上 下
16 / 16

十六話 タイムカプセルに、入っていたもの

しおりを挟む

 二十歳になったけど、まだ右足は時々痛む。
 寒い日や、よく歩き回った日は、引きずってしまったりする。
 それでも、事故にあった当初よりはマシになった。
 一人で歩ける程度には。

 旅人とは、変わらずお付き合いを続けているし、カエデたちは変わらずに親友だ。
 二人とも県外に出てしまって、なかなか会う機会はないけど。

 でも、時々オンラインで話している。
 県外で二人は同棲してるらしく、時にはケンカしながらも仲良く過ごしているらしい。

 やりたいことリストも、チェックを入れては追加してを繰り返している。
 最近追加した項目は、二人で住む家を見つけることだった。
 カエデと双見くんを見ていて、いいなぁって思ったのもあるけど……

「旅人」

 旅人の家に早く着いた私を抱き止めて、旅人が肩に顔を埋める。
 ぐりぐりとやられて少し痛いけど、ハグをするたびにする旅人の愛情表現だ。
 だから、甘んじて受け入れている。

「二人ももうすぐ着くってさ」
「そっか、びっくりするかな」
「するだろうな」

 左手の薬指にある指輪を、撫でる。
 大学を卒業したら結婚しようと、婚約指輪を送ってくれた。
 お母さんとお父さんにも、紹介してある。
 それに、私も旅人のお父さんにも紹介された。

 おばちゃんは、涙を瞳いっぱいに溜めて喜んでくれた。

「お待たせー!」
「旅人も夢香ちゃんも変わりねーな」
「まぁ、言うても数ヶ月前に会ったばっかりだからな」

 四人で、旅人の家の庭を掘り起こす。
 今日は、約束の八月三十日だ。
 誰一人欠けることなく、タイムカプセルを掘り起こす日を迎えれたことを嬉しく思う。

 そして、どんどんと深くなっていく穴を見つめる。
 しばらく掘り進めれば、きちんと形を保ったままの缶が、土の中から出てきた。
 あの時の手紙を読まれるのは、少し恥ずかしい。

 どんな内容を書いたか、いまいち覚えていないけど。

 缶を開ければ、少しだけ土が入ってしまったようで、手紙に土が付着していた。
 それぞれの宛名が入った手紙を渡して、縁側に腰掛ける。

「じゃあ読むぞ」
「うん」

 カエデの手紙から開ければ、出会ったことへの感謝と生きててほしい、という願いが書かれている。
 生きててほしい……
 私、死にたいとは思ったことないはずなんだけど。

 家族と不仲な時期もあって、辛いこともあった。
 それでも、死にたいと思うほどではなかったと思う。

 次に双見くんの手紙を開ければ、大体同じような内容が書かれている。
 そして、最後には「カエデを悲しませることだけはないように」と締められていた。
 旅人のを読む前に、二人に内容の理由を聞こうと声を掛ける。

「ねぇ」

 顔を上げれば、急に旅人がぽろぽろと泣き出してる。
 そして、驚いてる私を抱きしめた。
 あまりの力の強さに、背骨が折れてしまいそうなくらいだ。

「どうしたの?」
「夢香」
「旅人?」
「良いから読んで」

 旅人が渡してくれたのは、私が書いた旅人宛の手紙だった。
 過去の自分の手紙を読むのは、恥ずかしいものがある。
 けど、真剣な旅人の表情にうなずいて読む。

 旅人が生きてて欲しい、と強く願う言葉が何回も繰り返し書かれている。
 最期には、「繰り返し悪夢を見てきた理由は、きっと旅人と生きる未来を見つけるためだから。私が旅人が生きていたいと思えるような未練になるから」という言葉で締められていた。

 ガンっと頭を殴られたような感覚で、顔を上げる。
 カエデも、双見くんも泣き出しそうな顔をしていた。
 二人の顔を見ていれば、いつかの淡い記憶が蘇ってくる。

「旅人は、生きてる?」
「生きてるよ、二人で」

 思い出した悪夢ごと、旅人を抱きしめる。
 旅人が、ここに存在してる。
 温かい心臓がとくん、とくんと時を刻んでいた。

「よかった、本当によかった」
「思い出すことが良いことかはわからなかったから言わなかったけど……多分、夢香ちゃんのやり直しとか、旅人の転生の記憶が、死ぬ運命を肩代わりして、骨折で済んだのかなって思ってたんだよね」
「わざわざ思い出させることないって、俺がカエデを黙らせたんだ」

 カエデがぽつりと言葉を、こぼすように紡いでいく。
 あの頃何回も「悪夢は?」と尋ねてきていたのは、私が忘れ去っていたからだったのか。
 双見くんが申し訳なさそうに、カエデを支えるように抱き寄せた。

 二人のことを、責めたいなんて全く思ってない。
 ここまで、二人が秘密にしてきた罪悪感を抱えていたことを知って、むしろ申し訳なく思ってしまう。

 旅人が生きてる幸せと、あの頃の自分自身を今更見つけて、そっと手紙を撫でる。
 私から私宛の手紙には、ただ一言「笑っていてくれればいい」と書かれていて、あの頃の自分を抱きしめたくなった。

 笑っていられてるよ。
 みんな、幸せに揃って笑ってる。

 旅人は死なない運命になったし、私と旅人はこのまま結婚を約束してる。
 あの時の私のワガママが、旅人のワガママに勝ったんだ。

「ごめん、俺本当にごめん、一人で死ぬつもりだったから、俺」
「いいよ、結局生きてるし」

 腕の中の旅人の頭を、何回も何回も撫でる。
 愛しくて、大切な、旅人が生きてるこの時間があれば、他には何もなくてよかった。

「私のワガママの方が強かったみたいだし」
「本当だな」

 旅人からの手紙を開ければ、ひたすら謝罪の言葉が並んでいて、転生を繰り返してきた時の苦しみが綴られていた。
 私が苦しんでいたように、旅人も私を失う苦しみを何回も繰り返していたんだね。

――だから、一人で死ぬ覚悟を決めた。俺はもう夢香には傷ついてほしくない、ごめん。

 そんな一文に、自分勝手だなという感想と、そうならなくてよかった安心感が湧き上がる。

 私は、最初は離れて守るって決めたのに。
 旅人は、それでも、離れる選択をしなかった。

「愛してるよ」

 旅人が何回も愛を呟いて、私の輪郭にキスをする。
 カエデと双見くんはこちらを見ないように、ありがたいことに目線を逸らしてくれていた。

 恥ずかしく思いながらも、旅人の愛を受け止める。
 辛かった日々を思い出したのに、身体中が幸せでいっぱいだった。

「生きててくれてありがとう、旅人。私も愛してるよ」
「うん、これからも二人で生きていこう」

 もう一度強く抱きしめれば、二人の心臓の音がリンクして。
 まるで、二人で一人になったみたいだった。

 FIN
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...