辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐

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2巻

2-3

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 翌朝、僕は調査班に昨夜の違和感を共有することにした。

「暗視装置で確認したんです。森の奥に一瞬だけ線の揺れがありました。あと、足元の石が沈んで……何かの仕掛けかと」

 話を聞いたライナが、表情を引き締める。

「踏み石の罠、ですか。魔獣よけか、あるいは……侵入者対策のたぐいかもしれませんね」

 レイは地図を覗き込みながら呟く。

「この辺りって、昔は盗賊団の隠れ家があったとか、そんな記録もあった気がするけど……それが関係あるかは微妙だな」

 クラウスは腕を組み、森の方角をじっと見ていた。

「とにかく、一度全員で確認に行きましょう。設置されていた場所と、暗視装置の記録を突き合わせて」

 フェリシアさんの提案で、午前中はその確認作業にあてることになった。
 森の入り口近く、昨日僕が違和感を覚えた地点へ向かう。

「ここです」

 足元の踏み石は、確かにほんのわずかに沈み込んでいた。ライナが小型の『探査魔道具たんさまどうぐ』をかざし、魔力反応を測定する。

微弱びじゃくだけど、魔力反応が残ってる……これは魔力感知式の仕掛けかもしれません」
「外見からは分からないように加工されてるな。素人の仕業じゃない」

 レイが考察こうさつを述べ、みんなが考え込むように黙った。無言の時間が流れたのち、クラウスが静かに言った。

「調査地を選んだ段階では、この森は安全圏あんぜんけんと分類されていました……ですが、どうやら何者かが裏で動いていたようですね」

 その目に、ほんの一瞬だけ強い警戒心が宿ったように見えた。


 午後、調査範囲を広げるため、僕はフェリシアさんと一緒に集落の村長宅を訪れることにした。年配の男性は、僕たちを見てどこかほっとした表情を浮かべる。

「よう来てくださった。実は数日前から、夜になると森の奥で音がすると言うて、住人が不安がっておりましてな」
「音、ですか?」
「ええ、なんというか……金属を引きずるような、重たい音だそうです」

 フェリシアさんが、さっとメモを取る。

「王都の警備隊には相談されましたか?」
「来てくれたんですが、日中は異常なし、ということで……それっきりです」

 現場の警戒心の高まりと王都との温度差が、この村の空気を悪くしているように思えた。
 夜になり、再び森を巡回しながら、僕はふと、ある違和感に気づいた。

「……この臭い」

 風の中に混じる、鉄が焦げたような臭い。誰かが火を使った痕跡か、それとも──

「これは……焚き火じゃない。装置の焦げ跡?」

 フェリシアさんが小声で言う。僕たちは互いに頷きあい、そっとその痕跡を追って歩き出した。
 そして木々の陰、落ち葉の下を見ると、そこには使い込まれた魔道装置の一部が、ひっそりと埋もれていた。

「これは……誰が、こんなものを?」

 現状まだ結論は出せないけれど、水面下でただならぬ事態が進行しているのではないかと僕は疑い始めていた。


 ◇


 翌朝、回収した魔道装置の破片を集会所に運び込み、僕とフェリシアさんは早速さっそく解析を始めた。

「この構造……見覚えがあるかも」

 魔力導線の構成が、かつて王都の技術局で使われていた規格に酷似こくじしていた。

「まさか、軍用の旧型装置? ですがこれって数年前に廃棄処分されているはずじゃ……」

 フェリシアさんも眉をひそめながら、導線の破片を顕微鏡けんびきょうで観察する。

「これ、魔力拡散型の『起動石きどうせき』ですね。本来なら野外設置型の障害物感知装置に使われるものですが……」

 僕は昨夜感じた焦げた匂いを思い出す。

「この用途、置かれていた場所、そしてこの前に発見したゆらぎ……これは推測ですが、誰かが森に旧型装置を持ち込み、障害物感知のテストをしていたのではないでしょうか?」

