サンスティグマーダー

どるき

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終章

ボールメイカの戦い後

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 トゥルースの事件からしばらくの時が流れて、ヒメノはコサクからの知らせを受けるとガクリンとアズミを連れた三人組でサンスティグマーダーの暗殺を出来る範囲で防ぎ続けていた。
 この日はガクリンの叔母、つまりはダイサク、コサク兄弟の妹であるミサエ・ノヴァラを狙う刺客を撃退したばかり。
 他にもミサエを狙う暗殺者が居ないとも限らないが、ひとまず目標は達成できたわけだ。

「それにしても、お姉さんからの連絡はまるでないな」

 ここでガクリンが言うお姉さんとはミオのこと。
 ミサエの選挙演説や、捕縛して痣を封じた暗殺者の引き渡しを終えて卓を囲んでくつろぐ最中、ガクリンはふとボヤいた。

「時が来れば連絡するとは言っているんだし、気長に待ちましょうよガクリン様。きっとお姉さんの見立てでは、まだまだ実力不足ってことなんですって」
「そう言われるとちょっと凹むぜ。俺だってもうトゥルースを前にして逃げることしか出来なかったあの頃とは違うってのに」

 ガクリンの自負は間違っていない。
 座学が苦手なのは相変わらずだが、教習所を頻繁に休んでのこの活動で彼も実戦で鍛え上げられていた。
 教習所でもガクリンを飛び級で卒業させても良いのではという意見が上がったそうだが、座学が苦手なのとコサクの口利きでそれは叶わず。
 だが卒業後も今と同じ対サンスティグマーダーの活動を役目として与えられる予定になっており、今の身分は教習所の預かりではあるが既に見習い騎士の枠を超えた活動となっていた。
 トゥルースの事件を除いても2ヶ月程の期間で未然に防いだ暗殺は今回で4件目。
 王都に戻って成功を報告すれば、そろそろガクリンには何か褒美が与えられても良い頃合いだ。
 一方でこの戦いの発起人であるヒメノには何も与えられる予定はないが、身分と責任があるガクリンに手柄が集中するのは仕方がないと承知の上。
 むしろ面倒事もあらかた押し付けているので申し訳なさすら覚えていた。
 今のヒメノは表向きにはアズミと同じガクリンの専属メイドという肩書。
 メイドの行動に責任を持つのは主人である彼なのだから。

「確かに半年くらいの間に随分と逞しくなったよガクちゃんは。いつまでもだらしないダイサク兄さんにも見習わせたいほどさ」

 ボヤくガクリンを褒めたのは秘書とともに部屋に入ってきたミサエである。
 彼女の手には何かが入った紙袋が下げられており、秘書は紅茶を淹れるためのティーセットを乗せた盆を持ってきたのでおそらくお茶菓子であろうか。

「ありがとう、ミサエ叔母さん」

 アズミはありがとうの意味を「慰めてくれて」と受け取っていたので気づかない。
 言葉の裏に秘められたもう一つの意味はミサエが持ってきた袋の中身にあることに。

「ほらよアズミ。もうすぐ17歳の誕生日だろう。叔母さんの伝手で今年はとびきりの品を用意させてもらったぜ」

 申し合わせをしていたガクリンはミサエが持ってきた紙袋を受け取ると中から二つの球体を取り出してアズミに渡した。
 紅白二色の柔らかくモチモチとした銘菓。
 祝い事には欠かせないソレには砂糖が多めに練り込まれていて甘くて美味しい。

「覚えていたのですか?」
「忘れるわけがねえだろう。むしろヒメノが来てから王都の外に出てサンスティグマーダーの連中と戦ったりしてるからって、自分の誕生日を忘れちまっているアズミのほうが根を詰め過ぎだぜ。祝い事はきっちり祝ってメリハリをつけるものさ」
「ガクリン様があたしの誕生日を気にかけてくれていたことに驚いただけで、別に忘れていたわけじゃありませんよ」

 アズミは照れや久々に幼馴染のお姉ちゃんとしての顔を指して「馬鹿」と小さく呟いていた。

「馬鹿はないよお姉ちゃん。さあ、遠慮せずにお餅をいただこうよ。お祝いの品なんだし食べなきゃ意味がない」
「そうだな。ほら、俺らのぶんも別にあるからアズミも遠慮せずに」
「お茶ももちろんありますよ。そのためのとびきり甘いお餅にしましたから」

 最初の一口をアズミに譲り、その後は各々が自由に紅白餅を口に運んだ。
 流石は大統領選挙に挑んでいる大物が用意したお餅なだけのこともあり、ヒメノは自分の誕生日以来となるその味に驚きながら食べていた。
 あのときの餅は塩辛い悲しい涙の味。
 だが今日の餅はささやかな幸福を祝う甘い笑顔の味がヒメノの口いっぱいに広まった。
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