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少年時代、水泳部の仲間であるサトシ、田村、有馬の三人は、ある夏の日に奇妙な青白い光を目撃する。
しおりを挟む…フォトンの記憶…
「サトシ!あれはなんだ」
田村は、西の空を指さした。
徳願寺がある山の左に立つ鉄塔に、銀色に輝く物体が浮かんでいた。
さらによく見ると、その輝きはころころと形を変えている。
突然、その光る物体が鉄塔の上でくるりと輪を描き、すうっと動かなくなった。
「ゆ、UFOか?」
「ありえないだろ…だけど、なんだあれ…」
サトシと田村は、あっけにとられていた。そのとき、背後から声がした。
「おい、何を見てんだよ!」
振り向くと、同じ水泳部の有馬がジャージ姿で近づいてくるのが見えた。
「なんか、上に変なものが…」
サトシが指した光る物体は、いつの間にか鉄塔の周りを何回も回っていた。
そして、次の瞬間、静寂の中でそれは一瞬、眩いばかりの青白い光を放ち、ふわりと消えていった。爆発音もなく、煙すらも残らない。
ただ、三人の目には焼き付くような輝きだった。
「なんだったんだ…?」
三人は顔を見合わせた。何か、不思議なものを見たという感覚だけが残った。
数日後の水泳部の練習後、教師でもあり、コーチでもある杉山先生が、部員をプールサイドに全員を集めた。
「新聞社から10月に開業する東海道新幹線の特別試乗に申込できる用紙が送られてきた。申込できるのは一人だ。ジャンケンで決めたいが、いいか」
先生は真っ黒に日焼けした顔で、ニコリともせずに言った。部員たちはどよめいたが、全員が異論なく頷いた。
こうして始まったジャンケン大会。部員たちは次々と勝負を重ね、ついに最後の二人が残った。サトシと岩本(ニックネーム:ガンポン)だった。
「最初はグー!」
緊張感が走る中、二人の拳が動いた。
「じゃんけん…ぽん!」
サトシはグー、ガンポンはチョキだった。
「やった…!」
サトシの勝利が決まると、部員たちが歓声をあげた。
それから数日後——。
「サトシ、電話だぞ!」
夕方、自宅の居間で宿題をしていたサトシは、母の声に顔を上げた。珍しく固定電話が鳴り響いた後だった。
受話器を取ると、落ち着いた男性の声が響いた。
「〇〇新聞社の者です。東海道新幹線の特別試乗会にご応募いただきましたね」
一瞬、サトシの脳裏にあのジャンケンの瞬間がよみがえった。
「はい、そうです」
「おめでとうございます。当選されました」
「えっ……?」
思わず声が裏返る。信じられない気持ちでいると、男性は淡々と続けた。
「詳細は近日中に書面でお送りしますので、指定の集合場所にお越しください。
なお、特別試乗会では、開業前の新幹線車両をご覧いただき、短距離ですが実際に乗車していただきます」
サトシは思わず拳を握りしめた。夢のような話だ「特別試乗の権利を勝ち取ったぞ!」と叫んで興奮は頂点に達した。
電話を切った後、サトシは胸の高鳴りを抑えながら、すぐに田村と有馬に連絡を入れた。二人も驚き、そして祝福してくれた。
「やったな、サトシ! すげ」
「あの時の光のおかげかもな」
冗談めかして有馬が言ったが、サトシは笑いながらも心のどこかで「そうかもしれない」と思った。
田村は、小学3年生まで5mくらいしか泳げなかった。
水の中に顔をつけるのも怖く、夏のプール授業ではいつも端の方でバタ足の練習をするばかりだった。だが、そんな田村を変えたのは、ガンポンこと岩本だった。
「お前、泳げるようになりたくないか?」
町内のソフトボールチームで外野手として活躍していた田村に、突然ガンポンが声をかけてきたのは小学5年生の春だった。
田村は野球が大好きで、将来は甲子園を目指したいとさえ思っていたが、ガンポンの誘いを断る理由はなかった。
「まあ、やってみてもいいけどな」
軽い気持ちで入部した水泳部だったが、田村の想像とは違い、練習は過酷だった。
最初は25mどころか10m泳ぐのすら精一杯。だが、負けず嫌いな性格が功を奏し、毎日ガンポンや他の部員たちと切磋琢磨するうちに、田村の泳ぎはみるみる上達していった。
