転生ニートは迷宮王

三黒

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第5.5章

154 セシリアの場合

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*三人称視点セシリア風味です。*



「……!」
 
 指輪が破壊された――イヴェルが危険だ。
 セシリアがそれを感じ取ったのは、イヴェルが宮廷筆頭アルクとしての初任務に向かってから、ちょうど三日後のことだった。
 通常の損傷ならばこうして察知することはできない。装着者が一定以上の――例えば使い魔の維持に必要な程度の――魔力を継続して供給できなくなった場合にのみ、対になっている指輪にも変化が現れるのだ。

 イヴェルは魔力不足になるほどの魔術を使えない。宮廷筆頭召喚士アルクコンスになってからは、毎日ひたすら細剣の訓練だけしているとも聞いている。
 そして彼の使い魔――ロロトスは、どういう理屈なのか召喚者イヴェルの魔力を消費せずに魔術を使う。つまり通常の理由での魔力切れは有り得ない。
 
 魔術師かそうでないかを問わず、魔力切れは死に直結する。魔力切れによって体内外の素因エレメントに干渉できなくなれば、指一本動かすことすらも難しくなる。
 
 さらに、今回はただの魔力切れではないようだ。セシリアの指輪には傷やヒビが入ったわけではなかった。突然、完全に砕け散ったのだ。一撃で全ての魔力を放出させられたか、吸収されたか、或いは昏倒したか。一時的な乱れならば今頃結晶部分に光が戻っているはずだが、砕け散っているので確認のしようもない。彼女はスペアを作っておかなかったことを悔やんだが、そんな時間がなかったのも事実だった。むしろ魔道具を専門に学んでいるわけでもない学生が、三日であれほどの出来のものを作ったというだけでも驚きである。例え専門に学んでいたとしても数週間はかかるし、あれよりも完成度の低いものになる――と、魔術学院の教授は口を揃えて言うことだろう。
 
 しかしとにかく、イヴェルの指輪は破壊されてしまった。イヴェルの身が危険だというのは確固たる事実であり、それを知ったセシリアは数分の熟考を経、その後の行動は素早かった。
 
「――隠蔽バルド
 
 まずクロードを撒く。貴族の多いこの学院では、従者の学院内への立ち入りが許可されている。
 だがそれにも穴がある。寮内など一部場所だけは別途学院からの許可が必要なのだ。クロードは当然のように隠蔽バルドを見破れるが、それは問題ない。姿を隠すのはクロードからではない。
 
「流石に……腰が引けますわね……」
 
 見下ろすは寮中庭。この窓から飛び降りれば、クロードの監視から逃れられる。
 一瞬躊躇いを見せたセシリアだったが、すぐに首を振って恐怖を払う。物怖じしている場合ではない。こうしている間にも、イヴェルと再会できる可能性は低下していく。
 
「――吹風ウィレスカ
 
 風の魔術は得意ではないが、極限の集中力でなんとか上向きの風を作り出す。そして窓の縁に足をかけると、一思いに跳んだ。
 
「――……っ!」
 
 音もなく着地というわけにはいかなかったが、概ね成功。クロードにも他の学生にも気付かれてはいない。まだ痺れている足に軽く治癒ヒール、そして自身に加速アクサールを使って走り出した。目指すは王立図書館、禁書庫。
 
 

 

「禁書の閲覧を?」
「ええ。どうしても必要ですの。許可をいただけませんこと?」
「あなたが頑張っているのは知っているから、力になってあげたいんだけど……私と館長で上の人に掛け合えば、半年後には許可が降りるかしら……」
  
 司書は困ったような顔で頬に手を当てる。その絶望的な予測、そしてゆっくりとした動作は、焦るセシリアに一線を越えさせるには十分だった。
 
「――昏睡スナイド!」
 
 司書は一瞬驚いたような表情を浮かべると、そのままの姿勢で崩れ落ちた。やってしまった、とセシリアは青ざめるが、もう引き返せない。どの道顔は見られていたし、それなら眠らせた方が発覚が遅れると無理やり自分を納得させ、鍵を漁る。
 
