俺には全く関係がない。

みやりく

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そもそも彼女とは面識がない。

高田湊・山本楓

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 未解決、不信任、非常識。
 あらゆる熟語にくっ付いて回る、これら打ち消しの言葉についてはきっと誰しもが国語の授業で習ったに違いない。

 打ち消しという事はつまり、否定的な意味合いを持つようになる事を表し、大抵それらはマイナスなイメージとして意味付けられる事が多いだろう。

 そして無気力、無関心、無愛想。
 この三拍子揃えた人間こそが俺、高田湊たかだみなとである。

 無気力や無関心というのはこの場合、というか俺の場合、それはおおよそ他人が頑張る事に対してエネルギーを注ぐことが出来ない、あるいは興味が無い、という事を指している。

 要するに今の自分が通う学校という舞台であれば、それは部活動であったり、年間を通して行われる行事。
 有体に言ってしまうなら、それらに対する情熱も関心も湧かない、という様に置き換えられるだろう。

 だが思うにこの言葉たちの意味は、それほど悪いものなのだろうか。

 関心なくしてやる気は起きぬ。
 俺にとってはただ本当に「それだけ」の、シンプルな話。

 しかし自分にとってはそれが普通でも、周囲から見ればそうでは無いらしい。

 周りとは少し外れているような人間を、大袈裟すぎる程に腫れ物扱いしようという集団心理や、あるいは「皆と同じように楽しまなければならない」「楽しめた方が勝ち」といった、どこか得体の知れない空気感。
 あの頃はそれを言葉に起こす事は出来なかったものの、今思えば小さい頃からずっとそういった違和感を半ば無意識に感じていたのかもしれない。

 結局、その違和感が収束する事は無かった。

 しかしだからと言って、全てを断ち切る訳にも行かない。
 とりわけ学校という社会集団の中で生きていくには、そのやり方ではなかなか肩身が狭かったりする。

 だからいつしか俺は自分の中で、線引きをするようになった。
 行事には、全員参加のものだけは参加する。
 任意のものには一切参加しない。
 人間関係は、ある程度のコミュニティは持っておく。
 必要以上には持たない。
 そして帰宅部。

 こうして結果、それ以上でもそれ以下でも無い、最高に平凡な学生生活が出来上がったのだ。


 華の高校生活というが、これもまた自分にとっては「青春を謳歌せねばならない」かのように聞こえて何だか素直には受け入れたくなくなる。

 この数年間、己の線引きに従うスタイルもすっかり確立してきたわけで、それを高校でも遺憾なく発揮している所なのだ。

 おかげでつい先月までは一年生であったにも関わらず、後で振り返られるような何かが、俺には全く無かった。

 それでも確かに一年は早かった。
 時の流れという点で言えば、楽しかろうが、どれだけ適当に時間を過ごそうが、そこは平等に感じる所なのだと思っている。

 そんな一年の流れに、今年とて俺は何も考える事なく、ただしれっと乗り込むだけなのだ。



 俺の高校、横浜綾英よこはまりょうえい高校は、神奈川県のターミナル駅である横浜駅を最寄りに構えている。

 ここは多数の線が集中している為、朝の通勤帯なんかはあらゆる方向から乗降客が押し寄せてくる。

 初めは避けるのに苦労したが、これも一年経てばもう慣れたもの。

 西口側から降りてくる相鉄線の人だかりの間を縫うように軽くひょいっと抜けて行くと、高校に続くちょっとした繁華街が見えてくる。
 そしてその繁華街の入り口を示す、古ぼけたアーチの下を通り歩く。

 ふと上の方を見上げるも、このいつもと変わらぬ人だらけの都会に、視覚的に見える春らしさはあまり見当たらない。
 この忙しい街並みが、一学生の進級など祝うはずもなく、それらはいつも通りただそこに在るだけだった。

 初めこそは最寄りが都市部である事に自分にしては軽く感動を覚えていたものの、今ではもういい加減見飽きたその光景をよそにぼけっと歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれる。

「ようミナト。二週間ぶりくらい?」

 と、俺の隣に並び笑顔を見せる青年。

「おお、トモヤス。おはよ」

 加瀬智安かせともやす。去年のクラスが同じの知り合い。

「相変わらず元気ねえなあお前ー。あ、そうそう!...」

 トモヤスはちょっぴり渋い顔をするも、すぐに溌剌とした声で俺に話を持ち掛ける。

 まあこんな感じで、普通に友人と呼べるような存在はいるのだ。

 多いわけではないが、少ないわけでもない。

 これは線引きの一つ。
 ある程度のコミュニティは持っておく。

 去年のクラスが同じ男子とは、仮に一対一でも話が出来るくらいには仲良くなったつもりだ。
 まあその外を飛び出した事はほとんど無いけれど。

 必要最低限、そのクラスで居心地が悪くならない程度の努力はしている。

 ぼっち、という選択肢は初めから想定外だった。
 アニメや漫画に出てくるぼっちキャラ、あれは彼らの尋常でない強靭なメンタルがあってこそ成立するものであるので、現実世界のよいこは絶対に真似をしてはいけない。



