き刺さる。イータさんは何も言わずに踵を返すと階段へと向かった。そのまま階段を降り始めるイータさん。俺は慌てて彼女に追いすがる。
(そこを何とか! 悪気があったわけじゃないんです! ごめんなさい、謝りますから!)
「付いて来ないでください。別に、私の案内が無くても迷子にならないんですよね」
(それはそうだけど!)
「でしたら別に構わないでしょう。ここから教会まで数キロはありますが、霊体なら問題ない、ですよね」
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今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
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気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
無限在庫チートで異世界を買い占める〜窓際おじさんが廃棄予定のカップ麺で廃村エルフと腹ペコ魔王を救済したら最強商会ができました〜
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物流倉庫で不良在庫の管理に追われるだけの42歳、窓際サラリーマンのタケシ。
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森で倒れていたエルフの少女リリアをカップ麺で救ったタケシは、領主の搾取によって滅亡寸前だった彼女の村を拠点とし、現代の物資と物流ノウハウを駆使して商会を立ち上げる。
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