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第1章
閑話 セリザールという男
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***セリザール(遊撃隊元隊長・ゼーヴェの仇)視点です。***
私、セリザール・ラインツが「予見」を受け継いだのは――父が死んだのは、まだ齢十四になったばかりの頃だった。
父は、貴族間の争いに巻き込まれて死んだ。事故に見せかけた暗殺、まあラインツ家のような下級貴族では珍しくない話だ。
父は比較的幸せに死んだといえるだろう。ラインツ家において、第一子は「予見」の奴隷だ。父もまた例に漏れない。
「予見」は突然に、己にとっての「最悪の未来」を見せる。それを命に代えても防がなければならない。それが予見者の宿命だ。
私の知るところでは、父はそれを見ずに死んだ。勿論、死亡の知らせを聞いたときは「予見」によるものではないかと疑った。だが、暗殺の方法はありふれたもの、事故への偽装だってそうだ。前々から夕餉での会話で争いの話は聞いていた。
私はその後王国の騎士団に入った。父が「最悪の未来」を見ることがなかったのだ、私も見ることなく一生を終える――精々魔物と相打って死ぬ程度の人生だろうと思っていた。
楽観が過ぎた。
「予見」はそんなに甘いものではない。わかっていたはずだ。ラインツ家の第一子は父を除いて全員「最悪の未来」を見、そのほとんどが防ぐ過程で死んでいる。
ある日私は見てしまったのだ。遂に。「最悪の未来」を。親愛なる友人であり、尊敬する隊長の変わり果てた姿を。守るべき民に剣を向け、血の海で悪鬼の如く嗤う彼を。
魔王の配下としての彼を。
身体の震えをどうにか抑え、いつも通り隊の宿舎へと向かう。私も今では遊撃隊副隊長、隊員に心配をかけるわけにはいかない。
「やあ予見者!」
彼だ。目を合わせることが出来ない。どんな顔で接すればいいのかわからない。
普段通りの呼び方が酷く刺さる。課せられた呪いを、あたかも笑い話であるかのように語った私の落ち度だが。
「と、元気がないな……大丈夫か? 顔色も悪い。いつも真面目に働いてるんだ、今日くらい休んでも罰は当たらないだろうよ」
「いや。なんでもない。きっとただの思い違いだ」
「ならいいが。ま、あまり思い詰めないようにな? 後悔しない選択をしろよ」
後悔しない選択を。後悔しない選択?
君が原因だ、と言えればどんなに楽か。
ああ、考える時間が必要だ。どう動いても後悔が残るように思える。
「すまないゼーヴェ、やはり少し寒気がしてな。見回りは他に任せて帰っていいだろうか?」
「勿論だ。会議の内容は連絡用の通信結晶に記録として残しておく。ゆっくり休めよ」
「ありがとう」
自宅に戻り椅子に座ると、再び身体が震え始めた。私はどうすれば良い?
説得は不可能。民を殺していた彼は魔物と化していた。洗脳かそれに近い何かで突然に魔王の手駒になったに違いない。
そうでもなければ、彼ほどの人格者が自ら魔王の手駒なぞに堕ちるはずがない。解呪で解けるようにも思えなかったし、浄化でも同じだ。賭けるには危険すぎる。
「最悪の未来」はどのような形であれ近い内に必ず起こる。防げなければ夢で見たあの光景と共に私は死ぬ。この国の民も沢山死ぬ。
ここで言う防ぐ、というのは原因となる存在を排除することに他ならない。
考えたくはない。だが、魔王の排除など不可能だ。
――彼を殺す。それ以外に方法はない。
――有り得ない。
私の命のために彼を殺す? そんなことが許されるはずがあるか。私と彼、どちらが生きるべきかなど問うまでもない。
だが、このままでは彼は魔王の手先として大量殺戮をする魔物となる。彼を殺す以外の方法。何か、何か――――
「っ!?」
突然、未来が書き換わった。
目を開けたままに「最悪の未来」を見た。こんな話は過去にない。夢以外で見るということも聞いたことがない。
だがこれは確かに予見によるものだ。不思議とそう思える。
彼は私に剣を向けていた。私の周りには今の遊撃隊の仲間たち。
私は彼に剣を向けられるようなことはしない。既に気配は魔物だった。魔王の手駒という風ではなかったし、場所も草原だったが。
彼ほどの存在が我々に牙を剥けば、確実に甚大な被害が出る。団長や他の隊長が対応すればすぐに事は収まるだろうが、それまでに出る死者の数を考えただけで震えが走る。
未来が変わっても尚、彼は魔物だった。ならば、彼を殺さないという選択こそ甘えなのではないだろうか?
