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朝は、思ったより早い
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「……朝か」
目を覚ましたのは、鐘の音だった。
遠くで、こぉん……と低く響く音。
天井を見る。
木目。
少し年季の入った梁。
「……あぁ」
昨日のことが、順番に思い出される。
草原。
馬車。
ハロルド。
宿が満室で、孤児院。
「……一晩だけ、だったな」
身体を起こすと、布団はちゃんと畳まれていた。
自分がやったのか、誰かがやったのかは分からない。
とりあえず、服を整えて部屋を出る。
廊下に出た瞬間、
ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。
「……?」
角から現れたのは、小さな女の子だった。
眠そうな目で、こちらをじっと見ている。
「……だれ?」
「えっと……昨日来た人」
「きのう……」
少し考えてから、女の子は首を傾げた。
「おきゃくさん?」
「たぶん」
正直な答えだった。
女の子は一度だけ頷いて、
何も言わずにそのまま通り過ぎていく。
――あ、深追いしないタイプだ。
なんとなく、ほっとする。
そのまま歩いていくと、
廊下の先から声が聞こえてきた。
「だから言ったでしょう、足りないって」
「分かってますけど、人手が……」
少し張り詰めた会話。
覗くと、台所だった。
年の近そうな女性が、腕を組んで溜め息をついている。
「……あ」
こちらに気づいて、少し驚いた顔。
「起こしちゃいました?」
「いえ、鐘の音で」
「そっか……」
一瞬、間が空く。
「昨日の方、ですよね」
「はい。ユウです」
「私はエレナ。ここで働いてます」
「あ、どうも」
軽く頭を下げる。
エレナは、ユウを上から下まで一度見てから、
ふぅっと息を吐いた。
「……正直に言いますね」
「はい」
「朝が、地獄です」
「……そうなんですか」
「そうなんです」
即答だった。
「子どもは多い。人手は足りない。しかも全員、朝は腹ペコ」
それは……大変そうだ。
「院長は?」
「もう動いてます。私は今から朝ごはんの準備」
そう言いながら、
調理台の上をちらりと見る。
パン。
鍋。
昨日の残りらしい野菜。
ユウは、無意識にそれを見ていた。
――人数、多いな。
――この量だと、焼くだけじゃ足りない。
「……ユウさん」
「はい」
「一晩だけ、って話でしたよね」
「ええ」
「でも」
エレナは、少し言いづらそうに続けた。
「もし、少しだけ……本当に少しでいいんですけど」
嫌な予感が、しない。
「手、貸してもらえませんか」
一瞬、考える。
本当なら、今日中に仕事を探す予定だった。
でも、まだ朝だ。
「……簡単なことなら」
そう答えている自分に、
自分で少し驚いた。
エレナは、ぱっと顔を明るくした。
「助かります!」
それから、はっとして言い直す。
「いえ、その……無理なら断っても」
「大丈夫です」
もう一度、はっきり言った。
台所に立つ。
鍋を見て、火加減を見る。
残っている食材を確認する。
「……スープ、にしましょう」
「え?」
「焼くだけより、量が伸びます」
エレナは一瞬きょとんとしてから、
「……なるほど」
すぐに納得した顔になった。
「じゃあ、私は配膳の準備を」
「お願いします」
気づけば、
身体は勝手に動いていた。
ここがどこで、
これからどうなるのか。
まだ、何も分からない。
でも。
「……朝は、忙しいですから」
そう呟きながら、
ユウは鍋に火を入れた。
異世界で迎えた最初の朝は、
こうして――
静かに、でも確実に始まった。
目を覚ましたのは、鐘の音だった。
遠くで、こぉん……と低く響く音。
天井を見る。
木目。
少し年季の入った梁。
「……あぁ」
昨日のことが、順番に思い出される。
草原。
馬車。
ハロルド。
宿が満室で、孤児院。
「……一晩だけ、だったな」
身体を起こすと、布団はちゃんと畳まれていた。
自分がやったのか、誰かがやったのかは分からない。
とりあえず、服を整えて部屋を出る。
廊下に出た瞬間、
ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。
「……?」
角から現れたのは、小さな女の子だった。
眠そうな目で、こちらをじっと見ている。
「……だれ?」
「えっと……昨日来た人」
「きのう……」
少し考えてから、女の子は首を傾げた。
「おきゃくさん?」
「たぶん」
正直な答えだった。
女の子は一度だけ頷いて、
何も言わずにそのまま通り過ぎていく。
――あ、深追いしないタイプだ。
なんとなく、ほっとする。
そのまま歩いていくと、
廊下の先から声が聞こえてきた。
「だから言ったでしょう、足りないって」
「分かってますけど、人手が……」
少し張り詰めた会話。
覗くと、台所だった。
年の近そうな女性が、腕を組んで溜め息をついている。
「……あ」
こちらに気づいて、少し驚いた顔。
「起こしちゃいました?」
「いえ、鐘の音で」
「そっか……」
一瞬、間が空く。
「昨日の方、ですよね」
「はい。ユウです」
「私はエレナ。ここで働いてます」
「あ、どうも」
軽く頭を下げる。
エレナは、ユウを上から下まで一度見てから、
ふぅっと息を吐いた。
「……正直に言いますね」
「はい」
「朝が、地獄です」
「……そうなんですか」
「そうなんです」
即答だった。
「子どもは多い。人手は足りない。しかも全員、朝は腹ペコ」
それは……大変そうだ。
「院長は?」
「もう動いてます。私は今から朝ごはんの準備」
そう言いながら、
調理台の上をちらりと見る。
パン。
鍋。
昨日の残りらしい野菜。
ユウは、無意識にそれを見ていた。
――人数、多いな。
――この量だと、焼くだけじゃ足りない。
「……ユウさん」
「はい」
「一晩だけ、って話でしたよね」
「ええ」
「でも」
エレナは、少し言いづらそうに続けた。
「もし、少しだけ……本当に少しでいいんですけど」
嫌な予感が、しない。
「手、貸してもらえませんか」
一瞬、考える。
本当なら、今日中に仕事を探す予定だった。
でも、まだ朝だ。
「……簡単なことなら」
そう答えている自分に、
自分で少し驚いた。
エレナは、ぱっと顔を明るくした。
「助かります!」
それから、はっとして言い直す。
「いえ、その……無理なら断っても」
「大丈夫です」
もう一度、はっきり言った。
台所に立つ。
鍋を見て、火加減を見る。
残っている食材を確認する。
「……スープ、にしましょう」
「え?」
「焼くだけより、量が伸びます」
エレナは一瞬きょとんとしてから、
「……なるほど」
すぐに納得した顔になった。
「じゃあ、私は配膳の準備を」
「お願いします」
気づけば、
身体は勝手に動いていた。
ここがどこで、
これからどうなるのか。
まだ、何も分からない。
でも。
「……朝は、忙しいですから」
そう呟きながら、
ユウは鍋に火を入れた。
異世界で迎えた最初の朝は、
こうして――
静かに、でも確実に始まった。
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