 そこに、村の周辺をさらに調べていたライナとレイが戻ってきた。

「エルヴィン、ちょっと来てくれ。森の北側、川沿いで……こんなもんを見つけた」

 レイから差し出されたのは、金属片に小さな紋章もんしょうが刻まれたプレートだった。

「これ……王国の軍需工房の刻印ですか?」
「ただの鉄屑じゃなかったみたいだな」

 クラウスも後ろから歩いてきて、しばらく無言でそれを見つめていた。

「少なくとも、この森で王国の旧装置を再利用する実験が行われていたのは確かみたいです。しかもそれは、王都付近では表に出ていきていない代物しろもの……」

 ひやりとした空気が流れ、辺りが静寂せいじゃくに包まれる。


 その夜、調査報告の整理中、フェリシアさんのカリカリと記すペンの音が止まった。

「エルヴィン様、これ……昨日の魔道装置の記録と、今朝の風向きの変化、あと夜間の動物の行動パターンを重ねたものです」

 フェリシアさんが差し出した地図を見ると、三つのパターンが思いがけない一致を示していることに気がついた。

「ある一点だけ何もない地点がある……」

 森の北西部、地図上には何も記されていない「空白地帯」。そこが、僕らが発見した異常の発生地点なのかもしれない。

「明日、確認に行こう」

 僕がそう言った瞬間、集会所の窓の外から、ぱきりと枝の折れる音が響いた。
 みんなが一斉に顔を上げる。静寂の中に、また気配が戻ってきていた。今回は、目の前の調査よりも、ずっと近い距離に。


 ◇


 翌朝、調査班全員で北西の「空白地帯」へと足を踏み入れた。森を進むと、木々の間にぽっかりと開けた広場のような空間が現れた。周囲には人工物の痕跡は見当たらないが、地面には踏みならされた跡、焼けた枝、そして……

「これ……小規模の結界痕?」

 ライナが警戒しながら指差す。

「魔力の残滓ざんしがかすかに残ってる。しかもこれ、遮断型しゃだんがたじゃなく、逆に魔力を『通す』系だ」

 誰かがここで、魔力を外へ流すような実験をしていたのか? その方向は……「ゼクトス帝国ていこく」との国境に近い西側だ。
 ゼクトス帝国は、長年敵対している軍事大国だ。その帝国が今回の事件の背後にいるというのか。

「誰かが通信か、あるいは転送系の魔道具を使ってた可能性があるね。もし帝国との間で秘密裏に情報が送信されていたとしたら、事態は思ったより厄介だよ」

 レイの言葉に、僕の背中にひやりとしたものが走った。もしかすると……ただの装置の残骸ざんがいじゃなかったのか。今もこの森を、誰かが利用しているのかもしれない。
 痕跡こんせきを記録し、僕たちは拠点きょてんに戻った。


 午後、フェリシアさんと今後の行動について話し合う。

「これ以上、この村に留まり続けるのは危険かもしれません。王都へ報告して私たちは別の場所へ移りませんか?」
「うん。この村での検証も済んだことだし、次の拠点へ移ろう」

 僕は地図を広げ、王都周辺の調査拠点を確認する。

「……この南東のアーヴェルト村。石造りの建物が多い村で、鍛冶職人かじしょくにんが多く暮らしているらしいんです。魔道具に使えそうな工具や素材も手に入るかもしれない」

 フェリシアさんが頷く。

「確か、その村の鍛冶師たちは現場に合わせた装備や道具作りにけていると聞きました」
「そうなんだね。その技術を用いて、僕らの力になってくれるかもしれない」
「あるいは、北西の山岳地帯さんがくちたいにあるアルヴィス村です。寒冷地かんれいちでも生活が維持できる特別な加工技術を持つ鍛冶職人の村だそうでして、寒冷地向けの装備や素材加工の点で、参考になることが多いはずです。あの村の職人は、王都の技術局でも注目されていましたから」

 フェリシアさんが地図を指しながら言った。

「その村の知見が加われば、今の調査にも別の角度が生まれるかもしれませんね」

 こうして、僕らは調査の第一段階をこの森で終え、次はアーヴェルト村へ向かうことになった。状況次第で、さらにアルヴィス村を目指す新たなルートが決まった。


 夜、最後の荷造りを終えた僕は、集会所の裏手から森の方を見やった。あの「空白地帯」は、静かに風に揺れていた。まるで何事もなかったかのように。
 けれど、その沈黙こそが何かを隠している──そう感じていた。

「行こう。ここに答えがなかったとしても……その先につながる道は、きっとある」

 誰に聞かせるでもなく、そう口にした声が、夜の空気に吸い込まれていった。



 到着! アーヴェルト村


 数日間の移動を経て、僕たちはアーヴェルト村に到着した。
 森の南東に位置するその村は、ゆるやかな丘陵へいりょうに沿って石造りの家々が並ぶ、静かな田園地帯でんえんちたいだった。麦畑むぎばたけが風に揺れ、陽光ようこうが屋根のかわらを照らしている。王都や前の森とは違った、穏やかな風景。