彼だって事情を知れば、その手を国民の血で汚す前に死ぬことを選ぶはずだ。
ああ、駄目だ。考えているだけで気が狂いそうになる。今夜にでも殺してしまおう。
彼の息子もあちら側にいた。ならば一家皆殺しだ。もしこの行いが明るみに出たとして、斬首となるのは私一人。
予見の被害者を増やさないために、私がラインツ家の末代となると決めた。そのときに使用人には一生分の給料を払い暇を出した。
かっての豪邸は売りに出し、今ではこの必要最低限の物しかない小屋に住んでいる。こうでもしないと、好意を寄せていた女性にいつ思いを伝えてしまうかわからなかった。
彼女も私を好いていてくれた。だが、この小屋の場所は教えずに距離を置くことにした。
「予見」は、私から何もかも奪い去ってもまだ足りないらしい。終いには最高の友人であり最高の上司である彼を殺せときた。
ここまで来たら、やるしかない。これは私のためであり、彼のためであり、国のためでもある。
*
私は、燃え上がる家の前で立ち尽くしていた。直にこの炎を見て人が集まってくる。
最早家の四方に描いた魔法陣を消す気にもならない。私のよく使う型だ、証拠隠滅を考えれば消さないわけにはいかないのだが。
それは駄目だと、火の中の彼を見て思った。最初は、火を放ったらすぐに魔法陣を消して逃げるつもりだった。
一気に燃える仕組みにすれば、家族を守りつつ逃げることなどできない。消火も間に合わない。家族を見捨てるなど、彼なら有り得ない。
見届けずとも、死は確定していた。安堵からか、愚かにも私はその場で呆けていたのだ。
そのせいで、死ぬ間際の彼と目があってしまった。どうせ死に行く人間だ。見られたという事実も炎の中に消えるのだが。
この場に立ったまま、素直に罰を受けるのも良いかとも思った。「予見」に従ったまでだと、荒唐無稽に思える動機のもとに死ぬのだ。
だが私はそうしなかった。死んでいった彼のためにも? 彼の分も? 国に尽くす?
所詮は言い訳だ。私は彼を殺して、それでも小汚く生きたいと思ってしまった。
彼を守るためにも、この国を守るためにも、この決断は間違っていなかったはずだ。
私は予見者として、シレンシア騎士団の人間としての責務を果たした。
そう言い聞かせ家に戻り、泥のように眠った。翌日私は、初めて無断で欠勤した。
思えば怪しすぎる。隊長が死んだ翌日に無断欠勤する副隊長。そこに関連性を見出そうとするのは自然だろう。
私は、罰せられるならそれで良かった。だが、遂にその日は来なかった。
「セリザール・ラインツ。貴方を遊撃隊隊長に任命します」
私よりも適任がいた。部下に慕われ、いつも笑顔で、気の利く……アイウズ・ウェルヒルトという人間が。
そして何より、彼が私なら、間違いなく自ら罰を受けていただろう。
私に隊長となる資格などない。だが、ここまで来たら、だ。今からでも罪を告白するのが正しい生き方だろうが、私はそこまで「出来た人間」ではなかった。
暫くして、我々に魔力反応の調査という任務が課せられた。
私は大方そこらの変人魔術師が魔力暴走でも起こしたのだろうと思い、気楽に構えていた。だが、そこに近付くまでに魔物に一切出会わず、近付くにつれ魔力は濃くなっていった。
辿り着いた先には一軒家。明らかな異質さを感じながら、私はどこか既視感を覚えていた。
ノックをすると、すぐに扉が開いた。
「どうもはじめまして、シレンシア騎士団の者です。失礼ながらこちらで魔力暴走など――!?」
「――セリザール」
私の名を呼ぶは、忘れるはずもない、彼だった。
見た目も、声も、雰囲気さえも。
気配は魔物の――ゴーストのそれだったが、何もかもが彼だった。
彼は私の名を呼ぶが早いか、怒りの形相で魔術詠唱を始めた。
「――繋檻!」
「っ、解呪!」
咄嗟の解呪で弾いたが、彼の詠唱した繋檻を私の解呪程度で打ち消せるはずがない。
だが、私は彼を贖罪の意も込めて手厚く葬った。騎士団として教会に話を通し、簡易的な式も挙げた。ゴースト化するはずがない。
確実に偽者だ。きっと我々の記憶を読み取ったに違いない。
我々の思いを踏みにじるとは許せない。奴はここで仕留める――シレンシア騎士団、遊撃隊隊長の名にかけて。
*
だが、奴には途中から聖浄が効かなくなった。ゴーストに出会ったら聖浄、一般人でも知っている。