 ほどなくして鍵は見つかった。それを握ると、加速アクサールだけ使って禁書庫の扉の前に急ぐ。蘇生の方法は迷宮に向かいながら覚えればいい。イヴェルとの術式から応用できる部分も多いだろうし、セシリアは自らの魔術の才には幾分かの自信があった。姉ほどの天才ではないにしても、死ぬほどの努力をすれば全ての分野である程度の結果を残せる。彼女はそういう人間だった。……そう自覚していた。
 
 禁書庫の扉には鍵穴がなく、鍵の形をした窪みがあるのみだった。少しの嫌な予感を覚えつつも、その窪みに鍵をはめる――
 ――瞬間、けたたましい警告音が辺りに鳴り響いた。どうやら最悪の選択をしたらしい。だが司書を眠らせた時点で道は決まっている。
 
「水の精霊よ、契約者、セシリア・ララ・アルティーストが求む。その力で我が敵を貫け――氷槍ジャスペア
 
 冷静に詠唱を紡ぎ扉を破壊。案の定警告音が鳴り止むことはなかったため、目に付いた死霊術の本を数冊掴んで再び駆け出す、が、
 
「おっと、悪いモンにでも憑かれたか? お前がこんなことするなんてな」
「――先生……!」
 
 相対するはローレンツ。ハインベルでセシリアに技を教えた本人であり、故に彼女は絶対に勝てないことを知っていた。そして、絶対に逃げられないことも。
 
「無駄な抵抗はしないでくれよ。今なら軽い罪で済む。お前の家名と能力、そして成績なんかを考えれば、公にしないことだって……」
 
 セシリアはもう止まらない。止まれない。罪が軽くなろうが重くなろうが、凡そ彼女には関係がない。
 イヴェルを構成していた素因エレメントが霧散する前に、蘇生の術式を組み、実行しなければならない。それは彼女にしかできないし、彼女にしか機会がない。
 
「――加速アクサール
「おいおい、面倒な仕事を増やすなよ。賢いお前のことだ、ただ俺とかけっこしようってわけじゃないんだろ?」
「――土鎖グライド!」
 
 単純に見える三本の土の鎖。ローレンツは心底面倒くさそうに溜息を吐くと、腰の剣を抜き切り払った。
 だがその行動が、わざわざ解呪ディスペルを使うまでもないという余裕が、セシリアに次の魔術を使わせるだけの時間を生んだ。
 
白煙モックル!」 
「お――!」 
 
 一帯が真っ白い煙に包まれる。盗賊などが好んで使う、決して上品とはされていない魔術。まさかそれを使われるとは思っていなかったのか、ローレンツの行動が一瞬遅れる。
 セシリアは勝ちを確信した。アルティースト家の厩舎に、姉のエクィトスが繋がれている。それに乗れさえしてしまえばこちらのものだ。あれはシレンシアでも屈指の足の速さを誇るし、そこまでの最短経路はもちろん頭に入っている。
 
 だが。
 
「……っ!?」
 
 煙を抜けた直後、両脇から腕を掴まれた。当然ローレンツは一人ではなかった。前後左右全て、図書館を取り囲むように部下の兵士が待機していた。
 
「お嬢様があんな魔術を使うとは驚いたな。だが俺だってそこまで甘くない。禁書庫破り相手に一人で駆け付けるなんてしねーのよ」
 
 風魔術で煙を吹き飛ばし、ローレンツがゆっくりと歩いてくる。打つ手なし、とは正にこのことだ。
 魔術を使う素振りを見せようものなら、即座に両手両足の骨を折られて拘束される。ローレンツにはそれができる。
 
「んじゃ、今度こそ大人しく着いてきてもらうぜ。もう抵抗とか勘弁な。俺まだ飯食ってねえんだ、丁度これからってときに――」
 
 轟音と共に衝撃。図書館の壁まで吹き飛ばされたセシリアは、両脇の兵がいなくなっていることに気付いた。
 どうやら音の原因の魔術はローレンツを中心に起動されたらしい。兵士は全員気絶済み、ローレンツも少しふらついている。
 動くなら今しかないのは明白だった。セシリアは壁に打ち付けた腰に���治癒ヒールすると、即座に立ち上がる。……と、目の前には意外な姿があった。
 