「ここがアーヴェルト……ずいぶんと、のどかな場所ですね」

 フェリシアさんがそう言って微笑む。

「でも鍛冶師の村らしく、鍛造音たんぞうおんは絶えませんね」

 ライナが遠くの工房を見ながら呟いた。確かに、村の一角では鉄を打つ音が断続的に響いている。とはいえ、どこか柔らかいリズムだった。

「この村では、実用的な装備や道具の開発が盛んです。防御壁や暗視装置の応用テストにも協力してもらえそうですね」

 フェリシアさんの言葉に頷く。集落の中心部に入ると、僕たちは村の集会所に案内された。村長との挨拶あいさつを終え、拠点となる家屋かおくを借りることが決まる。荷解にほどきを終えると、早速僕らは村の様子を視察しに行った。


 僕は村を散策する途中で、人々が集まる広場を訪れた。そこでは大柄な若者が、巨大な金床かなとこを一人で運んでいるのが見えた。

「おおっと……そっちじゃ重心崩れるぞ。持ち方はこうだ」

 後ろから年配の職人が声をかけると、彼は屈託くったくのない笑みを浮かべて頷き、姿勢をただす。
 筋骨隆々の体躯に、短く整えられたダークブラウンの髪、そして深い琥珀こはく色の瞳。見るからに、豪快さを感じさせる雰囲気だった。

「すごい……あんなサイズの金床を、軽々と……」
鍛冶場かじばの看板息子らしいわよ。名前は確か……ガルドとか」

 隣にいた村の案内役の少女が、ぽつりと呟いた。
 ……あの人が、この村の中心で働いている職人の一人なんだな。
 そのとき、その若者と目が合った。彼はこちらに向かって手を挙げてきた。

「おーい、よそ者か? 魔道具かついでるってことは、例の調査の連中だな!」

 豪快な声が広場に響き渡り、僕らも思わず笑みがこぼれた。

「ええ、王都から地方視察に来ました。エルヴィンと申します」
「俺はここで鍛冶師をやってるガルドだ。今は忙しいから、明日にでも俺たちの鍛冶場に来い。いいもん見せてやるからさ」

 威勢いせいの良い彼の言葉を聞いて、彼はどんなものを作るのだろうと興味がいてきた。

「あれ、なんだか変な臭いがしませんか? 焦げたような感じの」

 クラウスが異変を察知したように辺りを見回す。ライナもそれに賛同した。

「言われてみれば確かに、煙のような臭いがします」
「ここでは金属の加工をやっているから当然じゃないか。今日は長距離の移動で疲れたし、休もう」

 レイの提案に、僕も「そうだね」と賛同する。明日からの作業に取りかかるためにも、今のうちから準備しなくてはと、僕らはその場を後にした。


 ◇


 翌朝、僕はフェリシアさんと共に村の鍛冶場を訪れた。
 昨日広場で見かけた若者──ガルドが、すでに火炉かろの前で鉄を打っていた。朝の冷気をものともせず、上半身から湯気を立ち上らせ、作業をしている。彼はまるで鉄そのものと会話しているかのようだった。

「お、来たな。王都からの『ひょろっこい発明家さん』ってのはあんたか?」

 大斧の柄を脇に置き、豪快に笑う。「ひょろっこい発明家さん」と呼ばれていることにはちょっと驚きだったけど、苦笑いしながら挨拶を返す。

「エルヴィン・シュトラウスです。魔道具の開発と現地試験のために、この村に――」
「かしこまった挨拶はいい。お前がどんな奴かは見てりゃいつか分かるだろ」

 ガルドは鉄片を火に戻すと、手早く柄の加工に取りかかりながら続けた。

「昨日、お前らが運んでた箱と装置、あれ全部『防御展開式ぼうぎょてんかいしき』だろ? けど、肝心かんじんなときに展開が遅れたら意味ねぇんだ。俺の村じゃ、展開が遅いと魔物にすぐ壊される」
「……確かに、展開速度は改善すべき課題です。でも、どうしても一定の強度を保ったまま加工するというのは難しいんです」
「なら、鉄と話せ。お前は材質を理解してから加工しているか? なんでも自分の思い描いた通りに加工しようと、無茶なことをしているんじゃないだろうな。最初に動き出すのはいつもこっちじゃねぇ。材料がどうしたいか先に語ってる」