奴は最早ゴーストではなかった。聖浄が効かないなら大聖浄を全員で詠唱分担すれば良い。
だが、アイウズ達はそこまで頭が回らないようだった。いくら叫ぼうと、暴れようと、解呪をかけようと、私を捕らえた闇の檻からは少しの物音すら漏れ出ない。
……と、外側から解呪がかけられているのを感じた。すかさず私も解呪を唱える。
「逃げましょう隊長!」
周りを見渡すと、グランとザーグの姿がない。まさか殺されたのか、この偽者に。
「――氷獄!」
「あ゛――」
フィルの背中に氷柱が突き刺さる。
「フィル! くそっ、隊長、足止めをお願い出来ますか!?」
「言われずとも。先に行け、すぐに追い付く」
「すみません、ご武運を!」
丁度良い。一人では大聖浄は使えないが、偽者ごときに遅れを取る私ではない。
属性付与済みの愛剣で奴の斬撃をいなしていく。
突然、奴が剣を私に向かって投げた。諦めたとでもいうのか。
「武器を捨てたか。それはいささか驕りが過ぎるというもの」
「捨てたと思うか? ――具現化。属性付与、闇」
私の属性付与を見抜いたらしい。だが、その程度では私の魔術は防げまい。
「チッ、風の精霊よ――」
「私を前にして詠唱か。それこそ正に驕りではないのか?」
奴の剣が私の腹に突き刺さる。痛みに絶叫しのたうち回りたくなる衝動を抑え、詠唱を完了させた。
零距離で完全詠唱。私の勝ちだ。
「風刃!」
風の刃が奴を切り裂いた――が。
奴は五体満足でそこに立っていた。
「よもや私がレイスであることを失念している訳ではあるまい。――頭を垂れよ、黒の王のお通りだ」
愚かにも私は、今更既視感の正体に気が付いた。これは「最悪の未来」だ。防がなければならなかったはずの未来だ。
つまり奴は――彼は、本物だ。
「氷より冷たく闇より暗く。久遠の虚無に囚われ給え。顕現せよ、虚無を支配せし黒の王」
謝って許されることだとは思っていない。「予見」によるものだと説明するのも私のエゴだ。
だが、既に何もかも手遅れだった。身体の感覚がなくなっていく。意識が遠のいていく。
せめて一言だけでも謝ろうと必死に叫ぶ。下半身の感覚が消える。
ああ、私は結局後悔を抱えて死ぬらしい。
何が正解だったのかはわからない。だが、本当に――
すまなかった、ゼーヴェ。
私、セリザール・ラインツが「予見」を受け継いだのは――父が死んだのは、まだ齢十四になったばかりの頃だった。
父は、貴族間の争いに巻き込まれて死んだ。事故に見せかけた暗殺、まあラインツ家のような下級貴族では珍しくない話だ。
父は比較的幸せに死んだといえるだろう。ラインツ家において、第一子は「予見」の奴隷だ。父もまた例に漏れない。
「予見」は突然に、己にとっての「最悪の未来」を見せる。それを命に代えても防がなければならない。それが予見者の宿命だ。
私の知るところでは、父はそれを見ずに死んだ。勿論、死亡の知らせを聞いたときは「予見」によるものではないかと疑った。だが、暗殺の方法はありふれたもの、事故への偽装だってそうだ。前々から夕餉での会話で争いの話は聞いていた。
私はその後王国の騎士団に入った。父が「最悪の未来」を見ることがなかったのだ、私も見ることなく一生を終える――精々魔物と相打って死ぬ程度の人生だろうと思っていた。
楽観が過ぎた。
「予見」はそんなに甘いものではない。わかっていたはずだ。ラインツ家の第一子は父を除いて全員「最悪の未来」を見、そのほとんどが防ぐ過程で死んでいる。
ある日私は見てしまったのだ。遂に。「最悪の未来」を。親愛なる友人であり、尊敬する隊長の変わり果てた姿を。守るべき民に剣を向け、血の海で悪鬼の如く嗤う彼を。
魔王の配下としての彼を。
身体の震えをどうにか抑え、いつも通り隊の宿舎へと向かう。私も今では遊撃隊副隊長、隊員に心配をかけるわけにはいかない。
「やあ予見者!」
彼だ。目を合わせることが出来ない。どんな顔で接すればいいのかわからない。
普段通りの呼び方が酷く刺さる。課せられた呪いを、あたかも笑い話であるかのように語った私の落ち度だが。
「と、元気がないな……大丈夫か? 顔色も悪い。いつも真面目に働いてるんだ、今日くらい休んでも罰は当たらないだろうよ」
「いや。なんでもない。きっとただの思い違いだ」
「ならいいが。ま、あまり思い詰めないようにな? 後悔しない選択をしろよ」
後悔しない選択を。後悔しない選択?
