サンスティグマーダー

どるき

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空の姫と水の姫

淫靡な宿屋

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 オイスタに到着したヒメノはセイチンらと別れ、リードに繋がれたキジノハが同伴可能な宿を探して歩く。
 サーカエでは放し飼いにされていたのでキジノハがリードを嫌がらないかと不安もあったが、セイチンから渡されたソレはツキタケと他所の町に行くときに使っていたものということもありその心配はなかった。
 むしろキジノハは何度かオイスタに来たことがあるようで、初めての都会に不慣れなヒメノを逆にリードするくらい。
 そんなお上りさんなヒメノがたどり着いた宿は見るからに大きな高級宿。
 イロッポ・イーンという名前のようで、聖石を使った光る看板がきらびやかである。
 だが案外安いのかもしれないので、ものは試しにとヒメノは門をくぐって見ることにした。

「あの……今夜泊まれますか?」

 犬を連れたヒメノの格好を見てボーイは思う。
 彼女はこの宿には不釣り合いというよりも、この宿に来るのはまだ早いと。
 それというのもイロッポ・イーンの客室は全て二人以上での宿泊を想定しており、ヒメノのように単身旅行者向けではない。
 仮に単身でもチェックインの前に一緒に泊まる異性を見つけてから空き部屋を確認するのがセオリーな大人の宿である。
 そもそもヒメノが想像した通りに高い宿代の何割かは男女が宿泊したらやることで部屋を汚されるのを想定したベッドメイク代なほどで、キジノハを連れてなかろうともヒメノのような子供が来る場所ではないのだ。
 なのでボーイはヒメノの宿泊を丁重にお断りするとともに不慣れそうな彼女に向けた代案を出す。

「すみません。ウチは二人以上が前提でして一人では泊まっていただけないんですよ。それに犬をお連れですと、オイスタでも泊まれる場所は限られますね」
「そうなんですか」
「だからここと……ここと……ここ。丸をつけた宿のどれかをたずねてください」

 ボーイは宿屋の簡易見取り図を取り出すと、ヒメノが泊まれそうな「そこそこの宿代で犬を連れて行っても構わない」宿に印をつけた。
 その中には丸だけではなく一箇所だけ三角もあり、しかもそれはこのイロッポ・イーンの隣と目と鼻の先である。
 気になったヒメノはボーイにたずねた。

「わかりました。だけどこの……三角マークはなんですか? 隣の宿のようだけど」
「それは……丸をつけた宿がどこも泊まれないとなった場合に行ってみてください。そこなら一部屋は空いているでしょうが、あまり治安の良くない宿なのでオススメはしかねます。野宿するよりはマシですが」
「そうなんですか?」

 ヒメノは高級宿の隣にある宿の治安が悪いと聞いても小首を傾げるばかり。

「ええ。特に貴女のように若い女性には向いていませんよ。なかなかうるさいところですので」
「うるさいくらいなら大丈夫です。とりあえず行ってみますよ」
「まってお嬢さん!」

 ボーイが言うネガティブな言葉を軽く見たヒメノは会釈をしてから踵を返し、見取り図を受け取ることもなく隣りにある安宿キキミミ・タ・テイルに向かってしまった。
 もっと脅かすべきだったか。
 それよりももし空き部屋がなかったらという念を入れた案内をせず、最初から隣の宿には印を入れるべきではなかった。
 そうボーイが後悔するのも後の祭り。
 キキミミの主人はヒメノとキジノハを大喜びでチェックインさせると、女の子向けの特別ルームだと言って彼女を角部屋に通した。
 一人用の部屋だが意外と広くて落ち着いた雰囲気。
 冗談交じりに「シーツはいくら汚しても大丈夫」だと言う主人の言葉を「子供だと思ってからかっている」と侮るヒメノはこの宿の裏を知らない。
 というよりも、まだ16歳になったばかりで男を知らないヒメノが気づくはずもないのかもしれない。

「キジノハはお風呂に入らないか」

 荷物を片付けて保存食で夕飯済ませたヒメノは、先に丸くなって寝始めたキジノハを見て微笑んでから風呂に向かう。
 風呂と言っても備え付けのシャワールームでオバタにある自宅のような湯船はない。
 それでもお湯は温かいし備え付けの石鹸は使い放題ということで、泡を多めにつけたヒメノは鼻歌交じりの上機嫌だ。
 昨日の湯浴みでは取り切れていない感じのあった血糊を綺麗に洗い落とし、熱い湯で火照った体をタオルに包んで風呂を出たヒメノの鼻先をくすぐるのはハーブの香り。
 匂いのせいか先に寝てしまったキジノハを眺めながら、そのままベッドで横になり体を休める。
 少し早いが灯りを消して寝てしまおうか。
 そう思って聖石ライトを弱めたヒメノの耳にかすかな音が刺激してきた。
 甲高い女性の啜るような吐息。
 乙女のヒメノはそれが何かがわからないまま、その音色に操られるように酔いしれていた。
 夢現の中で心地よい快眠にいざなわれていたヒメノとそれを覗く怪しい影。
 この部屋の裏に何があるのか。
 ヒメノにとっては知らぬが仏だろう。
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