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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

イヴの欠片

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(そういえば、レイジーちゃんの記憶はどうなったの?)

 俺が気を失っている間に色々あったようだし、記憶は戻ったりしていないのかな。オスカーさんやガイアの新事実が判明していないのだろうか

「残念ながらレイジーの記憶はまだ戻っていません。が、レジスタンスの皆もガイアのことは気になっていたようで、情報をまとめていてくれました。ガイアの来訪者の証言をまとめたものです」

 ただし、レイジー以外の、とそう前置きしてクリスくんは語りだす。

「まず、ガイアの政治体制ですが、一人の王がすべてを支配しているようです。支配といっても圧政を強いているわけでもなく、王も民も皆、至って平穏に暮らしていたようですが。

 そんな中、父さんたちはガイアへと着陸しました。幸い連絡手段が絶たれたこと以外に大きなトラブルはなく、三人とも無事にガイアの大地に降り立つことができたようです。ガイアの人類からすると異邦人となる父さんたちを、彼らは快く歓迎し、さらには王との会見、懇談会までセッティングしてくれたようです。

 父さんたちからすると大成功といったところでしょう。いきなりガイアの大者と交渉する場が得られたんですから。しかし、事態はそううまくはいきませんでした。王にどんな心境の変化があったのかは分かりませんが、彼は父さん達、乗組員との懇談会後、周りに何も告げずに姿を消しました。理由は不明です。もともと王が直接干渉するような政治体制ではないようなので、不都合は生じなかったようですが……。その間、父さん達はテラへの連絡方法を模索しつつ、ガイアの人類との交流を図っていました。

 それからしばらく月日が過ぎて、父さんたちがテラに馴染んだ頃、ふらりと王が戻ってきます。どういうわけか、王の様子は失踪前とまるで変わっていたようです。穏やかだった性格が好戦的となり、特にテラの人類に対する敵愾心は相当のものでした。王は民を煽動し、父さんたちを捕らえようとしました。

 異星で窮地に陥った父さんたちですが、王不在の間に交流を深めた敵地の友人が味方になってくれたようで、辛くもピンチを脱しました。民全員が王の命令に従っていたわけではないようです。その味方には、ユグドとレイジーも含まれています」

 ふう、とクリスくんは一息をつく。

(……なんで王様は乱心したんだろう)
「それは分かりません。ユグドも知らないようです。さて、一時はピンチを脱した父さん達ですが、それでも王は追手を差し向けてきます。追手は父さん達だけでなく、父さんの味方をしたガイア人にも迫りました。その味方は《イヴの欠片》と追手に呼ばれていたようです」

 《イヴの欠片》か。アスカたちが使っていた言葉だな。どういう意味だろう。イヴは人名でいいのかな。

「さあ、それは分かりません。追われていた当人たちも知らないようです。テラ敵対派の呼称する、父さんたちの味方と予想していますが……。

 さて、奇しくも僕たちと同じように国家に追われていた父さん達と《イヴの欠片》達は、宇宙船でテラへ帰還することを企図します。こちらと連絡がつかないまま帰還するのは賭けの側面がありますが、おそらく無理をしてでもガイアを離れるべきと判断したのでしょう。父さん達は追手の気を引く囮のグループと、テラへ帰還及び亡命する2つのグループに別れ、後者は何とか追手を振り切りテラへと亡命を果たしました。それが、ヴェルニカに墜落した宇宙船であり、ここに居る《イヴの欠片》たちが亡命者です」

 亡命者。レイジーちゃんに、ユグド、セイ、リズ、リラか。こちらからガイアへ行った人は誰も帰ってこなかったのかな。

(5人で全員なの?)
「……いえ。帰還船に乗っていたのは7名です。レイジー、ユグド、セイ、リズ、リラ。残り二名のうち、ひとりは《イヴの欠片》で未だ行方不明です。もうひとりはーー」

 一瞬だけ顔を伏せて、クリスくんが言う。

「テラ・マーテル号の乗組員でしたが、ーー宇宙船帰還の衝撃に耐えきれず、残念ながら死亡しました」



 死亡した乗組員の名前はセドリック・メルネシア。軍人。先祖返り。大柄な身体の機械整備士メカニック。気さくで大雑把な裏表のない性格。それが故に多くの友人を持ち、彼らと家族に深く愛されていた英名の士。息子娘が5人おり、妻、両親共々、行方不明となった今でも彼の帰還を待ちわびている。

「軍人であり、先祖返りでもあった彼は、レイジー達と一緒に宇宙船でテラへの帰還を果たそうとしていました。しかし、大気圏突入後に空へと投げ出され、そのまま……。彼の死体はユグドが発見し、レジスタンスへと引き渡されました」

 俺達は死亡した乗組員の埋葬された場所に移動していた。教会の庭の、テーブルと椅子の近くにそびえ立つ、大きな樹の下である。
 イータさんに案内されたとき、彼女はここに彼が埋葬されているとは一言も言っていなかった。デリケートな問題のため、黙っていたのだろう。

「そして、俺達は遺体をここに埋葬した。今は公にできないが、いずれ遺族に引き渡す予定だ」

 クリスの言葉を、修道服を着たアスカが引き継ぐ。クリスくんは追われる身のため、教会に軟禁されている。外に出るときにはアスカかユキトに声をかけなければならず、墓に行きたいと申し出たらアスカがついてきたのだ。

 大樹の傍には一本の杭が植えられている。それが目印らしい。大々的にできないのは仕方のないことだが、それでも何か物寂しいものがあった。

 ふと、クリスくんは一歩前に進み、持っていた酒瓶の栓を抜く。

「……父さんから同乗者の話は聞いていました。大酒飲みのセドリックと、小うるさいフェルナンデス。気のいい仲間だと、頼れる仲間だと嬉しそうに話していましたね……。見知らぬ僕からではありますが、手向けのお酒です。……父さんがお世話になりました」

 そう言ってクリスくんは酒瓶を逆さにする。濃赤紫色の液体が音を立てて地面に落ちていく。液体はやがて暗い水たまりとなり、地面に吸い込まれる。
  
「本当なら故郷の、ルイーシアのウォッカとかがよかったんでしょうけど、すみません。今はそれで我慢してください」
 
 いつになく悲しげな表情で、クリスくんは地面の下に眠る父の知己へと話しかけていた。
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