君が原因だ、と言えればどんなに楽か。
ああ、考える時間が必要だ。どう動いても後悔が残るように思える。
「すまないゼーヴェ、やはり少し寒気がしてな。見回りは他に任せて帰っていいだろうか?」
「勿論だ。会議の内容は連絡用の通信結晶に記録として残しておく。ゆっくり休めよ」
「ありがとう」
自宅に戻り椅子に座ると、再び身体が震え始めた。私はどうすれば良い?
説得は不可能。民を殺していた彼は魔物と化していた。洗脳かそれに近い何かで突然に魔王の手駒になったに違いない。
そうでもなければ、彼ほどの人格者が自ら魔王の手駒なぞに堕ちるはずがない。解呪で解けるようにも思えなかったし、浄化でも同じだ。賭けるには危険すぎる。
「最悪の未来」はどのような形であれ近い内に必ず起こる。防げなければ夢で見たあの光景と共に私は死ぬ。この国の民も沢山死ぬ。
ここで言う防ぐ、というのは原因となる存在を排除することに他ならない。
考えたくはない。だが、魔王の排除など不可能だ。
――彼を殺す。それ以外に方法はない。
――有り得ない。
私の命のために彼を殺す? そんなことが許されるはずがあるか。私と彼、どちらが生きるべきかなど問うまでもない。
だが、このままでは彼は魔王の手先として大量殺戮をする魔物となる。彼を殺す以外の方法。何か、何か――――
「っ!?」
突然、未来が書き換わった。
目を開けたままに「最悪の未来」を見た。こんな話は過去にない。夢以外で見るということも聞いたことがない。
だがこれは確かに予見によるものだ。不思議とそう思える。
彼は私に剣を向けていた。私の周りには今の遊撃隊の仲間たち。
私は彼に剣を向けられるようなことはしない。既に気配は魔物だった。魔王の手駒という風ではなかったし、場所も草原だったが。
彼ほどの存在が我々に牙を剥けば、確実に甚大な被害が出る。団長や他の隊長が対応すればすぐに事は収まるだろうが、それまでに出る死者の数を考えただけで震えが走る。
未来が変わっても尚、彼は魔物だった。ならば、彼を殺さないという選択こそ甘えなのではないだろうか?
彼だって事情を知れば、その手を国民の血で汚す前に死ぬことを選ぶはずだ。
ああ、駄目だ。考えているだけで気が狂いそうになる。今夜にでも殺してしまおう。
彼の息子もあちら側にいた。ならば一家皆殺しだ。もしこの行いが明るみに出たとして、斬首となるのは私一人。
予見の被害者を増やさないために、私がラインツ家の末代となると決めた。そのときに使用人には一生分の給料を払い暇を出した。
かっての豪邸は売りに出し、今ではこの必要最低限の物しかない小屋に住んでいる。こうでもしないと、好意を寄せていた女性にいつ思いを伝えてしまうかわからなかった。
彼女も私を好いていてくれた。だが、この小屋の場所は教えずに距離を置くことにした。
「予見」は、私から何もかも奪い去ってもまだ足りないらしい。終いには最高の友人であり最高の上司である彼を殺せときた。
ここまで来たら、やるしかない。これは私のためであり、彼のためであり、国のためでもある。
*
私は、燃え上がる家の前で立ち尽くしていた。直にこの炎を見て人が集まってくる。
最早家の四方に描いた魔法陣を消す気にもならない。私のよく使う型だ、証拠隠滅を考えれば消さないわけにはいかないのだが。
それは駄目だと、火の中の彼を見て思った。最初は、火を放ったらすぐに魔法陣を消して逃げるつもりだった。
一気に燃える仕組みにすれば、家族を守りつつ逃げることなどできない。消火も間に合わない。家族を見捨てるなど、彼なら有り得ない。
見届けずとも、死は確定していた。安堵からか、愚かにも私はその場で呆けていたのだ。
そのせいで、死ぬ間際の彼と目があってしまった。どうせ死に行く人間だ。見られたという事実も炎の中に消えるのだが。
この場に立ったまま、素直に罰を受けるのも良いかとも思った。「予見」に従ったまでだと、荒唐無稽に思える動機のもとに死ぬのだ。
だが私はそうしなかった。死んでいった彼のためにも? 彼の分も? 国に尽くす?