 彼の言葉は荒削あらけずりだが、しんにある技術観ぎじゅつかんは確かに伝わってきた。

「材質の意思をみ取れということですか?」
「そうだ。俺も村の年長者たちに比べればまだまだだけどな」
「じゃあ、これ──ぜひ見てもらえますか?」

 僕は防御壁の小型試作型を取り出し、展開と収納を一通り見せる。ガルドは興味深そうに近寄り、無造作に装置のふちを叩いた。

「……ふむ。悪くない。けど、これじゃ強く落下したときに壊れるな。軸受じくうけが浅い。加工の『逃げ』が足りねぇ」

 彼の指摘は、まさに実地で使われる場面を想定した鋭い視点だった。

「良けりゃ、試作の補強、俺のとこで手伝ってやってもいい。どうせ手が空いてたとこだしな」
「本当ですか?」
「おう。見返りは、俺の弟子たちに『本物の魔道具ってやつ』を見せてやること。わりと地に足を着けず夢見てる奴が多いんだ」

 この村の鍛冶場が、単なる労働の場所じゃなく、次代に技術をつなぐ「学びの場」にもなっていることを感じた。僕も学べるものは学び取ろうと決心した。


 その日の午後、僕たちは簡易工房を借りて作業を始めた。
 ガルドの手際は見事で、あらゆる道具の扱いが理にかなっていた。僕の改良案にも率直に意見を出してくれる。時折、ガンガンと火花が飛ぶ中で、彼が笑いながら言った。

「お前、見た目と違って芯はつえぇな。鉄に好かれる奴ってのは、大体そうだ」

 ただの言葉なのに、こんなにも背中を押されるなんて……ガルドに言われると不思議と嬉しくなり、その後も僕は一心不乱に技術を磨いた。


 夜、作業を終えて鍛冶場を出ると、村の東側にある森に、妙な灯りが見えた。

「……あれは?」
「村人じゃねぇな。今夜は誰も、あっちに入ってねぇはずだ」

 ガルドが眉をひそめる。小さく揺れる灯りの正体は分からない。
 だが、その「ゆらぎ」はただの炎ではなく、どこか意志のようなものをはらんでいるように見えた。灯りが揺れていた方向は、村の境界を越えた、鬱蒼うっそうとした森の奥だ。

「あれ……見間違いじゃない、よね」

 僕がそう呟くと、隣に立っていたガルドが険しい表情で頷いた。

「今夜は誰も森には入ってねぇ。あの辺りは獣避けの結界も張ってあるしな」
「まさか……誰かが、すり抜けたのか。それとも、壊した……?」
「どっちにしろ、放っておくわけにはいかねぇな。行くか?」

 一瞬、即答しそうになるのをこらえ、僕は一拍いっぱく置いた。

「いや、まだ早いよ。僕らだけで動くには情報が足りない。今は村に周知して、警戒を強めてもらうことにしよう」

 妙な予感に胸がざわざわする。昨日の穏やかな村の空気が、わずかに張り詰めて感じられた。


 夜が明け、僕たちは村の巡回と、結界の状態を確認することにした。魔力測定用の簡易装置を手に、森の入口付近へと足を運ぶ。

「……やっぱり。魔力の流れが乱れている。誰かが最近結界の縁を操作した跡があります」

 フェリシアさんが装置を覗き込みながら、声の調子を低くする。
 近くに残っていた足跡は、一部が不自然に消されていた。

「これは……村の人じゃない。あまりにも用心深すぎる」

 そのとき、レイが森の奥を見ながら呟いた。

「これってもしかして、また帝国と繋がっているんじゃない?」

 小さな一言が、場の空気を変えた。もし帝国が関与しているのだとしたら、ここにもすでになんらかの工作がされている可能性がある。

「……装備の整備を急ぎましょう。何があっても対応できるように、魔道具の準備だけはしておかないと」

 フェリシアさんの指示が飛び、僕たちはそれぞれ工房や作業場へ散っていった。


 ◇


 次の日の朝、鍛冶場に集まった僕たちの間に緊張感が走っていた。
 村の少年が、朝の魔道具の試験前に僕らのもとへ来たのだ。調査中だったライナとレイが、怯えていた彼を見つけたらしい。

「エルヴィン様……昨夜、森の奥で、火のようなものが見えたんです……」

 彼はまだ幼く、言葉に詰まりながらも必死に伝えようとしていた。

「ありがとう。詳しく話してくれる?」

 落ち着いた声で促すと、少年はゆっくりと頷き、手で火の揺らぎを描くような動作をした。

「誰も気づいていないようだったけど……すごく静かに、赤い灯りが森の中で揺れてて……誰かに見られてる、そんな感じがしたんだ」

 この村で暮らす子供の素朴な直感。だからこそ、その言葉には嘘がないように思えた。やはり正体不明の何者かが魔道具を使い、活動している。それは間違いないんだ。


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