『時を超える愛』

小川敦人

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時を超えた愛のかたち:彼と共に育んだ静かな絆

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『時を超える愛』

「会いたい、今すぐに会いたい 
   触れたい抱きたい、この想いが溢れる    
   距離が 時間が 私たちを引き裂く   
   でも私は走る    あなたに会うために
   愛は情熱だから 愛は衝動だから」

二十歳の春に書いた詩を、六十五歳になった私は微笑みながら読み返していた。
黄ばんだノートの端には、コーヒーのシミが付いている。
あの頃よく通った駅前の喫茶店で、彼を待ちながら書いたものだ。時は流れ、季節は巡る。
そして愛は、静かに深く、心の中で育っていく。
夫となった彼は、三年前に先立たれた。
最期まで、私の手を握りしめていた彼の温もりは、今でも掌に残っている。
若かった頃は、会えない時間が永遠のように感じられた。
一日も早く会いたいと、心が焦がれた。
電話の声だけでは足りなくて、手紙では物足りなくて、ただ会うことだけを求めていた。
でも今は違う。朝、目覚めると、台所に立って味噌汁を作る。
いつもの位置に置かれた茶碗に、一人分だけのご飯を盛る。
でも、不思議と寂しくない。
「今日も美味しく作れたわ」誰もいない空間に、そっと声をかける。
すると、彼の笑顔が心に浮かぶ。「うん、いつもの味だね」と答えてくれるような気がする。
庭の紫陽花が咲き始めた。
彼が毎年手入れをしていた株は、今年も見事な花を付けている。
青から紫へと、雨の日を追うごとに色を変えていく様子を、私は居間の窓から眺める。
「きれいに咲いたでしょう? あなたが大切に育てた紫陽花よ」風が吹くと、紫陽花の花が優しく揺れる。
まるで彼が頷いているかのように。
若い頃の愛は、まるで疾走する列車のようだった。
目的地に向かって一直線に、止まることを知らずに走り続ける。
会いたい、触れたい、そばにいたい。
その想いだけが、私たちを突き動かしていた。
今の愛は、静かな湖のよう。深く、澄んで、穏やかに私の中に在る。
会えなくても、触れられなくても、確かにそこにある。
夕暮れ時、私は縁側に座って、夕焼けを見上げる。
茜色に染まった空を見ながら、ふと彼の声が聞こえてくるような気がする。
「綺麗な夕焼けだね」「ええ、本当に」誰にも聞こえない会話。
でも、確かな愛がそこにある。
夜、布団に入る前に、枕元の彼の写真に向かって話しかける。
「今日も一日、お疲れさま」写真の中の彼は、いつものように優しく微笑んでいる。
若い頃は、写真一枚では物足りなかった。
実際に会って、手を繋いで、声を聞いて、それでも足りないと感じていた。
でも今は、この写真の中の笑顔が、私の心を温かく満たしてくれる。
愛は、形を変えながら深まっていく。
激しい炎のような情熱は、今は静かな灯火となって私の心を照らしている。
会えないことは寂しいけれど、それは決して愛が消えたということではない。
むしろ、日々の些細な瞬間の中に、愛は確かに存在している。
朝の味噌汁を作る時も、庭の花を見る時も、夕焼けを眺める時も。
そして夜、眠りにつく前も。「おやすみなさい」今夜も私は、心の中で彼に会いに行く。
それが、年を重ねた私たちの愛のかたち。

「会うことだけが愛することじゃない。会えなくても、
  その人を想う。それも愛だと思う。
  たとえその人に会えなくて、いつも心の中で会いに行ける。
  その人を想えば優しくなれる。その人を思い出せば心は温かくなる。
  いつも心の中にずっと、大切な人がいることは愛だなと思う。」
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