サンスティグマーダー

どるき

文字の大きさ
12 / 40
空の姫と水の姫

オイスタ観光

しおりを挟む
 キキミミ・タ・テイルでの一夜を開けたヒメノは朝風呂で身を清めてチェックアウト。
 その際に宿屋のサービスとしてもらったクーポンを手に持ったヒメノは、出発前に軽くオイスタ観光をして見ることにした。
 キジノハも屋台街で何か食べさせてもらえると聞いて納得しヒメノのことをエスコートし、途中、武器屋で弓に使う矢や小道具を買い揃えつつ観光をしたヒメノは最後の〆として昼時の屋台街にやってきた。
 串焼きや焼きまんじゅう、ソバなどの小盛り料理が立ち並び、複数の店で買い寄ったものを組み合わせて自分だけのメニューを作れるようだ。
 キジノハに席取りをさせたヒメノは自分と彼のための料理を見繕って席に戻ると、隣に見知らぬ女性が座っていた。
 長い髪と胸元が強調された衣服、それに手荷物に混ざる白鞘の刀が目を引く大人の女性である。
 野外席を好きに利用していいスタイルなので他人が空いている隣に来るのは変ではないのでとりあえず挨拶をするのが礼儀か。
 そう考えたヒメノは軽く頭を下げる。

「こんにちは。犬連れですが大丈夫ですか?」
「ええ。気にしませんよ。それよりもお行儀のいい立派な犬を連れているね。さぞしつけの行き届いた猟犬のようで」
「行儀の良さはボクにはもったいないくらいで──」

 ヒメノはキジノハを褒める女性に社交辞令を返そうとしたわけだが、ここでハッと言葉の違和感に気がつく。
 どうしてキジノハを猟犬だと思ったのであろうと。
 確かに頭がいいキジノハは猟犬もこなせるであろうが、犬種としてはありふれたものでしかない。
 ヒメノは浮かんだ疑問を不注意に口に出していた。

「だけどお姉さんはどうしてこの子を猟犬だと?」
「昨夜遊んだ腕に入墨を掘った男が言っていたんだよ。猟師をやっている16歳の田舎娘を探しているってね。お嬢ちゃんがその田舎娘なんだろう?」
「ど、どこでそんな話を」
「その驚き様だと思うところがあるんだね」
「むしろボクのほうが彼らに恨みがあって追いかけている立場ですよ。でも向こうがボクを狙う理由もわかります。あなたはその入墨の男がどこに行ったのか知っているんですよね? 教えて下さい」
「気になる? だったらしばらくお姉さんに付き合ってもらえないかな。わたしもパチゴーに行くところだから同行させてよ」
「!!!」

 ヒメノは父の仇の情報に目を奪われて、女性の言葉の節々に隠れている「彼女はヒメノの素性を調べた上で接触してきた」という事実に気づかないでいた。
 キジノハは賢いとはいえ、巧妙に覆い隠した彼女の本質を見破れないでいる。
 ヒメノも同じ目的地に向かう途中に情報を教えてもらえると、迂闊にも彼女を信用してしまっていた。

「じゃあヒメノちゃんたちが食べ終わるまでわたしはここで待たせてもらうよ。わたしはさっき食べたし」
「お待たせして申し訳ない。でもどうしてボクの名前を知っているんですか?」
「ゴメンね。それも昨日の男に聞いたんだ。ちなみにわたしはミオっていうんだ。ヨロシクね」
「よろしくおねがいします」

 一方的に名前を知っているミオのことも仇の仲間に聞いたと言われてヒメノは信用してしまっていた。
 眼の前にいるミオがその仇たちをおさめる四聖痣の一人とも知らずに握手を交わすヒメノの脇腹が不意にチリリと熱を持つ。
 それが何か。
 この段階ではヒメノを言いくるめる魂胆で接触したミオもまだ知らなかった。

 一方、二人の接触を遠巻きに見ていたアルスはミオの行動を怪しむ。
 挟み撃ちにする予定なのに、逃げ道を塞ぐ役割のミオがヒメノと行動をともにする理由がないと。
 確かに無関係の一般人を装ってターゲットに同行すれば確実に逃さないが、何か企みがあるのではないかという考えが頭をよぎる。
 実際ミオには彼女なりの魂胆があり、この日が初対面だったゲイルは「シロガネ様の考えた作戦」だと言い含められている。
 カシューはミオの行動を見ても「ヒメノを騙し討ちする気だとはえげつない」とおののくだけで、アルスのように怪しいとは思わない。
 カシューが短絡的なだけとはいえアルスも彼なりに今回の作戦でヒメノのサンスティグマを手に入れたい理由があったので深読みに囚われていた。

(もしかしてあの子を味方に引き入れるつもりなのか?)

 サンスティグマーダーの元々の目的はヒメノが受け継いだ五つ目のサンスティグマを回収することだが考えてみれば殺して奪い取る必要はない。
 ヒメノにその気があれば彼女を幹部として招き入れても構わないハズだ。
 そうなった場合、ヒメノをスカウトしたミオは当然ながら四聖痣の中でも一歩先に出た存在になり暗殺組織そのものを牛耳ることになる。
 そうなればカグラやアポトーが暗殺組織を割る争いを起こすのは目に見えており、アルスとしてはそれは避けたかった。

(それじゃダメだミオ。サンスティグマは俺が引き継ぐ。そしてその力で組織内のバランスを取ってお前のことは俺が──)

 アルスは心の中で一人誓いを立てる。
 ヒメノのサンスティグマは自分が奪うと。
 それは簡単に言えばサンスティグマの力を彼が手に入れたいからだが、その理由は彼の心の内側に隠している彼女への思いに起因していた。
 アルスの心の内など知らぬミオは挟み撃ち作戦がしやすい道を選んでヒメノを案内する。
 彼女が選んだ王都へ向かうルートは険しくて通る人が少ないのだが、田舎娘のヒメノはそんなことなど知らず、ミオが誘うままに進んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...