それから1年あまり。田村は、気づけば市大会で上位に食い込む選手となったが、それまでの選手だった。
それでも
「お前、本当にすごいな」
ソフトボールのチームメイトから驚かれたが、田村自身も驚いていた。
そして、あの日の後、田村は、水泳の全国小学生放送大会でまさかの全国5位に入賞した。
自己ベストを何秒も縮め、県の記録を更新した。奇跡が起きた。
有馬は体が大きく、常に健康優良児だった。赤ん坊の頃から食欲旺盛で、母親が作った離乳食を3倍食べる男だった。
徒競走でいつも先頭を走り、体育の時間では先生よりも体力があるとまで言われた。しかし、そんな彼にも唯一の弱点があった。それは暑さである。
とにかく暑さに弱いのだ。夏の陸上練習では開始10分で顔を真っ赤にし、「オレ、日射病かも」と大げさに倒れ込む。
コーチからも「お前、本当にスポーツマンか?」と呆れられる始末だった。そんな彼が水泳部に入部した理由は単純だった。
「水の中って涼しいし、ずっと浸かってられるじゃん?」
動機が不純すぎる。そもそも泳ぎはそれほど得意でもなく、最初は25メートル泳ぐのがやっとだった。
だが、有馬は持ち前の体力で耐え抜き、気づけば県大会で上位に食い込むほどになった。それでも、全国レベルには到底届かない凡庸な選手だった。
ところが、あの日の後、みるみるタイムが伸びた。
まるで別人のようなスピードで水をかき分ける有馬。コーチも「お前、本当に有馬か?」と何度も確認するほどだった。
やがて彼は、その田村をも上回る全国4位に輝いた。強豪選手ばかりの中で、まさに奇跡のような結果だった。
「なあ、あの時の光のせいか?」
サトシがつぶやくと、田村と有馬も同じことを考えていた。
「偶然とは思えないよな…」
だが、三人以外にはあの光を見た者はいなかった。
三人の人生に降りかかったこの不可思議な幸運は、まるであの青白い光が何かを残していったかのようだった。
それから61年後——。
三人の姿は、東京の片隅にある古びた居酒屋のカウンターにあった。年季の入った木製のテーブルには、湯気の立つ湯豆腐の鍋と、日本酒の徳利が並んでいる。店内には懐かしい昭和の歌謡曲が流れ、ノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。
「もう61年か……」
サトシが湯飲みを片手にしみじみと呟いた。彼の顔には深い皺が刻まれ、長い人生の歳月を感じさせる。しかし、その目は今も昔と変わらず、どこか少年のような輝きを残していた。
「俺たち、結局あれ以来、奇跡みたいなことって何もなかったよな」
田村が日本酒をちびりと飲みながら、ふっと笑った。
「そうだな。俺は結局、平凡な会社員で定年を迎えたし、孫と遊ぶのが今の一番の楽しみだよ」
有馬も肩をすくめながら杯を傾ける。
「俺は小さな町工場を継いだけど、大した発明もできなかったな。でも、それなりに幸せだったよ」
サトシも頷く。「俺なんて、定年間際まで営業職を続けたけど、特別な成功もなかった。でも、家族がいて、毎日三度の飯を食べて、こうしてお前らとまた酒を飲める。それだけで十分だろ?」
田村が少し考えた後、にっこりと微笑んだ。
「よく考えるとさ、平凡な人生を送れたこと自体が、奇跡なんじゃないか?」
その言葉に、有馬とサトシはしばし黙って互いの顔を見つめた後、同時に大きく頷いた。
「そうだな……あの光は、俺たちの人生そのものを奇跡に導いてくれたのかもしれないな」
三人はしみじみと杯を交わし、湯豆腐をつつきながら昔話に花を咲かせた。年老いても、こうして集まり、語り合える友がいる。
それこそが何よりの奇跡なのかもしれない。
外の寒空には、いつの間にか雪がちらついていた。
店の前を通る車のライトが反射し、小さな青白い光がふわりと舞い上がったが、誰もそれに気づくことはなかった。
ただ、どこか遠い昔の思い出が、ふっと心に灯るような温かさが残る夜だった。
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