「――お嬢様、お逃げください」
「――ありがとう、クロード。ここは頼みましたわ」
「ナールの欠伸程度の時間は稼いでみせましょう。どうかご無事で」
 
  クロードの言葉に頷き、セシリアは走り始める。
    
「やれやれ、存外厄介なお嬢ちゃんだ。――お前らはすぐにエクィトスで追え、魔力追跡が得意な奴が先導しろ。俺はこいつを牢屋に……いや……」
 
 ローレンツは動けそうな部下の兵士に指示を出し、構えるクロードに向き直って数瞬考える。
 
「……殺していく。腹も減ってイラついてんだ。抵抗されれば殺しもやむなし、抵抗されなきゃ事故として処理、完璧だな」
「それは困りました。セシリア様のためにも、そう簡単には死ねませんので」
「おういいじゃねえか、その方がやり甲斐がある」 

  

 

「目標確認! 拘束に入る!」  
「後続の班は左から回れ! 我々が追い込む!」
「――繋檻ジェノン!」
 
 セシリアの姉――エリッツ・ララ・アルティーストのエクィトスは確かに���迅はやい。だはそれはエクィトスの扱いに長けたエリッツ自身が乗った場合の話であり、エクィトスを操ることに関して初心者に毛が生えた程度のセシリアでは、その速度を活かしきることができなかった。
 対して相手はプロ中のプロ、魔力を辿って短時間で捕捉され、既にすぐ後ろまで詰められている。数では圧倒的に不利のため、追い付かれたら終わりだ。一般兵士ごときに捕まるわけにはいかない。あの場に残り、ローレンツを相手取ったクロードのためにも。
 
「――氷壁シャルディア!」
「無駄だ――炎弾ファルダ! 突破しろ!」 
 
 セシリアは後方に氷の壁を広げ時間を稼ごうとするが、エクィトスに跨りながらの魔術は安定しない。不慣れに加えて振り返りつつのことなら尚更だ。地図によればあと少しで迷宮のはずだが、その少しの距離が遠く、なかなか縮まらない。
 反対に兵士のエクィトスとの縮まる一方だ。あと10メルト、9メルト、8メルト――
 
「さてさて、どうやら困っているようではないか?」
「――誰、ですの!?」 
「この私に名を訊くか――顔も見ぬままに。やはり中々に見所がある」
 
 頭のすぐ後ろからの声。だがセシリアには、最早振り返るだけの余裕もない。
 
「私とて本意ではない。元は己が欲のため魔族を皆殺しにせんとする者と契約する予定であったが、問題が起きたのだ」
 
 返事をしないセシリアに、声は尚も語りかける。
 
「しかしそのような者は簡単に見つかるわけでもない。故に、貴様で妥協してやろうと言っているのだ。意思も無視して同族の友人を蘇らせようとする。十分ではないか?」
「先程から一体何なんですの? 仰っている意味が分かりませんし、貴方とお話している余裕もありませんわ――」
「――私の手にかかれば、後ろの愚民共を蹴散らすことなど訳ないということだ。断る理由などあるはずもないな。さあ、契約すると言え。今は略式で構わん」
 
 契約という言葉を口にする人外に碌な者はいない。それは大抵魔物か、堕ちた精霊のような存在だ。
 シレンシアでは常識としてそう教えられており、セシリアも例外ではなかった。だが、少しの会話によって精神汚染を許したセシリアに、それを意識することなどできるはずもない。
 
「ええ契約しますわ、ですが私の邪魔はなさらないで。私はイヴェルを救いに行かねばなりませんの」 
「ならばついでに探してやるとしよう。行くぞ、下僕」
 
 セシリアはそこでようやく気付く。自分の乗るエクィトス以外の蹄音が、いつの間にか消えていたことに。
 急いでエクィトスを止め振り返った先には、嫌な笑みを浮かべた男が一人立っていた。
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