 その後もトモヤスと本当に他愛もない会話を交わしていると、その少し古びた校舎が、周りに立ち並ぶ木々から見えてくる。

 創立70年とかなんとか。
 おかげで7階建ての校舎の外壁は、遠目から見ても所々色褪せ始めていた。

 騒がしい声が近付いてくるので何かと思っていると、どうやら正門をくぐった所で新しいクラス表が何人かの教師たちによって配られているようだ。

 高校くらいになると、この辺もあっさりしてくる。
 
 これが小学生くらいであれば、始業式の中でいちいち担任の発表があって、それに周りがワーキャーと一喜一憂する所なのだろう。

 しかし俺にとっては誰が担任になろうがどうでも良く、子供の頃から内心ただ早く家に帰りたいと願っていた事を、ふと思い出す。

 直帰したいという気持ちは、今も変わらない。
 現役帰宅部としての矜持が、俺にはあった。
 何いってんだ。
 
 教師から受け取った用紙から、自分の名前を探し出す。

 あった。
 2年4組。

「お、ミナトお前も4組?俺もー」

 トモヤスが屈託の無い笑顔で笑う。
 なんかコイツとは多分来年も同じなのだろうと、根拠も無くそう思った。


 新しいクラスはもちろん、自分にとって知り合いでない人の方が多かった。

 当然、俺のコミュニティは前クラスの範囲内で収まっていたからだ。

 それでも優しい面々のおかげで、何だかんだとこれからよろしく、といった挨拶を男子に関しては一通り交わすことはできた。

 正直またこうして一から人間関係を築いていくことはめちゃくちゃ面倒だ。
 実際今日はいつもの5億倍は余計な力を使ったように感じる。
 
 自分の名前、あだ名、前のクラス、入ってないけど部活、一日にこれほど何度も同じ事を話す機会ってこの時くらいしか無いだろ。

 まず自分がこのやり取りに飽きる。そして
「もう、さっきもそれ言ってたわよ、おじいちゃん」
 みたいなツッコミを自分で入れつつ、ゴリゴリとHPを削っていく。
 本当に疲れた。

 そうは言ってもこの高校という小社会で孤立するリスクを考えれば、多少の苦労はしなくてはいけない。

 ぼっちはぼっちで、きっとそれなりに面倒はあるだろう。
 
 そこそこ会話出来る程度に仲良くなって、文化的で健康的で普遍的でうんちゃらかんちゃらな生活が送れればそれで良いのだ。

 これが結局一番楽でコストがかからない、俺にとっての理想形。

 最小限の行動で、適度な結果を。
 無駄な努力はしない。
 これが現代っ子の完成形。
 嘘です。



 HRは存外にサラッと終わり、俺は内心テンション高めに帰り支度をしていた。

 早く家帰ってゲームやろうとか何とか考えていたその時。

 フワッと香る甘い匂いが、今立ち上がろうかという俺の席の横を過ぎたと思えば、その正体が今度は手前に立っていた。

 ふと見上げると、一人の女子生徒が、こちらを見ているのだった。

 容姿は色白で、目鼻立ちは整っている。

 肩あたりまでかかるくらいの黒髪は後ろを少しカールさせ、季節感のある緑色のカーディガンを、その細身の体に羽織っている。

 いわゆるイケてるグループの雰囲気があって、端的に言えば、可愛かった。

 そして俄然両手を後ろに回しながら、何かを言いたげな様子だったので、

「えと、何...?」

 と問いかけてみる。

 すると、その大きな瞳がより一層パッチリと開いたかと思えば、また伏し目がちになり、

「高田くん、ちょっと話したい事があるから、3組の隣の空き教室に来てもらってもいい?」

 とだけ言い残し、ササっと教室を出て行った。

 あんな美少女がいきなりそういう雰囲気を出すものだから、周りも何かに気づいたようで、

「あれって、山本さん?」

「かえちゃん?!え?!」

 みたいな声が聞こえてくる。

 一瞬の一連の出来事に固まっていたが、ハッと我に返りすぐさま隣の村上に尋ねる。

「え、あの子、同じクラスだよな...?」

 すると村上は呆れたような顔で、

「おまえ山本さん知らねーの?山本楓さん。多分学年で一番可愛い」

 と返した。

「お、おう...」

 へえ、そうなんだ。
 村上の評価はどうでも良かったが、確かに誰が見ても可愛いと言われるくらいの顔立ちではあった。

 でも初見なのは確かなんだよな。
 恋バナとか大体聞き流してたせいからかな。

 よく話を聞いていないとは言われるが、それはただその時の会話の話題に関心が無くて、頭の中で他の事を考えているか、特に何も考えずぼうっとしているかだけの話なのだ。
 十分ダメだね。

「で、そんな子が何で俺に用」

「いやそりゃお前、この流れワンチャンあるだろ、はよ行ってこい!」

 と、村上が俺の肩をぐわんぐわんと揺する。

 ワンチャン、ねえ。普段なら全く信用ならないこの言葉。

 ワンすら皆無、そんな時にもお構いなしに使う事の出来る、汎用性に優れた非常に頭の悪い単語である。

 魔法の呪文ワンチャン、イケルッテにかけられ結果見事己が爆散した男子学生たちが一体どれほどいるのだろうか、知らんけど。

 だが正直さすがの俺でも今この状況であれば、それがまんざらでもない気がしてしまうのだ。
 だって男の子だもの。

 まあ待たせるのも悪いし、これは礼儀として、な。

 ふう、ワンチャン。

 理由づけを完了させた俺は、まだ揺すり続けていた村上の手を払いのけ、すくっと立ち上がる。

 するとその様子を見続けていた周囲のおお...というような空気がこちらに波紋のように伝わってきて、その妙な恥ずかしさで身体中から汗が流れてくるのを感じた。

 やめて、見ないであげて。

 先程からあらぬ考えが脳裏を過ぎり、それが余計に緊張を自覚させる。

 だがそれでも呼ばれたのだから行くしかないと、そうして俺は全身を熱くさせながら、初日とは思えない謎の団結を見せるクラスメイト達に見送られ、教室の外を出た。
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