所詮は言い訳だ。私は彼を殺して、それでも小汚く生きたいと思ってしまった。
彼を守るためにも、この国を守るためにも、この決断は間違っていなかったはずだ。
私は予見者として、シレンシア騎士団の人間としての責務を果たした。
そう言い聞かせ家に戻り、泥のように眠った。翌日私は、初めて無断で欠勤した。
思えば怪しすぎる。隊長が死んだ翌日に無断欠勤する副隊長。そこに関連性を見出そうとするのは自然だろう。
私は、罰せられるならそれで良かった。だが、遂にその日は来なかった。
「セリザール・ラインツ。貴方を遊撃隊隊長に任命します」
私よりも適任がいた。部下に慕われ、いつも笑顔で、気の利く……アイウズ・ウェルヒルトという人間が。
そして何より、彼が私なら、間違いなく自ら罰を受けていただろう。
私に隊長となる資格などない。だが、ここまで来たら、だ。今からでも罪を告白するのが正しい生き方だろうが、私はそこまで「出来た人間」ではなかった。
暫くして、我々に魔力反応の調査という任務が課せられた。
私は大方そこらの変人魔術師が魔力暴走でも起こしたのだろうと思い、気楽に構えていた。だが、そこに近付くまでに魔物に一切出会わず、近付くにつれ魔力は濃くなっていった。
辿り着いた先には一軒家。明らかな異質さを感じながら、私はどこか既視感を覚えていた。
ノックをすると、すぐに扉が開いた。
「どうもはじめまして、シレンシア騎士団の者です。失礼ながらこちらで魔力暴走など――!?」
「――セリザール」
私の名を呼ぶは、忘れるはずもない、彼だった。
見た目も、声も、雰囲気さえも。
気配は魔物の――ゴーストのそれだったが、何もかもが彼だった。
彼は私の名を呼ぶが早いか、怒りの形相で魔術詠唱を始めた。
「――繋檻!」
「っ、解呪!」
咄嗟の解呪で弾いたが、彼の詠唱した繋檻を私の解呪程度で打ち消せるはずがない。
だが、私は彼を贖罪の意も込めて手厚く葬った。騎士団として教会に話を通し、簡易的な式も挙げた。ゴースト化するはずがない。
確実に偽者だ。きっと我々の記憶を読み取ったに違いない。
我々の思いを踏みにじるとは許せない。奴はここで仕留める――シレンシア騎士団、遊撃隊隊長の名にかけて。
*
だが、奴には途中から聖浄が効かなくなった。ゴーストに出会ったら聖浄、一般人でも知っている。
奴は最早ゴーストではなかった。聖浄が効かないなら大聖浄を全員で詠唱分担すれば良い。
だが、アイウズ達はそこまで頭が回らないようだった。いくら叫ぼうと、暴れようと、解呪をかけようと、私を捕らえた闇の檻からは少しの物音すら漏れ出ない。
……と、外側から解呪がかけられているのを感じた。すかさず私も解呪を唱える。
「逃げましょう隊長!」
周りを見渡すと、グランとザーグの姿がない。まさか殺されたのか、この偽者に。
「――氷獄!」
「あ゛――」
フィルの背中に氷柱が突き刺さる。
「フィル! くそっ、隊長、足止めをお願い出来ますか!?」
「言われずとも。先に行け、すぐに追い付く」
「すみません、ご武運を!」
丁度良い。一人では大聖浄は使えないが、偽者ごときに遅れを取る私ではない。
属性付与済みの愛剣で奴の斬撃をいなしていく。
突然、奴が剣を私に向かって投げた。諦めたとでもいうのか。
「武器を捨てたか。それはいささか驕りが過ぎるというもの」
「捨てたと思うか? ――具現化。属性付与、闇」
私の属性付与を見抜いたらしい。だが、その程度では私の魔術は防げまい。
「チッ、風の精霊よ――」
「私を前にして詠唱か。それこそ正に驕りではないのか?」
奴の剣が私の腹に突き刺さる。痛みに絶叫しのたうち回りたくなる衝動を抑え、詠唱を完了させた。
零距離で完全詠唱。私の勝ちだ。
「風刃!」
風の刃が奴を切り裂いた――が。
奴は五体満足でそこに立っていた。
「よもや私がレイスであることを失念している訳ではあるまい。――頭を垂れよ、黒の王のお通りだ」
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「氷より冷たく闇より暗く。久遠の虚無に囚われ給え。顕現せよ、虚無を支配せし黒の王」
謝って許されることだとは思っていない。「予見」によるものだと説明するのも私のエゴだ。
だが、既に何もかも手遅れだった。身体の感覚がなくなっていく。意識が遠のいていく。
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